110.復讐の心
イリスは《紫雷》を構え、敵対する二人に向かい合う。
だが、ルイノも――そして、《剣客衆》のゼナスも、イリスの方にはあまり視線を向けていない。
ルイノがイリスに集中しないのは分かる。結局、彼女からすればイリスは『半端者』ということだろう。
もう一人、ゼナスについては――明らかにルイノへの殺意しか感じられなかった。
「止める、ねぇ……大層なことを口にしてるけど、ここはもう殺し合いの場なんだよ? そんな覚悟もなく――」
「言ったでしょう、覚悟なら……あるわ」
先に動いたのはイリスだ。
ルイノとの距離を詰めて、紫電を振り上げる。
ルイノがそれを、心底つまらなそうな表情で見据えていた。
イリスは人を本気で斬れない――騎士を目指すが故に、『殺し合い』を目的に戦うことはできない。……そう考えているのだろう。
(――違う)
イリスはその考えを否定する。騎士は、人を守るものだ。『最強の騎士』を名乗るのならば、戦いにおいて必ず『人を殺める』ことにはなる。
それでも、『必要であれば』そうする――半端だと思うのならば、それでいい。
これは、イリス個人の戦いなのだから。
「――」
イリスは一切の迷いなく、紫電を振り下ろす。
ルイノが驚きに目を見開き、斬られる瞬間に後方へと下がった。
わずかに肩を掠め、パクリと肩から素肌を露にする。
イリスは深く呼吸をし、再び紫電を構えた。
「これが私の覚悟よ」
「……にひっ、そっかそっか! この前みたいに迷いがあるわけじゃないんだねぇ。それじゃ、いいよ」
ルイノが心底楽しそうに笑う。およそ同い年くらいの少女が浮かべるとは思えないほどの、邪悪な笑み。
刀を構えて、イリスを真っ直ぐ見据えた。
「あなたもあたしの敵だよ――だから、殺してあげる」
「俺を……無視、するな!」
今度はゼナスが動き出す。
剣を振るうと、鮮血が舞い散り――それが『刃』のように変形する。
血液を凝固させ、それを操っているのだろう。
イリスはゼナスを一瞥すると、紫電をゆっくりと動かし――
「《閃華》ッ!」
言葉と共に、イリスの刃から雷が迸る。明確な『技』として、それを使ったことはほとんどなかった。
イリスは周囲に纏うように流れる雷撃を、自らの意志で使ったのだ。
雷撃はゼナスの周囲の血の刃に直撃すると、音を立てながら砕け散る。
ゼナスもまた、驚きの表情を浮かべた。
「剣客衆……私はあなた達に命を狙われた――私一人なら、もうここにはいられなかったと思う」
ちらりと、イリスは一瞬だけ……灯台の上に視線を送る。
きっとそこにいるだろう人に。――イリスが危機に陥れば、きっとアルタは助けに来てくれるだろう。
だが、今はそれを望まない。
アルタは頼ってほしいと、イリスに言った。
その気持ちは、イリスも同じだから。――頼られるだけの、信頼される人になりたいから。
「……参ります」
呼吸を深く吸い、今度はゼナスの下へと駆ける。
ゼナスが剣を構えようとするが、先ほど放った雷撃がゼナスの身体に直撃する。
わずかに、ゼナスの動きを鈍らせた。
「……っ」
「ふっ――」
横一閃。強く踏み込むような一撃。
ゼナスがギリギリでそれを防ぐが、イリスの動きは止まらない。
続けざまに連撃を繰り出す。その一撃一撃は重く、ゼナスを後方へと下がらせる。
一呼吸の間に十を超える連撃を繰り出す。それでもなお、イリスの攻勢は続く。
「お、のれ……!」
ゼナスが態勢を立て直し、イリスの紫電を弾き飛ばす。
ギィン、と金属のぶつかり合う音が響き渡る。
ゼナスがさらに、イリスの首元を狙い済まして、剣を振るう。
イリスはわずかに身体を屈め、ゼナスの刃をギリギリでかわす。
飛び散った血液が凝固し、刃となってイリスに注ぐが――まるで怯むことなどない。
イリスはかわした後にできた一瞬の隙をつき――ゼナスに一撃を与える。
「……ぐ、ぬぅ」
ゼナスが目を見開く。
イリスは横を抜けるようにして、再びゼナスに向き直った。
瞬間――視界に入ったのは、ゼナスの首を撥ね飛ばす、ルイノの姿だ。
勢いのままにイリスの下へと駆け、刃が交わる。
「あなた……!」
「にひっ、あれはあの程度じゃ死なないよ。確実に殺るなら首くらい飛ばさないと」
「……殺すつもりがあったわけじゃないわ」
「また『それ』? 本当に、あたしと戦う気はあるんだよね? さっきの攻撃、確実にあたしを殺そうとしてたもんっ!」
「ええ。少なくとも、あなたとの戦いは、迷っていられるほど簡単じゃないから」
「にひひっ、それじゃあさ。さっきの話の続き――」
「まだ、だ」
「っ!」
ルイノがイリスと距離を取る。
話の最中に割って入ったのは、ゼナスだ。
ゴボゴボと、まるで水の中で溺れるような声――イリスの視界に入ったのは、『自らの血液』で、撥ね飛ばされた首と胴体を繋ぐゼナスの姿。
「うわぁ……さすがに、そこまでしつこい人は初めて見たよ、あたし」
ルイノが嫌悪感を示す表情で、ゼナスのことを見る。
異様な光景だ――確かに首と胴体は切り離されたにも拘わらず、まだゼナスは生きている。
それは妄執。それほどまでの恨みの気持ちを、ルイノに向けているのだ。
「あなた、一体何をしたの?」
「んー、別に? ただ、剣客衆の友達がいたらしいんだけど、あたしがそれを殺しただけ」
「……そう。なら、あんな風に恨まれても仕方ないわね」
「にひっ、大切な人を殺されて恨むならさ……大切な人なんてなくてもいいと思わない? ま、そんな話はどうでもいいけど……とりあえず、あの化け物から始末していい? あなたとの決着は、その後にするから」
「いいわ。私もこれ以上……あんな姿でも戦おうとする人は、見ていたくないから」
イリスは悲しげな表情で、ゼナスを見る。
もし――イリスが復讐のために剣を振るうと決めていたのなら、ひょっとしたらイリスもああなっていたのかもしれない。そう、心の中で感じたからだ。
イリスとルイノはそれぞれ構える。
血に濡れたゼナスと向き合い――そして二人は駆け出した。






