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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
110/189

110.復讐の心

 イリスは《紫雷》を構え、敵対する二人に向かい合う。

 だが、ルイノも――そして、《剣客衆》のゼナスも、イリスの方にはあまり視線を向けていない。

 ルイノがイリスに集中しないのは分かる。結局、彼女からすればイリスは『半端者』ということだろう。

 もう一人、ゼナスについては――明らかにルイノへの殺意しか感じられなかった。


「止める、ねぇ……大層なことを口にしてるけど、ここはもう殺し合いの場なんだよ? そんな覚悟もなく――」

「言ったでしょう、覚悟なら……あるわ」


 先に動いたのはイリスだ。

 ルイノとの距離を詰めて、紫電を振り上げる。

 ルイノがそれを、心底つまらなそうな表情で見据えていた。

 イリスは人を本気で斬れない――騎士を目指すが故に、『殺し合い』を目的に戦うことはできない。……そう考えているのだろう。


(――違う)


 イリスはその考えを否定する。騎士は、人を守るものだ。『最強の騎士』を名乗るのならば、戦いにおいて必ず『人を殺める』ことにはなる。

 それでも、『必要であれば』そうする――半端だと思うのならば、それでいい。

 これは、イリス個人の戦いなのだから。


「――」


 イリスは一切の迷いなく、紫電を振り下ろす。

 ルイノが驚きに目を見開き、斬られる瞬間に後方へと下がった。

 わずかに肩を掠め、パクリと肩から素肌を露にする。

 イリスは深く呼吸をし、再び紫電を構えた。


「これが私の覚悟よ」

「……にひっ、そっかそっか! この前みたいに迷いがあるわけじゃないんだねぇ。それじゃ、いいよ」


 ルイノが心底楽しそうに笑う。およそ同い年くらいの少女が浮かべるとは思えないほどの、邪悪な笑み。

 刀を構えて、イリスを真っ直ぐ見据えた。


「あなたもあたしの敵だよ――だから、殺してあげる」

「俺を……無視、するな!」


 今度はゼナスが動き出す。

 剣を振るうと、鮮血が舞い散り――それが『刃』のように変形する。

 血液を凝固させ、それを操っているのだろう。

 イリスはゼナスを一瞥すると、紫電をゆっくりと動かし――


「《閃華》ッ!」


 言葉と共に、イリスの刃から雷が迸る。明確な『技』として、それを使ったことはほとんどなかった。

 イリスは周囲に纏うように流れる雷撃を、自らの意志で使ったのだ。

 雷撃はゼナスの周囲の血の刃に直撃すると、音を立てながら砕け散る。

 ゼナスもまた、驚きの表情を浮かべた。


「剣客衆……私はあなた達に命を狙われた――私一人なら、もうここにはいられなかったと思う」


 ちらりと、イリスは一瞬だけ……灯台の上に視線を送る。

 きっとそこにいるだろう人に。――イリスが危機に陥れば、きっとアルタは助けに来てくれるだろう。

 だが、今はそれを望まない。

 アルタは頼ってほしいと、イリスに言った。

 その気持ちは、イリスも同じだから。――頼られるだけの、信頼される人になりたいから。


「……参ります」


 呼吸を深く吸い、今度はゼナスの下へと駆ける。

 ゼナスが剣を構えようとするが、先ほど放った雷撃がゼナスの身体に直撃する。

 わずかに、ゼナスの動きを鈍らせた。


「……っ」

「ふっ――」


 横一閃。強く踏み込むような一撃。

 ゼナスがギリギリでそれを防ぐが、イリスの動きは止まらない。

 続けざまに連撃を繰り出す。その一撃一撃は重く、ゼナスを後方へと下がらせる。

 一呼吸の間に十を超える連撃を繰り出す。それでもなお、イリスの攻勢は続く。


「お、のれ……!」


 ゼナスが態勢を立て直し、イリスの紫電を弾き飛ばす。

 ギィン、と金属のぶつかり合う音が響き渡る。

 ゼナスがさらに、イリスの首元を狙い済まして、剣を振るう。

 イリスはわずかに身体を屈め、ゼナスの刃をギリギリでかわす。

 飛び散った血液が凝固し、刃となってイリスに注ぐが――まるで怯むことなどない。

 イリスはかわした後にできた一瞬の隙をつき――ゼナスに一撃を与える。


「……ぐ、ぬぅ」


 ゼナスが目を見開く。

 イリスは横を抜けるようにして、再びゼナスに向き直った。

 瞬間――視界に入ったのは、ゼナスの首を撥ね飛ばす、ルイノの姿だ。

 勢いのままにイリスの下へと駆け、刃が交わる。


「あなた……!」

「にひっ、あれはあの程度じゃ死なないよ。確実に殺るなら首くらい飛ばさないと」

「……殺すつもりがあったわけじゃないわ」

「また『それ』? 本当に、あたしと戦う気はあるんだよね? さっきの攻撃、確実にあたしを殺そうとしてたもんっ!」

「ええ。少なくとも、あなたとの戦いは、迷っていられるほど簡単じゃないから」

「にひひっ、それじゃあさ。さっきの話の続き――」

「まだ、だ」

「っ!」


 ルイノがイリスと距離を取る。

 話の最中に割って入ったのは、ゼナスだ。

 ゴボゴボと、まるで水の中で溺れるような声――イリスの視界に入ったのは、『自らの血液』で、撥ね飛ばされた首と胴体を繋ぐゼナスの姿。


「うわぁ……さすがに、そこまでしつこい人は初めて見たよ、あたし」


 ルイノが嫌悪感を示す表情で、ゼナスのことを見る。

 異様な光景だ――確かに首と胴体は切り離されたにも拘わらず、まだゼナスは生きている。

 それは妄執。それほどまでの恨みの気持ちを、ルイノに向けているのだ。


「あなた、一体何をしたの?」

「んー、別に? ただ、剣客衆の友達がいたらしいんだけど、あたしがそれを殺しただけ」

「……そう。なら、あんな風に恨まれても仕方ないわね」

「にひっ、大切な人を殺されて恨むならさ……大切な人なんてなくてもいいと思わない? ま、そんな話はどうでもいいけど……とりあえず、あの化け物から始末していい? あなたとの決着は、その後にするから」

「いいわ。私もこれ以上……あんな姿でも戦おうとする人は、見ていたくないから」


 イリスは悲しげな表情で、ゼナスを見る。

 もし――イリスが復讐のために剣を振るうと決めていたのなら、ひょっとしたらイリスもああなっていたのかもしれない。そう、心の中で感じたからだ。

 イリスとルイノはそれぞれ構える。

 血に濡れたゼナスと向き合い――そして二人は駆け出した。

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