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生まれ変わった《剣聖》は楽をしたい  作者: 笹 塔五郎
第三章 《剣客少女》編
103/189

103.彼女の挨拶

 早朝から、僕は着替えを終えて宿を後にする。……『昔』の夢を見たのは久しぶりだった。

 イリスとアリアには、あえてルイノ・トムラのことについては深く触れなかった。

 刀を持って、着物を身に纏う少女――僕の知るトムラという男は、東方のある国へと移り住んだと聞いている。

 以前、僕が倒した《剣客衆》のアズマ・クライと同じ地方だ。

 これはいわゆる『勘』でしかない。けれど、何故か確信に近いものがある。

 この状況に関わっているルイノは、僕の知る男の血筋であるということ。

 そうなのだとすれば……僕に関わりのない人間ではないということになる。

 確かめる意味でも、僕は一人で宿を出たのだ。

 緊急時には二人に他の生徒達を任せると言ってある。どの程度を緊急とするか、それは個人にも寄るものかもしれない。

 けれど、今の状況は十分に、『それ』に該当すると僕は思う。


「にひひっ、わざわざ出てきてくれたんだぁ?」


 僕の姿を見て、少女――ルイノがにやりと笑みを浮かべる。


「それはそうだ。人が寝ているところに、延々と『殺気』を送られては、ね。こうして君と顔合わせをするのは初めてだね、ルイノさん」

「にひっ、そうだねぇ。あたしはずっと、あなたのことを求めてきたわけだけど……」


 それが例えば、僕を慕ってのことであれば嫌なことではないのだが、ルイノから感じられるのは笑っていても、殺気ばかりだ。

 状況は実におかしく、朝方だから人がいないのではなく、封鎖されているから人通りがないのだ。

 代わりに、ルイノの周囲には騎士達が構えている。剣を向けられているにも拘わらず、ルイノ自身は周囲の騎士達には目をくれることもせず、僕の方をじっと見続けている。


「うんうん、会っただけでも分かるよ。あなたは……他の人達とは違うね。さすが、《剣客衆》を一人で四人も殺しただけはあるよ!」

「正確に言うと、一人は僕が殺したわけではないんだけれどね」

「! そうなんだ。じゃあ……あたしがあと一人殺したら、数的には丁度同じになるのかな? にひっ、それならあたしがあなたを超えるのも時間がかからないかもね――」


 その言葉と同時に、ルイノが地面を蹴って僕との距離を詰める。

 周囲の騎士達が反応する暇もなく、瞬時に刀を抜き去ると――迷うことなく僕の首元へと刃を振り下ろす。

 キィン、と周囲に金属のぶつかる音が響いた。

 ルイノの放った一撃を、僕は防いで見せる。

 騎士達が遅れて動き出そうとするが、それを僕は手で合図を出して制止する。

 ルイノが、口元を三日月のように歪めて笑みを浮かべて言う。


「にひひっ、やっぱり――いい剣筋だねぇ。騎士団に協力した甲斐があるよ。この一回でも、満足できちゃいそうだもん! でも、これじゃあ足りないよね。もっと……もっともっとっ! いっぱい、あなたと斬り合いたいなぁ」


 鍔迫り合いは続き、ルイノが今も本気で僕を殺そうとしているのが分かる。

 それはきっと、この程度では僕が死なないというのが分かっているからだろう。

 これで斬られるのならば――それこそ、彼女が求める程の実力のない男になってしまう。


「分かっているかと思うけれど、それは全て終わってからだ」

「にひっ、もしかして……それを言うために出てきてくれたの? わざわざさぁ……」

「それが聞きたくて来たんだろう?」

「……にひっ、にひひっ。分かっちゃう? でも、少し違うよ。昨日も夜遅くまで剣客衆を探したんだけど……見つからなくて。ひょっとしたら、まだこの町に来てないのかなぁって。でも、高まった気持ちは抑えられないから、ちょっとだけ『味見』したいなって」

「味見、か。随分な表現をするね」

「だって、そうでしょ? あたしはあなたと戦うためにここにいる。けれど、剣客衆は確かに邪魔なの。あなたと戦う時は、何も気にせずに万全な状態で戦いたくて。ああ、でも――やっぱり我慢できないかも」


 ギリギリと、ルイノの刀を握る力が強くなっていくのが分かる。

 たった今出会ったばかりで、ルイノとの面識は一切なかった。

 けれど、今の一撃で――僕の『勘』は確信へと変わる。

 僕の知る男も刀を使い、同じような剣筋を持っていた。

 ルイノ・トムラは……ソウキ・トムラの孫娘というところか。


(あの男の家系からこんな娘が生まれるとはね)


 ある意味では、驚きを隠せない。

 仮にも同じく剣の道を生きた男ではあったが、ソウキという男は僕の記憶では、何より家族を大事にする。

 こんないつ死んでもおかしくないような、危険な生き方を許すとは到底思えない。


「……さっきも言った通り、君とはまだ戦うつもりはないよ。ところで、一つだけ質問をしてもいいかな?」

「なに? あなたの質問なら、何でも答えてあげるよ?」

「ソウキ・トムラは元気かな?」

「――」


 僕の質問を聞いた瞬間、ルイノの表情に変化があった。笑顔が消えて、刀を握る力が弱まる。

 殺気立っていたにも拘わらず、ルイノはスッと刀を下げて、僕との距離を取った。

 どうやら、僕の質問は想定外だったようだ。


「……なんで、お爺ちゃんの名前を?」


『お爺ちゃん』とルイノは口にした。

 これで確定する――ルイノはソウキの孫娘だ。


「名前を知っているだけだよ。トムラという、ね。ちょっと関わりがあって、もしかしたらと思っただけだよ」

「……そ。元気かどうかって聞かれたら、死んでるから。あの世ってところがあるなら元気かもね」

「そうか。もう亡くなっている、か」

「質問って、それだけ? なんか、家族の話されるとやる気、出なくなっちゃうなぁ……。ま、丁度いっか! 続きは、また今度、ね?」


 ルイノがそう言い残すと、背を向けてその場を後にする。結局、周囲の騎士達には視線を向けずに、文字通りの『挨拶』だけに終わった。

 ……ソウキはすでに亡くなってしまっている。

 ルイノの反応を見る限りだと、何かあったようにも思えるが、そこまで詳しくは聞ける状況ではなかった。


「シュヴァイツ一等士官、ご無事ですか!?」

「問題ないですよ」


 騎士の一人が僕に声をかけてきたので、答える。

 ルイノに対して警戒していても、騎士団長であるレミィルが彼女と協力する道を選んでいる――部下である彼らも、色々と複雑な想いがあるだろう。


「……まさか、早朝からルイノがあのような行動に出るとは思いもせず。止められずに、申し訳ございません」

「構いません。あのくらいで斬られるような僕ではないですし、どのみち……ルイノの狙いは僕だけですから。それほど警戒はしなくても大丈夫です」

「あなたのことも含めて守る――それがエイン騎士団長の命令であり、我々の意志でもありますから」

「ありがとうございます。けれど、ルイノに関しては、おそらく大丈夫だと思います」

「……? それは、どういう……?」


 騎士の男が、理解できない様子で疑問を口にする。

 もちろん、それが理解できる人間は――おそらく僕を除いてはいないだろう。

 彼女は『強い』からこそ、狙っている相手は僕なのだから。

 その本当の理由については分からない。だが、ルイノのことをどうするか……それを決められるのは、僕しかいないのかもしれない。

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表紙
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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 なかなか物騒な『味見』・・・・ やはり旧知の剣客の所縁の者でしたか。 彼女の祖父の死に様は剣に斃れたのか、それとも未練を残して不遇の時を過ごしたのか? ルイノは彼の遺…
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