100.かつてと同じ
生徒達には特に現状を知られることもなく、一日目は終えることになった。
僕とイリスは一先ずその場をレミィルと騎士に任せて、生徒達と合流。
アリアも特段深くは聞いて来なかったが、「後で聞かせて」と小声で念を押された。
そして、夜になってレミィルから先ほど……現状を聞いてきたところだ。
残る《剣客衆》は四人。一人はゼナス・ラーデイという、赤い剣を持つ男。
そいつが王都の《黒狼騎士団》を強襲した張本人であり、今の騎士団とルイノの協力関係を作った要因でもある。
ルイノ・トムラがここにやってきた理由についても、聞いてきた。
思っていたよりも、事態はとても単純だ。
剣客衆もルイノも、僕のことを狙っている――ゼナスについては、何故かルイノのことを追っている、とのことだが。
僕を狙っているだけならば……他人を守るよりもずっと気が楽だ。レミィルから話を聞き終えて、僕は宿の方に戻る。
レミィルは、この町にある支部に待機している。夜のうちも、騎士達は生徒や町の安全の確保に尽力してくれることだろう。……ただ、少し考えることもある。
(僕を狙っているのであれば、選択肢には入るか)
「先生」
「! アリアさん」
宿の前では、アリアが僕のことを待っていた。
黒のワンピースに身を包んだ彼女は、早々に僕の前まで近寄ってくると、
「話、聞かせてくれるんだよね?」
「もちろん、お話しますよ」
アリアと、そしてイリスには――僕が話を聞いて伝えることにしている。
一応、僕も彼女達も学園の授業の一環でここにやってきているのだ。
周囲を確認するが、そこにいつも一緒にいるイリスの姿はない。
「イリスさんはどうしました?」
「……剣を振ってくるって。止めたけど、そんなに遠くには行かないって言うから」
アリアが海辺の方を見ながら言う。
この状況でも、イリスのやることは変わらない――いや、今だからこそ、『剣を振りたい』という気持ちが強いのかもしれない。
「町中には騎士達も配置についています。ですが……時間的に一人で出歩くのは感心できませんね」
「先生だってそうでしょ」
「僕は先生なので。では、イリスさんを迎えに行きましょうか」
「分かった」
僕はアリアを連れて、町中を歩き出す。街灯があるために、町中を歩く分には問題ないが、海辺の方になると暗く、先も見えなくなってくる。
先ほどアリアの見ていた方向から察するに、イリスが向かったのはこちらの方なのだろう。
僕の進む方向に、口出しすることもなく、ついてくる。
「イリスには、結局バレちゃったね」
「まさか、イリスさんが剣客衆と戦闘になっているとは思いませんでしたね。結果的には、話さざるを得なくなった、というべきでしょうか」
「……今回は、イリスを危険な目に遭わせたくなかったけど」
アリアがポツリと、そんなことを呟く。
「仮に狙われていたのが君だったとすれば――君はまた、イリスさんに黙っておくつもりですか」
「先生には、言うつもりだよ。もう隠したりなんてしない。イリスにも……相談くらいは、すると思う」
やや歯切れ悪く、アリアが答えた。『ノートリア』の一件があったからこそ、アリアにとってイリスは余計に『心配の種』になったのかもしれない。
イリスは確かに強い――だが、彼女はアリアを救うために、一度は命を落としかけている。
そして、逆にアリアも、イリスを守るために命を掛けている。
「君達は本当に、性格は似ていないのに似た者同士ですね」
「……そう? わたしはイリスと違って無理はしない」
「あははー、僕からしてみると、どっちも無理をしやすいタイプなんですけどね」
「そんなことないよ。イリスには『逃げる』っていう選択肢がない。わたしにはある――これは、明確な違い」
確かに、アリアの言うことは間違ってはいない。イリスはどんな相手だろうと『退く』という選択を選ぶタイプではない。
他方、アリアはそういうこともできるタイプだろう。そこに、イリスが関わっていなければの話だけれど。
「アルタ先生は……《剣聖》って人だったんだよね?」
不意に、アリアが問いかけてくる。
それを教えてから、アリアが『その事実』について、尋ねてきたことはなかった。
「そうですよ。君にしか話していませんので、内密に」
「それは分かってる。その話って、イリスにはしないの?」
「別に、ひけらかすような話ではありませんから。それに、僕みたいな子供に剣聖だった男の記憶がある……そんなことをいきなり話したとして、信じますか?」
「イリスは信じるよ。わたしもそう。だから、話してくれたんでしょ?」
「……それもありますが、あの時は特に君にとって信頼される人間になるにはどうしたらいいか、そう考えてましたから。逆効果になったらどうしようかとも思いましたけどね」
「先生が強い理由が分かったから、信憑性はあるよ。でも、そのことに関してもそう。先生って、何でも隠すタイプだから。今回のことでも、この後ちゃんと話してくれる?」
「もちろん、現状についてお話しますよ」
現在対応すべき相手については、情報を共有するつもりだ。いざ僕がいない状況があったとしても、イリスとアリアならば対応できる。僕も、それくらいには彼女達を信頼している。
「……それだけじゃなくて、イリスが少し気にしてた」
「何をです?」
「イリスが会ったっていう、ルイノって子。その子とアルタ先生、面識があるんじゃないかって」
「ああ、そのことですか。ルイノという子のことは知りませんよ。それは事実です」
「じゃあ、『トムラ』も?」
「!」
アリアの問いかけに、僕は足を止める。彼女の表情は真剣だ――僕はそこで、ようやく問いかけの真意を理解する。
『ノートリア』と同様、『トムラ』についてもその姓に意味があるのではないか、そういう意味なのだろう。
「そうですね……そういう意味でも、心配はありません。ただ、君になら少しだけ話してもいいかもしれませんね。剣聖であることを知っているわけですし」
「どういうこと?」
「別に、面白い話でもないですよ。ただ――僕のことを、勝手に『友』だと呼んでいた男が、『トムラ』という姓であっただけです」
アルタ・シュヴァイツに関わることではない――それは、ラウル・イザルフに関わることなのだ。
だから、今回の件において、僕はルイノと関わりがないと言っていいだろう。
そもそも、ルイノが僕の知るトムラという男と関わりがあるかなんて、僕にも分からないのだから。
「それなら、ルイノって子が先生の友達と関わりがある可能性も?」
「あるかもしれませんね。ですが、それもまた今回の件とは関係ありません。その点については心配しないでください。どちらかと言えば、問題は剣客衆――」
アリアと話していた僕は、不意にその気配に気付いて、言葉を止める。
とてつもない集中力を以て、剣を握る少女の気配。
暗がりの海辺にて、一人の少女が魔力で作り上げられた剣を振るっているのが、遠くからでも見えた。
「イリスさんみたいですね。アリアさん、話の続きは合流してからにしましょう。とにかく、僕はルイノ・トムラと関係があるかも分からない……それが事実です」
僕の言葉に、アリアが納得するように頷く。今すべきことは、剣客衆の対応だ。
光る剣は魔力で作られた模擬剣――それを振るうイリスの下へ、僕とアリアは向かう。
近づいたところで、イリスがこちらに気付いて振り向いた。
「修行するのもいいですが、今の時間は外出禁止ですよ」
「シュヴァイツ先生……。すみません、少し――剣を振っていたかったんです」
先の戦いで何かあったのか――いや、気にしていることがあるとすれば、アリアがさっき話していた、僕とルイノの関係のことだろうか。
そのことについては関係はないと答えているが……レミィルが口にしたこともあって、イリスが納得するには中々難しいのかもしれない。
僕はトムラのことは知っている……そのことは、イリスも理解していることのはずだ。
「イリスさん、先ほどお約束した通り、今回の件について説明します。一先ず、宿の方に戻りましょう」
「分かりました。でも、その前に……お願いがあります」
イリスが模擬剣を握ったまま、真剣な眼差しを向けて言い放つ。
「私と――本気で戦ってくれませんか?」
それは、イリスと出会ったばかりの頃と、同じ言葉であった。
11/25に本作の第一巻が発売されます。
表紙は下記や活動報告で見られますので、是非ご覧になってください。
それから、本作のコミカライズ企画が進行中となっておりますので、こちらでもご報告させていただきます。
作品をいつも応援していただいてくださり、本当にありがとうございます。
この場にてお礼を申し上げます。
今後とも宜しくお願い致します。
それと100話記念です!!!