10.騎士としての仕事
小道を抜けて、校舎裏の方まで駆けていく。
すれ違う生徒達の視線を受けながら、僕はそのまま走り抜ける。
正直こんな子供じみたことをするのは久々だ。
追いかけっこなんて子供のやることだ――まあ、後ろから追いかけてくるイリスの速度が尋常ではないことを除いて。
お互い《魔法》で身体能力は強化している。
僕が、《剣聖》と呼ばれていたのはただ剣術に優れていただけではない。
剣術と魔法を合わせたことによって、僕はそう呼ばれていたのだ。
どうしても、生身の人間には限界が出てしまう。
そういう意味だと、まだ若いこの身体で前世と同じレベルの能力を発揮するのはやや――いや、結構無茶しているとも言える。
「……とはいえ、加減すると追い付かれるからなぁ」
僕の背後に迫るイリス。
割と距離を離したつもりだけれど、彼女はまだ僕とそこまで離れていない距離にいる。
もう少し無理をして加速すれば、置き去りにすることはできるかもしれないが――
(お互い三十分も全力で走ってはいられないだろうし、ここからはかくれんぼの時間かな)
そう判断して、僕は校舎裏の先――林の方へと抜けていく。
学園の敷地内ではあるが、そこには鬱蒼と並び立つ木々がある。
学園の敷地も相当広いことを考えると、この林だけでも占めるスペースはなかなかだと思う。
ここはここで、演習などで使うのだろう――あちこちでやり合った跡が見える。
(それよりも……一、二――五かな?)
後方確認。イリスの姿がないのを見ると、地面を蹴って木の上に逃げ込む。
それとほぼ同時に、イリスの姿が見えた。
「……!」
イリスの表情は少し焦っているようだった。
おそらく、僕のことを完全に見失ったのだろう。
そのままの勢いで、木々の間を縫うように駆けていく。
木から降りて、イリスが駆けていった方角を見据える。
このままタイムリミットまで時間を潰せば僕の勝ちだ。
「相手の行動を先読みする――それも必要なことだね。そう思わない?」
ちらりと背後に向けて声をかける。
だが、返ってくるのは静寂だけだ。
「出てきなよ。隠れるのは無意味だ」
改めて繰り返すと、二人のローブに身を包んだ人陰が現れる。二人とも仮面を付け、その素顔を窺うことはできない。
なるほど、どうやら僕がここに赴任したタイミングは本当に丁度良かったらしい。
――イリスはすでに、刺客に狙われている。
「……いつから気付いていた?」
ローブの一人が問いかける。声から判断して男だ。
もう一人のローブも体格から察するに男だろう。
ただ、僕が数えていた人数とは異なる。三人は、イリスの後を追ったらしい。
「ここに来た時点かな。イリスが一人になるタイミングを待っていたんだろう?」
僕は二人の暗殺者の前に立つ。
暗殺者達は僕を見据えたまま動かない。
僕の間合いをはかっているのだろう。
「それを分かっていてここに来たのか。……貴様、ただの子供ではないようだな」
「まあね。一応、ここの講師をやらせてもらってるんだ。不法侵入者の対処はしないと」
「お前が講師だと? ふざけたことを言うな」
「ふざけてなんていないさ」
僕は両手をひらひらと広げてアピールをする。
暗殺者達はまだ動かない。
とにかく徹底して僕の動きを見定めようとしているようだ。
「……まあいい。貴様の動きを見れば只者ではないということは分かる。我々は丸腰の子供相手でも油断はしない」
「油断はしない、ね――まあ、もう終わってるけど」
「……なに――」
言葉と同時に、一歩踏み出して腕を振るう。
ヒュンッと風を切る音とともに、二人の暗殺者の首筋を切り裂いた。
目の前の二人は何が起こったかも理解していないだろう。
「悪いね。伊達に剣聖と呼ばれてたわけじゃないんだ。――さて……問題はイリスさんの方かな」
倒れた暗殺者の方を振り返ることなく、僕は駆け出す。
講師としての仕事と同時に、騎士としての仕事が早々にやってきたようだ。