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私立薬師寺学院特進科!5  作者: 有栖川優悟
3/4

31*Agreement

Agreement――契約


私立薬師寺学院特進科 大教室A


「全員、集まったわね。大事な話だから封印も解除してあるわ」

 特進科担任・松本まつもと白華はっかの号令で、特進科の生徒全員が大教室Aに呼び出された。‬

 席に着いた生徒達で、教室内がザワザワと騒めく。‬

 「ええ、またですか?」‬

「そうよ。しかも、今回は大喜利とかではないわ」


「私立薬師寺学院特進科・生徒会長選挙の話をするわね」

 

「…そういう話をこの時期にするのは普通なんだろうか?」

 何も知らないメチルフェニデートが、呟いた。

「あ、リタリンは知らないんだっけ。この学校じゃあ、この時期にやるんだよ。つか、ここ元々学校じゃねえから人間みたくいかねえんだ」

「そういうことだね。しかもやり方は毎回変わる。普通科・特進科共に、派閥に分かれて勝った派閥から選出することと、選ばれた薬が来年度の4月から会長を務めるのは変わらないんだけどね」

 フルニトラゼパムやケタミンなどは前年度も在籍していたため、知っていた。


「知らない薬もいるから、改めて質問するわ。よく聞きなさい」

 松本はホワイトボードに書いた。

「今年度の後期、メチルフェニデートが編入したわね。彼女にはデキストロメチルフェニデートが巣食っている――彼女が指定されたのは全くの偶然だけれど、いい生徒を引き入れられたと思っているわ」

 メチルフェニデートの4月の私立薬師寺学院への入学、並びに10月の特進科への編入自体はあくまで国から指定されたものである。どのくらい人間に影響を与えたかなどの基準で指定されるので、巣食うものなどは考慮されないことが多い。


「よって、今年度の選挙はこうするわ。『デキストロメチルフェニデート派対メチルフェニデート派』、それで争ってもらうの」


「…おいおい、いつにも増して過激じゃねえか」

 ここは元々人間による実験施設なのだから、人間の都合で一部の薬が踏みにじられること自体はよくあることだった。しかし、一つの薬をどう扱うかで決まること――一つの薬だけに犠牲を押し付けることは稀だった。

「ここにいない生徒は全員棄権したわ。そもそもメチルフェニデートの存在自体を知らない薬も多かったし」

「中立も…ありなんですね?」

「ええ、そうよメチルフェニデート。貴方をどう処理するかにかかっているんだから、貴方自体は貴方の意思に関わらず中立とするわ。棄権じゃない、そもそもその権利がないのだから」

「は…………あ?おいちょっと待てっての先生!最初から権利を持たねえってそんなの!」

「フルニトラゼパムには関係ないことよ。…メチルフェニデート、それで異存はないわね?」

「…構いません。私は何も知らないですから、何も言えませんよ」


 ――自分のあずかり知らぬところで何が起こっても、私は何も言えないからな。


「そう…貴方は何も知らないものね。他の薬も棄権すること、つまり中立を宣言することは許されているわ」

「先生はそれを見過ごすつもり、と?」

「ええ。私はあくまで薬師。薬を扱いこそすれど、薬の行く先は決めないわ。それを決めるのは政府か――あるいは薬自身だもの」

 それは薬師としての役目に忠実な――ある意味で無責任とも言えるものであった。

「今ここで宣言したっていいのよ?…ねえ、フルニトラゼパム、貴方はどうするの?ここまで私に逆らうくらいには、心は決まっているものと見たのだけれど…あれだけ噛み付いておいて棄権とかはないわよね?」

「決まってる。オレは――リタリン、お前につく」

「…どうして」

「お前には、オレみたいになってほしくねえからだ。…ジアセチル、お前はどうすんだ?」

「私はデキストロメチルフェニデートにつくわ。利用したいのよ、彼女を」

 C21H23NO5・ジアセチルモルヒネ。デバイスの色は青緑。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「そうね。貴方の思惑は知っている…見逃してきたのよ、ずっとね」

 松本はジアセチルモルヒネの思惑を見抜いた上で、ずっと彼女らを泳がせてきたのだ。それも、彼女の『薬の行く先には特に干渉しない』という考えに沿った形である。

「解散としましょう。デキストロメチルフェニデート派、つまりジアセチルモルヒネ側。メチルフェニデート派、つまりフルニトラゼパム側。中立派、つまり棄権。…遅くとも、3月上旬までには心を決めておくことね。それまでならば、一度主張したものを変えたっていい」

 メチルフェニデートを中心とした争いが――幕を開けた。


 ***


私立薬師寺学院特進科 談話室


 特進科の談話室では、今日も薬達が駄弁っている。

「でさー、こないだ食べた人肉がさー?」

 C17H21NO2・デソモルヒネ。デバイスの色は赤。

 オピオイド系の合成麻薬であり、ロシュ社が開発した鎮痛剤の一種である。

 非常に強力な鎮痛及び鎮静作用をもつ薬物であり、それはモルヒネの8倍から10倍とされる。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「うんうん。クロコクンってほんと人肉好きだよなーっ」

 C15H21NO・‬ピロリジノペンチフェノン。デバイスの色はアップルグリーン。

 スペイン語で『美しい女性』という意味のフラッカと呼ばれる、アッパー系の薬である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「フラッカ先輩もじゃないっすかー!」

「まーなっ。で、それ美味かった?」

「はい!まあ俺にとっては人肉ってだけで美味しく感じるんすけどねー」

「あはは、いつも通りだなー!」

「相変わらずですよねー」

「リスミー先輩もそう思うんすか?」

 C21H20Cl2N6O3・リルマザホン。デバイスの色はペールグリーン。

 ベンゾジアゼピン系のプロドラッグである睡眠導入剤の一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律における習慣性医薬品として、特進科に準じた扱いを受けている。

「ねー、人間って美味しいのかなぁ?」

 C15H21NO2・ペチジン。デバイスの色は小豆色。

 フェニルピペリジン系の合成オピオイド鎮痛薬の一つである。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「美味いっすよー、人肉」

「お前なぁ…」

「…ハルシオンさん!」

 C17H12Cl2N4・トリアゾラム。デバイスの色は紺色。

 ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び習慣性医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。


「…お前達、これからどうするんだ」

「これから…?」

「ジアセチルモルヒネ側につくか、それとも…俺と同じ、フルニトラゼパム側につくか」


「…それって、どういう」

「えっ、これって王道の仲間割れ展開ってやつです?」

 C2H5OH・エタノール。デバイスの色は水色。

 第一級アルコールに分類されるアルコール類の一つである。

 消防法で危険物第4類、航空法で引火性液体に指定されており、入門薬物ゲートウェイドラッグ、すなわち特進科見習いとして扱われている。

「聞いたろ、先生から話」

「ですね。…僕は中立です。つまり、棄権します」

「なんで?」

「普通に生きていくだけなので。クロコダイルさんは?」

「俺は姉貴に乗っかるぜ。元々兄貴は頼りねーって思ってたしな。それで人肉がこれまでよりもっと食えるんだろ?安い用じゃんか!」

「クロコクンらしーねっ。あ、私は中立で」

「あたしもかなー…どうなってるかは楽しみだけどね」

「私もそれで。確かハルシオンさんはロヒプノール君側だったよね…セルシン君は?」

 C16H13ClN2O・ジアゼパム。デバイスの色は朱色。

 ベンゾジアゼピン系の向精神薬の一種である。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。

「俺も中立。巻き込まれるのは嫌いなんだ。…先輩達は?」

「私達も中立だよ。ね、お姉ちゃん!」

 C18H21NO3・ヒドロコドン。デバイスの色はフクシャピンク。

 オピオイド系の鎮痛剤の一つで、メチルモルヒネから合成される半合成麻薬であり、ケシから抽出されるアルカロイドの一つである。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「そーそ。それで問題ナッシング」

 C18H21NO4・オキシコドン。デバイスの色はピンクパープル。

 オピオイド系の鎮痛剤の一つで、ケシから抽出されるアルカロイドの一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で劇薬に、麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「私もですよ、先輩」

 C19H21NO4・ナロキソン。デバイスの色はストロベリーピンク。

 オピオイド拮抗薬の一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び劇薬に指定されている。

「誰が生徒会長かなんて、元々私はどうでもよかったんです」

「私も。まず私は見習いだし」

 C10H14N2・‬ニコチン。

 主としてタバコの葉に含まれるアルカロイドの一種である。

 毒物及び劇物取締法で毒物、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で第2類医薬品に指定されており、入門薬物ゲートウェイドラッグ、すなわち特進科見習いとして扱われている。

「私も。何かあったらまた変わるかもだけどね」

 C29H41NO4・ブプレノルフィン。デバイスの色はクリームイエロー。

 オピオイド受容体に対するオピオイド部分作動薬である。

 麻薬及び向精神薬取締法で第二種向精神薬に、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で習慣性医薬品、劇薬に指定されている。

「ナロキソンに同じだ」

 C16H25NO2・トラマドール。デバイスの色は深緑。

 オピオイド系の鎮痛剤の一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で劇薬に指定されている。

「私も中立かなー」

 C17H15ClN4S・エチゾラム。デバイスの色はチェリーレッド。

 チエノトリアゾロジアゼピン系に属する抗不安薬、睡眠導入剤であり、ベンゾジアゼピン系と同様の作用を持つ。

 麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。

「僕はヘロインさん側。そっちの方が楽しそうだから」

 C12H17N2O4P・シロシビン。デバイスの色は黄緑。

 マジックマッシュルームと一般に称されるキノコに含有される成分である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「わたしも!理由はシロシビン君と一緒!」

 C11H15NO2・メチレンジオキシメタンフェタミン。デバイスの色はパステルピンク。

 メタンフェタミンに似ているものの幻覚作用も併せ持っており、多種多様な色や形を持った錠剤として売られている。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「ケタミンさんは?」

 メチレンジオキシメタンフェタミンは、ケタミンを取り囲む集団に目を向けた。


「私は…ロヒプノール側につく」

 C13H16ClNO・ケタミン。‬デバイスの色は青紫。

 アリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬であり、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律の処方箋医薬品・劇薬に、麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「なんでまた…」

「知ってるでしょう?私はヘロインが嫌いなの。あいつと誰かが争うのなら、あいつじゃない方につく。たまたまそれが、ロヒプノールだっただけ…」

「…‬ケタミンさん、すみません。ヘロインさん側で。ロヒプノールさんのことは見ていたいですが、彼の意見には賛同しかねますので」

 C4H8O3・四ヒドロキシ酪酸らくさん。デバイスの色は薄紫。‬

 概ねγ-ヒドロキシ酪酸と呼ばれるヒドロキシ酸の一種で、中枢神経系の抑制効果、睡眠作用・性欲増強作用を持つ。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「僕も姉さん側。そう言っといて」

 C21H27NO・メサドン。デバイスの色は青。‬

 オピオイド系の合成鎮痛薬である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

「どういうこと?」

「姉さんに取り入って、後でロヒプノールさん側に寝返るの」

「俺は、最初からロヒプノールさん側につきます」

 C21H30O2・‬テトラヒドロカンナビノール。デバイスの色は紫。

 カンナビノイドの一種で、大麻の主な有効成分となっている。脳などに存在するカンナビノイド受容体に結合することで薬理学的作用を及ぼす。‬

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されているため、彼を用いた臨床試験は麻薬研究者でない場合禁止されている。‬

「ってかさ、ロヒプノールさんとケタミンさんってどんな関係?」

「かつては私と3人で『シンデレラ同盟』っていうデートレイプドラッグの集団を組んでいたんです。そこからあの人が抜けて、メサドンさんがケタミンさんの弟子になって、あとは貴方の経験通り」

「ケタミンさん的には、特にロヒプノールだからどうとかってことは」

「…あるよ。彼がたまたまヘロイン側じゃなかったことは有り難いけど」

 ケタミンは席を立った。


 ***


▼C13H16ClNO


 私と、ヘロインと、ロヒプノール…と、ラボナール。それをまとめて泥沼カルテットと、他の17歳であるセルシンやニコチン、リスミーは呼んでいる。

 だが――私達を繋ぐのは好意じゃない。


 確執だ。


数分後 私立薬師寺学院特進科 廊下


「ねえ、ロヒプノール」

 私は廊下を歩く彼に声を掛けた。

「ケタミンかよ…」

「何その反応。…君、ヘロイン嫌いなんでしょう?だからメチルフェニデート派についた」

「…ああ、そうだよ。オレはあいつのやり方は気に入らねえ」

「奇遇だね。私もあの子が大っ嫌いなの。だから私は君につく――ねえ、私と協力してヘロインを蹴落とそう?」

 ――ロヒプノールは乗るか、それとも反るか。

「…は?」

「そのままの意味だよ。…契約、受ける?」

「仕方ねえ。…お前の為じゃねえよ、ジアセチルモルヒネが嫌いなだけだ」

「…成立、だね」


 そう。ロヒプノールと私は気が合わないが、同時にある一点でだけ気が合う――それも、恐ろしいほどに。

 それは――『ヘロインが嫌いである』こと。


 この選挙は――違う。この学校での生活は、自分が気に入った者を生き残らせて気に入らない者を蹴落とす、そんな闘争だと――最初から、わかっていたのだから。

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