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私立薬師寺学院特進科!5  作者: 有栖川優悟
1/4

29*Abroad

まえがき

◇メチルフェニデート〔リタリン〕

C14H19NO2

精神刺激薬の一種。

16歳。記憶の一部を封印された、中性的な少女。

◇フェンタニル

C22H28N2O

オピオイド系の合成鎮痛薬の一種。

16歳。常に敬語で話す、機械的な少年。

◇メサドン〔メサペイン〕

C21H27NO

オピオイド系の合成鎮痛薬の一種。

16歳。特進科の学級委員を務める、大人しめな少年。

◇アルプラゾラム〔ソラナックス〕‬

C17H13ClN4

ベンゾジアゼピン系の抗不安薬および筋弛緩薬の一種。

14歳。‬良くも悪くも素直で遠慮がない少年。

◇ジアセチルモルヒネ〔ヘロイン〕

C21H23NO5

オピオイド系の麻薬の一種。

17歳。とある計画の為に行動している少女。

◇フルニトラゼパム〔ロヒプノール〕

C16H12FN3O3

ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一種。

17歳。正義を掲げて生きる、自罰的な少年。

◇ケタミン〔ケタラール〕

C13H16ClNO

アリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬の一種。

17歳。最強を目指す、ストイックな少女。

◇チオペンタール〔ラボナール〕

C11H17N2NaO2S‬

バルビツール酸系の麻酔薬の一種。‬

17歳。「処刑人」と呼ばれている、真面目な少年。‬


松本まつもと白華はっか

人間

特進科の担任。

29歳。薬達を教え導いている。

神宮寺じんぐうじ彼方かなた

人間‬

フィリア女子学院の生徒。‬

16歳。ナルコレプシーで入院しており、メチルフェニデートを服用している。‬

三川みかわ早織さおり

人間‬

フィリア女子学院の生徒会長。‬

17歳。チオペンタールと何らかの関係があるようだが…?‬

Abroad――外国へ


12月26日 羽田空港


 彼ら彼女らは、空港へ梅枝うめがえ凛々香(りりか)を迎えに来ている。


 人間側からは、親交がある三川みかわ早織さおり沢上さわがみ朱紗つかさ朝長ともなが真結まゆ青葉あおばクリスティーナ、片岡かたおか明菜あきな

 薬側からは、凛々香が以前服用していたフルニトラゼパム。

 クリスティーナが服用しているアルプラゾラム。

 明菜が以前服用していたエチゾラム。

 早織たちに取り憑いているサリン、タブン、ソマン。

 サリンらとフルニトラゼパムらの間を取り持つチオペンタール。

 神宮寺じんぐうじ彼方かなたは入院中のため、彼女および彼女が服用しているメチルフェニデートとは病院で会うことになった。


「凛々香…!お帰り凛々香!」

「ただいまー、早織。あれ、彼方はー?」

「入院中よ。後で会いに行きましょう。…隣の子は?」

「ああ、レンだよ。レンドルミン」


「初めまして!僕はレンドルミンです!」

 レンドルミン――C15H10BrClN4S・ブロチゾラム。

 チエノトリアゾロジアゼピン系の睡眠導入剤、麻酔前投与薬の一種である。

 アメリカでは規制物質法のスケジュールIVに指定され、日本では麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で習慣性医薬品に指定されている。

 彼女はアメリカ支部に所属しており、フルニトラゼパムらとは面識がある。

「レンだー!」

「わっ、デパスさん!」

 デパス――エチゾラムはブロチゾラムと同じく、チエノトリアゾロジアゼピンである。

「それと…ソラさん、ラボナールさん、…あ!ロヒプノールさんじゃないですか!」

「…オレ?」

「お前と面識あるのか…?」

「あるも何も、この人はお姉ちゃんの前のお薬なんです!」

「そうだな。アタシはロヒプノール飲むのを辞めざるを得なくなって、そっからレンに切り替えた。レンならアメリカに行けるからなっ」


「あ…そういやリリィはお前に切り替えてたんだっけ」

「もう!酷いじゃないですか!僕とお姉ちゃんが出会う前、お姉ちゃんに何してたんですか!」

「いや普通に治療してたわ!」

「治療って何ですか!眠らせるってことですか?」

「『何ですか』じゃねえよ!オレもお前も睡眠薬だろうがよ!」

「そりゃそうですけどね?…いや、そうじゃないんです!僕のお姉ちゃんに何してたんですか貴方は!」

「だから、治療してただけだっつーの!つかリリィはお前の姉じゃねえわ!」

「でもどうでもいいんです!お姉ちゃん以外は全部どうでもいいんです!」


 ブロチゾラムは凛々香のことを姉のように慕っている一方で好いており、以前に飲んでいたフルニトラゼパムに妬いている。

 それどころか、凛々香以外は人間であろうと薬であろうとどうでもいいと思っていた。

「この薬達全然知らんけど、片方割とまともそうだな…」

「明菜、両方私の知り合いなんだけど、髪跳ねてる方はぶっちぎりにまともだから安心していいよ!」

「ああ…フルニトラゼパムは至ってまともだな…」

「レンが勝手に嫉妬してるだけじゃないっすか…?」


「何なんだよお前らは…痴話喧嘩かよ…」

「そうね…元彼と今彼…?」


「元彼っておい!人間と薬が付き合えるかっつーの!」

「それに僕の人格、一応女なんですけど?」


「じゃあさ、レンちゃんってボクっ娘男装ロリってこと?ショタに見せかけたロリなの?可愛くね?」

「クリスちゃんの言う通り、そういうことになるね。百合…百合かぁ…私に重ねちゃうな」

「私もじゃよ」

 ――『そうじゃ。…多分な』


 真結は彼方を、朱紗は早織を、タブンはサリンを好いている。しかし真結や朱紗と違い、タブンはその想いが叶わないと知っている。

 サリンには、チオペンタールがいるからだ。

 タブンはブロチゾラムを自分に、凛々香をサリンに、フルニトラゼパムをチオペンタールに重ねて見ている。


 ――『ブロチゾラムの気持ち、私にはよくわかるぞい』

 ――どうしてじゃ?

 ――『私も同じじゃからのう…多分じゃが、あの女子おなごはフルニトラゼパムとやらが邪魔で仕方ないのじゃろう』

 ――そのようじゃな。


「…まあとりあえず、全員私の家にいらっしゃい!神宮寺さんが入院している病院には、行きたい人だけで行きましょう!」

「はい!アタシ行くよ!」

「もちろん凛々香は来てもらわないと困るけどね!」


 彼らは、とりあえずは早織の家に来ることにした。


数時間後 三川家


「こんなに大人数来るとは思ってなかったけど…まあいいわ、半数以上薬なんだから。母も父も今はいないし」

 早織は苦笑いしつつも、彼らを招いた。

「半数以上薬て…」

「しょうがないっすよデパスさん、事実っすから」

「そうだなっ。…オレ、訊きたいことあるんだ」

「…なんだ、フルニトラゼパム」

 フルニトラゼパムは、凛々香に問う。

「なーリリィ、お前…オレがいなくなってからどうしてた?」

「決まってるでしょう?お姉ちゃんは僕といたんですよ!」

「レン、お前じゃない。リリィに訊きたいんだ。…今のお前は、どこか苦しんでいるように見えたんだよ」


「…え?」

「凛々香に何かあったの?」

 早織には、フルニトラゼパムの目から凛々香が苦しんでいるように見えた理由がわからなかった。

 けれど、その理由はフルニトラゼパムですら知り得ないものだった。


「わかんねえよ、オレには。迷ってるならオレは読めるけど、そこに迷いはないから一層よくわかんねえんだ」

「…言いたくないなら、言わなくてもいいよ?」

「うん…レン、ごめんね。言わなきゃ」

 凛々香はブロチゾラムがいることを承知の上で、彼らに説明することを選択した。

「アタシやっぱり駄目だった…!アメリカいる間はレンに切り替えてたけど、あんたよりは効かないんだよ!」

「そりゃ悔しいけど、僕よりあの人の方が強いから?」


「そうじゃないの…アタシにはロヒプノールじゃなきゃ――フルニトラゼパムじゃなきゃ駄目なの!」


 凛々香は、アメリカに発つ前に保存しておいた大量のフルニトラゼパムの錠剤――彼の分身わかちみを、彼自身の前で飲み干…そうとした。

 それを彼は寸前のところでやめさせたのだ。ブロチゾラムも、それに乗じる。

「…やめろ!オレを一気に飲むな!それオーバードースって言うんだぞ!」

「お姉ちゃん、そんな奴飲み込んじゃ駄目!」

「だって…そうしなきゃ…!」

「いいから吐け!」

「そうだよ!吐けばいいんだよ!」


 フルニトラゼパムは『凛々香を自分のせいで傷つけたくない』。

 ブロチゾラムは『凛々香に自分以外の薬を頼って欲しくない』。

 根底にある思考は全く異なるが、今取るべきだとしている行動は同じものであった。


「…オレはそんな使い方される筋合いはねえ!」

「だから、そんな奴頼らないでよお姉ちゃん!」


 ***


「…ったく、冷や冷やした…オレ達はオーバードースなんてどうにもできないんだからなー?」

 幸い、凛々香はまだ彼を飲み干してはいなかった。


 薬物乱用者は、次第に薬物依存性を増し、治療域を超えた過剰な薬物摂取――オーバードースを求めることがある。無論、これは人間にとっては体を害する行為であるのだが、特進科の薬の中にはそれを推し進めようとする者もいる。

 それに至る原因は、薬では解決できない。人間は救いを求めて薬を大量摂取するが、期待をかけられても彼ら薬にはどうにもできない。


 薬は、問題を根本的に解決させる力は有していないからだ。


「ってかさ…リリィ、オレじゃなきゃ駄目ってさ、それ依存症だろ」

「依存症…?って、どういうことだよ…」

「そのまんまだよ。お前はオレに依存しちまってんだよな」


 薬物依存症。

 簡単に言えば、薬を使い続けることをやめたくてもやめられないという状態である。

 だが、薬がヒトに擬態している昨今では、『薬物依存』は二重の意味を含むようになっている。

『薬としての、物質としての』薬に――分身に依存しているのか。

『ヒトとしての、人格を持つものとしての』薬に――現身うつしみに依存しているのか。

 凛々香の場合は、両方だった。

 特に彼――フルニトラゼパムは依存性が強いとされ、麻薬として規制する国もある。

「オレはこんなやり方気に入ってねえけど、副作用だから仕方ねえんだろうな」

「え、あんた副作用あったの?てっきり何でも屋だと思ってたのに!」


 それは、フルニトラゼパムへの期待故。

 けれど彼本人には、期待されてもどうすることもできないという足枷すらあった。


「悪いけど、オレは何でも屋なんかじゃねえ。いち睡眠薬でしかねえんだ」

「…いち睡眠薬、か」

「つーか、そもそも薬だからって何でもできるわけじゃねえよ!何でも治せる薬なんてこの世にいるわけねえだろ!全ての人間に有効な薬とか、副作用のない薬とか、そんな薬はどこにもいねえんだよ!オレにだって副作用はあんだよ!」


 彼とて、万能なわけではなかった。


 彼は催眠作用は強く、抗不安作用もそれなりに強い。

 鎮静作用、特に入眠・催眠作用に限ってはベンゾジアゼピン系に分類されるものの中では高力価とされ、治療範囲での投与量で比較するとジアゼパムのおよそ10倍の効力を持つとされる。

 けれど、抗けいれん作用や筋弛緩作用はやや弱い。ジアゼパムと同等、もしくはそれ以下である。


 彼の主な副作用はふらつき、眠気、倦怠感等、集中力低下で、健忘や脱抑制も比較的多く見られる。重大な副作用としては、依存性の他に刺激興奮、錯乱、呼吸抑制、炭酸ガスナルコーシス、意識障害などがある。また稀に肝機能障害、黄疸、横紋筋融解症、悪性症候群などがある。

「薬は人間を助けることはできる!むしろオレはそのために生きてる!」

「助けてはくれるんだよな…?」

「ああ!けどさ、人間を救うことはオレ達薬にゃできねえんだよ!」

「…どうして」


「そりゃそうだろ!人間を救うのは人間しかいねえんだ!」


 彼は人間を助けることはすれど、救うことはしない。

 それは、彼が人一倍薬の力の限界を知っているからであった。

「それを知らねえまま人間は薬に頼りたがるし!誘われたからとかで簡単に薬を手にしちまう不届き者もいるし!何なんだよ一体!」

「…ごめん」

「オレ達薬に、どうしろって言うんだよ!」


「…おい、愚痴になっているぞフルニトラゼパム」

「そーそ。僕のお姉ちゃんに何怒鳴ってるの?」

「…ああ、ごめんな?」

「いつものロヒプノールさんっすね、完全に」

「うんうん」

「凛々香、貴方の服用してる薬ってろくな奴がいないと思っていたのだけど…フルニトラゼパムとかいう薬はまともなのね」


「ねえ、皆」

 真結は彼ら彼女らの喧騒を断ち切った。

 それは、神宮寺彼方の元へ凛々香達を向かわせるためであった。

「そろそろ彼方ちゃんの所に行かない?」

「彼方…って、あの子か!」

「そうっすよー。リタリンさんの参考服薬者レシピエントっす」

「よし、そうしましょう。行きたい人は私と凛々香と一緒に瑠璃光るりこう総合病院まで向かうわよ!」

「はーい!」

 賛同した者達は早織の家を出て、瑠璃光総合病院行きのチャリティバスが停まるバス停へと向かった。

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