ある日の出来事
「グレーテルはきれい。おおきくなったら、およめさんになってください」
侯爵家の跡取りであり、グレーテルの幼馴染のダニエルは彼女の事が大好きだ。
それは今でも変わらない。なので年頃を迎えた彼は後悔の日々を送っていた。
(ああぁーあれじぁ、彼女が綺麗ってだけで選んだみたいじゃないかー!)
淡いピンクの薔薇の花をちらしたドレス、艶やかな髪をふわりとまとめた五歳の誕生日の彼女、今でもはっきり覚えてる。
(可愛くて、可愛くて、誰にも渡したくない)
なので同じく五歳だった彼は、先のセリフを彼女に言ったのだが、彼女の愛らしい薔薇の唇から一言、
「むり」
…………その後、彼が公衆の面前で大泣きしたのはいうまでもない。それ以来、ダニエルはグレーテルに頭が上がらないでいる。
(もっときちんと言えば良かった、僕ってバカだなぁ)
わずか五歳の時の求婚が本気にされている外も無いのだが、純朴な彼はその事に気づいていない。
――――「よし!今日も一番乗りー!」
ダニエルは教室の扉を開けると、ご機嫌で自分の机へ向かい荷物を置く。
彼の朝は早い、何故なら誰よりも早く教室に行くと決めてるから、その理由はただ1つ、
(家族以外に挨拶するのは、グレーテルが一番最初!)
――――彼の大切な決まり事、入学してから今迄、途切れる事のない朝の始まり。
なので学校が休みになると彼は1日落ち込んでいるのは当然の事だった。
――――彼が恋するグレーテルはアリソン家の産まれ、
アリソン家は天使の末裔と言われてる特別な存在、子々孫々、神からある役目を与えてられてるとも………
しかしはるか昔の事ゆえ、信じてる者は少ない。
しかし彼女には確かに与えられた役目があった。神に通じる「蒼天の瞳」でありのままの世界を見ることを……
――――(ふぅ、さぁ開ければそこには彼がいる)
グレーテルは教室に入る前に、何時も一呼吸つくのが彼女の決まり。何故なら教室の扉を開けるとそこには、
「お早う!グレーテル、待ってたよ!」
キラキラの笑顔でダニエルが待ち構えているからだ。毎日、毎日、毎日欠かすことなく、彼女を待っている。
「お早う、ダニエル。何時も早いのね」
さらりと返すのも何時もの決まり。毎朝、それで終わるのだが、今朝は珍しい事があった。
……一人の少女が近づいてくると恐る恐る朝の挨拶をしてきのだ。たただし、うつむきながら……
「あ、の、お早うございます。グレーテル、今日はいいお天気ね」
それに対してもさらりと答える、少し訝しげに思いながら……
彼女は役目を終えると身を翻して席へと戻った。
(何処の誰、だったかしら?ああ、昨日お母様と街で出会った)
―――――人だかりが出来ていた商店の前、地面に散らばる品物、年老いた従者を厳しく叱責する彼女の母親、傍らで当然の様に眺めているだけのあの子。
従者が荷物を落としたとヒステリックに喚く母親、土下座し謝り続ける従者、
遠巻きに観客してる人々は密やかに言い合う、あのご婦人は従者を酷く扱う、何時もの事………
…………「お前は!誰に養ってもらっていると思ってるの!この!役立たず!」
激昂した母親は、手を振り上げ年老いた彼を叩く、叩く、叩く………
…………「お止めになられてくださいな。彼が哀れです。貴方も、時なに目にしますが、よくありませんよ」
グレーテルの母親が穏やかに二人に近づいて行く。被っていたその瞳を隠すようあしらわれたベールのついた帽子を外しながら、
「あ、貴方様は………」
従者の傍らに立ち、微笑みかける母の瞳の色に気がついたのか、息を飲むと慌てて取り繕う。
「違います。私が悪いのですから、奥様は何時もはお優しい御方でございます。」
グレーテルの母に体の向きを変え、足元に平伏する彼は何度も何度も頭を下げる。
年老いた彼は「蒼天の瞳」を信じていた。時は過ぎ今では信じる者達は少ないが………
選ばれた身分、そして時折見聞きする事柄、偶然かも知れないがもしかしたらと思ってしまう。
「あら、貴方様は、これは、これはアリソン家の………何かありましたか?」
振り上げた手を下ろしながら、ばつの悪い表現を浮かべる。ふと見回すと、興味津々でこの場を見ている観衆。
「この者に辛くあたられてましたから、お止めしたのですよ。人の目もございますしね、彼もこう言っている事ですし、もうお許しになられたら如何ですか」
にこやかに諭される様に言われた途端、羞恥心が彼女を包む。
そしてそれは新たな怒りとなり、その矛先は目の前のグレーテルの母へと向かう。
「大きなお世話ですわ。嘘か誠か、大層な御方のお血筋かもしれませんが、他家の使用人の躾にまで、口出しなされるとはどうかと思いますわ!」
己の羞恥を隠すため、高慢に言い放つ。諫言を受け入れれば何事も起こらぬというのに……
彼女の悔い改めぬ言葉を受けた蒼天の瞳が鮮やかな光を宿した。
即座に怯む母親とクラスメートの少女、そしてやりとりを見上げていた従者は、再び、御許し下さいと頭を下げ続ける。取り囲むその場をただ見守るだけの観客………
――――やがて、いたたまれず逃げるように彼女達が立ち去るのを待って、グレーテルは母の元へと近付く。
そして母の顔を見上げた時、何時もと違う瞳の光に気がついた。
「お母様、瞳が何時もより明るいですわ」
不思議そうに問いかける娘を目にした母はふと気付き、彼女の頬に手を触れる。
「………あら、気が付いて?グレーテル、貴方も大きくなったのね。貴方も瞳に神を宿せる年になったのよ。」
………「蒼天の瞳」の持ち主は、心が情に流されぬ年になると、与えられた役目を努め始めるとされている。
「そうなの?私も」
グレーテルの問いかけにその場を離れながら母は教える。
「ええ、そうよ。教えてきたでしょう、神から与えお役目を、そしてこれからは自分の行いにより気をつけるのですよ、常に冷静に、善良に……」
真剣な母の言葉を胸に刻む。幼い時より、日々教えられてきた。
――――冷静に、善良に心保ちなさい。
……………淡々とただありのまま、そのままに取り巻く世界をうつすように……
思うことがあり、同じ題名で書き直ししてます