97 《万物を愛し》 (1)
「で、ズバリ聞くけどお返事はなんて言ったの?
ていうか、あの後すぐにお返事をしたんだよね?」
と、瑞季がすぐに切り込んできた。
「う~~ん、…」
もう瑞季ってば相変わらずなんだから、と夏美は思う。
斜め前に座った遥がくすくす笑っている。
ああ、この感覚、なんか懐かしい。くすぐったくもないくせに自然に笑みがこぼれてくる。
{もしもこう言われたら、どう言おうか?}と考えて口を開いたりせずに、意味があるかどうかわからない言葉を続けていても大丈夫なくらいの、この感覚。
やっぱり、遥と瑞季と話しているのが一番楽しいな。
夏美は、つい感傷的になる。
この間までは、ずうっとこのまま同じことをして2人と過ごせていける気がしていたのに。
「3人だけで話すのって、ひさしぶりだよね、」
という話から遥が始めたというのに、と3人共が思っている。
当の本人の瑞季だって、きっとそう思っている。それも3人共がわかっている(笑)。だけどいつも瑞季が斬り込み隊長をしてくれるからこそ、楽に話が進んいくのは感謝、感謝なのだ。
それでも
「うう~ん、まぁ、したというか……」
と、夏美は上手い説明の仕方を思いつかないので、レモンスカッシュの中のスライスレモンをストローで追いかけているふりをした。顔だけは、真っ赤かも。
「したんだよね?、ああ良かった、OKしたで合ってるんだよね?
細かいことまではいいんだけど、確認しておかないといけないし。
あ、もちろん、本当は細かいところも聞きたいけれどさ(笑)。
11月のパーティは”婚約披露パーティ”だと思っていいんだよね?
もう、ほぼほぼそのまま結婚間近って、みんな思っているよ?
あ、それとももしかして結婚式も兼ねてるとか?
海外に行くのなら、早めにプレゼントを上げたいし、ねぇ、遥?」
遥もうなづく。
「そう、これからたくさんの他人に囲まれて気遣いをしながら過ごすかもしれないだろうから、私たちは、何か本当に夏美の好きなものをちゃんとあげたいって思うのよ。遠慮なくなんでも言ってね。
あ~もう、とにかく幸せになってね、夏美。
ライさんとはいつも仲良しだけど、あの日は試着前からなんか雰囲気が違っていたよね。夏美のドレス姿を見ている時のライさんがね、もう本当に幸せそうだったのよ。ライさんはお行儀が良いから、私たちにも、そして他の人にも常に気配りをして気を遣って紳士的に振る舞ってくれているけれど、やっぱり夏美に対しては、全然違うのよね」
「うん、それそれ!
そういうのは、黙っていてもわかるのよね(笑)。
どんなに抑えていてもにじみ出てしまう思いというのかな、いつも夏美を気にかけていて。
夏美に似合いそうな花冠やアクセサリーを実際に手に取って勧めたりとかしていて、」
瑞季は、目をきらきらさせて言葉をかぶせてくる。
「なんと言ってもね、ロマンティックすぎたわよ。
ティアラをずらりと並べて考えこんでいたみたいだから、まだ選び中なんだろうなぁって思って試着室から私が出てきたら、あの部屋の片隅でひざまづいて、夏美に指輪を捧げ持っているのを目撃できたんだもの!
でも決定的瞬間に立ち会えて良かった~♪」
「そうそう、一生忘れられない光景だったわよね。
もう、私もあの瞬間、しまった!って思ったわよ。総監督としては、メイキング映像か何か記録映像を取っておくべきだったわよね、一生の不覚だわ、」
と、遥も続ける。
「突然すぎたから何も思いつかなかったわよ。だって瑞季はともかく、私なんて『うわ、やはりライさんは長い脚だわ~!』って言いたくなるくらいの、斜め後ろ姿から見てしまっただけだもの。でもそのおかげで夏美が真っ赤になっている顔をしっかり正面から見ることが出来たけれど、あ、ごめん、今もまた赤くなってる、よね?」
「うんうん、幸せそうなバラ色のほっぺをしちゃって、夏美ってば。
ライさんも言い訳してたけどね、『本当は2人きりになってからとは思ったんだけど、つい…』みたいな(笑)。
でも、こちらも慌てたわよ。なんかお邪魔していたのは、結局私たち?みたいな気もしたんだけどね(笑)。慌てて試着室に回れ右して戻るよりは、せっかくだからがっつり目撃してしまったけど(笑)」
「ええと、あのね、あれ、実は本当にハプニングだったの。『持っていたものは別に婚約指輪ってわけじゃなくて』って後で言ってくれたのよ。
ライさんはパワーストーンの加工も趣味でやってるので、作ってくれていたのを持っていたらしいの。でも、つい、ええと衝動的に、あの場で渡したくなったらしくて……」
「このこの~。もう本番だったかリハーサルだったかどっちにしても、ってこと。経緯はともかく、最終的な結論は一緒でしょ?
プロポーズをされた、されていない、イエスかノーで答えてください、はいどうぞ(笑)!」
夏美は、降参した。
「ええと…、イエス、です」
「ほらほらぁ、おめでとう!
で、返事も当然、イエスだよね?」
「ええと、イエスに近いけれども。というか、まだ私の中では(仮)マークのついた婚約というか、」
「うわぁ、かっこ仮?
もしかして、焦らす作戦(笑)?」
「違うってば~(笑)」
遥が、聞いてくる。
「夏美は、もしかしてまだ決めたくないの?気持ちは揺らいでいる?他の候補者を待ちたい?」
夏美はつい、本気で首を横に振った。
とてもじゃないけれど、他の人、というか他の候補者なんて考えてはいなかった。ただ、今まで誰も好きになったことがない自分が初めて好きになった人がいるのが嬉しいし、その人からの正式なプロポーズもさらに嬉しいとは思ってはいるんだけど。そして、ついていくつもりではあるのだけど。
どちらかというと、そのついていくという気持ちは、”冒険に”ついていきたい!という思いの方が大きいと思うのだけれど、そんなのでも良いのだろうか…?
考えれば考えるほど、大丈夫なんだろうか…?という不安が出てくる。
友達が自分のことにこんなに喜んでくれているけれど、実感が湧いてきたら、私の方が逆に喜べてないみたいな。それがまた、なんか上手く説明できなくて、申し訳ないみたいな。
うぎゃ~、全然自分でもまとまらない!
夏美は、とりあえずぼそぼそ話し始めた。
「そうじゃない、そうじゃないんだけど、、、でも、なんだかとんとん拍子に話がいきすぎて戸惑うというか、怖くなったというか、心細いというか」
「それは、うん、なんとなくわかる気がするなぁ」
と遥が言った。瑞季は励ますように
「え~、うん、まぁ、そうなのかな、わかると言えばわかるけどさ。
とりあえず外から見たらだけど、お似合いだからね!
先日TVにさ、会って3日で結婚決めて幸せに過ごしているってカップルが出ていたよ。付き合いの長い短い、関係あるのかなぁって思っちゃった。こっちなんて付き合いが長いけれど、しょっちゅうケンカしているもんね。別れようかな、て本気で思う事もあるし。今はまた仲直り期間だけど」
と言った。先日から気をもんでいたようで、遥が嬉しそうに聞く。
「良かった、パーティには一緒に来てくれるんでしょ?」
「ええ、もうアイツもだいぶ踊れるようになったし、ケンカはともかくパーティには乗り気だよ。やはり若いうちにそういうパーティにも出ておかなくてはね、って自分でも思っているみたいだよ。そんな機会は、本当に少ないもの。よろしくね、遥。でも、全然結婚とかいう話は出ないよ(笑)。
そういえば、遥の方はどう?バンドメンバーさんのあの方と付き合っているんだよね?」
「う~~ん、まあね。ほぼグループ交際みたいなものだし。長い事一緒にバンドやっているから全員兄弟みたいな感じ(笑)。
まだまだ、とても結婚とかそういうロマンティックな感じなのはね、全然ないかな。私も、がちゃがちゃみんなでいるのが楽しいの」
「というわけで、夏美がトップバッターなのは確定ね♪、おめでとう半分、楽しみ半分♪」
「あ~あ、私、やっぱり自信もないんだよね。誰か見本みたいな人がいてくれれば。まねをする方が得意なのになぁ…。
私が一番最後でもいいって思っていたのになぁ…。」
と、夏美はぼやいた。
「でも、指輪だけでなくお菓子も一緒に捧げてくれるおちゃめな優しい人は、ライさん以外今まで見たことないんだからね。世界中で一番、夏美のことを考えてくれていそうな気がする。文句のつけようがないじゃない。あれ以上の人はもう出てこないわよ、」
「それは本当にそうなんだけど、、、」
「婚約はしておいてもいいんじゃない?
考えてみれば、ただの結婚予約よ、みたいな気持ちで。
もしも迷うことがあるんなら、結婚前にたくさん相談していければ安心だよね?
住むところの話は出た?
それによっても人生がガラッと変わりそうだけど、今後も会おうと思えば会えるならいいなって、ね?遥?」
遥がうなづいて、続きを話してくれる。
「瑞季と私が口を出しちゃってはだめだと思うけど、先輩たちでも結婚して遠くに行ってしまったら、なかなか会えなくなっちゃったからなぁ……。それが、私たちの心配と言えば、心配ってだけ。
夏美が、今ライさんの住んでるお屋敷にそのまま住んでくれたら、割と近いから嬉しいんだけど」
「うん、遥と私は自分勝手だとは思うけど、夏美がどこか遠くにいくのかなぁと思うと、ちょっと、ううん、かなり寂しいなって話していたんだ。ごめんね、夏美。ライさんは本当にお勧めの人だと思うけれど、望めば今までに近い形で逢いたいなって思っただけで」
「あ、ううん、それはね、本当にライさんも考えてくれているの」
住まいのことは既にライさんにも言われているから、話してしまっても大丈夫なのかもしれない。
「ええと、あのね、本当に決まるかどうかはまだわからないけれど。ライさんには弟さんもいて、アジア進出はライさんと他のシンガポールにおられる方に任せられているから、ええと、中山町に住んでも良いという許可が出そうなんですって。仕事も辞めなくてもいいようにするとか考えてくれているみたいなんだけれど」
遥と瑞季の顔が、ぱあっと明るくなった。夏美も嬉しくなる。立場が違ったり、結婚して遠くなったり、会おうと思えば会えるはずなのになかなか会えなくなるという経験ばかりしてきたのだ。
瑞季が、うんうんとうなづく。
「さすが、ライさん。
もう、そこまで考えてくれているライさんなら、いいじゃない。
そんなに良い条件のプロポーズなんて、他にないわよね」
そうなんだけど。
本当に、まるでお話のように良い条件で。相手は、優しくて紳士的なライさん。
プロポーズも、2人だけの時にやり直してくれて、それはまさしく完璧だった、と思う。色々と、条件を整えてくれていると伝えてくれたのだ。
「夏美はそれでいい?
夏美のご両親は、お許しをくださるだろうか?
教えて欲しい。
僕は、他に何を努力すればいいかな?」
パーフェクトに振る舞ってくれるところは、いつものふざけ半分のライさんじゃなくて、じっと見つめる瞳には、正直胸にきゅんと来てしまったのだ。
そして、瑞季と遥は知らないことだけれども、というか、いつまでも知らないままで自分と普通に仲良くし続けて欲しいけれども、あのお札、ライさんと私のお札がシンクロしていることなどを考えてみても本当に自分が他の人と結婚したり、暮らしたりは考えられない。
まるで、最初から決まったレールを歩いているようにしか思えない。
だから、そのまま曖昧にOKしたような感じになってしまった。
だって、…。
『愛しているよ、夏美。
これからも《協力者》として、僕のそばで僕を助けて欲しい。
僕は、夏美を大切にするから。僕と結婚すると。イエスと言って欲しいんだ』
なんて言われたら。他の選択肢とか、他の候補者とか、なにも考えられないでただぼうっとしてしまって。気づいたら、自然とハグをして、キスをして。世界中にいるカップルの、ただの一組として幸せな気持ちに浸っていただけなんだけど。
『劔だけでなく、夏美も手に入れたぞ!』
と嬉しそうなライさんにほだされて、とりあえず家族全員の都合を聞いてライさんを家に招く約束をしてしまった。してしまった、と言うと無責任みたいだけど、ライさんはどんどん話を進めていくのだ。昨日にはもう
『日本式のご挨拶、だよね!僕はこう見えても、日本式の正座もきちんと出来るんだからね!』
とおおいに張り切っているので、いわゆる結納品とやらを持って乗り込んで来ないかしらと心配になってきた。ビジネスも合理的にどんどん進めるタイプで、それだから東洋でのビジネスも成功させているのだと、以前真凛からも説明されていたのだが、どんどん早回しになっていく気がする。まるでクィックステップを倍速で踊ろうと決めてしまったかのようだ。君はただ合わせてくれればいいよと引きずっていかれるような疾走感に驚いてしまう。
「あのね、お互いに初対面なので顔を合わせたらいいかな、位に思っていてね。ええと、まずは、交際しているということのご挨拶ということで。家族を驚かせたくないの」
と、夏美は釘を刺してしまった。
「もちろんだよ、でも『結婚を前提としてお付き合いをさせてください』というのは、言わせてもらいたいんだけど、いいよね?
日本で言う冬至の頃に、僕の故郷に連れて行くお許しを得ないといけないもの。早めにきちんとして、夏美のご家族にご心配をかけてしまうようなことはしたくないからね」
と言われ、納得した。確かに、ライさんはどこも何も間違っていない。ただ、自分の気持ちは嬉しさ半分、退路を断たれたような気持が半分、なのである。
退路というか、いや、まさしく退路かな。退路がなくなってきたと私は感じているのかもしれない。
失礼だよね。ごめんね、ライさん。
そして。ごめんね、瑞季、遥。
友達がこんなに私の結婚とかを喜んでくれているのは、すごく嬉しい。
私も、本当にライさんのことは好き。それは嘘じゃない、はずなんだけど。どう説明すればいいかわからない……。
遥も瑞季も
「どうやら夏美は、早々とマリッジブルーになっちゃったみたいね?」
などと言いながらも、気持ちを引き立ててくれた。
「まずは、パーティだもの。まだまだ独身気分でいたらいいのよ」
「中山町に住んでも仕事をしたりしていたら、本当にしょっちゅう会えるよね?」
「そうそう、そうだよね!」
「ライさんとケンカして、実家に帰るにしても近いしね、」
「いざとなったら、家出してきたら、ライさんからかくまってあげるからね、」
最後はそんな冗談まで飛び出して、いつもの調子で笑いあったりしあえた。
♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎
それでも家で一人になると、夏美はやはり少しため息をつきたい気持ちになる。大した悩みではないのかもしれないのに堂々巡りをしている自分が、ちょっと鬱陶しい。
マリッジブルーも確かにあるかもしれない。今までちょっと夢みたい♪、ていう感じでいたのだ。
シャンパンゴールドのシルクのドレスも、希望通りの控えめなアイボリー色に染め上がっていて、ライさんが言ったように
「このまま、ウェディングドレスにしてしまっても良いくらい」
の仕上がりで、自分でも夢見心地でとても嬉しかったのに。色々と決めなければいけないことが山積みで現実に縛られているような気がするのだ。
夢の中で見ていた笛を吹いている少年が大人になって、自分を探しに来てくれたっていう妄想の続きみたいなつもりで、半分他人事みたいな感じで浮かれていただけだったのかもしれない。それはちょっと、ライさんに失礼なのかも。
とうとう、本当に心を決めないといけない、私はもうふわふわしたイメージの中にいてはいけない、みたいな不自由な気持ちがしてきてならないのだ。きちんとした人になれというプレッシャーがかかってきたような気分は、今までだらだらと過ごせていたからかもしれない(笑)。
ただ、本当に私は寂しいし、たぶんその寂しさを埋めてくれそうなのはライさんしかいないように思うのだ。
一番深い悩みは、遥と瑞季だけでなく、家族にも言えないけど。
私、やっぱり普通じゃないかも。
先日水晶玉を見た時に、嫌と言うほど思い知ったのだ。『自分を知る』、そのことに正面から向き合わなければならないのだということを。
家族と比べても自分は少し異質な感じはしていたから、今さら泣きたいほどじゃない。
どうせつきつめていけば、人間は誰しも一人、孤独な生き物だ。
自分とそっくりそのまま同じという人はどこにもいない。みんながみんな違う原因かもしれないけれど、似たように孤独で似たように寂しいから、わかり合おう、寂しさを埋め合おうとして、ちょっと寄り添いあえる可能性が残されているだけだ。
家族だから、常にわかり合えているわけでもないし、それでも寄り添いあえて育ててもらえたのだ、それだけでも本当にありがたいことだったんだ。実際に自分より家族の縁が薄い人たちもたくさん存在していているのだから。
女の子だから、いつかお嫁に行くから、苗字が変更されたりして、そうやって家族と離れていくんだと思いつつも。結婚してもしなくても、家族といつかお別れするような気がしてはいたのだ。
あの時、私だけがお婆さまの言葉を聞いたのもそうだったし。それは、寂しい疎外感と同時に、特別な誇らしい感じがしていて、覚悟はしたつもりだった。
そして、私は別の存在を感じることが出来て、新たな環境に勇気をもって踏み出していかないといけない気持ちにもなった。私の中にやはり、様々な魂がいてくれる。それは家族や友人とは別の形で寄り添ってくれているような感じで心強くもある。
上手く表現できないけれど。
私は、ただの松本夏美、というだけじゃない。それは、はっきり感じた。
なんだか複合体の松本夏美という感じなのだ。もしかしたら、それは多重人格と似ているのかもしれないけれど、どうなんだろう?私の9割以上は、ただの松本夏美だけど。それだけじゃない。
ショックを感じ過ぎているわけでもなく、すごく偉そうな気持ちで、自分に相当な価値があるということを言いたいわけじゃない。
今までちょっとしたうっかりで自分を損なったり、死なせたりしてこなくて良かったなと思い、ホッとしたのだ。
小学生の頃に『生き物を殺して食べているから、毎日生きている』ことに気づいて、すごく嫌な気分で落ち込んでしまい、ご飯が食べられなくなったことがあった。
元々、たくさんきちんと食べないと痩せたり、倒れてしまう位の大食い体質みたいで、それを気にしていたこともある。自分が『うわばみ』という大きな蛇なのではないか、と心配してしまった。良い者側の象を呑み込む悪者のイメージを思い描いてしまうから、象をまるごと飲んでいる本のイラストを見るのが辛くてならない位だった。自分がたまに大きな蛇か龍になったような夢を見たりしていたからだと思う。
少なく食べていても罪を感じるのに、たくさん食べる人はたくさん殺しているのに等しい。なんて罪深くて悲しい事なのだろう。
自分は生きていっていいのか。自分が先に死んだ方が、計算上多くの生き物が生き残っていくということじゃないのか、それが正解か間違いか良くわからないことをぐずぐず悩んだりした。
それでも、なんとか立ち直れたのは、{結局そんなに簡単に答えが見つからないらしい}とわかったことだった。
答えは早く見つかって欲しい、見つけられないなんて悔しいとも思ったけれど、『答えを探しながら考えていきなさい』という言葉は、冷たいだけではなかった。まだ成長前の自分に猶予期間を与えられたことでもあったのだ。
一生懸命に答えを探したいと思いながら徐々に、折り合えていけるようになったのだと思う。今の自分が決められないことやわからないことも、後になってからの自分が理解して決められるのかもしれない希望を持つこともできた気がする。
そのおかげで。
正しいことと正しくないこと=悪いことをどう判断するかを焦ってしまうことなく、{今ここで簡単に死にたいと思うこと}を後回しにすることができた。
もちろん、臆病で寂しがりやな性格も自分を引き留めてくれたと思うし、シュバイツァー博士の言葉も、様々な言葉が想いが、小学生の頃の自分を助けてくれた。
あの言葉は、誰が言ってくれたのだろう。湖のそばに立つ天使さまだったかしら。
『生き物は、みな、死ぬのだ。それが運命だ。
だから、縁が生じてそれを食うのだったら、感謝して思いなさい、祈りなさい。
《共に生きよう。自分の中で共に生きよう》と。
自分も無駄に死んだりしないと、精一杯生きていこうと誓いなさい』
そうだ、その時もなんとなく自分が複合体のようなイメージを持てたのだ。
小さな魚が群れて協力し合って大きな魚に負けないように生きている絵本に近いイメージ。
今も、自分の小ささを感じて心細く思うけれど、そのイメージが私を守ってくれている。
お婆さまやら、美津姫さまやら美津姫さまのお姉さまやら、たくさんの人と、そして自分が食べさせてもらった物で、松本夏美という私が出来上がっているようなイメージを持てて安心できたのかもしれない。
寂しさは完全に消えたりはしないけれど、それでもどこかで誰かが見守ってくれているようなことを信じられたのだ。
自分の魂のそばに幾重にも色々な魂が取り巻いていてくれるのだ。そして贅沢にも太陽や昼間は見えない星までもが自分を見ていてくれているような感じを持てたからこそ、ここまで生きてこられて、これからも続けていけそうな気がするのかもしれない。
たとえ、自分が龍神様にゆかりがありすぎて、もしかしたら龍と人間のハーフみたいな感じの生き物であったとしても。
そう、もしかしたら、その可能性は本当に高いと思ってしまったのだけれど。
悪いことじゃないよね?
そう思う。そう思いたい。
とても大きな力を持っているような龍、それから少女のような勇者のような、夢で見たり感じていた人が(人?)、お札を持って私の中にいることは。
意思疎通ができない龍になって暴れてしまったら危ないとは思うのだけれど、バランスを取るための《劔》があって、ライさんと協力して本来のバランス?に戻すことが出来れば、大丈夫だよね。
ううん、そう思うだけじゃなく、良い行動を取っていきたい、そうしなくては。
私は、ただの夏美でもあり、なんか複合体みたいな夏美でもあり……。でも、世間一般から見たらどうなのかしら。不気味な生き物、なのかな?退治される側なのかな?
それを考えると、ライさんとライさんの不思議なお仲間と一緒にいた方が幸せになれるのかもしれない。ライさんの冒険について行ったり、こうやって普通の人間みたいな顔をしたままで友達と会ったり、そういうことがこれからも出来るのよね?
湖に閉じ込めるようなことはしないわよね?
ライさんは、複合体みたいな夏美で良いと思ってくれているのよね?
……それとも?……