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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
98/148

96 Nightmare 〜 Ⅳ 〜

 ホルマリンの海に、ぷかぷか漂う死体の一つ。

 ああ、たぶん、それが僕だ。


 この世に未練を持った、一人の錬金術師がいた。

 いや、違うな。その錬金術師本人よりも、皆が彼を惜しんで、この世にいて欲しいと切望したのだ。

 そして、彼の著作に埋もれていた、予言めいた理解不能の言葉を解釈することで涙を拭き、立ち上がることにしたのだろう。

 彼がいないのなら、彼の意思を、望みを彼に似た者に引き継がせ、実現させようと考えた。

 

 《神よ、この地上に天のご意思を。我らを許し給え、我らを愛し給え》


 古代ギリシアの神話よりも古い伝承に示されていた、狭間の地。その地こそが、神とへその緒が繋がっていた場所なのかもしれない。

 その地で活躍した勇者は、高潔なる光の性質と、苛烈なる闇の性質の双方を有していたと伝えられている。悪魔と天使の混ざったような者こそ、近いのではないか。光のみならず陰をも自ら有しているものこそを《純粋な光》と書かれた遺言。 

 悪魔使い、屍術師にして最高の知能を持った錬金術師の脳みその欠片(かけら)と、エルフの魂と、悪魔の牙と、ユニコーンの血を混ぜてフラスコで腐敗させた、そんなものをおじいさまとマルセルとメフィストがホルマリンの海から引き上げたんじゃないかな、と思う。

 そんなホムンクルスの出来損ないみたいなものを、僕はいつも思い浮かべていた。


 あの冷たい棺桶に入れられ、目を閉じるたびに抱いてきた妄想と膨れ上がる自尊心、だが本当は、圧倒的に自己嫌悪感の方が大きいことを認めたくなかった、頑なな自分。


 ここは、どこなんだ。瞼が重い。

 どうやらホルマリン漬けにはなっていないみたいだけど、吐き気がしそうだ。もしかして・・・僕は、あの沼にいるのか?


 身体が冷えていると感じているはずなのに、僕の背中に汗が吹き出て、じっとり湿らしていくようだ。

 まだだ。まだ、終わりじゃないはずなのに。

 あれは、ただの夢だ。ただの、僕の夢の終わりを告げる夢。



 

 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




「大天使ミカエルさまの光の槍に刺されても、こうやって生きておられるとは」

「やはり、な。光でもない、闇でもない方なのだから、第三の、」

 そんな風な言葉がさざめきあっているのだ、そこかしこで嬉し気に。祝うような。


 僕のそばには、遠巻きに様子を窺っている見知らぬ種族しか見当たらなかった。これがもしかして、沼の人、沼人の種族なのかもしれない。僕の苦手な湿気をまとい、そして違和感しかない匂いが、僕の絶望感にさらに追い打ちをかける気がして僕は自然と眉をひそめてしまう。だが、彼らは明らかに堕ちてきた僕を見つけたことを喜んでくれているようだ。

 そうだ、彼らは歌うように告げる。

「我らは、古くから存在している一族、なのに、光が当たらなかった・・・」

「我らは、古くから存在している一族、なのに、闇の眷族にも招かれなかった・・・」

「いよいよ我らの出番、」

「第三の波が来た、」

「いよいよ我らの時代、」

 そこかしこで、声は響き合う。

 遠巻きにしていたはずが、その声の輪が、僕を中心にした輪が狭まってくる。

 今まで知らなかった種族が、妙に嬉し気に僕に近づいてくる。


 そんなことより、ああ、他の皆はいったいどうしたのだろう?

 マルセルも、メフィストも、いない。僕の周囲に仲間がいない。

 誰の気配も感じられなかった。


 最初から皆を置いて、僕は一人で駆けのぼったのか?

 

 よく覚えていないけれど、確かにそれは、僕の望みだ。

 これは、僕の最後のミッションなのだから。成功しようが、失敗しようが、それで僕は最後。

 死にたがっているわけではない、だけど、誓いを立てた僕が自分に嵌めた枷を外すこと、楽になることを僕は、どれだけ望んでいたことだろう。もちろん、成功することを望んでいるのだが、僕自身が半信半疑で、僕の能力を疑ってしまっているのも事実だ。



 何も思い出せなかった・・・たった一つだけを除いては。

 あの方、大天使ミカエルさまに睨みつけられてすくんでいたに違いない。

 あっと思う間に、ものすごく光る槍のようなものが突き出されたこと。

 それを見た後、身体はそのまま落下していったはず。


 僕は自分の傷よりも、相変わらず目の焦点がどこにあるのか理解不能の瞳らしきものを見ることしかできなかった。何をお考えになっていたのだろうか。

 お声はかけてもらえなかった。

 お顔の表情も整ったままで崩されず、ご意思を察することも不可能だった。

 憎悪?

 思いあがった人間族をバベルの塔のてっぺんから突き落とすような気持ち?


 たぶん、世界で一番好きな方に嫌われ、憎まれたのだろう、僕はあの方に敵対したということだ。

 だから、僕は死にかけていたけど、怖くはなかった。

 痛みより、嫌われるのが辛かった。

 生きているのが不思議だった。嫌われたまま、長く生きたいとは思っていなかった。ミッションを果たした後は、消えて、忘れられてしまいたかった。

 この世界のどこに、僕の身の置き所があるというのか。


 右腕の内側にざっくりと開いた大きな傷の痛みより、あの方に退治されそこなって死にぞこないであること、そうである理由を考えても答えを思いつかないことが、僕を苛んだ。


 光の槍が僕を貫く光景を何度も思い返して、反芻している。

 あの方が失敗するはずはない。あっけないほどの結末を見てきたのに。

 僕のこの長い瀕死状態に、なにか意味があるのだろうか。

 あとしばらく、この辛い気持ちと傷の痛みを天罰として抱きながら、惨めに沼地を彷徨えということだろうか。湿気や水に弱い僕は、ほぼ沼に引きずり込まれかけているまま意識を手放しそうになるのに、痛みで逆に覚醒状態へと引き戻されそうこなっている。


 あの方の天秤で計られて死に値すると決まったのなら、僕は無に帰りたいと思う。

 だから、死は歓迎すべき眠りでしかないじゃないか。

 そうだよ、死と眠りは、とても良く似ている。

 冷たい棺桶に横たわるたびに、僕は考えていたんだ。ずっと。


 何も出来なくなる、だけど、自分を手放すという安楽を、、。



「お助けしたいのです。我らの出番、なのでしょうから」

 そう言ってくれた沼人の(おさ)に、僕は助けないでと願いたかったのかもしれない。

 眠らせて欲しいと言いたかったはずだ、僕は。

「僕に関わってしまったら、あなた方も、、」

 そうだ、僕に関わった者を僕が変質させたり、蝕んでいるという話を聞いたのはいつだったか。

 僕は、自分の人格をただすということすら出来ず、責任を取り切れないまま、ただ楽になりたいと思う、ただの弱い、、真に光る前に終わる人間の一人にすぎない。

 

 


 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




 ああ、そうか。やはり、今回のもただの夢だ。

 僕は、、、ようやくぼんやりと夢の中から戻ろうとしている。

 あれは、予知夢なのだろうか。僕は、結局どこへ行こうとしているのか。


 僕は申し訳ないことに、あの沼の湿気とあの匂いがダメ過ぎて、何度見ても居心地が悪い夢でしかない。それよりも辛くても、あの方を思い出す方がいいのだ。美しく強く、光そのもののお姿を。


 辛いと思うことや、自己嫌悪などを全部そうっと沈殿させて封印しておいたのに、

 ワインボトルの底に溜まっている澱を飲まないように注意しているのに、

 僕の心が引っかかれて、やけくそでワインボトルを振り回してがぶ飲みをしたんだろう。

 そんなくらいの嫌な味が口に残っているように思い出す。


 夢を忘れる位の、気分転換をさせてくれ。僕の思考がぐるぐる巡りすぎるのも、いけないけれど。

 あははは!

 泣くより、僕は笑うのだ。

 棺桶の中に、本当に僕は入っているじゃないか。



 ああ、そうだった。手で探る。(やたらめったら増えたチューブを引き抜かないように細心の注意は払いつつ。)


 数日前に、皆に説得されて{3日だけ}という約束でしぶしぶ、低温冬眠(コールドスリープ)装置に入ったのじゃないか。


 担当者が蓋を開ける気配も全然ないし、もちろん、まだ氷漬け一歩手前くらいに異様に寒いのだが、、。

 僕の脳みそが、なんかすっかり目覚めてしまったんだけど(笑)。


 瞼をそうっと開けてみる。眩しくない、自然光だろう、ということは日中だ。遠く、のんびりした小鳥たちのさえずりまで聞こえてくる。そんなのに耳をすますのも、久しぶりだ。悪くない。

 皆の言った通りだ。やることがたくさんあって追い立てられている気持ちになったりしている時に、無駄だと省いていたことが、僕をリラックスさせてくれる。 



 館には、落ち着いた風情の半地下室がある。スリット状の窓があるおかげで、まるで要塞のように堅牢に作られたこの部屋に自然の陽光と風を運んでくる。湿気もひどくなくて、夏の時期にはとても快適な部屋である。床も良い感じにひんやりとしていて、いつぞや暇な時に忍び込んで、棺桶じゃなくて床に寝て皆を困惑させたことがある。

 ま、正直に言わせてもらえれば、いわゆる《地下墓所》であるのだけど、この館の中で最も科学的な場所とも言える。棺桶、もとい、低温冬眠(コールドスリープ)装置がきちんと並んでいるのだ。


 最近ちょっと起きる時間、ズレるんだよね。これは正直にきちんと申告しておけばよかった。

 二度寝すると調子がかえって崩れるのにな。

 昔、装置の故障で何人も死んだけど、故障ってことはないよね?

 まぁ、自分の体質のせいかもしれない。

 30年のモラトリアム期間も、実は(内緒だが)何度か目を覚ましている。だから、目覚めた時、姫野であるメフィストがいないまま抜け出したのは、自分のせいだ。半分寝とぼけつつ、酔っ払ったように何かを求めてさまよって。いや、違う。たぶん、部屋にいってお札を掴んだからかもしれない。



 ああ、どうせ二度寝するなら、自分の部屋に帰って本を読んだり、メモを書きたい!

 今回のメンテナンス調整はパスしたいと言わせてもらっていたのも、読書がしたいからだった。

 


「棺桶を、今度もう少し拡張させて読書灯と本を置いて支える台と、視線入力でページをめくってくれるやつとか備え付けた最新式の装置みたいなのを開発してみたらどうだろうか、」と、とても有意義な提案をするくらい、読書時間に飢えていた。

 担当者はとりあえず、あいまいな笑顔でうなづいてくれたものの、3日だけという調整期間を言い渡され、いつものように自分が折れた。


「ご自分だけのためのお身体じゃありませんからね、それとも、ご趣旨を再度説明しましょうか?」

というマルセルのお説教を聞きたくなくて、そそくさと棺桶に入った。



 あ、でも少しリラックスして気持ちは落ち着いてきた。だけど、本格的に目が覚めてきた気がする。もう、寝られないと思うんだけどな。ここ、寒すぎるし。

 よし、この透明な棺桶の蓋にべちゃ~っと張り付いて、変顔をして白目を剥いておいてやろう!

 次に担当者がのぞき込んだ時に驚かせてやる!



 いたずらとしては、ほぼ大成功だった。

 担当者がひっと悲鳴を上げ、もう少しで本気で腰を抜かすところだったようだ。

 だが、マルセルがすぐに飛んできた。

 あまりに棺桶の中が寒かったので、魔力で少し快適温度、湿度を勝手に調整したので、バレていたのかもしれない。



「いい加減になさいませ」

と、マルセルは厳然と言った。

「皆、難しく丁寧な仕事を、真面目にあなたのためにつとめてくれているのです」

 だが、その言を受けてラインハルトが謝ろうにも、担当者は驚いた時に見た変顔を思い出してしまうようで、腰を抜かすどころか笑いをこらえすぎて目に涙がにじんでいるありさまだ。ラインハルトの方を見るたびに、腹筋を痛めてしまうおそれもある。

「ごめん、僕が悪かった」

と言いかけても、ラインハルトの顔を見ようとするだけで、記憶がよみがえるらしかった。

「いえ、いえ、プッ、クク(笑)、あ、すみません。失礼を。こちらこそすみません(笑)」

という感じだった。

 場が和んでいるので、聞いてみる。もちろん声のトーンは、良い子モード設定だ。

「出してもらってもいいかな・・・?」

「残念。終了予定時刻まであと9時間以上ありますよ、なんでこういう時だけ早起きなんですか」

とマルセルが言った。

「データは大丈夫そうですけれどもね、」

と診察をしてくれた医療チームが言いかけたが、マルセルは半信半疑だ。

「先生方、本当ですか?」

「もちろん詳しい検査結果は数日いただきますけれども、状態はよろしいようですよ」

「そうですか。喜ばしいことですが、このまま戻すとまた睡眠を削ってしまうおそれがありますからね、、。

 ここで倒れられると困るのです。スケジュールが詰まってきたというのにここのところ、ほぼきちがいのように本を読んでおられたのです」

「ははぁ、なるほどですね」

と、中央にいる医師はにこにことラインハルトとマルセルを交互に見やる。

「確かにですね。そのようなことをされますと、またここで過ごしていただくようなことになりかねません。余計にお時間が取られてしまいますよ。

 まだ薬の影響が残っておられると思いますので、お部屋に戻られても終了予定時刻までは大人しくして、なるべく何もせず安静にしてください。

 それが守られるのであれば、お部屋に戻られても良いです。先ほどご自分で調整された温度、湿度に保っていただければよろしいですよ。普通に横たわって寝るのであれば、何もこのような窮屈な所で寝続けなくてもとは思います」

「先生、ありがとうございます」

と、ラインハルトは、マルセルが口を開くよりも先手を打った。 

「読書もスマホも仕事もしない、自分のベッドで過ごす。トイレ以外、ベッドから降りない、ね、それでいいだろう?寝間着のままでだらだらしている。

 マルセルが次の間にいて僕の世話をしてくれれば、ちゃんと指示に従うし、僕としてはその方が嬉しいのだけど、」

 マルセルも、ようやく首を縦に振った。

「かしこまりました。いたずらも嘘も禁止ですし、部屋移動は、車いすでよろしいですね」

「うん、ありがとう」

《もちろん、魔法も禁止です》

《うん、約束する》


 


 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




 それとなくマルセルが様子を窺うが、部屋に戻ってからは本当に本も手に取らず、おとなしく横になっているようだった。すぐに姫野がやってきて、嬉しそうに身体を拭いて清めて寝間着を着せ替えていたが、読んでいた本の話をしたいとラインハルトが言うと、あっという間に別の仕事が忙しいと逃げて行ってしまった。


 さもありなん。

 マルセルは、苦笑する。メフィストは、ラインハルトのややこしい話はあまり好きではない。画伯絵や、わけのわからない論理まじりの話は、敬遠する。アルベルトやフィリップにも棚上げ逃亡されるので、故郷にいる教師や自分が聞くことが多いのだった。

 

 ここしばらくは、まるで沼にはまったかのように読書三昧だった。

 メフィストやマルセルが片付けるのも禁止、というわけで、机の周囲に本やメモが散らばっているのだが、その内容が七面倒くさい話らしいということは周囲の皆も薄々察しがついている。

 あれだけ執着していたのにメモすら手にも取らないので、少し可哀想に思えてきたところである。


「哺乳瓶を持ってきますか?水分補給も大切ですよ」

「ああ、マルセル。いいよ、哺乳瓶は。

 暖かいのが飲みたい。もしも良かったら、お茶に付き合ってくれない?」

「喜んで。何がよろしいですか?」

「14番がいいな、今はそんな気分」


 ベッドの上で紅茶を飲みながら、ラインハルトは言った。

「マルセルの言う通りだったよ。少し本から距離を置いたら、ちょっと気持ちが落ち着いた。

 本をがつがつ読んで、理解できるようなものじゃなかったし」

「では、あそこは片付けましょうか?」

とマルセルは、壮絶なカオス状態の机周りを指さす。

 

「ああ、あれはね、もう少し置いておいて。

 終了予定時刻までは、約束だから我慢しているんだよ(笑)。

 でもこの後は。いや、そうだね、もうちょっと節度を持って落ち着いて読み直すことにする。

 メモは、ほぼボツになるものだとは思うけど、自分なりに整理して僕が自分でファイリングしておくから」

 マルセルは、微笑んだ。

「かしこまりました。

 ようやく落ち着かれたのですね、」

「気ちがいじみていたんだよね。皆が心配してくれているのは、わかっているんだよ。でも、やはり本や文化ってある意味、毒だよね。はまってしまう。あ、沼とか言うんだよね(笑)。

 実をいうと、何かつかめそうで、それでいてつかめないことにじりじりしていたんだ」

「ええ、そうおっしゃっていましたね」

「うん、ようやく棚上げにしようかと決めた。まだまだ未練が残っているけれど、今の僕じゃどうにもならないことばかりで。でも、諦めるためにも。

 ねぇマルセル、ちょっとだけ聞いてくれるかい?」

「喜んでお聞きしましょう。ただし、長い話はお止めしますよ、まだ安静にしていただく時間なのですから」

「うん、いつかきちんとまとめるための予告編だけ、ということで良い?」

「そうですね」

と、マルセルは、微笑んだ。ラインハルト様は気づかれないかもしれないが、そのようなやり取りがかつてお仕えした方と交わされていたことを思い出したのである。


 死すべき運命に従わねばならない人間族には付きまとう、寿命と言う命の期限。それに抗いつつ、あの錬金術師は出来得る限りの仕事をし、壁にぶつかり、後世に名誉や愛よりも、課題を残していった。命のある限り、また自分でも解いていきながら、常に限界にぶつかって机に突っ伏して寝ていた。やはり、意識などしなくても、自然とどこか似ておられるのだな、と思う。


 ラインハルトは紅茶を飲み、カップの中の美しい色を眺め、ため息をついた。

「がつがつ読書をしていた原因の一つはね、たぶん僕は、自分が夏美に負けてる気がするのと同じように、ロゴスLogos(論理)がレンマLemma(直感的把握)という思考方法に負けているのが悔しかったんだと思う」

「ははぁ、そのロゴスとレンマは、戦うみたいに相容れないものなんですか?」

「ううん、なんか戦うというよりも、土俵が違う感じだね。戦いにはならないかもしれない。

 ロゴスは、ずっと僕らが慣れ親しんだ論理的思考方法で、その論理があったからこそ様々な問題が解けて、文明が飛躍的に進化したんだと思う。それで僕は、ずっと心酔した。もちろん、今でもだけど。

 ただね、ロゴスは、万能ではないかもしれないと気づいてしまい、足元がぐらついたような気持ちになっているんだ。

 余計、夏美とか東洋の龍神様との隔たりを感じて、とても寂しい気持ちになった」

 一度言葉を切って、紅茶を美味しそうにこくんと飲んだ。

「うん、美味しい。こういう風に理屈抜きに美味しいって感じる、素直な直感で知る、ということもまた、レンマに近い事かなと思うんだよ。先日の出来事は、嬉しかったと同時に僕は、さらに自分のコンプレックスを大いに刺激されてしまった。

 あの水晶玉の中に、不死鳥のごとく『(つるぎ)』が甦ってくるなんてすごいよね。

 そして、あの時だ。

 本当に、神様か仏様かわからないけれど、『何千何万、あるのだぞ』という圧倒的な感じが伝わってきて。それと同時に、何か『一切、空』みたいな、それこそ、ドーナツの穴だけを見つめてみよと言われているような、『無』に近い感じを受けたんだ。

 極端に違う例を挙げて、それを同時に『はい、これが正解』と言われそうな、ね」

と言って、またカップをのぞきこみ、ミルクピッチャーを指さした。

 マルセルは、ミルクティーにして渡しながら、答えを返した。

「おっしゃっている言葉はわかりましたが、正直ピンときません。

 確かに両極端の話をされて、その両方全て一致していますよ、それがレンマですよと言われても。飲み込んでいいのやら悪いのやらと思います。最大とほぼゼロを一緒くたにしているようで、ははぁと言う他はなく。話題から逃げているわけではありませんが」

「うん、全くその通りだよ。僕もそう思うんだ。飲み込みにくくて、まだ飲めていない(笑)。

 それで思い出したことがあったんだ。

 夏美の話が面白くてね。素直に論理が飛んでいるのだが、そして、自分でも変だとか不思議だとかいうんだけど、なんか言っていたことが、そのレンマの話にも似てる気がする。

 azuriteルームの天井を見ていた時に、一度はすごく自分を大きく感じて天体の地球と仲良くしているように思っていたらしいのに。

 先日は逆で、自分の小さいサイズが良くわかる、みたいな感じで自然と頭を垂れてお辞儀をしたいような気持になると言っていた。

 認識は違うがどちらも真実だし、それこそレンマLemma(直感的把握)というヤツなのかもしれない。夏美の中には、本当にご先祖様から伝わった意識、魂が存在しているようだし。

 そうなんだ、夏美は最初から答えに近いところにいるんだよ、自然体で。

 僕は正直、夏美に嫉妬もしている。夏美を大好きなままでね。

 だって、僕が泣いたり落ち込んだりして、理屈っぽくそれこそ論理の当て嵌めをしたくてああでもない、こうでもないとしているのに、ちょっとずるいよね(笑)」

「まぁ、でもそれは。あの劔に関して言えば、劔などの宝を守ってきた一族の方であるわけですから、

 そして夏美様ご自身もどうやら、その一族の中でも、ちょっと人間離れしているかのような自覚がおありのようで、その特別な孤独感を癒して差し上げませんとね、」

「うん、わかっているんだけど。

 僕が仮説を立てた通り、夏美は特別なんだよね。だけど、そうかと言って行儀よく譲れないから(笑)。まぁ、最終的には、僕は夏美には勝たないと。それはともかく感謝もしている。夏美は良いヒントを僕にくれるんだよ、だからとても大切な特別な存在だから。あ、本題に戻ろう。

 それでね、そのロゴスとレンマのことを、僕はこねくり回して思考していたんだけど。

 しかも、アホだと笑って欲しいけれど、僕は自分のやり方のまずい点にすら気づかなくてさ。

 レンマを論理的に(ロゴスで)説明をつけようとしていたみたいなんだ。説得力のある説明が欲しくて」

「そもそもの矛盾、ということですね」

「ああ、ロゴスとレンマを比較検討するはずが、なんとか自分の土俵のロゴスの論理的解明をして、納得しようとしているんだよ、いつのまにか。そして、バカほど一生懸命にね。

 夜中に笑い泣きしちゃったよ。ここまで痴れ者になれるというのも、ある意味幸せだと自分を慰めるまで、本気で泣きそうだった。

 そんなアホな学び方をして本を読んだりしても、わかったように思えない。いったんレンマは理解不能のままにした。悔しくてならないけど、今は棚上げしておいて、いつかまた学んでみる。

 ただ、今回の学びの失敗は無駄ではなかった。ついでにやったことで、僕は今まで見過ごしていた落とし穴に気が付いた。そっちの方が重大問題だ。そちらから考え直そうと僕は思うんだ」

「レンマを新しく学ぶのではなくて、ということですか?」

「うん、ロゴスを学んだと思っていたはずの僕が、大きな落とし穴を見つけたので、ロゴスを学び直そうと思うんだ、もちろん、焦らずに」

「はい、」

「さっきと同じ現象だったんだよ。

 今まで学んでいた、そのちんけな自分の土俵に持ち込んで簡単に納得したつもりになっているのだよ、僕は。慣れ親しみすぎて、きちんと思考をしていなかったことに気づかなかった。

 慣れ親しんで理解していると思って、意識もせずにごくごく飲めているように安心していたんだ。読書に夢中になっている時、僕はでかいマグカップで紅茶もコーヒーもがんがん飲んでいた。それと似ているんだ。

 今まで運よく、その落とし穴に落ちなかっただけだったんだ。賢い振りをしている無知だったわけだ。落とし穴を知って避けていたわけではなく、全く気づかず、見てもいなかった。故郷で若い人たちに僕、たまに求められてアドバイスをする立場になっているよね?偉そうに。

 だが、あれ?こんな大きな落とし穴に気づかなかったのか、と怖ろしくなって自己嫌悪MAXだよ」

「わかりました、非常に大きい問題ですね、」

と、マルセルはそろそろ撤収をはかりかける。

 ラインハルトは、幼い頃のように一口飲んでは、にっこりする。

 ああ、懐かしいなと思う。

 かつてメイドたちがこぼしていた。赤子だったテオドール(ラインハルト)は、お世話されるのが嬉しくてお粥を一口食べてはにこにこして止まるので、時間がかかり過ぎるきらいがあったのだ。


「ごめん、まだミルクティーを味わいたいんだ」

「冷めますよ」

「うん、あとちょっとだけ。

 僕は、大好きで心酔しているはずのロゴスLogos(論理)について、無知で無理解だったってことを最近わかったわけだ。夏美にアポロン神殿の話とかソクラテスの話についてうんちくを垂れている場合じゃなかったな、恥ずかしい(笑)」

「基本に立ち返って、気づけて良かったじゃないですか」

「うん、そして、ここまで無知なのは、僕だけだと希望したいけれどもね、気になるから、がらではないけれども、僕が何か本みたいに、いや、ノートみたいにきちんとまとめたいな、って思った。

 だけど、時間がないだろう、だからちょっとじりじりはしてた。

 これも棚上げかって思うと悔しくて泣きそうになるんだよ、」

「なるほど、ラインハルト様も完璧主義者ですからね。パラケルスス様もそれはもう、しょっちゅう焦れていました。頭の中の閃きが速くて、著述する手の方が追い付かないような時も、それこそ」

「あのようにたくさんの著作があるのに?」

「世に出たのは、ほんの一部でございます。一度棚上げし、遠くから見て客観視することもなさっておいででした。全てを完成させ、完璧になしたとは思われていなかったと思います。

 少し気が短いきらいもありましたから、やはりじりじりされて耐えておられたのではないかと」

「そうなんだ。僕は、良い所ばかり教わっていたけれども」

「解釈がストレートに出来ない、意味不明、理解不能の著述もありまして、それでヴィルヘルム様も生涯をかけて解明なさっておいでなわけですから」

「じゃ、今の僕みたいに。この後の自分か、もしくは自分がいなかったら誰かに引き続き考えて欲しいという気持ちでお書きになっておられた物もあるんだね」

「はい、まさにその通りです。そうおっしゃっていましたよ。悔しさと共に、誰かに託したい希望と夢を失わないことで、最後の最後まで生き切ったことこそが、ご立派でした。私はそう思います」

「僕も失敬して、お祖父様の書斎で古文書みたいなのを覗かせてもらったけどね、もうちょっとわかりやすい言葉で書けばいいのにな、って思った」

「そうでございますか、逆にあの理解不能さ加減がよろしいところもあるのですよ。フィリップも良く申しておりますよね、『簡単に得た正解などは、決して身につかない』と」

 ラインハルトは、おかしそうに笑った。

「ああ、そうだ、本当にその通りなんだよ。

 僕が見つけた落とし穴も、実際そうなんだ。

 ロゴスLogos(論理)が、なぜ三段論法などで美しく論証できるかどうか、という基本だよ。

 方程式の解のように、計算すれば誰でも解ける、理解できる。

 その素晴らしさには、裏があった。裏という表現は失礼か、手品のタネみたいなものがあった。

 あまりに素晴らしくて、人々が簡単にまねをしてロゴスLogos(論理)を用いた。学んで、どんどん学習を深めていけた、そこがまず素晴らしいんだ。

 ただ、大切な手品のタネのことは、皆簡単に忘れ、気づかなくなった。だって、方程式の解さえ出せれば論証して終わり、達成感も得られて気持ちがいいのだもの。

 本当は、タネのことをも忘れてはいけないはずだったのに」

「どういうことですか?」

「聞いてくれる?」

《つい、うっかり反応してしまいました(笑)。

 紅茶を飲み終わって、ベッドに横になってくだされば、私も安心して続きをお聞きします》

《ありがとう、もう一つそのビスケットを食べたら、歯を磨いてからにしていい?》

《もちろんでございますとも。ただ洗面所にも車いすで移動していただかないと》

《厳しいな、》

《メンテナンスに関して言えば、メフィストの方が完璧主義者ですよ、》

《違いない(笑)》





$$$$$$ 【蛇足部分:ラインハルトのノート】 $$$$$$


 (※筆者註:本編には関係ないので、飛ばして大丈夫です。読まなくても次話に繋がります。また、この蛇足部分は後日別の形でまとめるので、削除される予定です。)


テーマ:ロゴスLogos(論理)が、三段論法で美しく論証するために、前提を作ったんだというそもそもの始まりを忘れ果ててしまっていること(いわゆる落とし穴のようなもの)が、文明進化後の人間に、容易に思考停止させ、思考放棄させたのではないかという懸念。



 ミュトスMythos(神話的世界観)では説明できないことを解明しようと、古代ギリシアではさかんに論じられた。それがフィロソフィーPhilosophy(哲学)の始まりと言われる。

 真理はいったいどこにあるのか。それを理解したい渇望からであった。自然と向き合い、自然を知り、神の創造なされた地上のことを知りたい。天文学も物理学も同時に発展していくのが必然であった。


 どうやら、宇宙というものは無秩序なカオスChaos(混沌)ではない、コスモスCosmos(秩序、統合)だと理解した。秩序のような論理で、理性的に解明できないだろうか。アリストテレス派の用いた三段論法が基本書では紹介されている。


 1:人は必ず死ぬ。(前提)2:ソクラテスは人である。(前提) ←この前提は、古今東西、誰に尋ねても真理だと言えるだろう。よって。

 3:ソクラテスは必ず死ぬ。《結論》 ←歴史的事実である。はず(転生してたら別の話ww)


 これを応用して、宇宙の自然の摂理を正しく認識し、論証していこうとする。


 ロゴスLogos(論理)が、三段論法で美しく論証するために、前提でフィルターをかけて命題をわかりやすく構築した。  ←だから、論証が速く、美しいのだと思う。


 前提として、正しいであろう”律”を3つ規定する。

(1)同一律  Aならば、Aである。 A = A

(2)矛盾律  Aであり、同時に 非A(not A)であることは、ない。 A ≠ notA

(3)排中律  Aであるか、 非A(not A)であるかのいずれかであり、第三の要素はない。(いわゆる二者択一にすると、わかりやすい) ← 是か非か(真か偽か)決定が速い


 これら3つの前提があれば(そのフィルターをかければ)、三段論法で答えは出るとした。


 ある要素をSとして考えると。

(1) S = A (是 肯定)の時、それで確定。

(2) S ≠ A (非 否定)の時、(3)により、S = notAと確定。


 非常にシンプルで速い。二者択一の結論を出すのに優れている。


 僕は、かのコンピュータの2進法の話をマルコに聞いた。

 コンピュータは、素晴らしい発明だった。

 試作機は、豆電球の点灯した状態を1、消灯した状態をゼロとしたらしい。2進法を駆使して、計算が圧倒的に速くなった。ということだ。


 人間はさらに進化し、コンピュータも進化し、AIが出現し、的確な助言を人間に与える。人間は、思考をしないで楽に生きていけるのだ。複雑なことは、コンピュータが計算してくれる。

 世界を豊かにし、楽に生きていける道を模索し、平和に暮らしていけばいいのだ。ややこしいことを考えずに。


 本当にそうか? それが僕たちの幸せか?


 僕らの頭の中に二者択一か、もしくは楽に享受できたものしか残っていなかったら、どうなんだろう。他のものを他の要素を考えるのを面倒くさいと、思考する癖すら抜けてしまったらどうするのだろう。


 ここで、再度確認する。


 三段論法の論証が説得力を持ち、ある意味、答えが速いのは、命題の真か偽かを問う前に、前提と言うフィルターを3つかけているからなのだ。


 そもそも、この世界すべて、二者択一の場面であろうか?

 立ち止まれ! 思考せよ。 迷っていいから思考せよ。


 論理を考える時の排中律は正しいかもしれないが、世界には多種多様なものが存在する。(※)

 例えば、花の色は、赤か白かしかない、というのは間違いだと古今東西、誰でもが真理と言ってくれるだろう。

 世界のすべてにフィルターをかけてはいけない。すなわち、ロゴスLogos(論理)だけで問題を速くたくさん解いたところで、すでに僕らはコンピュータに勝てない。だが、

 世界は二者択一のものだけで構成されているわけではない。

 ロゴスLogos(論理)だけでは、僕らは真理を論証して、神に近づくこともまだ出来ない。

 出来ないという事を知っていることで、僕らはコンピュータに負けていないと言いたい。

 もちろん、出来ていないのだからコンピュータに勝っているとも言えないが。

 僕らはコンピュータ以外のものを更に創り出す力があるのかもしれないと僕は希望を持っている。

 様々な魔法生物、自然生態系生物を追い落とし、隠し、滅びさせてしまっているが、それでも、と。


 大大祖父様は、最後に何を望んだか。

 彼は、平和を望んでいた。相争い、神が見捨てて行ってしまわれたこの地上を嘆き、反省に変えて、平和な天の国が神よりもたらされることを望み、常に真理を希求していたのだ。


 文明が進化していったが、世界を巻き込み大きな戦争が起こった。大大祖父様の望まれたことと真逆だったし、僕たち子孫も何一つできなかったのだ。大きなうねりを止めることが出来る力など持っていなかった。


 権力者が演説をしていた。彼のカリスマに民衆は酔いしれた。彼が指し示した”敵”の民族は、収容所にやられ、財産も生命もことごとく奪われていったのだ。同じ国に住んでいた国民の一部を非国民と規定してからは速かった。


 敵か、敵じゃない者(すなわち味方)しか存在しない世界、(それ以外のものがない世界)だとしたら、王や神など、尊敬する指導者が指し示す”敵”を殺すのは、正当である。


 考えるまでもない。 ← 結論が速い、思考停止していても理解しやすい、それに飛びついたのだ。


 思考は簡単になり、生きているものの命を奪うことは、そもそも正しいか正しくないかの論点などは考えなくてもいい、と短絡的になった。


 さきの、ソクラテスは必ず死ぬ。が、歴史的事実であったように。

 この戦争も、この虐殺も、揺るぎない歴史的事実であった。


 なぜ、思考停止してしまったのか。

 なぜ、思考放棄してしまったのか。


 そうだ、僕らは単細胞で短絡的で自堕落だから、簡単に解り、納得しやすい答えを速く得たいのだ。

 楽をして、ただ達成感を味わいたいだけなのだ。


 僕だってそうだ。

 僕が何か、理解不能なことを考えて、その端っこをちょっと掴むとする、だが、時間がない時は棚上げしてしまうし、もう面倒くさいことを思考するのは放棄する。

 僕は今、怖ろしくて仕方がない。

 僕だけでなく、ありとあらゆる人たちが。

 理解不能は、理解不能のままでいい。見てみないふりをしているのが楽だと考えるくらい、疲れ果ててしまっていたら?


 思考停止はまだしも、思考放棄するのは、本当に幸せか?


 楽なのはいいが、また誰かの権益優先のために誰かが”敵”を指し示したりしないか?


 生きているものの命を奪うこと(同じ人間族同士の殺し合い、果ては地球を損なう核戦争は生き物すべてにとって迷惑か否かということ)という論点を、そもそも正しいか正しくないか考えさせないことが出来てしまう。

 今、地球上に生まれてきていないものたちの権益もひっくるめて損なうことすら想像もしない。


 理解不能のことを考える面倒くささを捨て、わかりやすい論調に飛びつく人間を増やしてはいないか。


 古代ギリシアの人たちより、僕らは明らかに退化してしまったのかもしれない。


 聖徳太子は言った。たぶん、こういうことだったのだ。


 是非之理、詎能可定。相共賢愚、如鐶无端。

 是か非か、誰がよく定めることが出来ると言うのか(誰も出来ないだろう)。

 我々はみな、賢いと同時に愚かである、輪のように、端が存在しない(ここから切れば分けることができると言う基準もない)。


 政治をする会議にあたって、いろいろな意見が出てもめていた時の心得を書いたと伝わっている。


 彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。

 二者択一のように、あいつが正しいなら自分が違う、自分が正しいなら、あいつが違うのか。

 自分はゆるぎなく聖でもないし、あいつもゆるぎなく愚かなわけでもなく、全員凡人だ。(神仏のように、悟った存在ではない)

 

 還恐我失。 

 自分が間違っている事、(気づかずに落とし穴をよけてろくろく考えもしていなかった事)

 是か非か議論する前に、そもそも自分から、基本から思考していないのではないか、

 それを恐ろしがるべきではないのか。


 僕は、どんなにか駄目だけれど諦めない。まだ理解不能だが、思考は捨てない。

 答えは簡単に見つからなくて苦しい。

 だが、僕は無駄であったとしても、思考する力を神より少し与えられているのだ。

 神の試練、そして神の慈愛なのである。神を讃えたまえ。


 なお、実際に排中律を否定した学者はすでに存在している。

『Aであるか、または非Aであるかのいずれかではなく、第三のものが遅れて現れてくるはずである』と。←ここまでは事実。


 光か闇かではなく、その第三の物が両非=両方否定(Aでもなく、かつ非Aでもない)のか、両是=両方肯定(Aであり、かつ非Aでもある)かという話(狭間の地に赴く者の特質)は、筆者の虚構にからめた話である。←この小説はフィクションです。


 この小説はタロットカードにも影響を受けているので、それで例えると。


 排中律のフィルターを外した世界で、両方否定した時、『空』、もしくは空に浮いた(いわゆる運命の輪を超越した、ゼロを冠するカード『愚者』のような)気持がする。ドーナツの中(穴?)を覗いているようだ。


 他方、両方肯定した時、『完全』、もしくは『大団円』(いわゆる運命の輪をも統合している大アルカナ最終カード『世界』のような)気持がする。どんなに頑張ってみても、世界の外へは飛び出せない、神仏の偉大さを改めて知り、頭を垂れるしかない。


 想像力でその両方を味わえれば、それは醍醐味と言えるかもしれない。[2021年2月15日]

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