表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
97/148

95 《劔を鍛えよ》 (28)


 夏美の表情は真剣で、ふざけているようには見えない。

 ラインハルトと善蔵の反応に、照れたようにちょこんと頭を下げた。

「あ、ごめんなさい、つい、イメージをきちんと伝えようとしたら、ものすごく低い声になったわ、」

 ラインハルトは口を開こうとしたが、夏美はそのまま続けた。

「だって、これ元々は、私の一族の宝でしょう?

 私の中の誰かさんがそう言っているから、ちゃんと伝えないと。

 この宝は大切なもので、正義を教えてくれるみたいに言っているわ。

 こんなにきれいで、とても強いもので。

 正義の(つるぎ)よ、正当性の証♪」

と、今度はまるで歌うように気持ちよく宣言した夏美の顔を見ながら、ラインハルトはうろたえ顔だ。


 夏美が、いつもの夏美と、少し違う気がする。

 だが、先ほどみたいに二重写しには見えていない。

 それでも。小さな違和感が、ある。


「...?

 あのさ、...夏美、本気で言っているの?

 さっきの話を蒸し返そうか?

 僕はずっと本気で探してきたんだよ、知っているだろう?」

「ええ、知っているわ。そして、私も本気よ。

 お札さんが良いことを教えてくれそうなの。私、希望を持ったわ。

 ずっと本気で迷っていたんですもの。善と悪の区別ってなんだろうって。

 だってこれを持てば、私も迷うことなく、善悪の区別がつくかもしれないわよ?」

「迷うこと、は悪いことばかりじゃないと、僕は思うんだけど、、。

 とにかく、夏美には無理だよ、今は小さな針状だけど...これは、武器だよ?

 『(つるぎ)』なんだよ?」

「ライさんは、なぜ、私の邪魔をしようとするの?」

「え?邪魔だって?」

 ラインハルトは、困惑した。


 夏美は、もしかして何か混乱しているのだろうか。

 今まで話してきたことの一部を忘れているとか?、いや、もしかしたら夏美の中の誰かの意識が強くなりすぎてしまって悪影響を及ぼしているのだろうか。


「ごめん、邪魔をしているわけじゃないよ。

 さっきも言ったじゃないか、お婆様だって、夏美に劔を振るって欲しくないって。

 まずは、それだよ。

 どれだけ心配されておられたと思う?

 『誓いと破滅が紙一重』だっていう話も忘れちゃダメだよ!

 修行を積んだ僕だって、まだまだ足りない所がたくさんあるから、皆に心配されているんだし。

 僕だって、夏美をとても心配しているんだ。しかも・・・!

 何度もしつこく説明して悪いけどさ、

 僕が、冒険のための前提として探していたって知っているくせに。

 さっきのみっともない僕を見ただろう、夏美はそれで僕を助けてくれたんだよね。

 だから、真剣に頼んでいるのに。他にはもう何もいらない。

 僕を信じているんじゃないの?

 劔は、僕に預けて欲しい」

と、少し蒼ざめたラインハルトが夏美の真意を探ろうと、さらに夏美の瞳を覗き込む。

 夏美の瞳が、きらきらと光っている。まるで、乱反射みたいだな、とラインハルトは思う。

「もしかして、私は勇者みたいな龍の魂を背負っているんでしょ?

 私は、生まれながらにしてお札を持っているのは、そういうことなんじゃない?

 そうなんでしょ?」

「夏美は、夏美のままでいて欲しいよ、絶対に危険な旅になんて行かせられない!

 いくら、ス、い、いや、勇者の魂が夏美の中にあったとしても、いいかい?

 それだけの条件じゃダメなんだって。生まれながらのアドバンテージがあってもだよ。

 第一、夏美は訓練だってしていない。魔法も使えやしないじゃないか」



 この説明で大丈夫なんだろうか、納得してくれるのだろうか。



「そうね、そうだったわ。ライさんには魔法があるのよね。

 私が今、反対したら、私を魔法で攻撃するの?、ライさん?

 私と闘うつもり?」

 


 闘う? 

 最後のワンフレーズは、迫力があった。

 いつもの夏美のような、そうでないような。

 さっきは、闘いと言う言葉に戸惑いを見せていたというのに。

 それでも、いつもお姫さまよりも軍師が良いと言う子だから、合っているとも言える、か。

 いつもの夏美ってなんだ?

 僕は、決めつけ過ぎているのか?

 いったい僕は、夏美の何を知っていると言うのだろう?



「闘いたくはないよ、本音を言えば。試合かなにかみたいに競うなら、まだしもさ。

 今日はどうやって闘いを上手く回避しようか、そればかり考えて、だから安心してたんだけど、、、。

 きっと、まだ何か条件があるんだね?

 それを普通に説明してよ。トライするから。

 僕は降参して本当の気持ちを言う。さっきは脅かしたけど、僕は夏美とは闘いたくない。

 あとさ、夏美の声の高低差のバラエティあふれた感じを堪能したから、もうなるべくいつもの声で話してくれないかな、」


 夏美は、あっけらかんといつもの声のトーンで笑った。

「ライさん、ライさんをいじめたいわけじゃないわ、ごめんなさい。迫真の通訳をした方が伝わるかと思うんだけど、善蔵さんは、変な感じがしましたか?」

 善蔵は、鷹揚に笑っている。

「はは(笑)、いえいえ、変と言うよりも、私も驚きました。

 夏美様の演技力の話は、孫娘から聞かされておりましたのですが、夏美様が二役も三役もこなしているみたいで、混乱してしまいそうですな(笑)」


「なるほどですね、今、私もテンションが高くなっていたので、ちょっと落ち着くことにしますね。

 ええと、つまり、ライさん。

 お札さんはね、条件があるって言いたいみたいよ。ライさんに安易に貸してしまうという結論は、どうやらダメみたい」

「あのさ、僕はずっと本気だよ、だから、安易にって言われると、ちょっとカチンと来るな」

「そうじゃなくて。

 言葉のチョイスにつっかからないでよ、今、私なりの表現をしたんだから、気を悪くしないで。

 言いたかったのは。ええと。

 私と一緒に水晶玉を見たから劔が見えたのに、見えた途端に、なんか独りで武器を何とかするって言い始めるから、私もお札さんも何か、すっきりしていないの、そういうこと」

「僕は、いきなり武器を奪っていくわけでも、君を裏切って逃げるわけじゃないつもりなんだけど」

「でも、なんとなく水臭い気がするのよね、」

「水臭いって?

 でも、夏美に武器を持たせたくない、それは絶対に変わらないよ、僕の本音だから。

 君は、どう考えても僕にとっては大切なレディだ。どんなに言われても、夏美を危ない目に遭わせたくない、それが紳士的な振る舞いなんだから、そこは絶対に譲れない。

 それともさ、この場しのぎの嘘でもつこうか?」

 まるで、にらみ合っているみたいだなって、ラインハルトは思う。


「とにかく、もう一つ説明させて。

 あのね、私の中のお札さんが、本当に難色を示しているのよ。

 ライさんが一人で劔を持っていくのはダメだ、みたいな」

 ラインハルトが、真顔になった。

「え? 嘘、嘘だろう?それは困るよ。ここまで来て。

 僕がその劔を授からないと、話が前に進まないんだよ?

 夏美の嘘か、演技かどっちか、正直に言ってよ、」

 夏美は、にっこりと断言した。

「演技でもないし、嘘でもないわ、そう言っているみたいなんだもの。

 私の中の、ええと、どなたでしたっけ?

 ちゃんと名前を言って?」

「...え?」

 ラインハルトは迷った。



 夏美の中にいる、あの少女、いや、あの方の名前を、夏美に今、言っていいのだろうか?

 夏美が消えたら、どうするんだ?

 善蔵もいるし、それに、、。

 


 夏美は、屈託なく笑っている。

「ライさん、本当に優しいのね、大丈夫、魔法は発動しないみたいよ?

 そう言っているみたい、」

「だけど、僕は夏美が自分で答えを見つけるべきだと思うけどな。しかも、いつも夏美は僕に

『先回りして答えを言うのは、ちょっと待って。あなたに影響されてしまうわ』

って言うくせに」

 夏美が、ああ、そうねというような笑顔を見せたので、ラインハルトは心からほっとした。


「そうね、そうだったわ。じゃ今度、答え合わせを一緒にしてくれる?」

「うん、もちろんだよ。お互いに答えを持ち寄ろうよ、」

「ライさんの解説も、ちゃんと聞きたいわ」

「うん、いろいろ調べた成果も聞いて欲しいけど、話が長くなるな、ごめん。

 だけど、楽しみにしてて」

「ええ、そうね、とりあえず私もきちんと考えてくるわ、それまではやはりお札さんって呼ぶしかないわね」

「うん、とにかく夏美に一度、ちゃんと考えてもらいたい。

 それから、僕の希望も聞いて?

 僕は夏美には夏美でいて欲しい、勇者や美津姫の代わりになって欲しいわけじゃないんだ。

 もちろん、夏美であれば僕は好きだと思うけど。というか、嫌いになれないと思うけどさ。

 出来れば、僕が知っていると思ういつもの夏美だったら嬉しいんだ。

 僕はそういう夏美と暮らしたいとシンプルに思ったんだし、それが希望」

「ありがとう、ライさん。

 私は私ですもん、結局は。そうでしょう?

 普通の人は、身体の中にいろんなものを持っていないのかもしれないけれど。

 もしかしたら冷凍たこ焼きより、もっと厄介な生き物かもしれないわよ、私。気分でころころ変わるところもあるし。でも、なるべくライさんを不安に陥れないようにしたいけれど(笑)。

 あ、本題に戻すわね。

 ライさんがこの水晶玉を一人で持っていきたそうにしているのは、どうも否定しているみたいよ?

 首を横に振っているみたいな感じがするの。

 ね、ルチルが消えてしまったらどうするつもり?

 ライさんのお札だけじゃ、だめだったみたいなのは決まっていたことみたいで。

 私の中のお札が一緒にあって、それでライさん、劔が見えたんじゃない?」

「それを蒸し返して言うなよ、へこむなぁ、、、、」

「あ!待って!

 わかったわ、なんとなく」

「何がわかったの?

 またイメージ?

 ああ、僕には、どうしてヒントが来ないんだろう?

 どうして、夏美にばっかり、頼らなくちゃいけないんだ?

 ようやくここまで来てお預けを食らわせるなんて、、、。

 ちぇっ、暴言を吐きたいけど、我慢するよ」

「ライさんが舌打ちをするところ、初めて見たわ♪」


 2人の目が合った。どちらからともなく、微笑みあう。

 ラインハルトは、少し笑って丁寧にお辞儀をして言う。

「レディの前で、失礼いたしました」

「うふふ、私もレディのように振る舞えるようにしなくてはね、からかっているわけじゃないの、本当よ、ごめんなさい。

 ライさん、ここまで来て慌てないで、焦らないでほしいの。

 これが、本当に一番大切なことなんでしょう?

 あのね、ええと...。まるで、判じ物みたい。

 私の中にイメージが広がってきているから、ライさんに答えを考えて欲しいわ」

「うん、わかった、じゃ、その判じ物かクイズに正解を出せば、僕は認められるのかな?」

「とにかく慌てないで、って言ってるみたい、ちょっと待って」

「ああ、まぁ、そうだ。フィリップにも、ええと、僕の師匠みたいな人なんだけど、

『自動販売機にお金を入れて商品を取り出すみたいに、なんでもすぐに答えが出たり、報われたりするわけじゃないぞ』

といつも、言われてはいる。が、速く答えを出すってのだって、大切なことなのに。

 あ、まぁ愚痴はいいや。続きをどうぞ」


 夏美の目は宙を見つめ、天井のazuriteを見つめ、それから目を閉じた。

「ライさんの素早さと努力の姿勢は、良くわかるんだけど。

 そうね、そうなんだわ。私がすぐに思い出せば良かったんだわ。

 あのお婆さまの言葉を、最後に言われたことが、まさしくクイズというか、なぞかけだったんだわ!

 ライさん、あのね。

 ライさんは漢字のことを良く知っているけれど、(つるぎ)の古い漢字を知っている?」

 ラインハルトは、得意そうに言った。

「よし来た!

 もちろんだよ、この紙ナプキンに両方書いてあげるよ。

 普通に今使っている漢字のつるぎは、『剣』で、このつるぎの漢字は、正式に『劔』だよね、ちなみに僕はいつも、古い漢字のイメージをちゃんと持っていたんだからね」

と、すぐに躊躇なくさらさらと、きれいな文字を書きながら言った。

「どう?絶対に100%の正解だって。

 宮司の善之助様にも、きちんと書いていただいて、それで覚えたんだから」


 取り出したスマホで該当ページを検索していた夏美は、うなづいて褒めた。

「ライさんは、本当にすごいわ、外国の人でこんなにきちんと日本の漢字まで覚えているんだもん。

 小学生の私は、お婆さまに言われた時に何のことかわからなかったの。

 最後、本当に別れ際よ。私に

『つるぎの古い漢字を知っているか?』

とお尋ねになっていたのよ。

 その時も今もずっとうろ覚えだから、私はいまだに見本なしに書けないかもしれない(笑)。

 ここを見て。

 漢字には意味があって、ええと、つまり、この漢字のなりたちのところを」

 スマホを受け取ってラインハルトが嬉しそうに言った。

「あ、ほら、ちゃんと合っているね!

 成り立ちは、、そうか、それを言いたかったのか!」

「ええ、正解だと思わない?」

「うん、じゃ僕に解説させてもらおう。善蔵にスマホを見せてあげて。

 たぶん、善蔵も納得だよね?

 この、古い『劔』の偏は、人間が2人いるのを表現しているんだ。鍛冶屋さんが劔を鍛えるのには、2人必要だったから」

「なるほど、そういうことなんですね。

 私も漢字は何となくそのまま書いておりましたが、今更ながら、その感じの成り立ちに込められていた意味を知りました」

「ええ、最初から一人では幻影だけで、『劔』までは見ることが出来ないように決められていたんだわ」

「『劔』は、『蛇の目(カカの目)』と『白蛇竜の宝珠』の親和性もありながら、相反する性質を持つ2つの物の統合の頂点、つまり三角形の頂点部分にあるものだし、一人とか一つのお札だけでは見えないようにされていたってことなんだな」

「『劔』は、失われた、って伝えられていたけど、水晶玉の中に、目に見えない形で封じ込められて、ずっと存在してくれていたのね」

「ああ、そうだね。

 それと、お婆様のお言葉と、アポロン神殿の言葉、二つ目と三つ目はほとんど意味が合致したのに、一つ目が符合していなかったのは、ここが大切なところだと言いたかったのかもしれないね。

 {(つるぎ)をお返し申した}ということは、失われた、無くなってしまったと思わせていたんだ。不必要に持ち出すべきではないものだろうし。

 ふだんは水晶玉の中に封じ込められていて、不死鳥のようにまた『劔』の幼体として蘇ることとし、{自分自身を知れ}って言う言葉にそれを込めた。独善的に恣意的に力を発動させないためなのか。

 力のないままの者では『劔』にも気づかないままで、劔にとっても、その者にとっても安全だろうしね。

 そしてその劔を見つけることも、鍛えることも一人ではダメだということを伝えたかったのか、、、」

と、ラインハルトはため息をついた。夏美は、明るい声で言った。

「そうよ、そういうことなのだと私も思うわ!

 それでお札が符合したから、ようやく話が進んだのね?

 ライさんと私、西洋と東洋、そして、ええと悪い魔法使いと、正義の軍師よ。

 それがまず、劔を見つけて、鍛える条件なのかもってこと!」

「あのさ、僕の中にも正義があるんだよ、一応だけど」

「知っているわ、ええ、私の中にも悪い要素がたくさん詰まっているもの。申し訳ないことに。

 だからこそ、正義と悪の基準が気になっていたんですもの。

 でも、ライさんが教えてくれていたわ、相反するものをバランスを取っていくしかないって。 

 私は、ライさんと一緒に頑張りたいと思うの、努力して正しい要素が多めの人間になりたいけれど。子供の頃から、そう思っていたのよ、さぼってばかりだけれど。

 ね、それが良い方針のような気が、善蔵さまもそう思うでしょう?」

「本当にそうですね。夏美様の努力もわかります、私も本当にそう思います。子供の頃は、私は性善説でしてね、人間は生まれながらに正しくて、だんだん悪いものに染まるのかとも考えましたとも。それでも、やはり完璧に良い人、完璧に悪い人というものはいないのではないかと思います。

 人間は誰しもが正しい人になりたいと思うけれど、なかなか出来ませんし。そして、ただ悪とか悪い成分を見つけて排除するだけ、刑罰などで抑えつけることだけでは、ダメなのだろうということが、私にもわかってまいりました」

「深いね、善蔵」

「ありがとうございます」

「じゃ、善蔵も夏美の言うことに賛成なのかい?

 この劔を鍛えるには、僕だけではダメで、夏美も一緒にやらないといけない、みたいな?」

と、ラインハルトが言う。

「もちろん、ラインハルトさまのご心配もわかります。

 夏美さまには安全でいていただきたいと、私も心から願います。ですが、先ほどからのおふたりのお話に私も納得いたしました。

 以前、そして今日もですが、ラインハルト様おひとりでは、水晶玉をご覧になっても視えないという現象に、意味があったということなのかもしれないですね。

 よろしいじゃありませんか。おふたりが正当なお札を同時にお持ちになって気持ちが揃ったところで、他の者には視えぬ、『劔』が出現したという事実だけでも、私には吉兆に思えます。

 まずは、ようやくスタートラインにお立ちになられたところです。おふたりで協力し合って、完璧な劔にしていただくしかございませんね。

 劔をどちらが振るうか、などは、その後のことで最終的なことでしょうから」

「うん、そうだね。

 それが、青龍王さまのご指示だったのかもしれないね。東洋と西洋の融合という理念にも叶うし。

 でも僕は、夏美をこれ以上、巻き込みたくない気持ちは、絶対に譲らないからね」

「あら、やはり、そうなの?

 宝物を受け取って、劔を手に入れて。それから、私を置き去りにしたかったのね?」

「ひどいことを言うなよ、僕はそんなことは、しないって言ったよ」

「じゃ、とりあえず、私も冒険についていけそうね?」

「え?ちょ、ちょっと待ってよ、今、善蔵が釘を刺しただろう?

 劔を鍛えてからの話は、まだ、これからだ。

 それに、言っておくけれど、危険な冒険なんだよ。

 あちこちの、言葉が通じそうにない魔法生物を探してみたり、いろいろ僕は。

 普通にそうだね、RPGみたいに、ガチに死にそうな目に遭っているんだ、今まで。そして、これからもだよ。

 夏美との物語が、一番僕の人生の中で安らげる、ほんわかした物語で良かったなって思っているのに」

「あら、そうなの?

 いっそ、ここから巻き返して、波瀾万丈にしてみない?」

「え、なんで?

 困るよ、やっと夏美と仲良くなれて僕は幸せなのに。本当に結婚してくれて一緒に安らげそうな夏美が見つかって、と。

 お祖父さまだって、ようやく一人前だと、とても喜んでくれているのに。

 波瀾万丈は、そうだね、パーティの中のきみの役柄だけにしてよ。

 あれさ、どんどん直しが入って、今や主役は僕じゃなくて、どう考えてもきみだよ?」

と、ぼやくようにラインハルトが言う。

 夏美は、心から嬉しそうに笑った。

「そうね、しばらくは、パーティに集中しなくてはいけないわ!

 善蔵さまも、絶対にいらしてくださいね。

 遥の脚本が、それはもう素晴らしくて面白くて、練習をやっていても楽しみなんです」

「はい、ありがとうございます。それはもう、ラインハルト様と夏美様の晴れ舞台ですから、とても楽しみにしております。

 さて、では、もうお昼ご飯を召し上がれそうですか?

 お2人だけでさらに打ち合わせることがございましたら、私はこれで失礼を致しますが」

「あら、そんな、せっかくいらしてくださったのに。ご一緒したいわ」

「そうだよ、善蔵、水晶玉をもう一度きちんと片付けたら、一緒にお昼を食べようよ、今日は時間を取ってくれたんだろう?

 夏美もその方がいいよね?」

「ええ、それであの、ライさんと善蔵さまがよろしければ、もしかしてマルセルさまや姫野さんもいらしてくれているのなら、ご一緒にいかがですか?」

 ラインハルトは、さらに笑顔になった。

「ふふふ、夏美は優しいね、カンがいいのか、それとも彼らの圧が強いのか。

 夏美が、真の姿になって僕と闘うかもと思って、待機はしてくれているんだ。

 じゃ、ずっと心配してくれていただろう彼らを呼ぼう、僕のことも夏美のことも心配しすぎるくらい心配していたからね。

 とにかく、夏美まで冒険に行きたい、なんて言い始めたっていうのは、あの2人に言わないでくれよ」

「あら、どうして?」

「心配するに決まっているから、本当に内緒だよ。

 この話は大切なことだから、また今後、これから夏美と、ちゃんと相談したいんだ」

「はぁい、了解です」


 ラインハルトと夏美のやり取りがだんだんと遠慮なく、リズム良くなっているのを善蔵は感じた。

 そこへ、すぐに案内されてきたマルセルと姫野がなめらかな足取りでazuriteルームの中に入ってきた。

 ラインハルトの笑顔を見て、マルセルと姫野は事情をすぐに汲み取ったのだろうと善蔵は思った。

 が。

 姫野が嬉しそうに天井を見上げて立ち止まってしまい、夏美からazuriteの解説を聞いてしきりにうなづいている時に、善蔵の耳に入った言葉で、マルセルはさらに深く事情を知っているのだなぁと察した。


 マルセルが小声で、ラインハルトに言ったのだ。

「やはり、いざとなったら私はラインハルト様をお救いせねばいけませんね、あっという間にお尻の下に敷かれた感が致しますが、、」

「な、いきなり何を言うんだよ?」

 マルセルは、にこりとした。

「間違いでございましたか?それでしたら、心からお詫び申し上げます」

「うん、心の底から詫びておくれ。

 全然そんなことないよ、大丈夫だ、僕は。

 僕よりも夏美を守ってってお願いしておいただろう?

 ...今後もだよ、お願いだから、ね。危なっかしいんだから、夏美は」

「かしこまりました。ご安心ください。じゃ、今後も夫婦喧嘩の際は、私は夏美さまのお味方をしますからね、」

「え?...

 い、いや、その時はきちんと事情を聞いて、正しい方の味方をしてくれよ。

 きっと、夏美もそういうよ。善悪の判断を第三者のマルセルがしてくれるのを望むって」

「ご冗談を。犬も食いませんよ、そんな夫婦喧嘩の時の善悪の話なんて。

 まぁ、メフィストなら、あるいは喜んで食うかもしれませんね」

 気難しいはずのマルセルが上機嫌で冗談を言うのを、善蔵は初めて聞いたのだった。


 考えてみたら現実離れしている面々と談笑していることが不思議過ぎて、わくわくする気持ちを抑えきれない善蔵は、一期一会であろう昼食を心ゆくまで楽しんでいる。

 こんな幸せは、もう味わえないかもしれないな。

 いい歳をしているというのに、かつて読んだ児童向けのお話の中にいる人物になったような気がする。

 最も大きな目的のサポートをし終えて、自分も心から満足している。

 だが、一抹の寂しさを感じていた。


 自分の役割は、果たしたのだろう、、。

 この後の彼らの冒険、はるか先の旅路のサポートは、自分は到底、出来ないのだろう。


 どんなに誘われても、一族に立ち混じり、寿命を延ばす選択はしなかったから当然のことだ。

 それでいい、と寂しいながらも思う。

 孫娘の遥と同じ年齢の夏美様は、やはり美津姫様とは違う感じがする。

 普通に現代日本の20代の女性だ。しかしながら、先ほどオーラのようなものを少し感じることができた。

 ラインハルト様と夏美様は、同じお札を持っているだけではないのだろう。

 性格の異なる点をもまるで補い合うような、でこぼこをぶつけ合いながらも折り合わせていこうとする2人に、希望を持てた。このおふたりならば、と。

 過去には悲劇もあった。夏美様は、まだすべてをご存じないのだろうが。だが、希望を持って前に進めていける気持ちをちゃんと持たれておられる。

 祖父の善之助は、最後まで心配して亡くなったのだから、自分は希望の入口だけ見せていただけただけでも、まだ幸せだった。いずれ、あの世とやらで嬉しい報告をさせていただこう。

 

 

 ラインハルト様、夏美様、そして皆々様にどうか幸あれ、と善蔵は心から願った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ