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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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92 《劔を鍛えよ》 (25)


「あ、先回りしてはいけないかな?

 ちょっと考えてみてよ」

「はい、ありがとうございます」


 私の中の、何か別の要素?

 そうよね、それが問題だわ。

 大切な3つの宝(白蛇竜の宝珠、蛇の目(カカの目)と、既に失われている劔)とは、別の何かが存在していて、それを私が持っていたっていうことになるわよね。


 私の中には、ずっと宝珠さんがいると思い込んでいたんだけど。

 だって私は、子供の頃から、宝珠さんが出てくる夢を見ていたから。それだけを覚えていたんだもの。

 物語の一部分を断片的に見ていたけど、お姫さまに頼まれていたのが最初だったよね、、、。

 そう、きれいなお姫さまが泣くようにして頼んでいたのだ。自分が死んでしまいそうなのに、、。

 

 「行って、早く! 

  お願い、あの方に届けて! 兄さまに。宝珠を、そして・・・」

  

 そう、夢の中では、いつも訳がわからないまま走っていく自分がいた。

 お姫さまが、兄さまがこの世の希望だと言っていた気がする。そんな大事な頼まれごとなのに。

 宝珠を届けられずに目を覚まし、自分の手の中には何も残っていないままだった。

 それは、当たり前のことだ。それくらいは、いくら何でもわかっていた自分。それでも、さっきまで確かにつかんでいた感触を諦められない気持ちがずっと残っていた。

どうすればその夢をハッピーエンドに終わらせられるか悩んでいて、そしていつしか{そんなの、ただの夢でしかない}と思って、忘れ果ててしまった夢。


 女神さまに仕えている龍?がいたり、

 女の子か男の子かよくわからない勇者がいたり、

 ライさんに似た子供がいたり、

 時系列はぐちゃぐちゃで脈絡はなかった。それでも、ある意味すごくリアルな夢で、自分は異世界を旅しているのではないかと思ったりもした(笑)。


 夢の中の世界で、出来ることなら役に立ちたいと思っていたのに、夢の中になかなか戻れなくて、一度ならず、自分が死んだらその夢の中に戻っていけるようにも思ったこともあったけど(試しにやってみたかったけどやらなくて良かったと、今は思うけれど)。


 ライさんが本物の白蛇竜の宝珠を見せてくれてから、色々と変わりつつあるのよ。不思議な夢を思い出させてもらえて良かった、と今は思う。

 だけど、

 子供の頃からそばに、ううん、私の中にずっといてくれてイメージを見せてくれていたのはいったい・・・何なの?


「ちょっとわからないわ、、ごめんなさい、お待たせしてばかりで」

「じゃ、まずは用意だけしてみようか」


 大きなカップボードの前に歩いていくラインハルトの背中に

「ううん、やっぱり、降参するわ。私の中に、いったい何があるの?

 ライさんはそれを知っているの?」

と、夏美は問いかけた。

 夏美に笑顔で振り返り、ちょっと待ってねというようなしぐさを見せたラインハルトは、大きなカップボードの前に立ち、まじめな横顔を見せ、そして一瞬目を瞑った。


 以前見た時のように、カップボードに飾られた銀器には天井のazuriteの蒼が映り込んでいて、とても綺麗だなぁと、ラインハルトの横顔を眺めるのと同時にぼんやりと夏美は見とれていた。

 それらの煌めきが、ラインハルトの小声の呟きに一瞬さらに輝きを増した、ように見えた。と思ったら、カップボードの奥から、古い木箱がまるで滑るようにラインハルトの手元に出現した。


 やっぱり、ライさんは魔法使いなんだわ、と夏美は改めて思う。


 まるで、中に大きなケーキが入っているかのような笑顔を浮かべて、ラインハルトはその木箱を抱えて戻ってきてテーブルにそっと置いた。

 すでに夏美の胸の中で、何かがトクンと鳴っている。そう、ずいぶん待たせてしまったけど。


 嫌な感じはしないわね。私の中の何かは、あの怖い声も出さずに、私と一緒に少しワクワクしているように思える。あなたは、いったい誰(何)だというの?


 ラインハルトがにこっと笑いかけた。

「僕が考えた答えを言っていい?

 うん、お札(おふだ)だと思うんだよ、夏美の中にあるのは。

 先日ね、夏美が僕のお札を感じるって言った時に、あれ?おかしいな?って、僕は思っていたんだ。正直言うと、少し困惑していた。とても貴重な物で、僕以外に触れないはずなのに、と。

 僕は驚きすぎていて、『お札は、自分の部屋に置いてきたはずなんだけど』とは言えなかった」

「え?違うの?

 だって、ライさんのお札でしょう、ライさんのことを良く知っていて、ずっと一緒にいた感じがしていて、とてもライさんのことを慕っているようなお札だったわよ?

 それにね、明らかに私の中で、いつも私に話しかけているイメージではなくて。

 それに、存在を感じたところも違っていたの。

 私の中にあるという感じじゃなかったわ、あの時は私とライさんの間にあったように感じたのよ」

「うん、そうだよね、あの時は僕も2人の間の空間にあると感じてたんだけど、いつもは、夏美の中にあるものと僕は、やり取りなんて出来ていなかったから。

 そして、あの時はまさしく僕が僕のお札からいつも感じるイメージにそっくりだったから、いや、まさにそのものだったから。

 僕もあれ?、本当だ、僕のお札が自分の意思でここに出現しちゃったのかなって、つい思ってたんだ。

 そして、今さっきから、僕のお札がね、いつもは厳重に封印されているのに、ちょっと生き生きとしている感じなんだ」



 夏美は、胸の中でトクンとしている何かとラインハルトに同時に話しかけている気がする。

「私、...そうね、不思議。いつも私の頭の中のイメージは宝珠さんなのに。

 今も、先日感じたお札が、そばにある気がするわ。

 ううん、ずっとそばにあって。私のそばにいてくれていたのね。子供の頃からのイメージは、お姫さまが見せてくれた丸い宝珠さんを預かっているイメージだったのに、」


 そうね、どうやらお札みたいね、ごめんなさい。

 勝手に宝珠さんっていう名前で呼び掛けていたのに、今度からなんて呼べばいいの?

 あ、いえ、今はそれよりもっと大切なことを解決すべき時よね?

 夏美は、それでもトクンとしているその何かが、温かいイメージを持ったみたいなのを感じている。



「僕も今日、自分のお札をちゃんと封印したままに持ってきているけどね。

 お札は、2枚あるというのに、2枚が別々に自己主張していないっていうか、1枚でも一つ、2枚でも一つ、みたいな感じしない?」

「よくわからないけれど、そうなのかなぁ、お札がシンクロしているのかしら?」

「ああ、そんな感じだよ、ずっと離れ離れになっていた一卵性双生児のように、シンクロしているのかもしれないな」

 善蔵は、邪魔しないようにという気遣いなのか、ただ微笑んで聞いているだけだ。


「変ね、ライさんは、何かを一生懸命に頑張って、冒険して、そのお札をいただいたのでしょう?

 なぜ、私は苦労をした覚えもないのに持っているのでしょう?」

 ラインハルトは、にこりとした。

「そうだよね、僕は確かに大変だったよ。

 青龍王のお使いの方の前で、御前試合のようなことをしたりしてね、ようやくいただいたものだったけれど。て、自慢したいところなんだけど。実を言うと、僕だって全然ダメだったと思う。こてんぱんにやっつけられて、最後はノックダウンしていたんだ。だからお札を授かったと知った時は、嬉しかったなぁ。

 夏美がなぜ持っているのかは、僕から説明できない。ちょっと一つの仮説を立てているけれど、まだ正解の自信がないから、もう少し後で一緒に考えようよ。それよりも。

 そろそろ本題の水晶玉を見て欲しいんだけどな、覚悟はできたかい?」

 夏美はうなづいた。

 自分の中のお札さんも先ほどからトクンと鳴りながら、促しているような気がする。というか、この瞬間をずっと待っていたと言っているように思える。


 ラインハルトが、まるで封印するかのように木箱にかけられていた朱色の紐を解いて、蓋を外して裏返しにして横に置いた。

 蓋の表には流麗な筆文字が書かれていたが、それよりも夏美の目に飛び込んできたのは、蓋の裏に描かれている絵だった。

 ラインハルトが外してテーブルに置いた時だった。蓋の裏に丁寧に描きこまれた白蛇竜が、一瞬動いたように見えたのだ。まばたきして見直してみると、絵は全然動いていなかったが、今初めて見たような気がしなかった。

 見覚えがあるような、というか、ずっと見知っていたかのようにその絵姿を見て思った。


 不思議なのは、人の形をしている時の絵が、ここには全然描かれていないじゃないのって思ってしまったことである。自分の中で考えて、自分がふふっと笑ったような気がした。


 これも、お札のせい、なのかしら。

 自分の中で、今の瞬間、あの低い声が聞こえてきたらどうしようかと思ったが、何も起こらない。

 ただ、嫌な感じはしないけれど、水晶玉に吸い寄せられるような、それだけに集中・収束していくような気がしている。これは、自分の意思なんだろうか?...それとも?



「夏美、僕が水晶玉を箱から出していい? それとも君がやりたい?」


 その水晶玉を載せようと準備しておいたものだろう、漆塗りのお盆が置いてある。

 手に触れるのは、少しためらわれた。

「お願いしていい?私、...おっちょこちょいだもの」

「わかった。じゃ、僕が失礼して出して載せるね。

 さぁ、どうぞ。素晴らしいものだよ」


 木箱の中から、紫の袱紗(ふくさ)に包まれているまま、ラインハルトが持ちあげてお盆に載せ、袱紗を開いた。

 夏美は、息をのんだ。

 すぐに言葉なんて出てこない。ラインハルトは、機嫌のよい様子で口を開いた。

「相変わらず、美しいね。透明度が高くて、ん?

 これは...まさか、幻影水晶(ファントムクォーツ)

 水晶玉に翳りと言うか雲のようなものが、」

 ラインハルトは言葉をきって、じっと見入っている。

 夏美はすでに、見入ったままだった。

 明らかに、ただの透明度の高い美しい水晶の玉の中に、雲のような幻影が現れ出ているように見える。

 動きがある、というより、最初からあったものが自分の目にはっきり視えるようになったのだろう。

 ふわ~~っと山の連なりのような、いや、もしかしたら数匹の蛇がのたうつような、いや、もしかしたら龍の頭のようなものが見える、ような気がする。


「夏美、どう、何が見える?、善蔵の方は?」

「ええと、私も、何かの影が・・・見えるわ。たくさんの影が揺らめいている感じ、雲か、雲の合間に蛇がいるみたいな、」

「...私には、申し訳ございません、いまだ普通の透き通った水晶に見えますが、」

「ライさん、幻影水晶(ファントムクォーツ)って、何?

 こういう何か混ざっている水晶があるの?」

 ラインハルトは、まじまじと水晶玉を見つめたまま、つぶやいた。

「うん。昔からあるんだ。水晶になる過程で、一瞬成長がとまり、そしてまた結晶化が進んでいくから、中にいろいろな物を含んで幻想的な模様を持つんだよ。

 それでね、幻影水晶(ファントムクォーツ)の石の言葉って、何か知っている?夏美?」

「全然、そんな知識はないわよ、教えて、ライさん」

「意味深だよね、{自分自身を知る、理解する}っていう意味を持つのさ」

 夏美は、ラインハルトの驚きぶりに、ようやく共感できた。

「それって、そうね。不思議ね。

 さっきの、あの神殿の第一の言葉『汝自身を知れ』という言葉とそっくりなのね」


 なぜ、この水晶玉は私に、そしてライさんに幻影を見せてくれるの?

 どこに行けば、どこまで行けば、善と悪の区別がつくというの・・・?

 え? 



「夏美、何かわかったのかい?」

「ちょっと待って。あのね、今気がついたの。中で何かが光っているわ、針のような・・・」

「え?じゃ、ルチルってこと?僕には見えない、どんなの?」

「小さいわ、ちょっと角度を変えて見て?」


 ラインハルトは角度を変えてみたが、見えなかった。

「まさか、針状金紅石入水晶(ルチルクォーツ)の特徴も持つってことかい?

 ああ、僕には全然見えないや、ええと、石の言葉はね、

 {次への一歩を踏み出す勇気と情熱}を表すって言われているんだ、、。

 どうして、僕には、それが見えないんだろう、どこに、ルチルが、?

 ! 夏美? いや、まさか、、、」


 夏美は返事をしなかった。



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