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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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8 《天上の青と共に》(3) ー ☆ ー


 ラインハルトは、想定外のことに少し混乱していた。

 やはり、宝珠と夏美は明らかに反応しあっている。それは間違いない。しかし今現在、自分が把握出来てることがあまりに少な過ぎる…。


 あの時もそうだった。

 断ち切られた伝承や失われた手がかりを嘆き、泥臭く情報を集めて頭を使いながらも決め手に欠き、時間切れ前に慌ててより正しいと思われる方を選択するしかなかった。

 知能が高く、本に書いてあることを要領よく解釈することで計略を立てるのが得意なラインハルトにとっては苦手な戦法だ。選びとった末にもたらされた結果を後悔し、失敗の後処理に追われることの繰り返しばかりで辟易する。

 だが、望まないのに押し寄せる選択の波状攻撃から逃げたくはないとかろうじて踏みとどまっている。逃げても助けなんか来ないし、さらに防御が辛くなるのを経験で知っている。悔しさと自己嫌悪が自分のプライドをずたずたにするが、どうせ棄ててしまいたかった、必要のないプライドだけは勝手に何度でも蘇って自分本体をあざ笑うのだ。


 不思議だ。

 自分の心の準備も出来てすらいないのに、今、自分の腕が彼女を抱きとめている。

 夏美の身体はほんのり暖かく、かすかに呼吸しているのを感じる。

「夏美?大丈夫?…呼吸出来てる?

 気道を確保した方がいいのかな…」


 あごの下に手をかけて首を真っ直ぐにさせてみる。

 夏美の見開かれた目から怯えが伝わってくる。意識はあるみたいだが、金縛りにでも遭ったかのような状態だ。

 あの時の眼に似ている、と思った。一生懸命に自分の意思を伝えようとする眼だ。いつも従順な娘だったのに、どうしてもついてくると聞かなかった時の必死の瞳。

「あなたを助けるって約束したのに。どうして私を連れていってくれないの?」

 と言われても、自分は取り合うことはしなかった。足手まといを連れて行きたくなかったし、彼女には少しでも安全な場所にいて欲しかった。1秒でも惜しい状況で個々人を説得なんて出来ない。その判断は、今でも正しいと思っているが、悔いはずっと残っている。


 2人の視線が交錯する。

 本人がまだ覚醒しておらず、無自覚なせいだからだろうか、隠しきれていない彼女の本質がラインハルトには透けて見えるほどだった。素直な気性の奥に秘められた限度不明の無垢な力の萌芽を感じる。


「やはり、君なんだね」


 幸せを感じつつも、ラインハルトは戸惑っていた。

 再会出来たなら、自分は死ぬほど嬉しがるのだろうと想像していたのだが…。

 エリザベスを始めとする多くの者がかすかな奇跡への糸を手繰り寄せるようにして自分のために彼女を探し出してくれてはいたが、自分はどこかで半信半疑だった。たぶん、希望を失ってしまった時の絶望を恐れていたのかもしれないと自己分析し、臆病な人間になってはいけないと自分を叱咤激励してきた。

 だが、そうではなかった。今ようやく自分の抱えていた大きな不安の正体を知ってしまった。

 夏美には可哀想なことをしてしまったのかもしれない…。


 自分は今、Az...杖に嵌め込まれた賢者の石と同じAzuriteの天上の蒼い光に包まれて夏美を腕の中に抱いている。まさに占い師が描いた絵のとおりだ。予言された吉兆だと皆も喜んでくれるに違いない。

 だが、今の夏美はまるで…自分へ捧げられた贄のようにも見えるではないか。


 そうだ、半信半疑どころか自分はずっと迷っていたのかもしれない。

 愛するものを自分のものにしたまま離したくない気持ちと、自分の元で幸せにしてやれないのなら愛するものをあえて遠ざけてしまいたい気持ちとの、相反する2つの気持ちの葛藤に気づかないまま、彼女を求めてここまで来た。最も望んだことが叶った状況で立ち竦むのは、自分の心の弱さなのかもしれない。

 今、生まれ変わってきてくれた恋人を見つけて嬉しくて泣きそうなのか、彼女への同情で泣きそうなのか自分でもわからない。


 自分は、愛おしいものをまた…こうやって巻き込んでいくのか。

 身勝手だったのかもしれないが、…。

 たぶん自分は、自分の元から彼女を逃がしてやることは出来そうにない。理性のみで賢く判断できるのなら、こんな馬鹿げた恋なんてするはずがない。


 自分の身に何が起こっているか分からずに不安そうな夏美の顔にそうっと唇を落とす。見開いた目に恐怖の表情を見てとって、優しく頰に口づけた。

 自分が手放しで喜んではならないと判断したのは、夏美からの自分に対する拒絶反応だった。

 そうか…。やはり僕のことを覚えていないままなんだね…?


 状況が許せば、すぐにでも連れて帰りたいと最初は思っていたのだが。

 記憶を持ったまま生まれ変わってきてくれたわけではないし、宝珠に反応した時に記憶が蘇ってくるということもなかったようだ。

「生まれかわってきて…今度こそあなたを助けてあげる」と約束をしてくれていた恋人は目の前にいる。だが、まるで見知らぬ男を見るように自分を見ていた。本能なのか、少し怯えている風でもある。

 再会を嬉しく思っているのは自分だけだ。夏美からすればただの迷惑でしかないのだろう。

 彼女が命がけで渡してくれた宝珠だけが、唯一の縁なのかもしれない。


「僕の声は聞こえるのかな、夏美?

 大丈夫、呼吸は出来てるし。もし金縛りとかだったら、そのうちに戻ると思うから」

 夏美の頭を支えて自分の胸にもたれさせた。

 一族皆が褒めた豊かな長い黒い髪ではないけど、そうっと頭を撫でてみる。この手入れのしやすそうな短い髪もふわっと軽くて愛らしいと思った。

「僕の心臓の音が、聞こえる?

 余計なことを考えないで、そのまま聞いていて」



 ラインハルトのゆっくりとした心臓の鼓動を夏美は感じている。

 ああ、良かった、この人はこんな時に落ち着いているみたいだ。

 いきなり飛びかかって来て勝手に金縛りにあう人間なんて、ふつう気味が悪いと思うのに、この人は驚かないのだろうか。言い訳などしなくても私自身に害意が無いことを信じてくれているのかな?

 規則正しい音にだんだんと夏美のまぶたが重くなり、ようやく目を閉じることが出来た。でも、どうしよう、身体が動かせないままなのに何故か心地よくて寝てしまいそう。

 ずっと立ったままで自分を支え続けているラインハルトは、優しく頭を撫でてくれている。


「リラックスすればそのうち元どおりになると思うよ。弟がぐずると、良くこうしてたから…」

 気にしないでとラインハルトが言ってくれてる気がしたが、その先が聞こえてこなかった。


 ライさんの弟ってどんな感じなんだろう?2人でさぞやんちゃだったでしょうね。

 屋敷の通路を走ってくる、ライさんよりちょっと小さな男の子。

 なんだか目に見えるようだ。


 中庭のあずまやでライさんは本を読んでいて、そうね、それはきっと日本のおとぎ話に出てくる天狗や河童の話かもしれない。

 そこへ弟が駆けてくる。

「兄上、婆やが隠してたボールを見つけたよ!遊ぼうよ!

 …あれ?姫さまがこんなところで寝てる」

 長い黒い髪の少女が、ラインハルトの胸にもたれて眠っている。

「そう、だからもう少しあとでね。

 夜はうなされたりして、ちゃんと眠れていないみたいだからね」

「昔は僕が兄上に抱っこしてもらえたのにー!」

「そうだね、ほら、ここならこの子と一緒でも大丈夫だよ」

「い、いいよ、僕はもう赤ちゃんじゃないから。

 それに皆に注意されたから。姫さまは恐い目にあったから驚ろかしたりしてはいけないってね。もしも暴れたりしたら大変だからって。

 姫さまは、本当に強いのかなぁ?」

「試すようなことをしてはダメだよ。まだ幼くて、この子は自分のことを良くわかっていないんだからね」

「……?」



 え?

 夏美は、短い夢から覚めた。

 まったく…!リアル過ぎる夢を見る癖なんて、デメリットばかりで困る。

 いつのまにかカップボードの横にある小さなソファにラインハルトが座らせてくれていたらしい。そして自分のスーツの上着を掛けておいてくれたようだ。

 ラインハルトは、最初に見た時のように書類の山のそばに静かに座っていて仕事を続けていた。


「目が覚めた?あ、気分はどう?

 落ち着くと思うから、今度こそ僕の淹れた紅茶を飲んでよ。

 大丈夫かな?君はまだ立てないかもしれない。

 あとで車を呼んであげるから、乗って帰るといいよ」

 と矢継ぎ早に言いながら、ラインハルトはカップボードまで来た。


「ごめんなさい、ライさん。

 あの、飛びかかったりして、私、上手く説明出来ないけど。

 本当にお恥ずかしいです。

 妄想癖が最近暴走するというのか…ちょっと夢と現実を混同しちゃったみたいで。

 許してくれますか?」

 夏美はいたたまれなかった。そばにいるラインハルトの顔を見ることも出来ない。


「もちろんだよ。そんな、それは大したことじゃないし。

 僕もあのブレスレットの話は、そう簡単に話せないんだけどね。

 あとで少しだけ僕の話も聞いて欲しい」


 ゆっくりとした動作で、クリーム色のマグカップを両手に持たせてくれる。

 夏美が安心したような笑顔を見せる。

「あ、これ。さっき見たこのカップ、可愛いなと思っていたんです」

 最初に案内された席にあったルクセンブルクの窯で焼いたカップだった。両方の手で抱っこするように持っても落ち着くフォルム。


「ミルクを少し多めに入れたよ、だからちょっとぬるいかも。でもそれだからゴクゴク飲めるよね?」

「ありがとうございます。

 あの、話って…なんでしょうか?」


「さっきのはたぶんブレスレットの宝珠のせいだと思うから、夏美はあまり気にしなくていいよ。

 実は…、あのブレスレットのことを僕も調べてはいるんだけど。内緒にして遥や瑞季にも話をしないでもらえるかな?

 君だって他の人を巻き込みたくはないだろう?」

「ええ、はい、そうですね。

 怖かったです、自分が」

 自分の身体が勝手に動く、なんて現象は説明できない。

 遥や瑞季まで、自分みたいになったらたまらない。想像もしたくない。


「大丈夫、他の人は、たぶんあのブレスレットの宝珠に反応しないと思う。

 関係ある人だけだから」

「関係ある…?関係って?」

「夏美はさっき、夢と現実を混同したって言ってたけど、宝珠を自分の物だと言ってたよね。

 もしかしたら、夏美はあの宝珠を夢の中で持っていて、その後失くしたか取られたかして。それで僕から取り返したかったのかもしれないと思ったんだ。

 だから、君が元の所有者で、僕が現在の所有者なのかなと。そう思わない?」


「…。たしかに…。

『私の』って口走ってしまっていたけど。

 でも、私、そうじゃなくて。元の所有者とかじゃないと思うんです。

 たぶん私の宝珠じゃないんです。だって私は夢の中でもあのブレスレットを身につけてた記憶が全然ないのに。良くわからないんですけど。

 どちらかといえば、どこかで発見したみたいな…?

 とても熱を帯びて辺りが真っ赤なところであの宝珠を見たんです。あの時に発見したのかも?あの宝珠があれば誰かを助けられると思っていたみたいで必死でした。…?

 あの、…ライさん?」


 夏美の話の途中で一瞬辛そうにラインハルトが瞑目したのを見てしまって、夏美は動揺する。

 ケガをして入院していたと言ってた。

 やはりまだどこかをケガしていて、本当は痛むのだろうか?


「ん?…続けて?

 ちゃんと聞いてるから」

「あ、夢だから、断片的にそれだけなんです。そのブレスレットの宝珠が光っている夢を見て、目が覚めた時も自分が衝動的な気持ちになって。

 何かを思い出しそうになって泣きたくなったり。

 自分は本来、こんな性格じゃなかったのに。

 自分が自分をコントロールできてないなんて、すごく不安です」

「わかるよ。自分で自分をコントロールすることが一番大事なことだよね。

 どんなに追い込まれても自制心をきちんと持って耐えることが出来ればたいていのことは何とかなってくるから。自己コントロールの力を無くしたくないってことだよね。

 君だけじゃない、僕もそれ、自分の課題だなといつも思うよ。

 たまに自分をがんじがらめにしておかないと、めちゃくちゃな選択肢を選ぶ自覚はあるんだけど。もちろん、そういう自覚はあるはずなんだけど、失敗ばかりだ。

 でも、ガチガチに考えるんじゃなくて。

 たまに、多少の失敗なら仕方ないな?とか、衝動に引きずられてもいい!とか思わない?(笑)」


 夏美は首を横に振った。

「私、上手く説明出来ないんですけど、臆病なので平穏無事に暮らしていきたいと思うんです。

 何かに手を必死に伸ばしたり、何かを無理に望もうとか、頑張ったりしたくないんです。

 だからさっきのみたいな、夢とか妄想とかの衝動で自分が考えなしに必死になって行動してしまうなんて、本当にイレギュラー過ぎて自己嫌悪なんです」

「うーん、そうだね。無謀な選択をしてミスして自己嫌悪は、確かにあるなぁ。もう、最初から諦めておけば良かったなー、みたいな。

 あ、そうか。

 さっき、夏美が話していた『もう怖くて何も選べない、もう何も選びたくない、自分に選択権なんていらない!』みたいな臆病な気持ちってそういう風につながってくるわけか」

「ええ、なんか鬱陶しい話でしたね?」

「いや、さっきよりその気持ち、共感できるよ。

 こういう話をするの、好きでね。全然鬱陶しくなんて感じないよ。

 僕も選択しなければならないことが押し寄せてきて困っている状況だからね。

 確かに自分が選択権を行使するより、『誰か代わりに選んでくれーっ』って思うことは、うん、あるな。

 やってから後悔して、自分でも失敗して落ち込むけど、他人から『それ、普通、逆を選ぶよねー』とか簡単に批判されるとキレそうになる」

「ええ?

 ライさんって優しそうなのに、キレたりします?」

「キレたりするよ、せっかく印象がいいのを裏切ってしまうけど(笑)。

 だって、自分では一生懸命に選択してるわけ。もちろん、テキトーなやっつけの選択の時もあるよ?

 でもさ、結構水面下で努力して導いたのを『結果だけ見て簡単に批判だけするなよ』と言いたいことも、たくさんある。

 あ、でも逆の立場の時もあるから気をつけたいと思うんだ。

 結構これでも僕は気が短くて、でも僕が怒るのをまともにぶつけてしまうと、部下の人が萎縮して、良さそうなアイディアも出てこなくなってしまうと余計困るから。

 痛い指摘にも学ぶことは多いからね。

 あー、なんだか話がどんどん横道にそれていってごめん。

 でも、こういう話ができるチャンスって貴重だから。

 ありがとう、夏美」

「あ、いえ。こちらこそ、つまらない話に一緒に付き合ってくれると、安心して話せます」

「僕は表面的な話を愛想良くしてくれる夏美よりも、こういう普段出てこない話をしてくれる夏美の方が好きだな。

 今日、君が[選択をする]ことについての話を掘り下げてくれて良かったよ。自分の考えがまとまらなくていろんなこととの境界線があいまいだったけど、その整理を手伝ってもらえたような気がする」

 と一度言葉を切って、ラインハルトが続けた。

「うん、そうだね。

 今話しながら自分の抱えてる問題について考えていたんだけど、やはり自分の選択権を僕ならやはり、自分で行使したいかな。

 僕は立場上、選択しなければならないケースが多いから、責任もあって。ミスしたことの責任をとるのも辛いことの方が多いから、誰かにそれを押し付けるようなことは出来ない」

「ライさん、しっかりしてるんですね。

 あーでも確かに。

 私、とてもミスが怖いんですよ。ミスしたら慌てて言い訳ばかり考えてしまうので、ちょっと自分が嫌になってたんですけど。

 私、責任とりたくないし、何かを選び取りたくなくて誰か他の人に押し付けてたのかも」

「うん、さっき夢の中でもミスして辛かったって言ってたよね、辛い夢だったんだね?」

「夢から覚めた時に、自分は謝ってばかりいたんです。たぶん何かミスしたのかなと思うんですよ。

 でも謝りたい内容がわからなくて、夢だから仕方ないのかなって忘れかけると、たまに新たなヒントのような夢を見たりして、そこからまた何かを断片的に追加で思い出すという…

 なんだか私、すごくバカな話ばかりしていますね」

 相槌を打つラインハルトが聞き上手過ぎて、話が弾んでしまう。

「他に登場人物はいなかった…?」

「え…?」

「さっき言いかけたんだけど。…実は、僕も似たような夢を見たんだ。

 逆に僕はもともとあの宝珠の持ち主じゃないって証明するような夢だね。僕は女の子からあの宝珠をお守りにもらったんだよ。

 もしかして、2人とも同じ夢の中にいなかった?」

「え…?」

 つい正面からまともにラインハルトの目を見てしまった。シリアスな表情をしている時のラインハルトの瞳はまさに…!

 慌てて目をそらした。

「夏美?どうして目をそらすの?」

「いいえ、あの…」

 どう説明すればいいのだろう?

 どうしてライさんは、自分の変な話に乗り気になってるんだろう?

「夏美?…もしかして?」

 と言いかけたラインハルトがいきなり、ふふって笑った。夏美の逡巡に気がついているみたいだ。

「あー、ごめん、問い詰めてるんじゃないんだよ(笑)。

 もしかして2人で同じ夢の中にいたら、僕達、久しぶりの再会みたいで面白いって、君がウケてくれるんじゃないかと思ってね」

 と戯れ言めかして言う。


「…。あのね、たぶんライさんは、私の夢の中にいなかったと思うんです。

 でもね、あまり気にしないで聞いてくださいね?」

「うん」

「目だけ似てるかなぁって思ったんです。私、外国の人の方の目を今までまともに見たことがなかったもんですから。青い目をしている人は全員似てるのかもしれないけれど。

 ライさんの青い目がね、誰かを助けに行こうとしたのに邪魔をして、私を閉じ込めた意地悪な人の目にちょっと似ているかもしれないと思ったんです。

 あの、ほんとにこんな話、面白いですか?」

「うん、すごく面白いよ。目しか覚えてないの?」

 ラインハルトが笑顔で頷いて先を促すので、夏美は続けた。

「はい、目がとても印象的なんです。メルヘンっぽく話すと、悪い魔法使いみたいな。ごめんなさい。ライさんのことじゃないですからね。

 つまり私が主人公だとしたら、私は正義のヒーローか勇者だったと思うんですけど(笑)。勇者にですね、その悪者の魔法使いが綺麗な青い瞳で睨んできて、それを見てるうちに私が催眠術にかかり、罠にはまって閉じ込められてしまったのかもしれないんです。

 目の中に湖を持っている大魔法使いなんです、きっと。

 現実のライさんは、とても優しくていい人なので、ほんと全然違うんですけど(笑)。

 その魔法使いが私を阻止しなければ、夢の中で私がたぶん活躍して大事な人を助けることが出来た感じの夢でしたっていう感じかな」

「うーん。勇者の話か。なんかいい感じのおとぎ話かロールプレイングゲームの話みたいだね?じゃ、僕が真剣に君を睨んでみせたら、」

 と実際にラインハルトはやってみた。

「あ、似てます。そんな感じです!

 ライさん、すごく上手です、俳優さんになれますね」

 さっきまで怖がってたはずの夏美が、無邪気に物真似のクオリティーを褒めてくれるようだ。

「そうかー。もしも君の夢に一緒に出演していたら、僕は悪役なわけか…」

 ラインハルトのぼやきで、更に笑顔になる夏美。

「あ、でも悪役って意外と人気高いんですよ♪」

「そう?パーティーの出し物をする時に悪い魔法使いか吸血鬼のコスプレでもしようかな」

「あ、それ、とても受けると思います。絶対似合うと思います!」


 なごやかな雰囲気で会話を終えて、遥からのメールでの勧めもあり、夏美は車で帰宅をすることを受け入れてくれた。

「じゃ、さようなら、ライさん。またね♪」

 と笑顔で振り返って夏美が手を振る。

「うん…またね」

 夏美の腕を掴んで引き戻して、もう一度抱き締めてみたくなる衝動に耐えきったラインハルトは扉が閉まった後、溜息をつき、テーブルに突っ伏した。

 日頃、他人に囲まれているのでこういうことはしないのだが、つかの間の休息。


 傍らに押しやられていた銀色のシュガーポットの蓋に天井のAzuriteが映っているのが目に入る。

 大大祖父様は、弱い石Azuriteをどうやって変質させないままで、最高の『天上の青』と呼ばれる賢者の石を創り出したというのか。実際に門外不出の家宝に触ってみたことがあるから、わかる。さすがにダイアモンドとはいかないが、充分な硬度の石になっていた。

 ラインハルトは何度もそれを真似て作ろうとしたものの、Azuriteを無残に砕いてしまうか孔雀石に変質させてしまうだけだった。学べば学ぶほどに自分は力不足だ、自分こそが弱い蒼なのだと思い知った。

 もしも自分が悪いヤツだとしても、大魔法使いみたいになりたい。

 凄いヤツならば、運命に大義か愛かを天秤に載せさせやしないで、両方とも余裕で選び取れるんだろう。

 僕は、自分がどちらを優先して選ぶか知っている。

 あの時地面に倒れ伏して、這いずり回って砕け散った宝珠のかけらを拾いながら、もしもリベンジ出来るなら君を二度とこんな目に合わせまいと誓いながら、それでもやはり僕は…。

 それなのにどうして僕は、君を追い求めてしまうんだろう、責任なんて取り切れそうにないというのに。


『ACE of WANDS 杖の1』


《天上の青と共に》の章のイメージは、このタロットカードに託してます。


4種類ある小アルカナの{杖、聖杯、剣、金貨}は、[炎、水、風、土]の物質世界の4元素にそれぞれ対応しています。

WAND(杖)は、炎、理想を象徴します。

この『ACE of WANDS 杖の1』の象徴する意味は、《純粋な、新しいスタート》です。

正位置のキーワードは『発見』、『新しい道』、『芽生え』等です。

逆位置のキーワードは『何かが終わる不安』、『恋の始まりの小さなつまずき』を採用しました。


《天上の青と共に》は、本文中に出てきた、Az...(伏せ字3文字)の名称を持つ錬金術師の杖に、Azuriteを加工して出来た賢者の石『天上の青』が嵌められていたという、この作品独自の設定を示しております。


主人公の2人は立場が違えど、不安を感じています。

新しいスタートは、古い馴染みのある安心感の終わりを内包しているのです。

それはまた、ウロボロスの蛇にも似てみえます。

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