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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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84 《劔を鍛えよ》 (17)


 天井に暗褐色の魔方陣が、唐突に現れた。

 逆さまに髪がのたりのたりと落ちてきたと思ったら、あっという間に全身が現れた。

 美しい装束の悪魔がゆらりと降り立ったが、やはり目を惹くのは、その美しい相貌だった。それが凄みのある笑顔を見せる。

 ラインハルトが嬉しそうに言う。

「メフィ、今日のはまたすごいね!

 先日のよりも美しいレースが多めに使われている、夏の正装だね」

 メフィストは、得意そうに胸を張った。

「伝統のアンティークレースを使用してございます」


 マルセルも、つい満足げに微笑んでしまう。 

「やればできるではないか、メフィスト。

 私を尊敬するようなふりをして遠ざけて、手抜きばかりして本気を出さず、執事ごっこばかりしているのかとあきれていたが、見直したぞ。

 私が張ったこれくらいの結界を破るのは朝飯前だっただろう?」


 メフィストは、ジロリとマルセルを睨んだ。そしてマルセルには答えず、大きな翼を収納しながらラインハルトに向かって悔しそうにいった。

「わたくしをのけ者にして、お二人だけで打ち合わせなさっているとは。

 ぜひとも、お教えいただきたいです。

 一体、先日の打ち合わせはどうなったのです?

 夏美様のお心を上手に封印して、ラインハルト様が拉致って来てくださいましたと解釈していましたのに。せっかくのチャンスが水の泡です」

「うん、ごめん。マルセルにも今説明しかけてたんだけど。

 一応...僕は、夏美には最後まで自由に過ごしてもらいたいと思ったんだよ。

 いくら(きわ)でもね、希望を持って。

 やはり、きちんとした選択を、」

 驚いたのか、メフィストは明らかに眉根を寄せてつい口走った。  

「は?」

「ほらな、お前も呆れるだろう?」

「...はい。

 夏美様は、今度こそ本物の、...でしたの、ですよね?」

と、メフィストが混乱した日本語で聞く。

 ラインハルトがうなづいた。

「どうやら、そうらしいと思う。長年の占い師さんたちやら、探りを入れに行った皆のおかげだね。

 僕たちはようやく見つけたんだ。

 だが、器が、...夏美だから、さ」

「ラインハルト様らしくないです。

 中身に惚れていたはずが、器もお好きなら、なおさら結構じゃありませんか。

 龍力を持つ者を上手にコントロールなされたら、よろしいわけですし。

 ミッションを達成したご褒美に、夏美様と結ばれる、ということで誰もが納得します。

 今度こそお幸せになって、ラインハルトさまも次の冒険に行けるではないですか。

 眩しいくらいお似合いですから、儀式が本当に楽しみでございますよ」

「あ、それなんだけどさ。

 どうだろうね、とても驚かせてしまったから、いよいよ振られるかもよ?

 夏美は、僕が過去の人間だったことに驚いていたと思うし。

 本当の年齢は、まぎれもなくジジイなんだからさ、」


 メフィストは、さらに呆れたようだ。

 ほぼ、泣き叫ぶような声になる。

「は?それをも明かしたんですか?

 そんなことを明かした上で、館の外にご自分で逃がしたと?

 わざわざ連れてきて、わざわざ帰す?

 ラインハルト様、好青年を演じすぎて、やはり頭がおかしくなったのですか?」


 マルセルがこらえきれなかったのか、横でくくっと笑った。

 ラインハルトもつられて、つい声を立てて笑う。

「いったい、何がおかしいんですか?

 2人して、お揃いで笑わないでくださいませ!」

とメフィストは、不機嫌になる。

 ラインハルトが言った。

「いや、ごめんごめん。

 いちいち、マルセルと反応が同じだからだよ。

 さっきから、僕は詰めが甘いことを怒られていたんだ。

 う~ん、アレだね、お前たちは良く似てるね、」


 異口同音に2人が言った。

「「似てません!」」

 そして、同時に気まずそうに口をつぐんだ。


 にやにやと笑うラインハルトに、メフィストは真顔で問い詰めた。

「あ、でも夏美さまはお家に帰られて。

 大変じゃないですか、結界は? 

 秘密を明かされた上に、結界の外に出されてしまったとは。

 まさかラインハルト様が裁定にかけられたりしたら...?」

 マルセルが、答えた。

「夏美さまのお宅付近まで壮大な結界を構築して、魔力を使い果たしてみたのだと、」

 メフィストは、マルセルとラインハルトの顔を交互に眺めた。

「まさか、不可能に近いでしょう?

 距離がいくら何でも遠すぎます」

「ふふふ、僕を見くびったら困るな、」

「そんなことを勝手になさっていたんですか?

 普通、生きてませんよ!

 どうせ死ぬおつもりなら、いっそ私が魂を、あ!まさか...」


 メフィストは、マルセルを眺めた。どうやら納得したようだ。

「そう。なんだかんだ、お前は悪魔なんで、安全を優先させてもらった」

「なんだかんだ、じゃありません。わたくしはあくまで悪魔です!」

「・・・」

「・・・。惜しい、惜しいよ、メフィ。

 つい、座布団1枚あげそうになったけど、」

「わ、わざと言ったわけではありません、事故です!」

「僕たち、お笑いトリオにはなれなさそうだね、」

 異口同音に2人が言った。

「「なりません!」」

 そして、ほぼ同時に2人がため息をついた。


 メフィストが言った。

「とりあえず、魔族どもも、ラインハルト様のご活躍を興味津々で楽しみに待っておりますから。

 わたくしも誓いを立てた以上、最後までおつきあいするつもりです。

 皆様がお疑いなのはわかりますが、わたくしもそう簡単にラインハルト様の魂を喰らうわけにはまいらないのです」

 ラインハルトは、にこにこと屈託なく言った。

「良かった、もうほぼほぼ死体同然だったからね、マルセルも安全策を取ってくれたんだ。

 メフィをハブにしたわけじゃないよ♪

 というわけで、メフィ、お前の魔力も僕に分けてよ」


 メフィストは、驚いたような目をした。

「...もって言うことは?」

「うん、マルセルからも、さっきもらった」

 メフィストはマルセルをじろりと見た。マルセルも笑顔を浮かべている。

「もしや千載一遇のチャンスとか考えてるのではないか?

 確かに私には遠慮はないだろうからな。構わないぞ、メフィスト。

 私はいつでも相手になってやるぞ」

とマルセルが言う。


 メフィストは、つまらなさそうな顔をして肩をすくめた。

「いえ、結構です。

 昔のわたくしだったらそうしたかもしれませぬが、我ら共通の望みでもあると申し上げておりますのに、」

 一瞬、メフィストの顔つきが変わる。

「ホーエンハイム一族の悲願に、我らの眷族は賭けたのだ。

 高地エルフ族と分かたれているとは言え、我らにも望みがある。

 ラインハルト様にお仕えすると誓ったからには。

 パラケルスス様の御名のもとに」

 ラインハルトは、嬉しそうにうなづいた。


 幼い頃に自分と出会った頃を思い出してくれているのだろう。

 だが、とメフィストは思う。

 仮の名を名乗り、人間族やエルフ族に伍しているには理由がある。

 悲願が果たせないのなら、次善の策を取るまでだ。

 このお方の魂が滅びるならば、最後には己の中に取り込む事と決めてはいるが。

 本来なら『魔王』として君臨できる力の持ち主の魂を。

 やすやすと見逃せるはずもない。だが、まずは強大な力の渦の源にたどり着かねば。


 マルセル、そしてラインハルトが笑顔を浮かべているのをチラリと見た。

 自分の心の奥など、見通しのはずなのだろうか、わたくしの華麗なる演技に油断するがいい。

 わたくしが優しいだと?

 わたくしは、あくまで・・・いや、だから、滅び去るその日まで、悪魔だ。



 

「...それだけで足りておられますか?

 もっと差し上げてもいいですよ」

 だが、ラインハルトの瞳には、惚れ惚れする位の妖しい光が煌めいている。

「うん、大丈夫。

 僕はどうやら、闇系には強い体質だと良くわかったよ。やはりもともと、そうなんだろうね」

「ええ、そうでございます。わたくしどもの支配者として誠にふさわしい方なのですから」

「黙れ、『魔王』なんぞにしてたまるか」

 メフィストは、マルセルをあからさまに無視した。

「明日は、どうなさるのかお聞かせください」


「いよいよだね。Azuriteルームに、封印されていたものをすでに運んである」

「なるほど。ようやく『真の復活』ですか?」

「いや、まだだ。夏美がそのままあのお方の力を発揮したら、まぁ、そんなことありえないとは思うけど、それだったら僕が勝てるかどうか、わからない。だから一つはまだ欠けている、ホテルで騒ぎは起こしてはならないからね」

「我らはお供させていただくのですよね?」

「もちろん。

 万一の場合には、力を発揮してくれ。

 但し、二次的に災害を防ぐために、だ。

 Azuriteルームに立ち入らせるわけには行かない。

 君たちは、守るべきものを間違えそうだからね」

と、ラインハルトは涼しい顔で言う。

「もちろん、優先順位はラインハルト様ですが、」

「よく考えてご覧?

 あの龍力を手に入れるためには、千載一遇のチャンスなんだよ?

 どれだけの時間と手間を費やしてきたと思っている?

 さっきマルセルにも言ったのだけど、君たちは僕が裏切ったと思えば、即座に僕を死なせても平気だろう?

 その気持ちを思い出すんだ、いざとなれば、」


 メフィストは本気で怒った顔になる。

「は?馬鹿な。

 ラインハルト様、あなたときたらふざけているのですか、最悪ですね」

「ようやくお前と気が合う気がしてきたよ、」

とマルセルが言う。

「ただ、ラインハルト様の魂は渡さぬがな」

 メフィストは黙ってにやりと微笑む。

「ええ、ですから、まだまだ不完全なのに、いただくつもりはありません。

 馬鹿なことを言っていないで、まずは成功してくださらないと、」

「無論、僕は頑張るけどね。

 結末が決まってる勇者じゃあるまいし、とりあえずどうなるかわからない。

 夏美は僕に『お互いに協力者でいよう』と言ってくれたんだ。

 だから、とても期待はしている。

 本当に心から自由に選択してもらった方が、僕たちにより強固な絆が出来ると思うんだ。

 間違っても、美津姫のような犠牲者を出すわけにはいかないから」

「美津姫様は、あなたと一族の間のこと、それからご自分のこととを考えすぎて迷われて悩まれたのではありませんか。

 それだからこそ、話は堂々巡りするようですが。

 夏美様の覚醒前に導いていただきたかった、という話になるのです。

 考えすぎて迷われてはかえって可哀想なことになるのではと、心配していたはずじゃないですか。

 素直な明るさを持って、マスターを信じ切っているのですから、そのままあなたがリードなさればよろしいのです。

 明日でも間に合いますから、再度よくお考えになられてください。

 無用なところで覚醒されて、あの中原での時のような命のやり取りをなさるようなことになったら、どうなさるおつもりです。結局はお互いに泣くのですよ」


 ラインハルトは、一瞬遠くを見るような目になった。

「大丈夫、そんな時には僕が勝ちきればいいと思う。無駄に傷つけないくらい圧倒的に」

「なるほど、確かにラインハルト様のお力は怖ろしいくらいに高まっているはずですから、あるいは簡単に...」

「いや、魔力はともかく、使い方がめちゃくちゃで、我らも対処が難しいぞ。なまじ器用に魔法で生命力を魔力に変換出来るようになって、さらに危なっかしい行動をされるようになっているじゃないか。また、他にもいろいろとしでかしているではないか。本国から遠いのをいいことに、全く。

 そもそもお前は、もう少し把握しておかねばならないというのに、」

「まさか、え、車だけでなく、他にもですか?

 杖を作られておられたのは知ってますよ、まさか武器まで何かなさっていたというわけですか?」

と、先ほど車のことを把握していなかったメフィスト(姫野)は、マルセルに叱られていたことを思い出して、暗い顔になった。だが、たしか本国に愛用のドラゴンソードを置いたままだということは確認ずみであったのだが。きちんと点検もかかさずしていたはずだ。大切なものは、きちんと封印したままなのを確認している。


 いや、......待てよ。

 ヴィルヘルム様の魔力を遥にしのぐようになっているということは、封印の効力などないわけだ。許可なく封印を解いてはいけない類のものを勝手にいじっていてもおかしくはない。


 ラインハルトから伝わってくるものは今までと異なっている。表面は静かだが、内面に壮大な宇宙を抱えているような、深遠なものを感じる。

 覗こうとしても、湖の深いところまではもう陽は射しこまない、闇だ。

 まもなく、見えない渦のような大きなうねりが、何かを生み出す予兆。

 もたらされるのは、始まりか終わりか。

 マルセルも気づいているようだが、制止などはしないつもりのようだ。

 メフィストは、ワクワクする気持ちを抑えきれない、と同時にあっけなく、抱えている宇宙ごと自分を放り出すような真似をするラインハルトをそうっと見やる。

 やはり、あのお方に似ておられる、いや、はるかに...桁のはずれた『愚者』だ。


 ラインハルトは、屈託なく

「そう、いろいろとね。準備は出来ているよ。大丈夫、僕一人が怒られてやるから」

と笑った。

「この万年筆にね。気づかなかっただろう?どう?

 ペンは剣よりも強し」

とラインハルトは満面の笑みを浮かべた。

 馬鹿な、とでも言いたげな2人に嬉しそうに解説を始める。


「あ、だてに長年、杖職人はしていないよ。

 見せてやろうか、手品を」

「はぁ・・・」

「...」

 マルセルは、あいまいにうなづきながら、やはり少し休んだら、早朝からでもいい、この館のあちこちを点検すべきだと考えている。

 メフィストが安心し過ぎてちょっと目を離していたすきに、どこまでのことをやっていたのだろうか。

 かつて見慣れていた無邪気さと天賦の才能と、成長した自信、...。そして、崖から転落すれすれのことを平気でやろうとするのだが...。なるべく安全策を取ってもらわないとこっちも困る。


いよいよ、人懐っこい笑みを浮かべてラインハルトは、言った。

「そこまで見たいのなら、仕方ないなぁ、じゃ、すごく早いから良く見ててよ?」


 シュン、と音がした時には、静かに発光するかのような白銀の細身の剣を構えていた。そのラインハルトの姿は、人間である父親と似通った騎士然としている。

 メフィストは、明らかに驚いたようだった。顔が青ざめている。

 そうだろう、これは魔物も一刀両断をする武器だ、とマルセルは感じた。

 押し黙ってしまったメフィストの代わりに自分が口を開く。

「まさか?」

「うん、仕込んであるんだ、ドラゴンキラーを。

 凄いだろう?鍛冶屋のような仕事もしたんだよ、僕」

「凄い、ですが、勝手にそんなことまでしていたとは」

「この屋敷が広くて、本当に良かったよ。

 それに、これ、日本のかつての技術を応用しているんだよ。毒見役のお侍さんが、こういう滑り出してくるような箸を愛用していたらしい。ん?

 大丈夫だよ、メフィ。僕を信じてよ。間違ってもお前に向けたりしないよ」

 メフィストは、かろうじて返事をする。

「...そう願いたいものですね」

「マルセルも。安心したかい?

 もしも、の場合は僕がきちんと責任を取ると、青龍王には約束したからね。

 僕だって、甘いばかりじゃないよ。覚悟もしている。

 万一の場合、最悪の場合、一応、全部考えてある」

 マルセルは、先ほどからの話を繰り返した。

「ですから、しつこいようですが。

 明日、普通に夏美様をご説得なされば良いだけの話ではないでしょうか?」

「一応、考える。今日は本当に一番大切なファクターが、この屋敷には無かったからね」

「やはり、すでにAzuriteルームに送ってしまっていたのですね」

「ああ、狙っている者がいる気がしたから、用意をやり直したんだ」

「...!」

「どなたのことを指しておいでですか?」

とメフィストが聞いたが、ラインハルトは

「さあね」

と言うばかりであった。こういうことに関して頑固なことをとうに2人とも知っている。マルセルは言った。 

「狙っていたとしても、最後の宮司さまで術者でもあった善之助さまですら使いこなすことが出来なかったものを、誰が狙うのでしょうか?」

「もしも自分で使えなくても、とりあえず、僕や夏美の一族の妨害はできるだろうしね。

それに僕は、あれを使いこなすことの出来そうな人、少なくとも一人は心当たりがあるよ」

 メフィストは、青くなった。

「まさか。

 あれは、下手をすれば命も落としかねないものでしょう?」

「ああ。命をかけても欲しいのかもしれないな。...気持ちはわかる。

 僕も、本当のところ、夏美が手放して僕を権利者として認めてくれて、それら全てを手中におさめるのを望んでいるのかもしれない」

「夏美さまを危険な目に遭わせてしまうのを避けたいお気持ちはわかりますが、ラインハルト様にはご無理ですよ。あなたはエルフ族の血も混じっていますが、人間族なのですから。

《meden agan》、です。ご存じでしょう?

 過ぎたるは猶及ばざるがごとし、分をわきまえよということです」

「ああ、残念ながら役不足かもしれない。竜人族の血なんて一滴もないんだから。

 でも、僕はずっと純粋に欲しかったんだよ。

 龍使いや、ドラゴンキラーを持つ者として龍のそばにいる、というよりも自分こそが龍の力を使ってみたいよね、ロマンだし」

「竜人族の末裔の者でさえ、あまたの者が心を狂わせて滅びていきましたが、ご自分だけはそれを制御できると?」

「あまりに傲慢ですよ、」

「さすがパラケルスス様の待ち望んだ、狭間の子ですね」

「やめてくれよ、大大祖父さまは本当に悪趣味だよね、まがいもののミトルを作り出して(いにしえ)の伝説をなぞらせようとはね、」

「ご自身では出来なかったのです。どんなに持てる寿命を延ばそうとも、どんなに持てる知識を駆使しても、ご自分を再度生み直させることは出来なかったのです」

「当たり前だよ、いくらなんでも。どこまで挑戦するつもりだったんだ、あのお方は。

 おかげで、この僕は、その壮大な計画のためにわざわざレシピ通りに作られたバケモノじゃないか」

 マルセルがなだめる。

「先ほどの反省をもうお忘れですか?

 母上様と父上様は、仲睦まじいご夫婦ですよ。どれだけあなたとハインリヒ様を、」

「わかってる。おふたり共にお気の毒だよ。悪魔の一部と天使の一部が混ざったような子供が望まれているなんてことも知らないで、純粋に恋に落ちて、ハッピーエンドで結婚したんでしょ?

 おめでとうと言う他はないね。

 ハインリヒには、せめて立派な跡継ぎになってもらいたいし。

 僕は約束通り、狭間の地に行くよ。大丈夫、子供の頃みたいにいじけているわけじゃない。

 僕らが従前どおり決めたみたいに『理解している優秀な者たちが、劣った者を上手にコントロールした』、その結果にすぎない、ただ、それだけだ。

 僕も、それを活用させてもらうし、必要があれば、違う手段を取るんだ。

 悪いけど、僕が決めさせてもらう」

「当然でございます。ラインハルト様が決め、我らは最大限フォローとアドバイスに徹するのみです。

 ご理解ください。その苦行に関してもパラケルスス様はもちろん、ご自分で出来るならば、子孫に残さずにご自分でなされたと思いますが・・・」

「そこは、僕もすごく良くわかるよ。自分で始末をつける方が、気持ちがいい。

 中途半端に、誰かにバトンを渡すなんて、僕も嫌だ。あと、できれば一人で行きたい」

「は? わたくしはお供をしますよ。あのお方のために杖の中に留まる誓いを立てたあの日を忘れは致しません。

 いっそ、わたくしだけをお連れください。アルベルト様のためにもマルセル様はご本拠地を、

 あ!痛いッ」

 小さな稲光のようなものがメフィストの身体のそばを通り過ぎた。上手く避けたが、ビリッとしたようだ。

「手加減はしてやったからな。お休み」

と、さらっと言ったと思うと、マルセルは消えるかのように部屋を退出した。

「あ~あ、メフィ、僕は知らないよ?

 いきなり照れるようなことを言うと、マルセルはキレるんだから。

 さ、僕も寝ることにするね。

 明日が大事なんだから、仲良くサポートしてよ?」

「かしこまりました。...あの、」

「何?」

「明日、万一倒れられましたら、わたくしがお姫様抱っこをしますからね、お申し付けくださいませ。

 マルセル様に遠慮している、わたくしが損をさせられるんですから」

「うん、わかった。

 いざという時はお願いするけど、夏美が倒れた時に魂を狙うような真似をしたら、お前を消すからね」

「承知しております。...お休みなさいませ」


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