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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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80 《劔を鍛えよ》 (13)


「う~ん、困ったな。

 ますは一般論的な話をさせてもらうよ。

 夏美の気持ちはわかる。

 夏美がもしも、{時を飛び越せるような魔法}が使える魔法使いだったとしたら、みんなを助けて回るってことだよね、

『この後ここで災害が起きますよ!』とか言って避難を促す、とか」

「そう、そういう風に使いたいわ」

「じゃあ、大量殺人をする予定の人間を先に死刑みたいに殺しておいたりとかも?」

「そ、そんなことはしないわ。え~と、説得とか?」

「そうだよね。まだ一人も殺していない犯人を殺す正当性はないはずだ。

 だって、まだ事件は起きていないんだから」

「あ、...そうですね。そうだわ、まだ{犯人}なんかじゃないんですね」

「うん、そうだよ。

 だけど、たぶん説得だって、、。

 言っちゃ悪いけど、ほとんど不可能だろうね。

 その犯罪を起こそうと決意しかけている犯人の動機をどうやってくじくの?

 本人の意思、なんだよ。

 本人が心からその気持ちを投げ捨てないといけないだろう?

 説得するのなら、まずは犯人がその犯罪を起こす動機を抱く前提から把握しなくてはいけない。

 犯罪を起こす人間の性格も多種多様なはずだし。

 犯罪を起こしたい気持ちにまで高まるにも段階があるだろうし、そもそも置かれてる環境、事情など背景がそれぞれで違うだろう。

 もちろん似たケースも多くあるだろうけれど、似てるからって自動的にあてはめが成功するのかな?

 その犯人がそんな動機をいだかないように、その犯人が受ける悲しい辛い出来事を先に全部取り除いてやるの?

 それとも、今日、僕が夏美に対してやったみたいに、強制的にその人の身体を拘束して留める?

 夏美はとても腹が立っただろう?」

「ええ...そうね、そうですよね」

と答えるのが精一杯だった。

 自分が拘束されるのは嫌だけど、自分が未来の犯罪を防止しようとする立場にいたとしたら、たぶん拘束するのに積極的になるに違いない、正直、そう思った。

 自分の行為は正当性がある、と信じきって張り切るに違いない。


「辛いことも悲しいことも大災害も犯罪も、本当は無い方がいい。

 だけど、僕らの欲望がある限り、完璧になくなったりしない。

 すでにあるものは、後からなかったことには出来ない。

 どんなに望んでも、だよ」

「それでライさんは、歴史は覆せないし、覆すべきじゃないって言っていたのね」

「うん、海の波もうねるだろう?

 月も満ち欠けを繰り返す。

 マイナスがあってプラスがあるから、運命の輪だってぐるりと回るんだ。それが正常なんだ。

 全ての生き物が良い運命の方ばかりにいるというのは、残念だけどある意味、それは世界の異常事態になるんだよ。言いすぎているかもしれないけれど。

 もしもキツイ言い方をしていると感じたなら、ごめん。」

 夏美は、ふるふると首を振った。 

「ううん。全然。...納得したくないけど、ライさんの言っていることは良くわかったわ」

「うん、それでこういう風に言っている僕だって、矛盾は抱えているんだよ。

 いつも間に合わないで助けられなかったこと、出来なかったこと、後悔している。そして後悔だけしかできない自分が、嫌になることも多いよ。

 ご期待に沿えなくて申し訳ないと思うけれども。

 僕は、残念ながら救世主でもスーパーマンでもないし、予言者みたいな者になれないし、ただのしがない悪い魔法使いなんでね。

 それで、ごめん、...美津姫のことだけど。詳しくは話せない。ただ、彼女も自分なりの選択をしたのだと思う、今はそうとしか言えない。

 それから...。

 美津姫を助けたいと、僕も本気で思ってた。彼女を失った後、時間を巻き戻してほしいと願った気持ちはあったけれども、...。

 今、話したように、それよりも前の段階で僕はもっと頑張るべきだったと思う。

 そんな最後の最後に慌てるんじゃなくてね。僕は、美津姫のそばにいたんだから。

 事件が起こるよりずっと前の、美津姫が感じる辛いこと、悲しいことを僕が少しでも助けて、その痛みを和らげてあげることすら出来なかった。他にもいろいろとね...。

 魔法以前の問題なんだと思うよ、人間としても僕は相当未熟だったから」


 夏美は、言うべき言葉がなかなか見つからなかった。

 今まで、魔法って万能だと単純に思っていた。

 ライさんがいつも自由自在にドヤ顔ばかりしている、そういう魔法使いなのかなと感じていたのだ。

 そういえば、塔の中の階段を悔しそうに泣きながら登っていたのは、やはり幼い頃のライさんだっけ?


「...そうだったんですね、ごめんなさい。辛い思い出を蒸し返したりして」

「いや。辛い思いをするのは、別に夏美のせいじゃないよ、大丈夫。

 僕だけじゃない。どんなに時が経っても、美津姫を好きだった人は皆、未だに彼女を惜しんでいるのだと思う。

 だから、僕のメンタルのことは気にしすぎないで。きっと美津姫の魂の残した何かだってまだ存在するのかもしれない。そう思って、僕たちも頑張っていこうよ」

「はい、そうですね、」

 何か、心のどこかで穏やかな風が吹いているみたいな気がした。

 美津姫さまは、本当に私の魂の中で、そばにいてくれているのだろうか・・・。

 美津姫さまは、何を望んでいたのだろう?

 夢の中で、自分を助けるようにと願ったことは無かった気がする...。

 そう、お姫さまを助けたいと思ったのは、勇者になったつもりでいる自分側の意思だった。



「あ、あと、それから魔法のことだけど。

 僕は...過去に飛べるわけじゃない。

 夢みたいな{時を飛び越せるような魔法}は使えない。

 だから、僕が歴史をねじ曲げる可能性も心配もないんだ。もちろん、ヒーローにもなれない。

 あ~、いったい今、カードを何枚めくって夏美に見せたんだろう?

 ご褒美かなにか先に決めておけば良かったね、今から何か考えてもいい?」

 と最後は、矢継ぎ早に早口でラインハルトが言った。


 夏美は、慌てて口をはさんだ。

「ライさん、今度、美味しいものでもおごるわ。そして、早口で言って、ごまかさないで。

 今、『過去に飛べない』って言った?

 それだけ言ったわよね?

 もしかして逆に、未来には飛べるってこと?

 じゃ本当は、ライさんは過去からここに飛んできたって思えばいいの?」


 ラインハルトは、明るく言った。

「うん、そうなんだ。飛んではいないけど、それにちょっと似ている。

 ちょっと表現的に難しいけれど、どちらかというと、夏美の提示した過去の時間にいるべき人なんだ。

 そっちをBとするって言ったよね?

 というわけで、答えはBでよろしく♪」

「それじゃ、いつか、私や瑞季や遥の前から消えていなくなるってこと?

 友達になったのに?

 そんなのって、無責任だわ!」

 と、つい夏美は叫んでしまった。

 ラインハルトは予想外だったようで、また困った顔になった。

「無責任?

 ひどいなぁ。

 ええと、僕はいきなり消えていなくなる予定はないよ?」

「え?

 だって、過去の人だったら。

 なにかことが終わったら、本来いるべき過去に戻っていくんじゃないの?

 お話だと、そういう流れでしょう?」

「夏美は、ファンタジーが本当に好きなんだね、嬉しいな」

「また、ごまかそうとしてるの?

 もう、私が降参するわ。

 だからお願い、早く正解を言って!」

「え~と、ごめん。ごまかすつもりはないよ。

 ちょっと今、自分がファンタジー小説の主人公みたいな気になって嬉しくなっただけだってば。

 今、ちゃんと言ったじゃないか。

 僕は、魔法は多少使えるけれど、{時を飛び越せるような魔法}は使えないよ。誓う。嘘じゃない。

 だから、過去に飛んでいったりしないよ。

 あと、今夏美が怒っている理由が、僕には良くわからなくて謝りようがないんだ。

 口先だけで謝られるのも、腹が立つでしょう?

 だから、説明して欲しいんだ。

 今、なんかすごく怒っているよね?」

「すごくはないけど、ええと、ちょっと、...。ええ、怒ってます。

 私、こんなに怒りんぼだったのね」

「うん、」

「・・・。

 だって、ライさんが過去から来た人なら、居場所は過去、なんでしょう?

 本当に消えたりしない?

 普通はそうでしょう?

 勝手にバイバイして、過去に戻っていくことになるじゃない。

 この時代で、あなたに関わっていた私たちはとても寂しいわよ。

 そういうのをちゃんと考えてくれている?

 仮定Aも仮定Bも、時を飛び越している人は楽しいかもしれないけど。でも飛んだ先にいて、仲良くしていたのに置き去りにされる側の気持ちって考えたことないんじゃない?

 もしも、いきなりさよならして去っていくつもりだったら、絶対に許せないって。

 そう思わない?

 経験がなかったかもしれないけれど、置き去りにされる側の身になって考えてみて欲しいなと思うんです」

「ああ、ごめん、そういうことか。やっと理解した。

 そんなつもりじゃない。とりあえず、今のところ、そういう予定もない」

「本当に?」

「あと、夏美は怒って興奮していて、忘れているけれど、僕は『過去に飛べない』って言ったよ、さっき。

 だから、過去に飛んで戻ることは出来ない、論理的にはそうだろう?」

「あ、そうでした、ごめんなさい」

「うん、あとね、ちょっと言わせてよ。

 僕だって確かにそういう寂しい気持ちのことは考えたことはある。人に対しても動物に対しても

『また今度、会おうね』

 って約束しておいて、それが果たせなかった時は僕も辛いし。それに、待っていてくれた時間を埋められないから申し訳なかったなって、相手側の気持ちを考えることは、もちろんあるよ」

「ごめんなさい、...本当に失礼なことを言ったわ」

「いや、いいよ。

 実際、そういうことをやっていることも多々あるんだから。

 やりたいことをやるために、誰かのそばにいてあげられない、そういう場所的な隔たりもあったりするし。X地点とY地点に同時に存在することも出来ないな、そう思うこともある。取捨選択して、切り捨てることもある。

 だけど、何も考えずにいるわけじゃない。捨ててしまった方に報いなくてはな、って思うよ。

 選ばれずに捨てられてしまった方は、どうでもいい要素なんかじゃない。

 選択権を持っている側だから、ついつい傲慢になることもあるから、真剣に考えるし、真剣に迷っている。でも、最後は決断しなくちゃいけないんだ、そうだろう?」


 さっきから、論破されてばかりだけど、でも、自分の考えが足りないのを気づいて良かったとも思う。あと、いなくならないって言ってくれたことも...。


「・・・そうね、ちょっと意地悪な見方をしていたわ。

 どうしてもある日、黙っていなくなるように思えるのよ。ライさんって存在が。

 だって、ライさんの実家はヨーロッパでしょう。ここは仮の家、みたいな...イメージで。あと・・・本当に私、まだやはりライさんは外国の人だから、って思っているからなのかも。頭が固いのね。

 無責任、なんて言ってごめんなさい」

「ううん、謝らなくていいよ。

 説明の途中でついつい楽しくなってふざけた言い方をした僕が悪い。

 まずは僕も、もちろん瑞季や遥、そして夏美と出会えて幸せで、とにかくいきなりさよならして、君たち全員の心に傷をつけたりはしないから。

 それはちゃんと誓うよ。

 それでOK?」

「...それなら、ずっといつも通りでいてくれるというなら嬉しいわ。

 この時代で出来た友達を、今まで会った友達と同じくらい大事にしてくれるなら。

 でも、ええと、じゃ、ライさんのことはいったい、どう考えればいいの?

 もしかしてピーターパン的な人?、あ、あれは人じゃないんだっけ?」

「あ、いいな、ピーターパン。

 やっぱり夏美は、ヒーローっぽい人が好きなんだね。

 そんな風なら良かったんだけど。どちらかといえば、冷凍たこ焼きに近いかな?」

「...?

 冷凍たこ焼き?」

「夏美は、冷凍たこ焼きを好きかい?美味しいよね?

 僕は先日から、それにはまっているんだけど。花梨の子供たちと食べている時に取り合いになるくらいに。

 つまり、僕はそれと似ているんだ。

 低温冬眠(コールドスリープ)装置っていうのがあってね。

 工場で作られたたこ焼きは冷凍されることによって、作り立てじゃなくても食べることが可能になっただろう?

 冷凍食品って、1年くらいはおいしく保存できるんだよね?

 つまり、フリージングして解凍することで、時を越える、そうだろう?

 僕たちの先祖もどうやらそう考えたらしい。

 さすがに冷凍まではいかないけれど、低体温状態にして生命維持を最小限レベルに落として、少しだけ寿命をズルして伸ばすことに成功したってわけ。

 最初は、雪山で遭難して何日も経過した人間を発見して、その蘇生に成功したことからヒントを得てその装置を開発したらしい。

 つまり、僕は、何回か冷凍と解凍を繰り返した冷凍たこ焼きみたいなもんなわけ。ごめんね、きれいなファンタジーじゃなくて」

「ライさん、」

「驚いた?」

「一度解凍したら、もう冷凍しない方がいいって、冷凍食品の注意書きに書いてあるわよ」

「うん、そうだってね。味が落ちるらしいね。

 だから、僕をかじったりしないでね、根性も中身も腐っているかもしれないんだから」

「かじらないけれど、...。すごい、不思議!

 そうだとしたら...ライさんのお身体は大丈夫なの?」

「うん、だいぶその技術が格段に進んでしまったらしくてね。

 だけどかつては、成功ばかりじゃなかったらしい。装置の安定運用になるまでは大変だったとか。あとは、体質にも合う、合わないがあってね、でも、幸い僕の血筋は、ほぼ大丈夫みたいだよ」

「本当に、本当の話なのね?」

「うん、信じてもらえないかもしれないけれど、本当のことだから。

 やっと夏美に言えて、僕もすっきりした気持ちだ。

 ごめんね、夏美は、複雑だよね?

 ...恋人どころか、友達、やめたくなった?」

「ライさん、そのお話が今、全部呑み込めたかどうかわからないけど...。

 友達をやめるとか、恋人をやめるとか、そんなことまで考えないわ。

 私は、とりあえず、無責任にいなくなったりされることとかを想像して勝手に怒っていただけ。

 あとは、ひどい災害を防ぐことが出来るような魔法が使えるのに、ただ傍観していて、時代を行ったり来たりして楽しんでいるだけの魔法使いだったのかなって想像もしたけど。

 ごめんなさい、なんか勝手に怒っていて、沸騰してごめんなさい。

 う~ん、冷凍たこ焼き装置ねぇ・・・。とりあえず、今、怒っていた気持ちは、どこかへ行っちゃったみたい」


「あ、じゃあ、今僕を怒っていないんだ、良かった。あのさ、ちょっと気味が悪いとかは?」

「う~ん、...。

 正直、実感が湧かないから・・・。

 私、自分自身がもう、だんだん普通じゃないような気がしてきてもいるのね。

 だって、夢の中で自分がハエになっていたりするし、龍や蛇やらにもなっていそうだし。宝珠さんの声も聞こえてきたとか思っているし。

 そうね、まだ、うまくそんな気持ちをとても説明できないわ、」

「だよね、とりあえずこちらも説明できなかったんだ、だましててごめん」

「私とおつきあいしたいって、本当に思ってたの?」

「うん、ちょっと図々しいかもしれないけどね、ごめん、でも今も本当に...思ってる」


 ああ、ライさんも怖かったんだ。

 私の知らない時間や場所を行ったり来たりしていたのは本当の話なんだろう、そう思う。

 そして、それはただふざけたり楽しんでいるのじゃなくて、本当に何かの使命感を持っているんだろう、そう思う。

 あの、湖によく似た蒼い瞳が、たまに辛そうなさざ波に揺れていたり、そして必死でそれを打ち消すみたいな表情を見せるのは、たぶん...。

 そう、そっと手を伸ばしてつかみきれない何か、壊れてしまう何かを惜しんで辛くて、泣いたことのある人なんだろう、それだけは何となく自分には伝わってくる気がする。

 それくらいしかわからないけれど、それでも...。


 夏美はそっとラインハルトの肩に自分の頭を傾けて載せてみる。

「え?

 ...夏美?」

「ライさんが私とおつきあいしたいと言ったのが嘘じゃないのなら、いいの。

 いきなりいなくなったりするのも全然平気な、ずるい人じゃないのなら、いいわ。

 心の底では、一時的な、つかのまの友達だからいいやって思っている人なのかなって疑っただけ。

 それで、ちょっと腹が立っただけ。

 私、ライさんといて楽しいから。本当にこれから真剣に考えていこうと思っていたのにって。

 ライさんがカッパマニアでもいいし。

 悪い魔法使いでもいいと思ったのにって。

 え~と、いっそ人間じゃなくて本物の冷凍たこ焼きでも、もういいわ。意思疎通できるなら、お話できるし、さっきみたいに真剣に議論もしてくれるし」

「夏美、...嬉しいよ。そんな風にフォローしてくれたら、なんか今、泣いちゃいそうだよ」

「泣かないで、ライさん。私、運転を代わってあげられるスキルがないんだから。

 しっかり運転して!お願い。

 あと、何か気をつけてあげることはないの?

 こう、にんにくはダメとか、あ、水が苦手、でしたっけ?」

「あ、それは大丈夫。

 今のところ普通に生活出来ているんだ。

 ちなみにシャワーもプールも大丈夫だし、にんにくも十字架も太陽の光も大丈夫だからね。

 たまにメンテナンスで、強制的にその装置に入らないといけないくらいで。その装置がまた、かなり機能が複雑らしくて、操作が大変らしいけど。僕は信じて寝てるだけなんだ、」

「...そうなの」

 良くわからないけれど、とりあえず解凍と冷凍は、自分には任せて欲しくないな、ってちょっと考えてしまう夏美だった。


「あと、寝ている時間がけっこう長い時は、しばらく話なんて出来ないし。

 起きた時に、その時の社会常識にちょっと欠けていて迷惑をかけたり、変なことを口走りそうになる、かな。

 今だから白状するけど、実は夏美たちに会った時に、僕は携帯もスマホも良くわからなかったんだよね、あんなものが数十年で出来ているとは。本当におどろいたよ」

「ああ、『日付を間違えていた』とか、女装して口走っていた時のアレ(笑)。懐かしいわね」

「うん。あ~、そのことは早く、忘れて欲しいな。

 あれは、ちょっと危なかったんだ。

 普通、あんな風にボケた状態で、外を出歩いてはいけないんだから。

 僕は、持っていた宝珠が反応しているらしくて、それに引きずられていたんだ、そう思う」

「ついこの間のことなのに、ずいぶん前のことのような気がする。でも、忘れられない(笑)」

「あのさ、そういう趣味は、本当に無いんだからね。たまたま、女装する約束をうろ覚えで覚えていて、ふらふらと。しかも、可愛い服をクローゼットに用意してあったから」

「時を飛び越して忘れていただけで、本来の趣味とか、本能のせいかもしれませんよ?」

「違うって(笑)。でも、似合うって言ってくれて嬉しかったな」

「あ、それは遥と瑞季が言っていただけよ。私は似合うって言った覚えがないような、」

「あの時、一番会いたいと思っていた人が目の前にいるって思っているのに、夏美がすごく冷たい態度で悲しかったな、」

「なんか、私には逆に作用していたのかしら。

 変にトゲトゲしくてごめんなさい。なにか本当に、なんだろう、イライラしてたのね、」

「うん、夏美の正直な気持ちだね、」

「そう、大人の気遣いなんて出来ない人だから、私。

 だから、今、本当に私の気持ちも信じてほしいわ。お世辞とか我慢とかはしないから。

 私、すぐに腹を立てたりするけど、人の言葉や態度より、その人の根っこの部分を信じたい人だから。

 ライさんは、とりあえずライさんだと思うわ。

 それで、きっと今後も腹が立つところを発見するかもしれないけれど、だいたいにおいて、ライさんのことが、ええ、とても好きよ、」

 車内が暗くて、顔が赤いのが見えなくていいなと、夏美は思った。

「うん、サンキュー!

 ええと、そうだな。僕も夏美がでかい龍やドラゴンになっても、きっとずっと夏美のことが好きだと思う」

「ありがとうございます。でも、龍やドラゴンより、まだ身軽なハエの方になるかもしれません。

 そっちの方が飛ぶのに楽そうな気がする」

「わかった。じゃ、我が家では、これからハエを殺さないように注意しておかなくては」

「そうね、いずれ私がその姿で遊びに行くかもしれないわね、よろしくお願いします」


 このままずっとドライブしていてもいいくらいの気持ちになったのに、そういう時に限って青信号も続き、家の近くまで来てしまった。


「ちょうど到着するね。家の近くで降ろしてあげていい?

 今日は、黒塗りの高級車じゃないし、今誰も見ていないし、すぐに失礼するから」

「ありがとう、じゃ、あの角を曲がったところで」

「うん、」

「あら、やっぱり いつも通りね、また高級車が私たちを追いかけてきてくれて、なんだか申し訳ないわ」

 ラインハルトがうなづいた。たぶん自分より先に気がついていたんだろうと夏美は思う。


「そう、いつも通りだね。僕の周りのスタッフはとても優秀なんだ、ありがたいことにね」

 自動車は近づくことなく、す~っと表通りの方に回って行ったようだ。


「さ、すぐに玄関の中に入って。...夜も遅いから。

 僕も夏美のご家族にご挨拶しないまま、失礼させてもらうよ」

「そうね、じゃ、また明日」

「うん、迎えにくるからね、夏美とランチを食べるのが、とても楽しみだよ」

「ライさん、少し疲れた顔をしているわ、早く休んでね、送ってくれてありがとう」

「うん、夏美もゆっくり休んで、さ、どうぞ」


 最後まできちんとエスコートしてくれるラインハルトを見上げると、いつものように優しい笑顔でうなづいた。蒼い瞳が本当にきれいに思えた。

 胸がキュンとして、ダンスのエンディングみたいに頬にキスしようかと思ってしまった夏美だったが、誰かが見ているかもしれない。それにラインハルトが疲れてそうに見えるので、そのまま家に入った。

 だから、その後ラインハルトの身に何が起こったか、夏美は知らないままで済んだのだった。




 ♣♣♣♣♣




 夏美の家から少し離れた先の、高台にある公園に車を停めて、ラインハルトは車を降りた。

「やぁ、さすがに上手いよね。山本の運転は」

 と、ラインハルトが後ろを振り返る。


「はい、まことに。...キーをお預かりします」

 と助手席から降りてきた、小野田という山本の後輩はうやうやしく手を差し出し、ラインハルトの私用車のキーを受け取ると、

「でも、ラインハルト様の運転も相当お上手だと思います。乗りこなしてらっしゃいますね。

 私たちは、なかなか追いつけませんでした」

 と、丁寧に言った。

「そうお?嬉しいな。車を運転するのは本当に楽しいよね?」

「そうでございますね、私も心からそう思いますので、この職業を選びました。

 大切にお運びしますね」

「サンキュー」


 高級車の車外には、運転手の山本ではなくマルセルが立って、ドアを支えて主人を待っていた。

 ラインハルトは、ふっと笑って

「お待たせ、山本。...マルセル、いつもわざわざありがとう」

 と言って、その車の後部座席に乗り込む。


「いえ、お疲れでしたろうに。ご自身でドライブをなさるとは思いませんでした。

 たぶん私を指名してくださると思っていましたので、控室で待機しておりました」

「そうだよね、山本。僕が気まぐれを起こしてごめんね。本当、助かるよ」


 ずっと、無言でいたマルセルが静かに、

「山本、悪いが...パーティション(仕切り窓)を締めさせてもらうよ。ラインハルト様に大事なお話があるのだ」

「かしこまりました、私も運転に集中致します。

 何かございましたら、なんなりと」




 ♣♣♣♣♣




「さて、夏美さまとは、ずいぶんとお話が弾んでおられたようですが...?」

「うん、弾み過ぎて疲れちゃったな、ホントみんなに迎えに来てもらえて助かったよ」

「私たちは、夏美さまをお泊めする準備を完了致しておりましたが、マスターにはご理解いただけなかったご様子ですね」

「...そうだね、色々と気が変わっちゃって。ごめんね。みんなの準備を台無しにして。

 あと、僕をマスターって呼ばなくていいっていつも言っているのにな。

 ごめん...。僕だって、マルセルが機嫌を悪くするとは思っていたよ」

 マルセルは、不機嫌そうな表情を変えず、息を吐いた。

「...。お疲れのご様子ですから、単刀直入にお話しましょうか」

「うん、助かる」


 マルセルは、座席で長い足を放り出したまま、目をつぶりかかっているラインハルトの顎をいきなり掴んだ。

「一つお尋ねしますが、もしかして『裏切り者』は、ラインハルト様ご自身でしたか?」


 ラインハルトは全く抵抗もせずに、目をつぶったまま眠そうに言った。

「うん、そう。『裏切り者』は、僕だった。どうだい、そういう結末は。

 ね、ちょっと面白いだろう?」


「目をお開けください、大切なことですから」

 と静かに言ったマルセルの顔にはサングラスが無い。それどころか、顔の相も変わっている。翼は衣装の奥深くにしまわれているままのようだったが、明らかに普段、本拠地にいる姿に戻ってしまっていた。

 高地のエルフ族の戦士の厳しい表情は、ふだんの穏やかな神官じみたマルセルの表情と真逆だった。

 もしも山本が目撃したならば、きっと驚いたに違いない。


「いやだよ、目を開けたらどうなるか知っているからね。

 本気を出したマルセルに僕が、勝てると思う?」

「さぁ、どうでしょう。

 エリザベスさまに『順調に行きすぎているから、気をつけて』と言い渡されて日本に来ましたが・・。

 まさか、最後の最後に、肝心のラインハルト様に足を引っ張られるとは!」

「マルセル、ねぇ、本当に『目』を開けないでよ、頼むから。

 明日、ちゃんと決着をつける予定なんだから。

 僕、今防御力ゼロなんだ。魔力を使い果たしちゃって、破産状態、...なんだってば」

「...馬鹿なことを!

 あなたの嘘には、もうこりごりです!」

「本当のことだよ、あ、でも、...。

 マルセルがひと思いにやってくれるなら、それでもいいけど。

 あ~あ、明日azuriteルームで、夏美と結論を出したかったのに。

 もしも、もう僕が夏美に会えなくなるのだったら、夏美の記憶をきれいに消去してあげてね」

「あなたは、いったい今夜、何をしたかったんですか?

 夏美さまのこともそうです。

 我らに手出しをされたくないのでしょう?それなら、最後まで守り通しなさい!

 いったいどうして、こう無駄なことばかり、」

「無駄? ああ、そうかもしれない。最初から無駄だったんだ。

 どうせなら、マルセルは最初に僕を殺しておけば良かっただろう?

 手間暇かけて僕を矯正してもらったことには、お礼を言うよ。

 僕が気に入らないんなら、出来の良い、新しい『ラインハルト様』をまた一から、いっそホムンクルスから作ってみたらどうだろう?」


「おっしゃりたかったことは、それだけですか?」

 マルセルは、冷たく言い放った。

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