表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
81/148

79 《劔を鍛えよ》 (12)

 

 ラインハルトは、嬉しそうな目をして微笑んだ。

「うん、僕たちのカード論を使ってくれてありがとう。

 夏美が僕に、僕自身のことを質問してくれるのを、たぶんドキドキしながらずっと待っていたよ。

 僕のことを夏美は怖がってもくれないし、本当は興味なんて無いのかなって、心配していたんだ。

 ただし、まともに返事するか、保留にするか、嘘をつくか、それとも、」

 と言いかけるのを、夏美は遮った。

「ごめんなさい、待って、それと一緒にお願いがあるの。

 もし、核心部分に触れてしまったら、私はこの館を出られないよっていうような怖いことは、言わないで欲しいの」

「今、ちょうどそう言おうと思ったのに、あ~あ、」

 と、いたずらっぽい顔でラインハルトは笑った。


「まぁ、いいや。

 夏美のために言うけど、夏美はたぶん、その夏美の魂の中にご先祖様から継承してしまった何かの刻印、記憶、役割があると思うし、あせらなくても、今に夏美も気づくと思うんだ。大切なことならばね。

 だが、その大切な秘密を軽々しく他人に話してはならないよね、わかる?

 そして、それは僕も同じだ。

 僕の一族にも秘密があって、それは明かせないし、もしくは明かしてしまったら僕の一族の《協力者》として行動してもらわなければならない。

 あ、安心して。《協力者》は、全員、僕の婚約者とか恋人にならなくちゃいけないってことはないからね。

 それに聞いた後に、《協力者》じゃなくなったとしても。...僕には秘密保持の策はあるけどね」

「そうね、条件も、やっぱりあるわよね」

「夏美は、すぐに『真実を知りたい』みたいに言うけど、真実を知るには、それ相当の負担を払っているはずなんだよ、さっきの話に出た『女教皇』はそういう教訓を描いていると思うんだ。ある意味、命がけってことだね、」

「ええ、そうね、その通りだと思う。でも、命をかけるのはいや。ずるいかしら?

 でも、私にはやることがあるんですもの。譲れないわ」

「うん、そうだね、お互いにそうなんだ。

 じゃ、どうする?」

「そうね、私は《協力者》になってもいいけれど、日本人だから日本の法律を破るようなことは出来ないわよ?」

「それだけじゃだめだよ。君の一族の掟も破れないということにしないとダメだろ?」

「あ、いけない、注意事項はあったわ、それが掟かどうかは知らないけれど。

 じゃ、それも一応入れておいて。あと、私の倫理観に反することもしないわ、それでいいのなら。

 あ、そうだ、ライさん、共闘するって言っていたでしょう?

 お互いがお互いの《協力者》ってことでどうかしら?」

「そうだね、ギブアンドテイクがいいな。

 僕も夏美の一族の《協力者》になる。...ていうか、最初からそのつもりで僕はいたんだけどな。

 それじゃ、なるべく嘘をつかないで正直に答えるよ。夏美は僕を信頼してくれそうだし。

 じゃあ、そろそろ場所を変えようか?

 大切な話をするんだからね?

 いっそ今、屋敷を抜け出して夏美を家まで送るよ。

 その時にきちんと説明する」

「ありがとうございます、じゃ、どなたかに、」

「ううん、ダメだ。こっそり屋敷を抜け出すんだ。

 これから僕が説明することは本当にガチだからね。

 邪魔が入ったら困るから。

 本当に、屋敷から出られなくなったりすると夏美も困るでしょ、わかるかい?」

「そんな...」

 思わず、夏美はラインハルトを見上げた。ラインハルトは淡々と言った。

「でも、聞きたいよね?

 僕もだ。ずっと夏美に話したかった。

 だから本当に今夜は、僕が送っていこう、内緒でね」

「マルセルさんたちが、あんなに親切に、」

 ラインハルトがまた遮った。

「夏美、いいんだ。

 彼らは、とても夏美が好きで。うん、本当に好きなんだよ。信じてあげて。

 でも、その『好き』にも二面性があるとしたら? 夏美の優しさにつけこんで甘えようとしている、僕も含めて。

 夏美は自分のためにも、ここをね、今夜は、出たほうがいい。

 僕は...迷ったりもしていたけど、決心がついたんだ。

 君はね、もうたぶん、明日()()()()()()()

 本当にね、なるべく夏美がちゃんとした選択をすることが出来るように、僕は場を整えたいと思う。

 だから、そのためにも今夜は、僕とドライブして家に帰ろう。

 そして、明日、azuriteルームでね、夏美に大切なものを見せて、夏美に選択してもらうことにする。その時には、夏美の一族の方のミッションのことを優先して考えて欲しい」

「ライさんのミッションは?

 ライさんの目的もあったんでしょう?、ライさんには迷惑がかからない?」

「夏美は、いい人だね。

 大丈夫、僕のことはね、僕が考えておく。イーブンで。対等だろう?

 お互いにまずは、自分のことだ。

 夏美は、まずは夏美のミッションを考えて。それから、それに差しさわりがなかったら、僕のこともついでに考えてくれればいいよ。僕もそうする。

 もしかして、僕たちが対立するとしたら、正々堂々とやりあおう」

「え?

 ライさんと戦うの?...私が?」

 思いがけないことを言われて、夏美は驚くことしかできない。


「夏美が、ただ僕を信じるだけのお姫様になってくれるなら、バトルを回避できるかもしれないね?

 夏美は、勇者になりたいんじゃなかったの?

 夏美は、君の一族の継承したものを背負うんじゃなかったの?

 僕は、『悪魔』になぞらえられた錬金術師の末裔なんだよ?まぁ、ちょっと出来損なっているかもしれないけれどね。

 夏美はね、とても優しいよ。だが、流されてはいけない、ちゃんと自分を保つんだ。

 僕らの一族の望むように、夏美はただの、僕への生贄になりたいの?」

「そんな風に、そんな変なことを言わないで」


 ...私は、ライさんの軍師になってあげたいと思ったのに。

 巨大な白銀龍になって騎士と戦う夢を思い出して、とても嫌な気持ちになる夏美だった。

 あれは、自分じゃなかったよね?


「選択する時が来たんだ。そういう時までに準備してこなかったのなら、ギブアップするしかないんだ。

 言い訳なんて出来ない。夏美も僕もね」

「そうね、戦うのも嫌だけど、最初からギブアップするのは嫌、かなぁ。

 でも、安心して。もしもライさんと折り合えなかったら、ううん、折り合えるとしても、私は自分の自我を捨てて、おとなしいお人形さんみたいなお姫様になるほうが難しいと思うわ」

「うん、それでこそ夏美だ。

 とにかく今、僕は夏美とふたりきりでドライブデートが、とてもしたいんだ。素敵な夜だからね」




 ♣♣♣♣♣




「トランクに夏美の荷物を移しておいたよ、確認してみて?」


 本当だ、と夏美は驚く。

 玄関わきのクロークみたいな所に預けておいた自分の荷物が、全てライさんの車にきちんと積まれている。

 いつの間に?これも魔法なのだろうか?


「まるで僕たち、駆け落ちするみたいだな(笑)」

「だったら、ライさんの荷物をここに一緒に積まなければならないわ、」

 と言いつつ、ソフィーを抱っこしてあげようとトランクから取り出す。ラインハルトはそれに気づくと嬉しそうな笑顔を見せて、夏美を助手席にエスコートしてくれる。


「ああ、...そうだね、それもいいな、夏美と一緒にどこかへ逃げていくっていうのも。

 さ、出発するよ」


 車がスーッとまるで音を立ててないかのように走り出す。ラインハルトがそっと呟いた。

「...でも僕は、今、逃げ出すわけには行かないんだ。

 いつか、本当に遠くまで旅に行くときにも、君とこの車に乗っていきたいけれどね」


「この間、乗せてもらった車と違うのね?」

「ああ、これはね、皆に内緒でカスタマイズしておいてガレージに隠しておいた車なんだよ。実家の僕の愛車と似せているんだ」


 庭の奥の方には、小さな門があった。正門と比較すると、ささやかに思えるサイズだ。どうやら裏門のようだ。

 表の門と同じように、そばに門番小屋があるみたいなのに、人の気配がしない。通り過ぎる時、小屋の窓から室内がちらっと夏美にも見えた。2人くらいがうたた寝をしているみたいだ。


「あの、ライさん、本当にみんなに黙って出ていくつもりなの?」

 夜の闇に包まれた細い道を注視しながらも、ラインハルトが笑った。

「ふふっ、以前に話したと思うけど、僕は割とね、黙って抜け出すの、好きなんだよね」

「確か、とても反省してたって先日は言ってなかった?

 お家の掟が厳しくて、鞭で打たれたんでしょ?」

「そう、反省はしたけどね、今夜は、夏美と冒険気分を味わってみたかったし。

 僕たちが捕まったら、そうだね、《協力者》の夏美も、僕と一緒に罰を引き受けてよ?」

「ええええ?そんなの、困ります。

 だって、鞭打ちの刑なんて、死んじゃうほど痛いんでしょう??」

 ラインハルトが、とびっきりの笑顔になった。

「冗談だよ、夏美を無事に帰してあげたいから、やっているだけだから」

「無事に...?」

 ラインハルトは、にこにこ顔で運転を続ける。

「まぁ、いいや。

 夏美はとりあえず《協力者》になってくれると言ってくれているし。

 それにとにかく、大事なのは明日だ。

 明日、宝珠と同じくらい大切かもしれないものを夏美に確認してもらいたいんだ、それまで本当に、誰にも邪魔されたくないんだからね。

 夏美も、今日帰ってから、明日僕に会うまで、なるべく用心して、心を平穏に保っておくといいよ」

「そうね、タロットカードの本を読んだり、何かインスピレーションを得られるようにするわ」

「うん、それがいいよ」

「ライさんは、私のご先祖様が関わっていた、神社の何か秘密を知っているのね?」

「ああ、僕は以前、そのためにそこの神社に行ったんだから」

「あと...、本当は、手に入れなければならない宝を、見つけられなかったのね?」

「...驚いたな、その通りだよ。

 宝珠よりも、本当は。...実は、違うものを探していた。

 何故、それを知っていたんだ?」

「あ、そうじゃないの、ごめんなさい、知っていたのじゃないの。

 私、夢の中で天使様に『友達が何か水の中に宝を探しているんだけど、炎が消えたら困るので水の中に落ちてはいけないから、ヒントをあげなさい』って言われたの」

「嬉しいな。ぜひ、お願いするよ。

 夏美が僕を助けるのがめんどくさくなっても、もしも僕にヒントをくれたとしたら、本当に助かるんだけど?」

「ごめんなさい、私にもまだヒントが見つからないの、本当よ」

「他に何か、天使様は言っていなかった?」

「宝は、いつも湖とか水の中にあるというわけじゃないみたい、そんな感じの話だったわ」

「じゃ、そういう時になら、僕にもチャンスがあるわけだね、希望を持とうっと」

「私、出来るだけお手伝いするわ」

「ありがとう、嬉しいな。じゃ、さっきの話の続きをしよう。せっかくのカード論の実践をしてくれるんだものね。

 というか、夏美が僕を何か僕にダウトしたい、尋問したいという感じだよね?」


「そうね。そのことなんですけど。正直に先に言うわ。

 その通りでなんです。今はちょっと、ライさんを尋問したい気分かも。

 本当に、ちょっとムッとしたのは否定できない。

 ライさんに今、お尋ねすることが頭に浮かんだ時にね」


 ラインハルトは、驚いたような顔をする。

「え? 何か僕に怒りたいってこと?

 夏美は...、僕にずっと怒っていたのに、今まで我慢してたの?

 ヤバイな、僕は何をしたんだ?」

「じゃ、そっちを先に説明していい?」

「うん、頼むよ。夏美がすごく怒って暴発したら、僕、宝珠に火あぶりにされるかもしれないだろう?」

「そんなことは今後しないって、さっき言ったじゃない」

「うん、まぁ、そうだけど。

 でも運転が危ないから、夏美の家に到着できるまで、僕を無事に生かしておいて」

「もう、ふざけないで。

 だって、覚えているかしら?

 もしも、辛いことや災害が起こるって分かっていて、そういう歴史があって。

 その前に私が時をさかのぼれるような魔法、タイムリープが出来る魔法があるとしたら、私は悲しい出来事を防ぎたいって言ったのに、ライさんはあの時、あっさり私の話を否定していたわよね?」

「ああ、うん、そう、確かにそう言ったよ」

「あのね、私、今はライさんが本当に魔法使いの気がしてる。

 もしもライさんがいろいろな魔法が使えるのなら、出来れば良いことに使ってくれたらいいのに、ってちょっと思ったの。

 ライさんは、いつも自分のことを悪い魔法使いみたいに言うけれど、本当は良い人にしか思えない。

 だから、どうして過去に飛んで悪いことを防ぎ、良いことをしようとしないのか、聞きたかったの。

 だけど、ずっと聞けなかった。

 私は、小さい頃からお姫様を助けようと思っていて。前にお話したでしょう?

 いつも諦めきれていないけれど、いつも間に合わないの。

 もしもそれが美津姫さまだったとしたら?

 夢が本当のことだったら?って考えてしまうと、それを諦められなくて。

 美津姫さまが亡くなられたのは現実で、それはもうずいぶん前に過ぎ去ったことかもしれないけれど。

 そしてそれを聞くと、ライさんを傷つけてしまうかもしれないから、ずっと聞くのを我慢していたんだけど。

 おふたりのプライバシーを暴きたいわけじゃないし。誓うわ、本当にそうなの。

 ただ、助けられたら、と。

 だけどまずは、その前提に矛盾していることがあるみたい。

 だから先に、その方をきちんと聞かなくてはいけないし、聞きたいと思ったの」

 ラインハルトは、前方を注視しながらも、

「うん、なんとなくわかったよ、続けて」

 と言った。

「私みたいに夢の中じゃないのよね?

 ライさんは、13歳ごろに美津姫さまと会ったと私には言ってたわ」

「そうだよ」

「でも、今、ここにいるわよね、ライさんが。

 忘れてた、え~と、今、おいくつでしたっけ?」

「そうだね、今ここにいるのはラインハルトという名前の僕で、え~と、パスポートには確か27歳って記載されていたはず。さ、続きをどうぞ?」

 とにこにこしたまま、言う。


「あのね、私、もしかしたら美津姫さまのお姉さんの多津子さまという、最後の巫女さまのご長女の、もしかしたら孫なんですけれども。

 最近、そうらしいと聞いたの。

 もちろん、巫女様の名前は、代々違う方が同じ名前を継承して名乗ると聞いたことはあるけれど」

「うん、そうだね。

 他の地方でも、そういう習わしがあると聞いたことはあるよ。

 でもね、夏美。君が指摘した矛盾が正しいよ。

 矛盾が正しい、なんて変な言い方だな。とにかく。

 僕の婚約者だった美津姫の、その姉上さまの多津子さまの、君はまぎれもなくお孫さんだと思うよ」

「そうなんですか?

 でも、だったら...その間の年月が、たった14年のはずはないと思うの。

 時間の計算が合わないでしょ?」


 ラインハルトが運転しながら、ふふっと笑った。

 道は空いていて、対向車も、前後もほとんど車が見当たらない。

 ただ、月の光が美しく路面を照らしている。


「そうなんだよ、正解!

 矛盾している、よね?...その説明が聞きたい?」

「ええ、お願い。

 でも、ライさんの答えと説明の前に、私が感じたことを先に言ってもいい?

 それが、さっきの話に繋がってくるんです」


 ラインハルトの瞳がきらきらして、楽しそうに見える。

「うん、お先にどうぞ。

 実を言うと僕は、夏美がその矛盾に気づいたら、どう思うのか聞いてみたかったんだよ、ずっと」

 と言って、わくわくした顔つきをしているライさんは、まるで本当に子供みたいね、と夏美は思う。


 そして、前から思っていたけれど、ちょっと浮世離れしている。

 私はちょっと腹を立ててしまったのに。

 今日は、ライさんを心配したり、腹を立てたり、悲しい思いをしたり、本当に私の気持ちもくるくる変わってしまうのも、全部ライさんのせいだと思うのに。


「ライさんの存在に関わることよ。

 どっちが本当なのかな?って思ったのよ。

 ライさんが、{時を飛び越せるような魔法}を使える魔法使いだとしたら、2つの可能性が考えられるの。

 今ここにいるライさんがこの時代の人ならば、過去に飛んでいって、どこかのタイミングで戻ってきたことになるでしょう?それをAとするわね。

 逆に、ライさんが昔の時代の人だとしたら、この未来に飛んできていることになってしまうの。だから本当は、この時代にいない人なのよ、ライさんは。過去の時間にいるべき人なんだから。そっちをBとするわ。

 で、Aの仮定もBの仮定もすごく不思議な、夢みたいなことを真面目に話しているんだけど。

 そういう夢みたいに{時を飛び越せるような魔法}が使えるのだとしたら、どうしても、やはり他の災難を回避したり、誰かを助けるべきなんだと思ってしまったの。

 そのために、時を飛び越しているって言うならば、誰かの役に立つためだもの、納得できるかもしれない。それでつい最初に腹を立てたの。

 力があるのなら、私にお説教なんてしていないで、きちんと使って欲しいのにって思ってしまった。

 私の言い分を押しつけるのは、悪いことだと思うけど。でも、それでも黙っていられないから正直に言いたいんです。

 だって、せっかくの魔法でしょう?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ