78 《劔を鍛えよ》 (11)
そう、私は何かを思い出さなくてはいけない。
何か大切なことを少しづつこぼしてきてしまったのかもしれない。
もしかしたら、今いる松本夏美本人の体験していない、だけど、松本夏美の魂のどこかに刻まれている記憶、みたいな何か。
ああ、大切な誰かの思い...。
星はずいぶん前からあそこにあって。私たちを見てきた。
さらに、私のご先祖様の、そのまたご先祖様のことも・・・。
何か大切な物語があったみたいに。ううん、きっとあったし、これからもあるのだろう。
赤ちゃんのころに聞いた子守り歌のように懐かしい思い、色々と自分の心を鎧に押し込んでごまかして大人になってしまってからは忘れてしまった、たくさんの、そしてちっぽけなどうでもいいかもしれない物語。
頭の良い大人の人たちにどれだけ否定されようとも、それこそが大切だと思えてきてしまうのに、曖昧過ぎて、頭の中でかっちりとした明確な形にならないのだ。
ここまで来ている、それなのに。
なにか鍵がかかっているみたいな、封印されている、みたいな?
無用のことはするな。
分をわきまえよ。
真実に手を伸ばすには、資格が必要なのだろうか。
真実に手を伸ばすのは、余計なことなのだろうか。
...。
夏美がため息をつく。
ラインハルトは何かを言いかけたが、目でどうぞ、と促しているみたいだった。
君が話したいのなら、聞くよ?
そういう感じに見えて、夏美は心から感謝した。
「あのね、ライさん。
今、私はとてももどかしい気持ち。
古い、不思議な物語が・・・たくさん、あるのに・・・どうやら、あるのは確かに思える。
でも、やっぱりすべて見えてこない感じ。
本当はね、ライさんに全部説明したい。いつものように、先にライさんに正解を言われて悔しがりながらも、それでも今、すっきりと全部わかりたい、のに。
質問文すら、出てこないの。
今、何も出てこないけれど、いつかまたこの曖昧なものの糸口を見つけたら、またこの、わけのわからない、つまらない話を蒸し返してもいい?」
「もちろんだよ、ぜひ、聞き役に僕を選んで欲しいな」
「ええ、本当にお願い。とにかく、今、わかるのは」
と、夏美は目をつぶって、暗記しておいたうろ覚えのことを思い出そうとした。
「いたわ、そう光乙女さまが本当はどこかにいて、でも、私はちょっとだけなぜか代わりをつとめる夢を見ていた。
エンドレス水まきっていう感じで、ちょっと困るなぁなんて、思っていたけど。
そして、ああ、あの時、なにか・・・。
やっぱりだめ。ごめんなさい、肝心なことがまったくわからないわ。
本当はまだ何か思い出せそうな気持ちがするのに、何も出てこないわ」
「あせる必要はないよ、夏美。それに明日、夏美に見てもらいたいものがあるから、それが助けになるかもしれないと思うんだ。
今日、本当は持ってきたかったし、見せたかったのだけれど。
君がいきなり、今日は来たくないとか言って、とてもナーバスになっていたでしょ?
それに、ちょっと差しさわりもあったし、ね。
周囲に取り囲まれていてそんな時間も取れなかったし。
明日、Azuriteルームで見せるね。
Azuriteは守りの石だから、きっと夏美と僕を守って正しい方に導いてくれると思うよ」
夏美は、諦めきれずにいるもどかしさを、ラインハルトに伝えたいと思った。
「ありがとうございます。ちょっと別のことを言ってもいい?
...あのね、さっきご飯を食べていた時のお話の中にあったでしょう?
あの話でね、ライさんにとても話したかったことがあるの。
神さまが、血のつながった人間の顔かたちを遺伝で似せてくれてご先祖様のことを子孫の私たちに伝えてくれているように、何かご先祖様の古い記憶がやはり、心か精神かに刻まれて、潜在的に子孫に伝わっているような話。
もしかしたら、じかに会話をして伝えたりしていないことが伝わっていて、不思議な夢として出てくる、みたいな話。
私、その話がとても印象深くて」
ラインハルトがうなづいた。
「ああ、うん、僕も夏美とその話をもっとしたかったんだ。
なんか、僕もそう感じた。
あの時、自分であのユング博士の難しい話をかみ砕こうとして、皆に理解してもらおうと伝えようとしていたはずなのに、そっちのサブの話が途中から、気になってしまってね。
僕も、あの時なにか閃いた感じがしたよ。
夏美のご先祖様のことやら、僕の大大祖父さまたちのこと。
そういうの、僕はあると思うんだ」
「そう?、ライさんもそう感じていてくれて良かった。
私、あの話で、今まで見た夢が変なものとか無駄なものじゃなかったんだって、嬉しかったんです。夢の中に意味を探そうとすると、なんか変な人でしょう?そう自分で決めつけていたから」
「うん、そうだよね、夢でこんな話を見たんですって、なかなか理解してもらいにくいよね。
僕は本当にその話をずいぶん前から夏美とすれば良かったと思っていたよ、さっき。
『生まれ変わり』っていうのもありそうなことだけど、それとは別に、ご先祖様が経験したり、子孫に伝えたいって思ったりしたことが、魂の奥底に受け継がれているみたいなことって、ある意味希望の光をもたらしてくれるよね。
そういうの、ほら、ルーツっていうかさ、そういう根っこの部分が僕の中にあって、それと同時に僕を支えてくれているような気がした。
僕は、根無し草のあほうじゃなかったんだ~!みたいな安心感が得られて、僕も嬉しいと思ったんだ」
「え?ライさんが?」
「うん、恥ずかしいな。ごめんよ。
ちょっと前に僕は、夏美には『否定的なことを言わない方がいい』と偉そうに言ってたけれども、僕だってたまに、すごくネガティブな気持ちになるんだ。
薄っぺらな自分が、もう薄汚れた落ち葉みたいに頼りなく思えて、ね。無駄なところをぐるぐるループしているみたいにね。
もちろん『自分なんか、』って言わないように、我慢しようとはしているけどさ。
だから、何かが僕の中に刻まれて伝わっているのだとしたら、ああ、何か僕の奥にまだある、きっと何か用意されている、自分は薄っぺらじゃない、ここから僕の生きざまも足されていくかな、いつか僕の子孫がいたら、そっちへバトンのように伝わっていくのかなってちょっと嬉しくなったんだよ」
「ええ、そうですね。
私の場合・・・もしかしたら、ネガティブな足し算になっていったらどうしよう、なんて考えたからの質問なんですけれど。
それって、例えば、ご先祖様が何か失敗したり、心残りとかやり残したことを子孫に伝えたいって思っていたこともきちんと伝わると思います?」
ラインハルトは、そうだね、とちょっと考えてから
「きちんと正確に伝わるかは、わからないけれど...。
まぁ、さっきの話じゃないけれど、純粋に良いことだけ、逆に悪いことだけが伝わるっていう原則はあるかどうか、わからないよね。伝えたいって願えばそれで伝わるってわけでもないだろうし。
ただ、何かの思いが偶然か神のご意思で掬い取られたみたいに、伝わったりしているんじゃないかな。
例えば僕の場合は、子供の頃からご先祖様の心残りの悲願があると、何かにつけそういうのを教え込まれても来たんだけど。不思議とすぐに納得出来てしまったんだ。
きちんと教えられる前に、脳みそかどこかにすでに在った、みたいな。
教えられていない部分まで伝わっているような僕がいて、周囲はとても喜んでいたよ。天才的な僕の大大祖父さまのことを未だに皆が惜しんでいるんだ。その方の生まれ変わりさえいれば、みたいな気持ちでいたからね。僕も小さい頃はそうだった。自分が生まれ変わりなのかも、って誇らしかった。
何か自分の心の中にもご先祖様の心残りの悲願も、やはり刻まれているような気がしてたのかもしれない。
それはちょっと誇らしくて、だけど、今思えば自分の勝手な思い込みみたいに考えたりもするけれどね。失敗を重ねて、最初は直視できていなかったけど、やはりどうやら生まれ変わりなんかじゃなかったみたいだ。がっかりしたけど、どうやらそれが僕なんだ。
だからこそ、まだまだ僕は・・・。たまにあいまいで、たまに迷って、自分の自信をなくしたり。でも、僕のちっぽけな魂に何かがのっかって寄り添ってくれているように心強いかも。
もしかして、夏美も僕と共通することがあるのかなって思えたんだ。
ご一族の大切なことを、古い何かを承継してしまっているのかもしれないよ。
あ、でも、ネガティブなこととか、悪いものって、勝手に決めつけちゃだめだと思うよ?
だって、『欲望』だってさまざまな面があるねって、さっきも話したじゃない、僕たち」
と言った。
夏美は、うなづいた。
「ライさん。そうね。
私もなにかついついご先祖様の失敗の尻ぬぐいなのかな?
なにかそして怖いものばかり体験するのかなって思ったりもしたけど。
同時に何か誇らしいような気持ちも、もちろんしているの。
『なぜ、私なの?』とか、『私が犠牲になればいいのね!っ』という悲劇のヒロインみたいな気持ちになりそうな気がする時も、またあるし。ええ、今日はそうなりかけていたから、気持ちが乱れていることの方が多いけど。
でも、ライさんと同じ。
少し、もしそうだとしたら。私で良かったんだっていう気持ちもちゃんとあるの。
私を選んでくれてありがとう、私にメッセージを伝えてくれてありがとう、みたいな気持ちもあるの。ちょっと誇らしいような。
私も、ライさんほどの大役じゃないけれど、もしかしたら、ご先祖様が何か失敗したかどで、宝物を全部神さまに返さなくてはいけない、それが私の役割みたいな気がしているの。
あ、そうだわ、その点からちょっと考えてみたかったの。でも、不思議ね。ライさんの家で見た夢だから、ほとんどタロットカードの影響で洋風の夢になっていたけど(笑)」
「そうだね、夏美の方は、やはりもとの神社の話から考えた方がいいみたいじゃない?」
「そうね、神社はもう無くなっているらしいし、イメージが難しいけど。
ええと元々は、三人の巫女さんがいたのよね。
だから、鼎を持って、3人がくるくると踊っていたというのは、共通する部分として夢で現れたのかも」
「うん、ちょっと呼応しているよね」
「顔が似ていたけど、ええと、そうね、光乙女じゃなくて・・・。そうだ、守っているものが違うのよ、三人官女みたいに。宝物が三つあって、そうね、一つ一つに対応しているとしたら、ちょうどいいわ」
「宝珠の他に、鏡だね。それと・・・」
「劔だわ、そうよ、『劔の乙女』っていう言葉を聞いたのよ、確か違う夢で」
「!」
ラインハルトは驚いたようだったが、すぐに続けた。
「ということは、『乙女』という言葉が関係してたんだね。
美津姫は宝珠を守っていた『宝珠の乙女』で、、。すると残りは『鏡の乙女』か」
「聞いたこと、あります?」
「ううん・・・。どちらかというと西洋的な、僕が好む言い回しだね。
宮司様が、そういう風な単語を使って話してくれていたような記憶はないな。僕が行った時には、本当に神社がダム湖の底に沈む予定の前だったし、すでに神社には巫女様、巫女姫様と呼ばれる人は美津姫しかいなかったよ」
「その時はもう、巫女さまが足りなかったのね」
「うん、他の方は、多津子さま、里津子(黎津子)さまだけど。神社にはいなかった」
「ああ、そうなんですね。
すると巫女姫さまは、美津姫さま一人だけで。
劔はもうなかったのだから、あとは鏡で、宝物は2つだけ残っていたのね」
「確か、そう聞いたよ。劔はもうずいぶん前に龍神様にお返ししたということになっているとかで。湖に投げたという話もあったけど」
「はい、私もなにか悲しい伝説があってそうなっていると聞きました。
ライさんは、鏡は見たの?
あと、多津子さまには会った事ありますか?」
「鏡は、何度か見たことがあるよ。宝珠と一緒に保管しておいてはいけないという謂れがある古い鏡だった。そうだ、その話をちゃんとしていなかったんだよね。
それと、多津子さまだね。多津子さまには、僕は会ったことがないんだ」
と、ラインハルトが答えた。
夏美は口を開きかけて、はっとつぐんだ。
私、その多津子さまの孫なんですって言おうと思ったけれど、ちょっと何か変だ。
美津姫さまが多津子さまの妹ならば、時間的におかしい。時間がひずんでいる...?
ラインハルトは言葉を継いだ。
「ちょうど良かったよ。今日はゆっくり休んで欲しいな。
明日、Azuriteルームで、君に会わせたい人もいるんだ。
美津姫のことも知っている人で、神社の関係の人なんだよ」
夏美は、心臓がドキドキしていた。
その、神社の関係の人って誰?
ううん、そもそも、ライさんは、いったい誰?
いつの時代の人?
「夏美...?
大丈夫?
...どうかした?」
何か言わなくてはいけないけれど、慌ててしどろもどろに夏美は言った。
「ちょっとなんだか、ドキドキしてきました」
「...ああ、まぁ、それは仕方がないよ。明日は大事な日になる。
《夏美の自由な選択》ってことが、大切だからね」
選択・・・・私の自由な選択。
私は、本当に自由?
自由に選択していいの?
でも、リスクは、私が負うのかな、自由に。
夏美は、思った。
一つ大切なことに自分は気づいていて、ラインハルトとその話をしてこなかったことが、心のどこかで引っかかっていたのかもしれない。
唐突にその衝動が沸き起こり、それと戦っている。
今、ここで聞いてしまいたい。
そうじゃないと、いけないかもしれない。
いや、違う。
そうする方が、いけないのかもしれない。
今日の、強力なライさんの魔法。
自分を操った魔法。
あれは、確かに現実離れした魔法だったような気がする。
私は、ライさん、あなたを失いたくないと、今、痛切に思う。
そうやって、大切な話が出来ないでいる。
私は間違い探しのように、矛盾するところを見つけたのに、でも今、言葉を飲み込んだ。
それが、私の選択、なのだろうか?
真実を知りたい、そうやって今、突進してしまってもいいの?、私。
同じようにご先祖様の何かを承継してしまっている同士だと、とても親和感が高まっているこの時に?
無謀な勇気?、、そんなのはちょっとしかない、怖くて踏み出せない。
ああ、でも、きっと私、やっぱり我慢が出来ない、聞いてしまいたいのだ。
真実を知りたい欲望?
そう、でももしもそちらに手を伸ばせば、砕け散ってしまうかも。
今までのことが、全て儚い夢だったのだと。
この庭もこの館も、ううん、魔法使いのライさんが。
夏美は、ラインハルトを見上げる。
「ライさんは、私の自由な選択を尊重してくれているのね」
「もちろんだよ。僕は心が一番大切だと思うけど。
そのためにも大切なのが、色々と知った上で自由な選択を出来るということが、一番幸せだと思うのさ」
明るい瞳をしたライさん。今はとても大切な友人になってくれているのに。
でも、もしもこれらがすべて夢だとしたら、
夢の中で、私が『これは夢だわ!』って叫んだら、
きっと、夢は終わってしまうだろうけど・・・。
こんなに一生懸命に、私の話を聞いてくれた人なのに。
ライさん、あなたはいつか、私の前から消えてしまうの?
夏美は、ため息をついた。
ああ、私は泣きそうだ。そして、、たぶん、とんでもない馬鹿な子だ。
……無用のことはするな。
お婆さま。
ごめんなさい、私、どうしても我慢ができません。
そして、一気に夏美は言った。ついつい、固い声になってしまうのは否めない。
「ライさん。私、あなたに確かめなければならないことがあるの。
今日は本当に、私にいろいろ教えてくれるつもりでここにお招きしてくれたのよね?
お願いだから、ライさんのカードを見せて欲しいの。
だから、『あなたのカードを一枚めくって私に見せてくれませんか?』ってお願いしてもいい?」