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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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77 《劔を鍛えよ》 (10)


 リハーサルルームという、以前と違う部屋から出発したけれど、すぐに水を引き込んであるせせらぎに沿った散歩道に出た。汗ばんだ身体に、夜風が気持ちいい。

 張り出している木々のせいで狭まっている小道を歩く時も、ラインハルトがさりげなく枝が当たらないか目配りをしてエスコートをしてくれるのを夏美は感じる。


「ごめんね、夏美。人が多すぎて気疲れしただろう?

 それに最後の方は、《お勧め》の押し売りみたいになってたけど気にしないで。

 みんながとても楽しみにしてくれ過ぎててね。先日から、夏美に気に入ってもらえるもてなしをしようと大騒ぎだったんだ。

 今だから言うけど、夏美がドタキャンなんて本当にしていたら、今夜の僕はつるし上げられていたはずだよ。君には怒られたけど、無理やり来てもらって本当に良かったよ。ただちっとも、ふたりで肝心の話が出来ないよね」

 と、ラインハルトが優しく言う。

 夏美も、つい素直にうなづく。


 他の皆さんには悪いけれども、ライさんがなんとかいなしてくれなければ、私はこの館から一生出られないような気持が最後にはしていたわ。

 でも、そんなことはとても言えない。


「いえ、皆さま、本当にとても良い人たちだと思います。

 ずっと時間を忘れてここにいたいくらい、そうは思うのですけれど。ただ、本当に泊まることなんて全然考えていなかったので。

 それに、こんなに大きなお屋敷だと、それこそ奥まで踏み込むと、迷路になっていて外に出られない仕掛けのおとぎ話を思い出してしまいますから。

 マルセルさんと姫野さんって雰囲気がありますものね。

 先日、私がこのお屋敷に来た時に、ライさんの両側に姫野さんとマルセルさんが並んでいると、ほら、あのタロットカードに出てくる2つの柱みたいに思えたのよ。白い柱と黒い柱とあるでしょう?

 さっきこのお屋敷にもその柱に似たものを見た気がしますけれど。ライさんが真ん中にいると、まるで、そうね、ライさんがタロットの『女教皇』みたいに見えたんです」


 ラインハルトが、また斜め前から手を伸ばし、夏美を支えた。

「さ、ここちょっと滑りやすいから。

 ああ、ごめん、あの『Ⅱ THE HIGH PRIESTESS 女教皇』のカードだね。

 僕もあのカードが好きだよ。気づいてくれて嬉しいな。この屋敷の中には実は色々とタロットカードにちなんだ建築物が配置してあるのさ。

 あの女教皇は、真実(秘密)を隠してる幕の前に、まるで門番みたいに座っているでしょう?

 あの2つの柱の間を通り、真実に到達する道を通るには、女教皇の持っている鍵を受け取らなくてはならないんだよね。

 真実を知りたいって思っても、勇気のない者、資格のない者には鍵を渡してくれないんだ。

 それは決して意地悪なんかじゃないんだ、ある種の優しさ、なんだと思う。

 真実は、時には人を傷つけ、滅ぼすからね」

 夏美は、つい笑った。

「私はそれでも、そんなことに気づかずにどんどん突っ走って突っ込んでいきそう」

「あ、それ、後悔しそうな危ないヤツだね」

「ええ、そうね。

 どうしてもついつい、考えるより何かに反応して、行動に出てしまいそう」


 実際、先日は本当にそうだったのだ。

 あの時、ライさんの本来の名前を聞いたとたん、何かの衝動で私は・・・。

 誰かが私を呼んだ、というよりも、自分自身で手を伸ばしてしまったのだと、夏美は思う。

 手を伸ばす資格があるのかとか考える暇なんてなかった。勇気というより無謀なんだ、私。

 あいかわらず、自制心が足りないのよね。


「しかし、姫野とマルセルに抗って(あらがって)、突っ込んで行くのは大変そうだな(笑)」

「お二人とも優しそうだけど、いざとなったら、きっと勝てないわね」

「うん、いや、夏美にならば、彼らはきっと降参するだろうよ、僕もだけど。

 あの二人がギブアップしたら、僕が女教皇の代わりに椅子に座っていても、夏美の突進に逃げ出すかもしれない。ただ、鍵を渡していいかどうかわからず僕は持ったまま逃げるから、夏美に追いかけられてしまうんだ」

 ラインハルトが言いながら、くすっと笑った。

「そうかしら、ああ、でも『鍵をよこせ~~!』ってなりそうですね」

 夏美は、考える。

 突進するだろう、自分は。

 そう、たぶん衝動が抑えきれなくて。心の奥の声が、何かのエネルギーをもたらすみたいに。

 でも、それは果たして正しい選択なのだろうか。



 そう、先日は姫野さんやマルセルさんもライさんも、私のことを心配して制止しようか迷っていたみたいに見えた。でも私はあの時、真実を知りたいと思って・・・それで不思議な夢の中に入り込んだんだわ、自分の意思で。

 自分の中にある何かを知りたいし、いっそ自分が何をすべきか、どうして生まれてきたのか知りたいと思った気持ちをとどめるという思考がなかった。

 みんながあの時にとどめてくれていても、私は暴れて突進したのかもしれない。


 あの時はまだ、自分のことばかり知りたかった。

 今はもう、幼い頃奈良のお婆さまが自分に何かを託そうとしたことを思い出したわけだし、あの時よりももっと強い気持ちがある。

 一族の残してきてしまった役割を果たそうという意欲がある、と思うから。

 子供で力が無かったから忘れていたのかもしれないけれど、不思議なことを重ねていくうちに思い出したということは、何かに導かれるままに、自分が選択をしてきたのだろう。

 それが正しい選択だといいけれど・・・でも、もちろんまだ不安は残っている。あの時の3人の不安の入り混じった顔もかすかに覚えている。


 ラインハルトが振り返って言った。

「だけどね、気をつけてね。真実を知るには、時には手痛い代償を払うこともあるんだ。

 自分の内面を見つめることだってそうでしょう?

 知りたくなかったこととかあって、知るんじゃなかったとか思って、心をひっかかれることもある。だけど、夏美の勇気、僕は好きだし、応援しているから。だから・・・。

 心が辛い時、僕を含めて夏美の周りの人を思い出して欲しい。真実を知るのと同じくらい、大切だと思うよ、それは」

「そうね、ありがとう、そうするわ」

 と夏美は答える。背の高いラインハルトを見上げると、星空も見える。


 そう、まだまだ理解不能のことばかりで不安はあるものの、ライさんを信じてみたいと思ってここまで来たのだ。

 無茶なことをしたら、私を阻んでくれるかしら?

 それともやはり、ライさん達は逃げていってしまい、私が鬼ごっこの鬼みたいに追いかけるのかしら。

 ふっと、頭の中をよぎったのは鬼というより、ちょっと前に夢の中で見た大きな白銀色の龍だった。

 もしも自分が、あんな風になってしまったら・・・?



「小さな星みたいに輝いているのを見せてあげたいと思ってね、ここに良く群れているんだ、」

と言うラインハルトの腕に助けられて敷石を踏んで登っていくと、先日も訪れた場所に出たようだ。

 少し急な上り坂になっているこの小さな散歩道の奥に、ささやかな泉がある。そこから溢れた水がどうやらせせらぎになって散歩道のそばを流れていて、涼しさを演出してくれているのだ。


 す~っと小さな蛍が飛び交っている。

 驚かさないように、ふたりは黙って目配せをしあった。

「この泉、先日も思ったけど、本当にとても素敵ね。自然にあるような造り方がされてあって。ライトの当て方も素敵」

 と、夏美は小声で言って、人工的に造られた泉に走り寄る。


 白い大理石製の女神像が泉のそばに立っていて、肩に(かめ)を担いでいるのだが、今日は、その甕からは水は落ちていない。


「あら?この間と違うのね?」

「今の時間は、こっちの乙女の方が仕事をしているのさ」


 ラインハルトの指がさしている方を見れば、膝をついた乙女が二つの小さな水差しを持って水を注いでいる。

「!、これって...」

「うん、モデルは、『あの方』だよ、わかる?

 もしかしたら、夏美は知っているかなと思う」


 立像と同じようにギリシャ風のローブを着ているが、白い大理石製の女神の像が泉のそばに跪いている。

 水の中に踏み出している足と、泉の縁の土の上に残っている足、

 一つの水差しからは水の中に水を注ぎ、もう片方の水差しは、泉の外の土に水を注いでいる光景は、まさに!


「これは『星』のカードのモチーフなのね?」

「そう、正解!

 タロットカードの『XVⅡ THE STAR 星』のカードだよ、知っている人ならば誰でも見ればわかるように、わざと似せて造ってあるんだ」

 と、ラインハルトが嬉しそうに解説をする。


「先日は、全然この像に気づかなかったわ...」

「立像の方から水を落としている時間帯だったからね。

 交代制なんだ、だって四六時中仕事をしているのも可哀想だろう?

 というのは冗談で、ちゃんと理由があってね、立像は滝みたいに飛沫が飛ぶけれども、跪いている方から水が出ている時は、浅瀬に大人しく水を注いでいるだけで穏やかな時間帯なんだ。

 だってそういう時ならば、すずめたちも楽に水浴びがしやすいから・・・、

 あれ?夏美、何を固まっちゃったの?」

 気持ちよく話していたラインハルトが夏美を覗き込む。


「今、このおかげで・・・私、一つ、思い出したことがあるの」

「え?...」

「私、あの時、不思議な夢の中で思い出したことを、ひとつライさんに言うのを忘れていたわ・・・。

 この、そう、まるでエンドレス水まきみたいに、って、ええと、ここではなっていないけれど、ええと、タロットカードの『星』のモデルって、」

「『光乙女』って呼ばれている女神さまのことだよ?

 東洋の文化では、観音さまのことと解釈されるらしいって聞いたこともあるけど」

「そう、そうだわ、それよ!『光乙女』さまよ!

 私ちょっとだけ『光乙女』さまに代わって水まきをしていたのよ、この間の、つまり、私が初めてライさんのお屋敷に来て夢を見ていた時の、夢の中で」

「え?君は、なんか『XⅣ TEMPERANCE 節制』の天使さまの話と聖徳太子の話をしていたけれども、『光乙女』さまに会ったとかいう話はしていなかったよね?」

「ええ、どこかで記憶とメモから落としてしまっていたんだわ、」

「どちらかというと、光るミニドーナツの話がメインだと思った。そっちの方の話はとても詳しかったし。僕は夢中になって聞いてたけどな」

「ごめんなさい、そして、私は『光乙女』さまに会えていないのよ。言い訳じゃないけれど。

 だって、代わりにひざまづいて水をまいていたのだから。

 で、『節制』の天使さまの大切な『生命の水』をまき散らしているような気がして心配だったのを今、思い出したわ、」

「へぇぇ、面白いな。そういえば、14枚目の『XⅣ TEMPERANCE 節制』のカードと17枚目の『XVⅡ THE STAR 星』は、呼応させて描かれているんだよね、一つのペアみたいに対応しているんだ」

「え、そうなんですか?ご一緒にはいなかったんですけれど」

「僕の守護カードが『XⅣ TEMPERANCE 節制』のカードだから、夏美が『XVⅡ THE STAR 星』のカードだと嬉しいんだけどな」

「一応、双子座生まれなので、『恋人たち』のカードが守護カードだとずっと思ってきたんですけれども、『星』も好きなカードなんです」

「うん。それはそうと、素敵な夢を見ていたんだね、『生命の水』を撒いていたなんて、さ」

「私、これ、もしかしてこれこそがすごく大切なヒントだと思うわ!

 家に帰って、タロットカードの本を母に見せてもらうわ。

 あのね、ライさん、母の本には色々な書き込みがあってね、とても参考になるの」

「ああ、そうだね、うちの書斎にも本はあるけれども、確か夏美のお母さんは、タロットカードのファンだって言っていたものね」

「ええ、とても詳しいのよ。知り合いの占い師さんに頼まれて占い喫茶{花きゃべつ}というところに行って、たまにパートで占いのお手伝いもしているのよ」

「すごいね、僕も夏美の母上にいつか占っていただきたいな」

「あ、本当に?ぜひぜひ。機会があったら、」

「うん、その機会があったら、嬉しいな。あと、ぜひ『星』のカードの話も何かわかったら、また教えてよ?

 僕も、『星』のカードが好きでね、アークトゥルスになりたいと思ったくらいなんだから」

「...?」

「ああ、ごめん、わからなかった?

 星の名前だよ」


 夏美は空を見上げた。そばでラインハルトが星を一緒に見上げているのも見える。

 星が輝いている、どこか遠くに『光乙女』さまがいるのかしら、と夏美は考えた。


 もしかしたら、夢の中でお会いしていたのかも・・・

 それとも・・・

 ご先祖様の誰かがお会いしていたとか・・・?



 水の流れる音が途切れることはない。



 ライさんが優しいまなざしのまま、黙って待ってくれているのがわかる。

 ああ、今、なにか、他にもっと...。何かを思い出せそうなのに。



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