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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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76 《劔を鍛えよ》 (9)

 やはり、ライさんと一緒だと踊りやすい...。夏美は素直にそう思った。

 ワルツとかタンゴとかモダン種目に関しては、自分はずっと苦手だと思っていた。だけど、ライさんとホールドすると、本当にしっくりくる。

 自分がとてもダンスが上手くなったような気持がしてしまう。


 マルセルさんも姫野さんも、そして斎藤さんもとても上手い人なのに、やはりライさんは、どこかが違う。

 私はたぶん目隠しをしてホールドして踊っても、ライさんと他の人を見分けられそうな気がする。

 そして、やはり私は、ライさんのお札の存在を感じていることが出来るようになったので、絶対に正解が出せてしまいそう。

 だから、そういうゲームをしたら、ちょっとズルいことになってしまうわね(笑)。


 そう、モダン種目のダンスの時のホールドは、実はそんなにべたっとくっついているわけではなくて、踊るふたりの間には、ちょっとした空間がある。

 その空間にライさんが大切にしているお札が存在している、そんな気がしているのを感じている。

 そして、私も宝珠さんも、そしてライさんさえも、そのお札を取り巻いて、丸く丸く存在しているような気がする。


 ライさんが説明してくれたように、今は何も起こらないし、それどころか。

 『丸くなって輪になって、一緒にみんなでいよう』っていう感じがしてリラックスできている。

 まるで、さっきの話のように。

 そう、やはり神さまは私たちを最終的には愛してくれている、

 そんなことを素直に信じられそうな気持ちだ。


 お札は、ライさんが青龍の神さまの使いの方にいただいた、大切なものなのよね・・・?

 不思議なくらい、穏やかな感じだわ。

 なんとなく龍神さまはすべて怖ろしい、というイメージだったのに。


 夏美は、微笑んだ。 

 『龍神さまはすべて怖ろしい』、それもまた自分は知らないことのはずだ。

 何かのおとぎ話で読んだのだろうか?それとも、自分の脳みそか心か、魂かどこかに過去の誰かの記憶が刻まれているとでもいうのだろうか、なぜかすでに知っている知識のように、いつのまにかそんな意識があるのだ。


 でも、さっきの話のおかげで本当に気持ちが落ち着いてきた。


 神さまは、私たちと一緒に存在することを嫌がっていない、みたい・・・。そう思えてくる。

 でも、それは、私の勝手な思い込み...?

 私がライさんと離れたくないから?

 ううん、ライさんだけじゃない、ライさんを通じて知り合うことの出来た、たくさんの人たちと離れたくない気持ちになってきたから、私が勝手にそう望んでいるだけなのかも。


 

 私は、ただこうやって踊って、楽しんでいていいのだろうか、とか

 私は、ライさんといて大丈夫だろうか、とか

 あれこれ思って焦っていたりしたのだけれど。


 神さまが、もしも許してくれるのなら・・・。

 私は、ライさんと一緒にいたい。

 本当に恋愛になってきたのか、まだ実感はない気がするけれど。

 それでも今まで会って関わってきた人たちの中では、一番ドキドキするのに、一番一緒にいたくて、そして一たび一緒に過ごし始めると気持ちが楽になって、リラックスしていけるのが不思議。

 ううん、ライさんだけじゃない、みんなと、私と全然関係のない人や動物や草花や色々な、私の知らないことと共に、ずっと仲良く、平和にくるくると、回っていたい・・・。


 あ...!...いけない、

 あっという間にエンディングだったわ!


 ホールドを解かれ、くるくるとライさんのリードで優雅に回転させられて、一緒に観客席の方を向いてお辞儀。

 なんとかこなせて良かった。ずっと色々なことをリラックスしたまま考えていたんだ、私。


 ラインハルトがにこにこと顔を覗き込んでくるので、夏美はあいまいに笑顔を返す。

「はい、これでフィニッシュ。

 せっかく、通し練習で踊っている時に、夏美ってば、なにか余裕で考え事をしているんだもんなぁ~」

と、ラインハルトが軽い調子でぼやいた。やはり考え事をしていたのが、バレていたようだ。

 それでも、夏美に休憩するように促してソファまでエスコートしてくれる。


「ご、ごめんなさい。今ちょっと、あの~バレてました?」

「うん。ちょっと最後は上の空だったね、心あらずというか。

 全部覚えてしまったから、逆に飽きたのかな?

 ただ、夏美は器用だなって、思った。ほわ~っと考え事をしているように感じるのに、ちゃんとリードについてきてくれるんだものね」

「いえいえ、ラインハルト様は、チェックが厳しすぎますよ。

 夏美様、今の踊りは私はとても良かったと思いますよ。

 夏美様がリラックスしていて、ラインハルト様と一体化している感じが良く出ていて、本当にとても素晴らしかったですよ」

とマルセルが笑顔で褒めてくれる。


 マルセルさんは、本当に今夜はご機嫌が良いみたいで、さっきからとても褒めてくれるのだ。でも、相変わらずいつものサングラスをしたままなのに、見えているのかしら?


「ありがとうございます、ただ...今のは自分でも、ちょっと不満も残るんです。

 ライさんに助けられているだけみたいでした。

 とても楽に踊れるので、ついつい、力を抜いてしまっていたみたいに」

「いえいえ、それでよろしいですよ。もちろん、ダンスはおふたりの呼吸ですから、外から見てわからないこともあろうかと思いますが、見ている側からしますと、とても一体感を感じます。

 当初はちょっと、夏美様に力が入り過ぎた感じでしたのに。

 最近は、夏美さまがとてもリラックスしてラインハルト様のリードに合わせてくださっていて、かなり完成度が高くなってきたと思いますね」

「うん、それはあるね、僕たち2人がバラバラじゃなく、一つの芯で動いているみたいに楽なんだよ」

「あ、それは私も感じます。ライさんのリードがいいのかな、お任せしていれば楽なんです。もしも私が気絶していても、私が意識を失っていても、ライさんが踊らせてくれるように思います」

「そうですね」

と嬉しそうに、姫野も言う。

「『男性は、それくらい女性をエスコートしなくてはならない』、と鍛えられていますからね、万一夏美さまが足を攣ったとしても大丈夫ですよ。安心してお身体をお預けください」

「はい、...って、すみません、ライさん。それでもちょっと、リラックスしすぎてました。

 私も頑張りますね!」

「大丈夫、夏美は本当に体の感覚できちんと覚えて動いているよ、安心して。

 ただ、ラテンダンスは、僕と離れて踊っているから、あまり助けてあげられないからね」

と真顔でラインハルトが言う。

「ええ、本当に。休符のタイミングとかつい、隣のライさんをカンニングしたくなるけど、」

「僕も、たまに夏美を見て合わせたくなる時もあるけど、それをやるとずれるね」

「そうなんですよ、だから、もう必死で音に合わせています」

「うん、わかる。見なくても確認しなくても、自分のパートをちゃんとやり切って、相手を信じるしかないな」

「はい」

「いい返事だね、もともと夏美はラテン種目の方が好きだもんな。サンバとかすごく生き生きと動けるし」

「その分、未だにルンバが苦手なんですよ~」


 それから、チャチャチャやサンバの通しを練習した。

 パソドブレは「2人が勝手にアレンジしているのがバレたらいけないね」とラインハルトがこっそりと耳打ちしたので、基本のステップだけ踊った。


 ああ、やはりラテンダンスはいいなぁと夏美は思う。ワクワクしてくるのだ。

 

 そう、私はもともとラテン種目の溌溂としたダンスが好きだった。

 ホールドしていない時が多いからぐらつく時もあるけれど、離れて踊りながらも上手にタイミングを合わせるのだって楽しい。

 モダン種目はどうしても、王子様に抱えられた可愛らしい素直なお姫様でなくてはいけないイメージがある。


 私は、ただのお飾りじゃないの、ただ助けてもらうとか踊らせてもらうのよりも、もっと何か、そうもっと私を向上させたいって思う方が好きだったのに。

 そうよ、お姫様扱いよりも、そっちの方が好きだったのに。

 ライさんとモダン種目を踊っていてその心地よさに頼り過ぎると、私はちょっと弱くなってしまいそう。

 いいのかな?

 自我を引っ込めて、お人形さんのようにライさんに抱かれて、ライさんのリードに従っているのは確かに楽で、その方が美しく見えて、みんなも喜んでくれるみたい・・・。

 何が正解なんだろう?



「夏美は、足のバネというか、しっかり動けていて、身体の軸もぶれないから、僕も脱帽だよ」

「そうですか、ちょっといらない動きをやり過ぎて、ライさんを邪魔していませんか?」

「いやいや、全然。こちらも夏美の意欲にのってくるって感じだから。

 モダン種目では合わせ上手で、ラテン種目では生き生きとこの場を支配する圧倒的なダンスだよ、すごいと思う。

 だけど、疲れただろう?

 ...少し、庭に出てふたりで夜風に当たって来ようよ?

 庭のあずまやに飲み物も用意してくれているし」

 夏美は、タオルハンカチで汗を抑えながら

「あ、でも、そろそろ私、お暇をしようかと思って」

と言った。

「え?そうなのかい?」

と答えたラインハルトだけでなく、その場にいた全員が残念そうに振り返り、こちらを見ている。

 マルコ達は踊るよりも、周囲の人とおしゃべりしたりしていたのに、それでもこちらにちゃんと注意を向けていたようだ。皆が残念そうに見ていて、また夏美を引きとめそうな感じだ。

 

 そしらぬ顔で、ラインハルトが快活に言う。

「でも、明日もまた、ふたりで会えるからいいね。 

 明日はお休みだって夏美が言ったから、実はもう、azuriteルームで夏美とランチをしようと予約を入れてあるから、明日もデート出来るけれどもね」

と言って、夏美にそうっとウィンクをした。

「はい、そうですね。あ、ちょっと確認しますね」

と、夏美は手帳を取り出して確認する。


「...と、あ、はい本当ですね、明日の夕方からは衣装合わせをするから、ホテルには行く予定でしたけれど、その前ですね」

「うん、いっそ朝寝坊してきてもらって、朝とお昼兼用のブランチでもいいよ?」

「うわ~~、見抜かれてますね(笑)」

 マルセルがにこにこして姫野を振り返った、みたいに夏美には見えた。

 姫野が笑顔で近づいてきて、夏美に話しかけてくる。


「それでしたら、好都合でございますね。やはり明日朝、いっそおふたりご一緒にここからお出かけくださいませ。

 夏美さま専用のお部屋をご用意してありますのに、まだご覧にいれてなくて残念でございます。

 いかがでしょう、それはラインハルト様のお部屋のそばですが、独立しておりますし、専用のバスルームも備えてございますよ?

 もちろん、調度品はまだお好みの物ではありませんが、ホテル並みには揃えてございます。ぜひご覧いただきまして・・・」

「あ、あの、ありがとうございます、でも...」

 姫野のイケメン顔がアップすぎて、夏美は押し切られそうになってしまい、困ってしまった。

 もう、このまま帰れないモードにされそうな気配があるように夏美は思う。


 ラインハルトがふふっと柔らかく笑って、止めに入った。

「ねぇ、もう、おもてなしの度がすぎるよ、みんな。夏美が困っているみたいだよ?

 姫野? もしも急に夏美が帰りたいってなったら、すでに車の用意もしてあるし、お部屋の準備も一応してあるから、《選択は夏美の自由》ってことを言いたいんでしょう?」

 姫野が軽くお辞儀をして一歩下がった。

「ええ、...もちろんでございますとも。夏美様がいずれになさろうとも、わたくしどもは常に完璧に用意してございますと、申し上げたかったのでございます」

「うん、ありがとう、姫野。

 みんなの気持ちは僕も、そして夏美もたぶん嬉しいと思うよ」

 夏美は、精一杯うなづいた。

「でもね、夏美は、家族にも心配をかけたくないし、うちのみんなに無駄な用意をさせたくないんだろう?」

「そ、そうなんです。あの、おつきあいを始めたばかりで外泊なんて、本当に、ごめんなさい。

 あの、本当にお気遣いは、とてもありがたいと思うんです。

 今度、改めてまた本当に、本当にお邪魔をしに来ますから。お部屋も後日見せてください」

 ラインハルトがうなづいて、のんびり言う。

 「というわけで、まぁ、今は散歩してくる。

 悪いけど、ふたりだけで散歩に行くから。車を出してもらう時は、知らせるからね」

「はい、かしこまりました」

 残念そうな姫野が少し気の毒でならない夏美だった。

「また、のんびりと遊びに来させてください。パーティ直前になったら、本当に泊まり込みで練習する羽目になるかもしれないですし、その時は、有志みんなでお世話になりますから」

 姫野が嬉しそうに答える。

「そうですね、その通りです。はい、その時はぜひ、頑張ることに致しましょう。お約束ですよ、夏美様。わたくしども一同、お待ちしておりますからね」

「はい、」

と夏美は精一杯の愛想をふりまく。

「姫野、それから斎藤さんもマルコもマルセルも、みんな、ありがとう。

 とにかく、僕と夏美が2人だけで、夜の庭でロマンチックな散歩をしてくるから。

 くれぐれも僕が呼ぶまでは、誰にも邪魔はさせないでね。邪魔したら、ただではおかない」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


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