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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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75 《劔を鍛えよ》 (8)

 夏美も、思わず言った。

「つまり、こういうことなのね?

 錬金術師は『悪魔』みたいに描かれてしまったけれども、錬金術師の抱いた欲望は、悪いことだけではなかった、だから、弁護したいというか、言い分を聞いてほしいというか・・・」

「うん、そうだよ。夏美は、どう思う?」

「そうね、錬金術師は、...。というか、錬金術師に限らないわね、人間全部のテーマと言ってもいいわね。

 『欲望』というと悪いものだけを指しているみたいだけど、願いや夢もある意味、欲望だとしたら、良いものも悪いものも『欲望』という言葉の中に含まれているってことで良い気もするわね」

「そう、そうなんだよ。

もちろん利己的な欲望だけの人もいるかもしれないけど、やむにやまれぬ心情とかあって、たとえば疫病にきく薬を作りたい、みんなが幸せになるための何か、そういうものを求めた人も多いんだ。

 神さまが予定していなかったとしても、神さまにねだるのではなくて、自分たちで作ってしまおう的な、性質としては良い意味の欲望、願いとか夢とか意欲とか、より良い方へ向かう欲望」

「そうですね、私もそう思います。欲望は悪いだけじゃないのだ、と」

と斎藤が言いながら、他の人にも通訳をしてくれている。


 夏美はうなづきながら、さらに言葉を継いだ。

「ライさんが今説明してくれたけど、私も本当にそうなんです。

 私もずっと、良いものと悪いものの境目がどこなのかを知りたくて、こだわっていたんです。

 自分が掛け値なしの良い子なら、そんなことを気にしなくても良かったのかもしれないですけど。

 成長するうちに、自分の中に自分でも認めたくない悪いところ、嫌なところをどんどん見つけてしまって辛かった。

 そして、そうね、欲望というものも、それも良いものなのか悪いものなのか、わからなかった。

 学校で『正々堂々と競争しなさい、』って言われても、やはり他人様を気にしたりする癖が私にはあって。上手く自分と言うもの、自分の欲望とか希望を言い出せなかったわ、たぶん私だけじゃないと思うけれど」

 斎藤もうなづく。それから、マルコが笑いながら、

「ああ、確かに。日本の方は、ほとんどの方が他の人とうまく同調しなくてはいけないみたいに思っておられますものね」

と、引き取る。夏美が

「変に目立つと、意地悪をされてしまうし、意地悪されることも嫌だけど、そういう意地悪をしている人の雰囲気、気持ちみたいなものを感じるのが、たまらなく嫌なんです。

 でも、その人のことだけじゃないわ。自分のことも嫌になってくるの。だって、自分の中に似たような欲望を持っているくせに、って思ってしまって」

と言うと、ラインハルトが夏美を見やって言葉を付け足した。

「夏美は、洞察力とかが鋭いみたいだから、傷つくんだろうな。わかるよ」

「あ、ライさん、ナイスなフォローをありがとうございます。

 でも、最近ライさんのおかげもあって、少し気持ちが落ち着いたのか、そういう話をライさんと向き合って話せるようになったし、変に頑ななところが少し減ってきたかもしれないんです(笑)」

 周囲が、ラインハルトと夏美のやり取りにとても微笑んでうなづくので、もしかしたらのろけていると思われているのかしら?と少々、顔が赤くなってきて、夏美は慌ててさらに言葉を継いだ。


「ええと、ごめんなさい、話を元に戻しますね。

 タロットカードにも2つの意味を一緒に載せてますから。

 ものごとには二面性があるって思ってもいいような気がします」

と言いながら、語学が得意ならばタロットカードの話を始めた人と本当はもっと話がしたいという思いを込めて、夏美は一生懸命、そちらにうなづいてみせた。


「二面性というか、もう2つの意味におさまらないくらい、現実はもっと複雑ですよね?」

 とマルコが言えば

「そう、『欲望』の中の意味を色々と考え始めると、とても二面性という分類ではきかないかな。もっと多角的な意味が内包された言葉のように思うな。

 神さまの予定した『元型』の、『自己』にとどまっている行為、行動の範囲から、『自我』が芽生え、なんらかの良い欲望に突き動かされて良いことをしようと一歩踏み出したことって悪いことなんだろうか?

 確かに、神さまの予定から乖離していく気がするけれども、それって、想定外で悪いことだったと夏美は思う?」

 とラインハルトが聞く。

「う~ん、ええと、私は子供みたいに簡単に考えてしまうんですけれど。

 『元型』って、神さまが最初に予定して作られた人間のかたちって感じだと考えてみるならば。

 それを『自己』というのなら、『自我』の方は、人間なりの欲望を持って、いろいろトライしてみる能力みたいなものでしょう?

 それは、神さまがもしかしたら最初につけておいてくれたんじゃない?オプションで。

 だから、そうね、ええと...。

 人間には自我があることを、もともと神さまが予定してくれていたけど、たまに神さまが思わなかったくらいに、予定よりはみ出してしまったのかもしれないのね?

 欲望というか、一生懸命になるあまりについ、人間はやり過ぎちゃったのかもしれないってことでどうかしら?

 それなら、私の日常かもしれない(笑)。

 もしかして、神さまの予定から悪い方向に外れすぎてしまっていて、そのことを神さまが『想定外で悪いこと』と判断されるのだとしたら、もちろんお詫びしたい気持ちもありますけど。でも、私も、自分のことと、ご先祖様のことを弁護したいわ。申し開きを聞いていただけるのなら。

『私たち、オプション能力で一生懸命にやってきちゃったんです』、ダメかしら?」


 ラインハルトが夏美の方を向いて、握手を求め、夏美も応じる。

「さすが。夏美が言うと、なんかぴたっと僕の気持ちがはまるんだよ」


 マルコと斎藤はまた笑顔で丁寧に、日本語がわからない人たちに解説をしていたが、彼らも

「おお~!」

という感じで、夏美の方に拍手を送ってくれる。どうやら、何か褒めてくれているみたいだ。

 照れ笑いする夏美に、ラインハルトが

「みんな、君のオプション説が気に入ったって」

と言った。

「ありがとうございます」

「僕はね、夏美様に大いに賛成ですよ。

 もともと僕も楽観的に考えて、ええ、ふだんからやり過ぎていますがね。

 もうおおざっぱに明るく考えていいと思うんですよ」

 と、マルコが日本語で言う。

「神さまだって、面白いからちょっと人間族の能力をアレンジしすぎて作ったのかもしれない。夏美さまのオプションサービス説、大賛成ですよ。

 それなら、神さまに与えられた刻印からはみ出ちゃうような人間族を作ってしまったのは自分なんだから、そのはみ出してしまった部分も、ある程度は大目に見て、神さまはいつも僕たちみんなを最終的には、愛してくださっている気がしますけれどね」

 斎藤が、その話も訳して説明したので、また皆、拍手した。

「うん、マルコはいいこと言うね。うん、僕もそう思うな。夏美はどう思う?」

「そうね、最終的には、きっとそうですよ。私たちみんな、愛されているような気がします。

 無意識に神さまを怒らせていて気づかない部分があったら、本当にお詫びのしようがないけれど、でも、そんな時でも悔い改めるチャンスをくれている気がします」

「うん、そうだよね、神さまは試練もあるけど、愛も与えてくれているのだから。

 まぁ、それでも、...きっと限度はあるだろうな。

 どこまでも大目には見ていただけない気がするから、気を遣わなくてはならないと思うけど」


 それからは、また皆、料理をひとしきり褒めながら、たまにマルコの楽しい失敗談を拝聴していた。


 夏美は、心の中で思った。

 不思議ね。今日のお昼頃は、とてもいらいらしたり心配していたのに、最終的には神さまが愛してくれているのかも、というお話に帰着したからか、気持ちが落ち着いたみたい。やはり、来て良かった。 


 これからは、真剣に祈ってやり切るしかないわね。

 きっと、たくさんの夢を見せてくれてたのは、神さまだったりご先祖さまだったりするのかもしれない。断片的なことばかりで、理解も出来ていなくて解明も出来なくて、やはり手探り状態が続くのかとおもうけれども...。


 神さまは、心からお詫びしたら許してくださるのだろうか。

 全ての宝物を返し終わったら、許していただけるのだろうか。

 もしも、私が出来るというのでしたら、償いもお詫びもするつもりなんですけれど。

 なるべく、自我を抑えるつもりだけれど、私は素直に従えるのかしら・・・・。



 ディナーが無事に終わりそうだからか、珍しく姫野が会話に混ざってきた。

「そんな、わけのわからなそうな話をしながら、皆さま、よくステーキがお腹にきちんと収まりましたね?

 デザートでございます。あ、ちなみに、このレモンタルトは、ラインハルト様がシェフと作りました品でございます」

「うん、褒めてね、みんな!

 義務だよ! ホストには礼儀を尽くしてくれないと、」

「...おいしい。義務じゃなくても、本当に心からおいしいって褒めるわ」

「そうですよ、ラインハルト様は、お菓子屋さんにもなれますよ」

「良かった。これはね、フローベル夫人直伝だからね。丁寧に作って良かった」

「ダンスの練習の予定がないとしたら、私、あと3つくらいは食べたいくらいよ!」

「姫野は、ちゃんとお夜食に取っておいてくれますよ」

 と優しくマルセルが言う。その言葉に、姫野が嬉しそうな反応を見せる。


「え?、やはり!

 もしかして夏美様もお泊りになられますか?

 もちろんでございますよ。おもてなしのご用意は完璧でございますとも。寝る前に口当たりの良いワインもありますし...」

「私、あの、とても嬉しいですけれど、泊まる用意まではしてきてないので、大丈夫です♪」

「はい、ああ、そうですね。

 もちろん、わたくしどもは、夏美さまのご都合に合わせます。わたくしはついつい。

 どのようなことでも対応できるというアピールですので、お気になさらずに。

 ただお二人ともたまには時間のことを忘れてお過ごしくだされば、と」

「そう、本当に姫野は完璧なもてなしを提供してくれますから。もしもご遠慮なさっていたら、損ですけれど。もちろん、どんなに遅くてもお車を出すことも出来ますから、どうぞリラックスなさってくださいませ」

 それでも、マルセルと姫野は、自分を引き留めたいように見えたが、夏美は胸の中で手を合わせ、気がつかないふりをして、ことさらに明るく

「ありがとうございます」

と言った。ラインハルトが笑顔で立ち上がる。

「じゃ、遅くなるから、そろそろ練習しようか。

 ダンスの練習は自由参加だから、食休みが必要な人は、後からおいでね、夏美は?」

「大丈夫です。食休みしようとしても、また食べ続けちゃいそうだから、ちょっと運動しないと!」

「頼もしい、じゃ、よろしく」


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