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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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74 《劔を鍛えよ》 (7)

 夏美もマルコも、思わずそのそばに寄って行ったが、メルはさらに敵が増えたというそぶりである。

「ああ、すみません。『ドラセーネ』が、僕の作ったロボットが、本物の猫ちゃんには、お気に召さないようですね。

 ラインハルト様と夏美様に、良かったら今後使っていただけないかと贈り物のつもりで持ってきたのですが。ええと、猫ちゃん、」

「メル、だよ。よろしくドラセーネ」


ドラセーネは、ラインハルトのことはすぐに認識したようで、嬉しそうに挨拶をする。

「ゴキゲンヨウ、ラインハルトサマ、ソレカラ、エルサマ」

「メルだよ、メル。エルじゃない」

「メルサマ ハ エエト、ネコ ノ メル サマ」

「うん、ドラセーネ、そう、メルだよ。ただし、メルを普通の猫扱いにしてもらっても困るな、よし、僕が詳しく教えてあげよう」

と、ラインハルトがややこしいことを言い始めてしまったので、夏美はマルコの方に向き直る。


「ドラセーネって言うんですね、すごいですね、マルコさんは、ロボットを作る方なんですね?」

「ええ、そうです。ドラセーネというのは、ラインハルト様が『ドラ』という、接頭語をつけるのがお好きだからでして。あと、ほら、日本のアニメにも、立派な猫人間ぽいロボットがね、」

とマルコがウィンクした。

 国民的アイドル?の猫型ロボットの名前は、確かに『ドラ〇〇ん』だ。

 夏美は、つい手を打って、笑ってしまった。

「ああ、そうですね、ほんとに。ドラ、がつきますね、良くご存じですね」

「彼は有名ですよ、世界中で。それに僕、あのアニメのおかげでだいぶ日本語を学びました。日本のアニメが大好きです」

「ドラがつくと、ええと、接頭語になるんですか?」

 文法は苦手だから、夏美には全くわからない。

「ほら、draと言う言葉が、ドラキュラとかドラゴンにつくじゃないですか。共通して、禍々しいという意味を冠しているというか、ご本人さまも昔『ドラケルスス』とかふざけて言ったばかりに、長老たちにお目玉を食らったことが、」

 ロボットのドラセーネにたっぷり{メル語り}をして満足しているらしい、ラインハルトがマルコと夏美に向き直り、ちろんと睨んだ。

「もう、マルコ!そういうのは内緒にしておいてくれないと。マルコは、僕の黒歴史を夏美にバラしに来たのかい?」

「いえ、滅相もございません。ついつい口がすべりました。私のいる研究所はフランスにあるんで、今度良かったら、ラインハルト様と一緒に遊びにいらしてください」

「あ、はい」

 メルの方を見やると、どんなにドラセーネが自分のことを知識として完全に習得しようが、相容れない気持ちは頑として曲げないという様子だ。


 自分も、申し訳ないけれども、ちょっとロボットは苦手かもしれないと夏美は思った。けれども、とりあえず愛想よく笑顔で返事をした。

それにしても、みんな語学が堪能で日本語を(マルコさんは、ちょっとだけイントネーションが変だが)ペラペラ話せるのが本当にすごいなぁ、そう夏美は感心しきりだ。


 マルセルが、

「皆様、そろそろ遊びは終わりにしてくださらないと、姫野が困ると思いますよ」

と言うと、

「わかりました。こうなったら、ドラセーネを食堂から出ていかせましょう。むこうでメルちゃんと仲良く遊びの続きをしてもらえれば、」

とマルコが引き取った。


 とても仲良く遊びそうには、夏美には思えなかったが、ドラセーネがラインハルト(と夏美にまでも)に、きちんと挨拶をして部屋を後にすると、その後を追撃するように猫のメルも去って行ってしまった。

 ラインハルトが、笑いながら言う。

「嬉しいんだけどね、マルコ。僕は、メルにも頭が上がらないんだ。

ドラセーネは、メルと仲良く出来そうにはなさそうだし、ごめんね、今回は持って帰ってもらうしかないな」

「わかりました、ラインハルト様。今回の『ドラセーネ』はプロトタイプですから、ご遠慮なく。

 めげずにまた改良版を作って持ってきますよ、よろしければ」

「プロトタイプって、なんですか?」

と夏美は聞いてみる。

どこかで似たような言葉を聞いたことがあると思ったんだけど。


「あ~、ええと、日本語ですと原型というか?試作品というか?どっちでしょうか、ラインハルト様」

「そうだね、試作品という方が解りやすいかな?原型というと、もうひとつの元型、アーキタイプと紛らわしいよね?」

「??」

「あ、ごめん。そろそろマルセルと姫野に怒られそうだから、きちんと席についてから解説するよ」

と、さっと夏美の腕をとる。夏美もようやく、ラインハルトのエスコートに慣れてきた。夏美のために椅子を引き、座らせてくれ、テーブルとの距離の具合を気にしてくれるのだ。


 マルセルが笑顔で言った。

「もちろん、早く着席していただきたいのもありますがね。

 マルコ、一応確認するけれど、まさかフローベル夫人の許可を取らないでロボットを連れてきたということはないだろうね?」

 着席しかけていたマルコが、みるみる青ざめる。

「あ~、お~、そうだ、どうしよう。申し訳ありません。

確かに、...まずいです。ラインハルト様に機械を近づけるのを阻止するフローベル夫人には怒られてしまいますよね。正直、無断です。僕はフローベル夫人に会わずに、フランスから日本に飛んできたので」

「そんなことだろうと思った。いいよ、マルコ、そんなに青くならなくても。

 ばあやは、ちょっと大げさなんだよ、僕が最近、スマホを今まで以上に使えるのは、マルコたちのおかげなんだし」

「いや、...本当に申し訳ありません。さっき、ずっとドラセーネのおそばにいて自然と相手をしてくださっていましたけど、お身体に何か障りはありませんか?...」


ラインハルトは、いやいやと笑顔で手を振って、否定する。

「だから大丈夫だって、マルコ。僕は現代社会に生きているんだよ?

 ばあやは、自分だって、いにしえの人で、自分は機械の影響とか受けずに全然大丈夫だというのに。こと僕のことに関しては、科学と魔法が敵対していて、僕の身体に障りがあるってずっと思っていているんだ。僕の魔力とかがダメになるって怖がっているだけだから」


 一瞬、マルセルさんが少し困ったような顔をして自分の方を見た、と夏美は思った。

 マルセルさんは、目が悪いということでサングラスをかけているのだけれど、いつもこちらをちゃんと見ているような気がするのだ。

 それで{魔力}という言葉に夏美は気づかなかったふりをしていた。マルセルさんは、《ライさんが魔法使いだってこと》を私にはまだバラしていないと思っているのかもしれない...。


 マルコはまだ青い顔をしたままで、話しを続ける。

「いや、すみません。言い訳にはなってしまいますが、ご夫人は、ええ、そうなんですよ。ご自分ではお洗濯のお手伝いロボットは、なんだかんだ文句を言いながらも使ってくださって、鍛えていただいているようなんですよ。

 それでも僕は、気をつけるべきでした。

『ラインハルト様は、特別大切な存在』だと昔からあんなに口うるさく言われていたのに。

 いやもう、本当にごめんなさい。最近、僕はドラセーネがロボットと思えなくなってきてしまっていて、もう普通の生き物以上のような気がしていて、ですね。たまに、彼女にお悩み相談しているくらいなんで」

「大丈夫だよ、姫野にもまだバレていないから。ね、マルセル?大丈夫だよね?」

「ええ、姫野がうるさく言うようでしたら、猫のメルがフローベル夫人の代わりにドラセーネを阻んだと報告しておきましょう」

「ありがとうございます。今、遠隔リモコン操作して彼女の機能停止はできますけれどもね、電波が飛ぶんで、ちょっと廊下でやってきます」


 夏美の右隣にラインハルト、左隣にマルセルが座り、ラインハルトの向かい合わせに、廊下から戻って来たマルコが座る。

 夏美の前には斎藤が「少しお久しぶりですね」と言って着席したのに、夏美は驚いた。龍ヶ崎善蔵氏に伴われて出張していたらしく、そういえば、会ってなかった気がすると夏美は思った。


「今日は、通訳を兼ねて斎藤さんにきてもらったんだよ」

 斎藤の隣には、マルコと同じ研究所の方が2名ほどいるが、日本語が少ししか話せないので来たという話らしい。夏美は、目の前に見知っている斎藤が座ってくれたので、少しほっとした。

「僕は、本当はこういう席は苦手なんですが、皆様に連れられてあちこちでご相伴にあずかるものですから、おかげさまで最近、ごちそう慣れしてきましたよ」

と笑わせてくれて、そのおかげでなんだか夏美も緊張がほぐれた。


「そういえば、マルコさん。日本には何度かいらしているんですか?」

夏美の気遣いが嬉しかったのか、話しかけられたマルコは満面の笑みで答える。

「いえ、実は初めてで、もう嬉しくて仕方がないんです。着物を着たしとやかな日本女性を間近で見るのが今から楽しみで。舞妓さんとか、言うんですよね。この後、京都に行くんですよ」


 姫野を筆頭に数人のウェイターが登場し、きちんと揃って同時にシャンパンを注いでくれる。ラインハルトが短い挨拶をして乾杯をし、食事が始まった。

 オードブルの盛り合わせは、とても美しかった。洋風のオードブルなのに、盛り付けを日本風に工夫してあり、2色のジュレの載ったテリーヌが市松模様になっていたり、飾り切りが施されていたりする。カルパッチョの隣には小さなお刺身を載せた氷の器が付いていたが、マルコたちも臆せず食べていた。夏美が「おいしい」を連発したので、斎藤がその意味を教えて、とりあえず「オイシイ、トテモオイシイ」は全員に覚えていただけたようだ。


「エンドウ豆の冷製ポタージュでございます」

と、あいかわらず完璧な姫野のサービスである。

 食事をしているテーブルに姫野を始め、数名の給仕さんがきちんと立ち、先ほどと同様に同じタイミングできれいに揃ってお皿をさっと置いてくれるのが、まるで何かのセレモニーのようだ。


 姿勢が良い人ばかりの、その中でも、スマートにお皿を美しく置くために一瞬視線をすべらせる感じまでもが美しいのは、やはり姫野さんなのだと、夏美は改めて見惚れる。


「姫野さんは、本当に素敵ですね」

と、ラインハルトに夏美は言った。ラインハルトは嬉しそうにうなづく。

「うん、そうだろう?

 本当は、一緒にテーブルを囲んで食事をしたいって僕が頼んでいるのに、最近ますます仕事に精を出しているんだ。あちこちの国の素敵なマナーまで覚えたとかで、研究熱心なんだ。このままどこかの王宮に行っても勤められそうだろう?」

「彼は本当にイケメンですしね。どこへ行っても務まりますからね。引き抜かれていかないように気をつけていないと、」

とマルコも如才なく褒める。

 それから、マルコがひとしきり、お仲間と京都に行く話を始め、場が和んだ。

 繊細な伝統的な京都の料理も楽しみらしいのだが、こってり系ラーメンとあっさり系ラーメンの美味しい店があるという斎藤の話まで出て、余計に場は盛り上がった。


「あ~、でも、この屋敷の料理長の、魚のポワレは、もう最高だね!ラーメンの話をしていても、食事に引き戻されてしまうよ」

とマルコは言いつつも、イタリア語か何かで(夏美にはよくわからない)、同僚の方や斎藤と話を始めた。

 最初は、夏美やラインハルトが口を開くと、すぐにそれに何とか答えなければという感じだったマルコたちも、だんだんリラックスしてきたようだった。


「ライさん、さっきのプロトタイプと、もうひとつのなんとかタイプの話をしてもらってもいいですか?」

「嬉しいな、夏美。女の子にはつまらない話なのかもしれないけど、本当は続きが話したくてしかたがなかったんだ」

「夏美さま、きっと延々と脱線してつまらなくなっていきますよ。本当によろしいんですか?」

と、笑みを浮かべて横からマルセルが言う。夏美は、マルセルの方に向き直る。


「はい、ありがとうございます。私、ライさんから色々教えてもらうのが楽しくて」

「そうだろう?、ほら、マルセル。夏美にそんなに気を遣わなくても」

「そうですね。

 ありがとうございます、夏美さま。夏美さまがおいでくださると、この屋敷が明るくなるだけでなく、こんなにガラッとご機嫌が良くなる方がいるのですから、またぜひいらしてくださいませ」

「はい、ありがとうございます」

「真凛もそばに住んでおりますし、夏美さまのために館に一室、ご用意しておりますので」

 夏美は、笑いながらもうなづいて、マルセルのプレゼンのような話を聞くしかなかった。


 マルセルさんは、こんなに熱心に話す方なのね。

 最初お会いした時は、神秘的な神官さんみたいに思えていたのに。

 小さい頃からライさんを見てきたから、本当にライさんのことが心配で仕方ないのね。そういえば、先ほど廊下で出会った人たちも、自分がこの館を、この主人を気に入ってくれているだろうかという気持ちが伝わってくるみたいだった。心配そうに見つめる日本人の老人もいたし。


 京都みたいな有名なところじゃない、ひなびた観光地に行った時のことを思い出す。大学生の時の合宿だったっけ。部活で大勢で行くから、いつもより多くお金が入って喜ばれたみたいだった。


 また、いらしてくださいませ。ここは本当に良いところですよ。

 もしもよろしかったら、もう1泊ご滞在を。どうぞごひいきに。

 どうか私たちを、好きになってください。

 来年もまた、いえ、もういっそ、皆様方にはずっといていただきたいくらいです。

 そう言わんばかりのもてなしをする宿に泊まり、逆にちょっとリラックスできないねと瑞季や遥と言いあったものだった。心づくしのおもてなしだったんだけど。何となく...


切りのいいところで、やんわりと夏美は口をはさむ。

「ありがとうございます。あの、でも。急によそで泊まることにすると、家族が心配しますので。

 今度、親と相談してから...」

「おお、そうですか、それならばぜひとも次の機会には、」

 マルセルは、もう夏美の手をとらんばかりだった。

 ラインハルトが、呆れたように口を出す。

「マルセル、もうその辺でいいだろう?

 僕も夏美に居てもらいたいから、その話も嬉しいけどさ、僕はそろそろ’面白くない’話を始めるからね」

「そうですね、またダンスの練習が終わった時にでも、ラインハルト様が夏美さまにお部屋をご案内すると良いですね」

「うん、わかった。調度品とかお好みを聞かないといけないから、皆で先走ってはダメだからね。

 ええと、じゃ、夏美。

 まず、さっき言ったプロトタイプは、大量生産を予定して、まぁ試作品として作られるのさ。原型、原初の型と日本語の漢字では書くんだよ。

 それともう一つは同じ発音だけど、元型、元の型って書く言葉があるんだ。それはアーキタイプって言われててね。

 ユング心理学における概念なんだ。心理学用語だね、ユング博士って知ってる?」

「ごめんなさい、お名前だけは聞いたことがあるけれど...。お名前しかわからないわ」

「ああ、そうか。タロットカードとかも研究した人なんだけれどね。東洋の曼陀羅とか、錬金術などにも造詣が深い学者さんだったんだよ。

 そのユング心理学の『元型』っていうのはね、まぁざっくり言ってしまうと、夜見る夢のイメージや象徴を生み出す源となる存在とされているんだ。

 夢で何かを見る、その何か無意識にイメージしたものは個人的な無意識にとどまらないで、個人を超えて人類に共通しているとされる集合的無意識に...あ、ごめん、もうちょっと簡単にしようか」

「はい、ごめんなさい。今のお話が頭に入りません。テーブルに黒板を持ち込んで書いていただかなくては」

「それでは、姫野に怒られてしまいそうですね」

「あと、料理長とお料理にも失礼ですよね、ごめんなさい」

「じゃ、本当にざっくりと僕のイメージでいい?僕も専門家じゃないから、僕の言葉でかみ砕くと、たぶん元のユング博士の話からどんどんそれていきそうだけど」

「ええ、初心者向けの初歩の話で、よろしくお願いします」

「ええと、まぁ、とにかく、ユング博士は、夢というものをとても大切にしていてそれを分析していた人なんだ。

 夢を見る、そして夢の中に、何かのイメージが出てくるだろう、印象的なものは、起きてからも覚えていたりする。そしてそれが気にかかっている。つまり心理的に作用をするんだ。そこまではOK?」

「はい、すごくわかりやすいです、ライさん」

「夢の中で見たものは、何かの象徴、シンボルかもしれない。

 なぜ、自分は、その夢を見たのだろう?

 やはり夢のイメージには何か力があり、意味があるんじゃないかとか。そういう研究もしていたんだと思う。

 ユング博士はね、無意識に蓄えられている遺伝情報も、関係していると言っていた。

 あー、つまりね、昔、ご先祖さまたちが意識したこと、望んだことが脈々と伝わってきているのかもしれない。そんな感じのことを言ったんだ。

 ご先祖様が子孫たちにきちんと意識的に伝えていなかったことが、なぜかその子孫たちの夢に出てきてしまったりだとか、そういう想像をすると、少しファンタジックだろう?

 心理分析をする学者の中には、人の見た夢なんて、それこそ検査が終わった残骸みたいにゴミ捨て場に捨ててしまっていいような心の作用だと思った人がいるに違いないけれど、そういうのとは正反対で、もしかしたら、夢の無意識の事柄が、たくさんの人の意識に共通したりしているのじゃないかと大真面目に夢を分析していたんだ。ええと」

「はい、とても興味が出てきました。

 自分も、どうして不思議な夢を見るのかと思っていたりしていますし、もしかしたら、誰かの、誰かとの共通の無意識のイメージ、なんてロマンがありますね」

 自然と、マルコたちもラインハルトの始めた話を聞いているようだった。


「で、僕は、そんな話の本を読みながら、こう解釈したんだ。

 例えばね、『賢者』というイメージの話が出てくる。

 すると、なんとなく年老いた老人を思い浮かべ、彼の理知的な瞳を覗きこんだことがあるような、そんな気がしないかい?

 実際に、そんな体験をしたこともないのに、きちんと教わってもいないのに、『賢者』はそういうものだと考えてしまったりするんじゃないかと。もしかしたら、いつのまにか知っていたのかもしれない。

 フェニックスだってそうだ、不死鳥の」

「不死鳥、フェニックス、ああ、そうね、わかる気がするわ」

「そして『火の鳥』ですね、日本の有名なアニメの巨匠もそうお伝えくださったんですよね」

と話すマルコは、本当に日本のアニメが大好きなようだ。


「うん、そう。僕もあの作品で確信を持てた。

 東洋や西洋、北と南の大陸に少しずつ肌や瞳の色が違う人間が散らばって出現したのに、共通して『火の鳥』やフェニックスの記憶が伝わって伝説になっている。実際に見た人もいるのだろうけれど。

 話を聞いたり、夢で見たら、すぐになんとなく理解できて共感できるというのは、共通した無意識を僕たちがそれよりも前から持っていると考えていいのではないかな、と」

「あ、それだと、さらに人類全体で、親和感を持てそうな気がしますね」

「そうですよ、夏美さま。本当にあの作品にはグローバルな視点を感じますよ」

 ラインハルトがうなづいて先を続ける。


「僕たちは、先祖と顔がそっくりに形作られて生まれてきたけれど、頭の中にも、脳みそのなかにも、形作られたり、刻まれた何かがあるのかもしれない。そうやって脈々と伝わってきたのかもしれない。

 神さまが僕たちをつくってくれたのだとしたら、シェイプ、外側の形だけでなく、知覚、心や意識というものをおつくりになって魂を入れた。そうに違いないよ。 

 もしかしたら、神さまがつくってくれた人間の形だって、進化はしたけれども、大きくは変わっていないみたいだ。ここまでのところ、僕たちに伝わっている。遺伝としてね。

 だとしたら、神さまに出会っていた最初の人間たちの記憶だってね。神さまが僕たち人間の中に何か脳みその作用の中に、刻んでくれた最初の認識、みたいなものがあり、伝わっていると思わない?

 それでね、元型というものを無意識に知っている人間の、神さまに刻まれた部分、『自己』というものを、人間が生まれながらにして、共通で持っているんだよ」

「人間族というものの、潜在意識というのかな、世界での標準、共通項の、『自己』ですね?」


「そう、神の刻印としての『自己』ってやつ。素直な魂だと思えばいい。本能に近いかな。

 それと対比するのは『自我』という概念だ。

 人間は、色々認識し、考えて、自分の意図に基づいて行動していく種族だったんだ。神さまは、最初からそういう種族として人間を作ったんだね。

 意識の中心に『自我』を持っているんだ。『自己』からちょっとはみ出る、自分なりの考え、工夫。

 昨日より今日、僕たちは進化したい。神に近づきたい、神から与えられたものだけでなく、何かを生み出したい。

 ね、マルコ?」

「ええ、そして、色々なものを観察して物の本質を考えて、より良くして工夫する、それはすなわち科学であり、科学の発展なんですよ。

 神に与えられた『自己』から離れていきそうになりながら、神のご意志に近づきたい、そう思いつつ、何かの工夫をしてちょっとでも世の中を良くしたいと考えています」


 マルコの同僚の人が何かを外国語で言った。さっきから斎藤が通訳をしていたのだ。

「そう、そうだよね、今タロットカードの話をしたんだ、彼は。

 夏美もタロットが好きだよね?」

「はい。タロットカードが関係しているんですか?」

「う~ん、つまりね、彼は『自我』がある人間は、神の刻印の『自己』から離れていく、だからタロットカードの中では『錬金術師』が『悪魔』扱いされたんですね、って言ったんだ。

 あ、つまり僕のご先祖が『錬金術師』なんだけど、『錬金術師』は、タロットカードでは『悪魔』で表されたと伝えられているんだ。

 神に背いたのだろうか?

 錬金術は、『悪』で、正当性はなかったのだろうか?

 科学は、また特に錬金術は、宗教上など実際に悪いことだと思われ、忌み嫌われる面もあった。

 でも、どちらかといえば、神に近づきたい、まるで『塔』のカードの中の人物のように、雷に打たれて罰されて落ちていこうとも、錬金術師の『自我』はとどまらなかった、そう思う。

 あ、ちょっと待っててね、彼にそう通訳しているみたいだから」


 ひと呼吸おいて、ラインハルトは言葉を継いだ。

「まぁ、そうだね、忌み嫌われている『悪魔』のアルカナのテーマを知っている?

 『欲望』だ。欲望を持って手を伸ばすけれど、どうなんだろう、欲望は、欲望を持つことはそんなに悪いことなんだろうか?

 願った方へ手を伸ばす、抱いた夢に向かって歩いていく、それは悪いことなのか?

 欲望を抑えて止まっていた方が『善』なんだろうか。

 どこか『悪』と『善』に境目が(メルクマールが)見つけられるのだろうか?、夏美が知りたがっていたように僕も知りたかったんだ。


 神に取って代わりたかったわけではないと思うんだ。

 どこかに神を愛してやまない、そういう思いがあったのだと思うね、ご先祖様を弁護するとね」

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