71 《劔を鍛えよ》 (4)
「僕だって、そうだ。
僕こそは、夏美を守りたいってずっといつも考えてるのに。
夏美のそばにいたとしても、それでも間に合わないかもしれない場合があると思うのに、ずっと離れていて会えないだろう?
だから今日はどうしても会って説明したり、夏美から何があったのか聞きたかったんだ」
「あの...」
「ごめん、もう少し、言わせて欲しいな。
こうやってふたり全然気が合わなくても、議論したり、考えたり、そうやって少しでも良い方へ2人で行きたいねっていう約束が成立した気がしていた。
それなのに、夏美は、僕を拒絶したんだ、相談も無しに。
それに、とにかく、ある意味、君はもう僕を十分、攻撃しているって言えるんだけど、」
「...え? 私、そんなこと、していないわ。した覚えもないし、説明してよ!」
「ああ、だから、今日はそれを説明しようとして、無理やりうちに連れてきたんじゃないか。君が本気でヒートアップしたら」
「ヒートアップしたら、何よ」
「うん、被害が出るんだ。...まぁ、僕なら、僕が、なんとか出来るとは思っているけど」
「ライさんは、魔法使いだから?」
「そう」
「嘘、本当?」
「うん、本当だよ、さっきだって」
「あ~。そうでした、さっきは私の意思を無視して、私の身体を勝手に操っていたわよね」
「うん、だから、それは謝ろうと...」
「謝ってなんかいないじゃない!」
「とりあえず、無抵抗で殴られてあげてもいいって言った、今、一応」
「そんなの、お詫びじゃないもの。私が、ライさんを殴って喜ぶと思ったの?
私って、そういう風に見えているの?」
「ごめん・・・。そうじゃない、誰かと本気でケンカしたり、仲直りしたことないから、わからないんだよね。悪い魔法を使ったことは、謝る。
でも、どうしても一緒に来て欲しかったんだ、ケンカになってもいいと思いながら。あと、すごく夏美に対して意地悪な気持ちになっていた。ごめん」
「私も、相談なしにドタキャンしたことは、謝るわ。ちょっと突発的な思いつきだったの。休憩中に見たTVに影響されたりもしてたし。
とにかく、ライさんに会ったら、何かが起きるように思われるくらいの衝動があって。それを避けなくてはいけないと思ったの。
でも、もう何かが起こっているんでしょう?」
と、夏美は身震いをする。
「うん、先日も少し言ったことだけど、宝珠の態度が変わってきたんだ。
宝珠がさ、ずっと僕と仲良くしてくれてたのに、なんだか夏美が夢を見ている時だと思うけれど、僕を夜中に攻撃し始めたりするんだから」
「嘘、本当?」
「本当のことなんだ。君さ、自分で『説明してよ』って言ってから、全然聞いてくれてない」
と言いつつも、笑顔を見せてくれたことに、夏美は少しほっとした。
「あ・・・それは・・・そうでした、ごめんなさい。私も、とりあえず謝らせて。そうしたら次は、ライさんにしゃべる順番を譲れると思うから。
私、本当は、ライさんと会いたかったの。
すごく今日を楽しみにしてた、本当よ。ドタキャンがしたかったわけじゃない。
...でも、宝珠を持っているライさんと私が会ったら、何か危ないことになる気がしたから...慌てて連絡したの。
会わなくても、もうすでにライさんがずっと困っていたなんて...びっくり。
ごめんなさい、ライさん。もしそれが本当なら、私がわざとやっているわけじゃないけど、謝るわ」
「うん、僕も謝るよ。僕は夏美にも信じてもらえていないのかなって思ったらショックだったから」
「え?」
「あ、いや、...本当は、ちゃんと順を追って説明する予定だったのに、・・。余計なことをした。
不思議だね、夏美と会ったら、なんだか宝珠は落ち着いたみたいなんだよ。夏美の予測とは逆で、会ってからの方が状態が良くなったから、安心して。
とりあえず今、宝珠はそんな状態。
あのさ、今、僕が持っている宝珠の状態って、夏美にもいつもわかっている感じなの?」
「え?...そんなこと、ええと、そんな、すぐにはわからないわよ、ちょっと待ってね」
と夏美は、気持ちを落ち着かせて、ラインハルトの方を一生懸命見つめる。
ラインハルトの方も、いつもよりもまじめな顔をして夏美を見ているように見える。
「うーん、そうね、今、ライさんがそこに宝珠を持っていて、それは何となくわかるけれど、私...」
と言いながら、夏美は以前と違う感覚を覚えた。
以前の宝珠さんと違う・・・?
以前は、勝手に何か素敵なイメージをほわほわと伝えてくれる、映像再生機のようだったのに、今は息をひそめて自分の心の動きを見つめて、それに合わせて動こうとして待っているかのように感じる。
まるで小さな妖精姿になったバレリーナが、楽団の指揮者のタクトに合わせて舞台に躍り出ていこうとしているかのような・・・?
夏美の戸惑いを感じたのか、ラインハルトが言った。
「あ、うん。じゃ、あのさ、一つリクエストしていい?
今すごく宝珠が落ち着いているみたいな状態だから、検証したいんだ。
ちょっとだけでいいから、もう少しさっきみたいに僕にどなる気持ちになってみて。宝珠の存在を感じながら、僕を攻撃するような気持になって」
緊張感がほぐれて、夏美はつい笑ってしまった。
「そんなの、簡単よ。
だって、私、さっきからライさんに気持ちをかき乱されてイライラしていたから、その気持ちを思い出せばいいだけだし、・・・宝珠さんと私が、本気になれば!」
と言ってしまってから、これは何か力を合わせて攻撃するみたいな言葉だなって気がついた。
脳裏に、以前見たように赤く不気味に光る宝珠のイメージが広がる。
しかも。
すぐに夏美は気がついた・・・ライさんがちょっと眉をひそめて、何かに耐えている...?
あの、妄想の中のほんわかとした小さな妖精姿のイメージは、消え去っている。
「あ、っつ~・・・すごく熱くなってる!、ね?わかる?」
と、ポケットに手を入れようとしていた目の前のラインハルトが叫ぶ。
夏美の身体の中でも、何かがトクンと反応している、ようだ。
夏美は、慌てた。
「きゃ、や、そんな...嘘!嘘でしょ?
ちょっと待って、待って、私は、魔法使いじゃないからね!
いったいどうすればいいの?」
ラインハルトが、真顔で言った。
「とりあえず、早急に『危害を加えたくない』って考え直してくれない?・・・良かったら」
「もちろんよ!・・・お願い、宝珠さん、ライさんをいじめないで。
いっそ、そうね、傷を治してあげるくらいの、優しい気持ちになって」
「あ、サンキュー。助かった、お尻が焦げかけるかと思ったけど」
「...もう、なんで、こんなことに・・・」
と、夏美は泣きそうにいったけれど、それとは逆に眉をしかめつつも、目の前のラインハルトは嬉しそうに言った。
「うん、やっぱりそうなんだ!、実験は大成功だね。すごく熱かったけど。
たぶん、宝珠も夏美と共に変化しかけているんだね、そう思うと楽しみだね。
たまに突然、機嫌が悪くなって火傷するって、この間から言ってただろ?
きっと、夏美の気持ちとかと連動しているんだよ、」
「そんな...ことって、」
と、夏美は青ざめたままだ。
夏美の反応をよそに、ラインハルトは上気した顔のまま、得意そうに言う。
「先日から、この宝珠は{夏美の意識にシンクロし始めている}っていうことかもな、って僕は仮説を立ててみたんだ。 その仮説が当たったんだな、嬉しいよ。
宝珠はね、どうやら夏美を正当な持ち主だと思い始めているんじゃないかな?
それってすごいよね。遠くに離れていても、だよ。僕は、夏美がどうしているかわからないのに、宝珠にはわかるんだね。
ほら、先日、夏美が正当な継承者かどうか、どうやってわかるんだろうって考えていただろう?
きっと宝珠は、夏美を認めてくれているんだよ?
それにね、ちょっと便利かなと思うんだよ。
君が僕に見えないところでも、僕のことを嫌ったり、悪口を言うたびに、宝珠が僕に火傷を負わせるみたいだったら、これからは、それをカウントしてみようかなって、そう思った。
けっこう多いと思うよ、そうだ、僕の火傷痕を見せてあげようか?」
と言って、いたずらっぽいドヤ顔でラインハルトが笑う。
夏美は、カチンと来た。
私が、今ショックを受けているって分かってくれていないの?
どうして、そういう無神経なことを言うの?
「やめてよ!そんな言い方!」
ラインハルトが、うわっという顔をして、また慌てて腰ポケットに手をやる。
「あ、アチチ、熱~、ね?どう?そろそろ信じてくれないかな?」
今度はすぐに、心の中で宝珠さんに、必死にライさんを助けてと祈り始めてみた。目の前で、普通に笑顔に戻ったライさんの顔に安心したものの、心はざわついている。
「ごめんなさい。つい...。ねぇ、ライさん大丈夫なの?
もしかして、本当に宝珠さんと私が連動しているの?
ライさんの魔法じゃないの?...お願い、もしもからかっているのなら、やめて」
「からかっていない、そして、僕が魔法でいたずらしているわけじゃない、本当のことなんだ。そろそろ、納得してよ。
もちろん、僕はやろうと思えば、似たようなことは出来ると思うよ。
でもね、嘘はついてない。とりあえず、宝珠の状態のおかげで、夏美がなにか夢の影響でどんどん変わっていくのがわかった気がしたんだ。
それってすごいことで、なんでネガティブに考えるのかなぁ」
夏美はため息をつく。ライさんと私、考え方が根本的に違っているみたい...。
「私...ごめんなさい、やっぱり、全然嬉しくない。
ネガティブって言われても、急に喜べない。
こんな思いをしないで済む方法、ないのかな。
ライさんにうまく説明できないけれど、私の中のどこかの部分がもう化け物になっているみたいで、そうよ、今の状況だって、『あんちんときよひめ』みたいに、そんな感じじゃない!」
「あ、あんちんと、え~と、あ、いいよ、わかる、日本の昔話だよね、大丈夫、絵本も読んだ。歌舞伎はまだ見てないけれど。あれって、最後。
恋心がつのって清姫が蛇になって、逃げる安珍を焼き殺すんだったよね、ああ、確かに」
と、あろうことか、噴き出した。
「そうだね、ちょっと似てる、とも言える、え?、ねぇ、ごめん、怒ってるの?」
と、ラインハルトが真顔になって聞いてくる。
「...私、怒っているんじゃないの。あのね、ライさんと私、考え方、感じ方が違うでしょう?
それで、言い返したいのに、言い返しちゃ、いけないってこと?
宝珠さんが怖くて何もできない感じ、ケンカとか議論もダメ?」
無意識にライさんを攻撃するのが怖いので、にらむのを我慢しつつ、そうっと伝える。
ライさんがまた、噴き出して、笑った。
「あ、ごめん、夏美の今の表情が可愛くて、つい。...あ、我慢してくれているんだね、
ごめん、色々とわかりかけて...夏美は、戸惑っているっていうのにね、そうだよね...」
「ライさんは色々わかっているのかもしれないけれど、私、今、自分が何かきつく言うとライさんを攻撃してるみたいになっちゃうのなら、どう行動すればいいか、自由がないみたいな感じ」
「あのさ、ちゃんと対策は考えたんだ。
でも、ごめん。馬鹿にして笑ったわけじゃないよ。
なんか、困り顔の夏美がいじらしくて可愛いなって思っただけだよ、笑ったのは」
夏美は、恨めしそうな顔をして、無言をつらぬく。
「じゃ、僕の考えた対策を試してみようよ。
たぶん、夏美が継承者として、きちんと宝珠に言い聞かせてくれれば済むんじゃないかな?」
「なんて、言い聞かせればいいの?」
「う~ん、じゃあ、宝珠に命じておいてよ。僕のことを味方だって、だから僕を永遠に傷つけたくないって。きちんとした約束だと認識してくれる知性があるかもしれない」
「そんなんでいいの?、そんなんで効果があるの?」
「まぁ、気休めでもいいじゃない、お願いしてみてよ」
「わかった、待ってて、お願いしてみるわ」
...夏美は、素直に願ってみる。どうすればいいのかわからないので、とりあえず、手を合わせて目を閉じてみる。呪文とか決まっていたら、そんなの全然知らないからごめんなさい、なんだけど。
宝珠さん、ごめんね、ライさんは味方になってくれているの。それから、ライさんのこともだけど、どうか誰か他の人を傷つけるようなことをしないで。
今にちゃんと龍神さまの元に返してあげるからね。それから、ごめんなさい、私、現代の人間で、古き良き伝統なんて、何もわかってないの。巫女さんじゃないし。
とりあえず、私は龍になって暴れたりするつもりはないからね。一緒に大人しく生きていこうね。
「サンキュー、夏美。いつもよりもずっと宝珠が優しくなった気もする」
「本当に?ごめんなさい、私こそ。
私、宝珠さんのこと、未だに良くわからないし。
もっと早くに気づいていればライさんに火傷を負わせなくて済んだのに」
「大丈夫、大げさに言ってみただけだから」
「こうなったら、怖いけど傷を見せてみて。
宝珠さんが、私の言葉を聞いてくれるなら、逆に私が祈って治す効果がないか、やってみません?」
「うん、わかった。お尻ポケットあたりの方は、見たくないだろうから、腕のこことか、手首ならいいかな?ほら、大した傷痕じゃないだろう?」
白い肌に、赤黒く小さく丸い火傷の痕がついている。小さいけれど、少しえぐれているように見える。
「本当ね...ごめんなさい、痛そうだわ」
「あ、ううん。夏美が解ってくれて、信じてくれたのなら、それでいいんだ。
僕も寝ていてびっくりして飛び起きたりしたけれど、そんな夜はたぶん、夏美が怖い夢をみていたんだろうなぁと思うと、それが少し心配だったけど」
「ライさん、本当は、魔法使いだから防御だけでなく、この傷もさっさと治せるんでしょう」
ラインハルトがにっこり笑う。