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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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69 《劔を鍛えよ》 (2)

 文房具横の、自由研究っぽい《アリの観察キット》やら、工作系もお問い合わせが多く、昼休憩まですごく忙しかった。でも、子供たちのまっすぐなてらいのない話しぶりとかに癒されてなんとか持ちこたえた。

 お昼休みは、店員全員がズラして取るスタイルだけど、ちょうど休憩時間が被っている人はいなかった。


 良かった・・・。

 貼り付けていたままの、笑顔の松本夏美の仮面をちょっと剥がしても大丈夫、な時間。

 真凛さんから定価でわけてもらったパンと1階のスーパーのお惣菜コーナーで買っておいたサラダとの昼食。

「美味しいね」

 と独り言を言って、自分を励ます。

「ちゃんと食べたら、泣いてもいいんだからね」

 ...何を泣こうというのだろう、自分。


 そうだ、さっきのライさんの〇インメッセージを見て、すごく泣きそうになったのだ。

「今日夕方、山本を行かせるからね、よろしく。僕が行きたかったけど」

 もしも、行き違いになったら困るから、その時は姫野さんに連絡してくれればいいと言われていた。きちんと手順を踏んですべてを整えて、嬉しそうにライさんが誘ってくれているのに。

 自分だって、さっきまで楽しみにしていたはずなのに、とても気が重い、そう、今すごく気持ちが沈んでいる。

 ちょっとづつ夢を思い出して、気持ちを整理していくと...不吉な予想が浮かんできてしまう。


 私、本当に変だ。

 昨日まで自分は『ユールレイエン』なんて言葉を知らなかったはずだ。

 それなのに、今ネット検索する前にすでになんとなく意味を知っていたのだ。

 挿絵をみても解説をみても、ああ、そうだったよね。とわかっている感じだった。

 まるで、そう子供の頃に聞いたおとぎ話のように思い出せてしまった。

 『かぐや姫は竹の中にいて、その竹の一部が光っていて、それでおじいさんがそうっと切り出して助ける』という知識をちゃんと持っていたのと同じくらいに知っていたのだ。

 『竹取物語』の正式な解説をお願いするとか言われるとしたら、いろいろ細かいところを忘れているから断るけど、たぶんえみりちゃんが満足してくれそうなくらいのお話は、できそうな気がする。

 それと同じだ。遠いヨーロッパの方の伝説の話をどうして知っていたのだろう。


 昨夜、私は敵とおぼしき者たちと戦おうとしていたのだ、しかも龍として。

 善悪が解らないのなら、それも判断に迷わないから都合がいいじゃないかとかいい加減なことを思っていた。空にいる彼らは本当に敵だったのだろうか。

 それでも相変わらずの自分のクォリティだった。どうやら、ヘタレな竜の化身みたいな役割だったらしく、途中で迷い始めていた。それでも、なにか舌なめずりして、敵をどうやって腹に収めようかと思っている気持ち悪さがあった。

 あれから、いったい夢はどうなったのか。

 意識がとぎれたその後、善悪の判断もつかぬまま、意識の制御もなしに暴れまわったとしたら、責任が取り切れるのだろうか?

 完璧に《心神喪失》でした、っていう、卑怯ともとれる言い訳をして罪を逃れるつもりなのか。


 他にも、変なことはあった。

 以前までは、お姫さまと会話が成立しなくてじりじりしていたはずなのに、どういうわけかすごくおそばにいて、ダイレクトにお姫さまの思考が心の中に伝わってきていた。


 お姫さまは、自分の中に穢れを引き受けて、浄化のために死ぬつもりの覚悟を決めていた。

 自分で自分をうまく殺せない。

 そして、お姫さまのために人が死んだことをとても嘆いていたみたいだった。

 とにかく、儀式のためだろうと、愛のためだろうと、形代(かたしろ)を殺そうとしても、お姫さまは死ぬ運命みたいだった。いや、死ななくてはいけない、そう思い詰めていた。しかもそれだけではない、お姫さまの穢れを払おうとする人、お姫さまを助けようとする人も、共に死ぬ運命みたいな話だった。


 そんなの、ひどすぎるよ。

 もはや、それは呪いじゃないの・・・。

 私の中に何かがあって、美津姫さまの宝珠をライさんが持っていて...。

 龍になりたくなければ、美津姫さまの時みたいに・・・。

 ちがうわ、美津姫さまは迷ったあげく、優しい兄さまが命をかけることを阻止しようとしていたんだ...。自分を殺させないで助けようとして、さらに事態を悪化させていってしまう、そんな兄さまを助けたかった。

 殺す以外の選択肢を消してしまうために、わざと龍になったというのなら。

 どうしよう、龍になりたくない私はどうすればいいの?

 ちょっと待って。夢の中で、私は龍になろうとしていたよね、自然と。


『僕のこと、怖くなってきた?』

 どころじゃないわ、逆よ!

 ライさんは、私のことを怖がらなければいけないのかもしれないのに。

 私のこと、宝珠も持たないから、龍になれないはずと思っているけど、私の中に強力な何かがあるのかもしれない。

 ライさんも、このまま私たちの呪われた一族の、何らかの事故に巻き込まれてしまう...!


 そう考えた途端に、どこか身体の奥のほうでトクンとした。まるで《そうだ》というように。

 最初にブレスレットをライさんから奪おうとした時よりも強い衝動が、!


 怖い・・・! 

 私の中の何かは、私の気持ちより...!


 反射的に慌ててスマホを掴んだ。ガクガクと震える指で頑張って入力した。

『ごめんなさいm(__)m。ドタキャンになってしまいますが、今夜はライさんの家に行けないと思います。ちょっと体調不良で、本当にごめんなさいm(__)m』


 家でもう一度、きちんと考えなくては。お盆期間中に練習もなくて良かった。

 5分ほど経って、返事が来た。いつものように優しい気遣いのあるメッセージ。

『大丈夫?僕の家のことは心配しないで。

 それよりも、体調大丈夫?

 夏美は、家まで無事に帰れる?今から山本を向かわせようか?』


 ライさんより弱そうな山本さんをバリバリ食べたらどうしよう...。あ、違う違う。

 私ってば、何を変な妄想をしているの?

 何とかまだ大丈夫そう、だもの。ちゃんと、人型の松本夏美でいるもの。

 龍になりそうだったら、ライさんを呼ぶ約束をしていたけれど。


『大丈夫です、頭痛のひどい感じで...でも、無事に帰れると思います』

 というコメントと、笑顔のスタンプを送信。


 ライさんと、ライさんの宝珠が来たら、本当に龍になりそうな気がしてきた。

 宝珠の力を増幅させてしまうものって、何だっけ?それを避けなければならないのだけれど。

 何がなんだかよくわからなくなってきてしまっている気がする。 

 明日、明後日は休みだから、ちょっと家にこもって考えてみよう。


 繁忙期だし、お断りの意思表示をライさんにきちんと伝えたことで気持ちが落ち着き、結局予定通りに午後6時まで働いた。

 早帰りの日で、本当に良かった。お腹も空いたし、早く帰って何か食べて布団被って考えよう。

 通用口の外に出た途端、きちんとしたスーツ姿のライさんが笑顔で立っていた。


 どうして...?

 そう思いつつも、トクンと心臓が高鳴る・・・。

 私、ライさんに会いたかったんだ。そして、私の心の奥の何かも会いたかったみたい。喜んでいる...。

 そして、ライさんの方にまるで手を差し伸べるみたいな...。熱い衝動。 

 夏美は、顔が赤くなった。変な言い方だけど、ライさんを{欲しがっている}のだ。

 あの時は、宝珠に手を伸ばしていたけれど、私・・・。


 いけない!

 さっき、ちゃんと〇インメッセージで説明しておいた方が良かったのに。

 笑顔で近づいてくるライさん。

「ライさん...待って、あのね、私...」

 自分の身体が動きそうなのを必死で抑えつつ、それを言いかけた。

 ふと見ると、自分たちの横を眼鏡屋さんの副店長の中山さんが笑顔で通り過ぎながら、話しかけてくる。


「お?おじさんたちはまだまだ働くのに、君たちデートかい?」

「あ、違うんです」と言おうとしたつもりなのに、

「はい!、今日は早帰りの日なので」

 とにこやかに言っている自分にびっくりする。

「良かったね、楽しんでおいで~」

 と自分とライさんに手を振って去っていく中山さんに明るく挨拶して見送っている。

 

  どうして...私、無意識に演技をしているの...?


 ククク...と微かな笑い声がした。

 《どうしてか解らない...?

 君の隣に魔法使いが立っているからさ、》


 え?今、ククク...って笑ったよね?

 見上げると、ライさんの蒼い瞳は笑ってなんかいなかった。

 悲しそうに、そして、冷たく光っている。

「最初から知っていたはずだよね、僕が悪い魔法使いだって...」

 夏美は、あわてて目をそらそうとした。でも、全然出来なかった。それどころか、何かしびれているように身体をうまく動かせない。


 《ごめんね、夏美。今はまだ、僕の方が君より強いみたいだよ?》

「...」

 もう、声も出なかった。

 ライさんの差し出した腕に、見事にレディのように腕を預けて、自分が普通に歩いていく。ライさんの黒塗りの高級車に向かって。

 山本さんが降りてきてドアを開けようとしてくれたが、ライさんが優しい笑顔で制しているのもわかる。

 そして、自分が山本さんとマルセルさんににこやかに挨拶している、ようだ。

 私の意識と行動がちぐはぐになっている。...操られているの?


 高級車の後部座席はゆったりとしていた。

 かつてお婆さまと話した時のように、心の中で話しかけてみる。

 《ライさん、お願い...私...》

 《夏美、君も僕を信じないで、僕から逃げようとしていたんだね...?》

 《...! 

 違うわ..ううん、ただ、私はライさんを...》

 《僕の役に立って共闘してくれるって約束したと思っていたのに...嘘だったんだね》


 身体の奥がざわっと総毛だった。

 この人の、何かの力が強い・・・。もう、本当に動けない・・。


 フフッと自嘲気味に笑ったライさんは、いつもと全然、違う。

 でも、わかる。紛れもなく、静かに怒りを抑えているかのような、この人はライさんなのだ、偽物だとかまがい物とかでなく、本当のライさんのいつも隠されていた部分に私は今、出会っている。

 もしかしたら、ずいぶん前からこれを予測していたような気もする。

 ゾッとするくらいの冷たい影の部分を垣間見て、当然のように怖い思いはしている。でも、ただ怖いだけではない気持ちが共存している。私は本当のライさんを知りたかったのかもしれない。このまま、覗きこんで引き込まれていきたい。破滅願望というわけではないと思いたいけれど。


 何かとても大きな力で、自分を瞬時に操り人形のようにしてしまえる力を持った人。

 その魅力的な力を持った人が悲しんで、そして怒って圧倒的な力で自分を抑えつけている。


 《君は、もう逃げられない。このまま僕と一緒に来るんだ》


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