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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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62 《水の魂を共に抱き》(6)

 なんだか、ほろ酔い気分だ。


 夏美は、微笑みながら、寝る支度をしている。

 寝る前には、ふだんから音楽を聴かないようにしているけれど。頭の中で音楽が未だにガンガン鳴っている。本当は困るけれど、でもワクワク感の方が勝っている。

 早く寝なくてはいけないのだけれど。本当に身体が参ってしまうから、睡眠はとても大事なのだけれど。

 最近は、良く眠れていた。枕に頭を載せてしばらくすると、小さな湖の光景がイメージで出てくることが多い。湖のそばに、葡萄の木が群生しているようで、緑色や、紫色の粒が見えてくる。

 ああ、あのオブジェに似ている。うとうとしながら、いつも考える。


 ライさんとあの博物館に行った日を思い出すなぁ。あれは人工的な作り物だったけど、透明なガラスの粒がキラキラして、とてもきれいだった。

 そんな美しい光景に風が吹いてくる。風にのってフルートの音が柔らかく流れるイメージ。

 ふわふわとして、身体がほぐれていく。


 宝珠さん、いつもありがとう。こんな素敵な子守唄みたいに。

『お帰り。どうやら迷子になっていたようだね』というように(でも、声では決してそういう風には話さないで)静かに微笑んで立っている天使さまがいる湖、そんな気がするイメージを見せてくれて。

 それでそのうちに、ことんとあっけなく眠りに落ちて、朝までぐっすり眠れるのだけれど。


 でも、今夜は少し違う。

 楽しすぎたから、まだ心がはしゃいでいる。

 耳の中に残って、しばらく離れないメロディーライン、70年代のロックの8ビートのリズム。


 はぁ~、かっこよかったなぁ。花梨さんのキーボードソロ、そして遥と仲の良いギタリストさんのギターソロ。

 激しくてなめらかな三連符。本当にバイクで疾走しているかのようなクルーズ感。

 自分たちはエアギターで弾いてる気分を味わいながらも、楽器が演奏出来ないのが申し訳ないし、残念でならなかった。あんなの、とても付け焼き刃ではどうにもならないとわかっていても。


 それほど、女性有志のかくし芸?の練習会は、夏美にとっても楽しかった。そして飲み会は、さらに楽しかった。

 シングルマザーの花梨さんも『君は重要なキーボード役で活躍するんだし、たまには最後まで楽しんでおいでよ』と今カレ君がベビーシッターをしてくれているとかで、久々の飲み会を満喫していた。

 特に、生グレープフルーツ半分が付いてくる酎ハイにはまってしまって、何度もお替りして、ぐいぐい絞って飲んでいた。夏美もお勧めされたのだが、あまり飲めない風を装ってほとんど飲まなかった。車で参加していて、ドライバー役を買って出てる真凛さんが飲めないわけだし、自分もなんか《変なスイッチ》が入ってしまったら?と気が気ではなかったからだ。いきなり龍になったり、箒を振り回したりはしないはずだとは思うけれども、何かを敵だと認識し始めたら、どうなるか。


『いざとなったら、僕を呼んでね』

 ってライさんが言っていたけれど、それよりもおまわりさんとか消防車とかが先に来るかもしれない。もう言葉なんて通じなくて、自衛隊も来て、銃で撃たれて、それから、ワイドショーかなんかで一族の秘密が暴かれて、そして…。

 とりあえず、妄想は途中でやめておいた。我を忘れないように自重しておかなくては。


 自他ともに認める酒豪の瑞季は、日ごろの憂さを晴らすとか言って、花梨さんよりさらに強いお酒をぐいぐい飲んでいた。先日、彼氏と喧嘩したらしい。(愚痴っていたけど、どうせまたすぐに仲直りするんだから)

 そんな感じで、今までダンス練習会でしか会ってなかったメンバーは、文化祭前のクラスの集い以上に全員が盛り上がって話せるようになっていた。

 夏美がそばに行った時は、真凛さんは嬉しそうに彼女さんと〇インメッセージのやり取りなどをしていた。

「彼女さんにも、今日、お会いしたかったですね~」

「え?うん、そうだねー、今日はあの子が家庭教師のバイトの日だからあきらめているけどね。でも、本当はしょっちゅう会っているのよ。30分だけしか取れない時も、喫茶店で落ち合ったりとかね」

 と、少し照れくさそうに真凛さんは言う。

「そうなんですか~」

「夏美は?30分だけでもいいから、隙間時間に会いたいって思ったりはしない方?」

「う~ん、あまり考えたことないなぁ~」

 と、うっかりなんの考えもなしに言ってしまった。


 真凛さんがにこにこする。

「え?ああ、そうなんだ~、夏美はおつきあいを始めても、本当にあまり変わらないんだね~。自然体で良いことだけど。

 でも、うちのボス、ラインハルト様は、浮き浮きしている時が多くなったんで、わかりやすいらしいよ(笑)。

 少し隙間時間が出来そうになると、そわそわしてスマホチェックしていたり、書類と交互に眺めてるふりをしているけど、秘書の方はもう笑いそうになるんですって。それでも、シンガポールとか、本国とかからFAXが届いてしまったら、もうムムム…って感じになって。ご機嫌が悪くなるそうなんです」

 夏美は、微笑むしかなかった。

 ライさんの会社とかにもあまり関心がないのって、恋人を装うには勉強不足だっただろうか?


 確か、美肌効果をうたう、基礎化粧品関係の会社だった。日本では、龍ヶ崎グループと提携しているようだし。鉱石の採掘をしていたり、天然の鉱泉の管理をしている会社だと言っていたんだっけ。サンプルをたくさん頂いたので、もちろん使ってはいるのだが、そして、確かにとてもお肌の調子が良いとは思うのだが、もともとそういうことにも興味がない。

 どうしよう?

 恋人ってこういう時、どんな風なのかな…。


「私も、ちょっと会いたいなって思う時があったりするけど…。ライさん、忙しくて疲れていないのかなぁって…」

 どうやら正解に近かったらしい。真凛さんは嬉しそうにうなづいている。

「そうね、そういうところが夏美の優しさね。素っ気ないみたいに見えるけど、心の中で心配しているのよね~」

 うわっ、めちゃ良い解釈をしてくれている…。

 本当にたまに素っ気ないんです、素で。

 でも、そんな感じのことを考えてオタオタしていると、なんか可愛く赤面していると取ってくれたらしい。なんとなく、周囲もうなづいている。もう、本当に皆さま、ごめんなさい。心の中で手を合わせておく。

 開き直るしかない。全ては、無事に穏当に一族のミッションをクリアするために!



 真凛さんの車から瑞季が先に降りていったあと、

 真凛さんが

「あ。そうだ、大切なことを言うのを忘れてしまうところだったわ、夏美はお盆期間も忙しいの?」

 と聞いた。

「ええと、何か行事はしないそうだし、私の勤めている本屋さんは休みにはならないし、いつもよりも少し忙しい程度ですが、お休みはシフトをずらしながら取っていたりするので、時間は、なんとか作れますよ」

「ああ、良かった。遥から聞いてくれてるよね?

 お2人のデモンストレーションダンスの振付が決まっていて、ラインハルト様には姫野が教えていますから、デートする時、申し訳ないけど、ダンスのペア練習を自習しておいて欲しいんです。やはり、お2人が主役なので」


 少し(いや、かなり)酔っている感じで目が色っぽくとろんとなった花梨さんがねぎらってくれていた。

「夏美も、ちょっと大変ね。第一部だけでも、相当忙しいから、痩せちゃうわね」

「あ、ちょうどいいかもしれません。最近、運動不足だったから…」


 そんな時に、スマホが鳴った。ライさんから〇インメッセージが届いたのだった。


 《送ってあげたいから迎えに行こうかなって、もう終わった?》

 《ごめんなさい、家の前に到着するので、あの、20分くらい後で電話してもいいですか?》

 《うん、待ってる。意外と早かったんだね》

 笑顔のスタンプ付き。

 胸がちょっとキュンとした。

 ライさんを騙しているみたいだから?ううん、ライさんは共犯者だから、大丈夫、だよね?

 スマホの扱いは相変わらずたどたどしいので、うつむいて一生懸命に返事を打っていたら、花梨さんが

「あ~、本当に良かった。お二人が幸せになってくれれば」

 と言った。真凛さんもにこにこしていた。

 大丈夫、だよね?

 もしもミッションがすべて終わって、ライさんと普通の友達に戻ってもいいんだよね?

 本当におつきあいしている同士でも、ケンカ別れをすることもあるし。

 みんなをがっかりはさせてしまうけど、事情を知らなければ、傷つくなんてこともないよね?


 そんなことも忘れるくらい、ライさんとの電話は楽しかった。

「相当楽しかったんだね、夏美の声が弾んでるもの。もしかして、酔ってるの?」

「あ~、少し酔ってるのかなぁ。あまり飲まないつもりだったんですけど」


 それから、そうそう、なんだか今夜はずいぶんと長く話していた。

 2人で踊るデモンストレーションダンスの話をしていたのだ。

 やはり、みんなが早い完成を期待しているだろうし、通常レッスンでは、練習時間がちょっと足りないかな?ということは、共通認識だったので、打ち合わせみたいにぽんぽんと話が弾む。

 ライさんと私って、やはりこんな感じ、恋人じゃなくて、友達とか同僚とかみたいな感じの方が上手くいきそうな気がしてしまうんだけどな~。


「夏美が早く帰れる日ってあるんだっけ?」

「ええと、一番早くて12日は早帰りの日ですけど、自主練習しますか?でも、遥は忙しそうだし」

「うん、確かホテルもその日は結構満杯みたいだね。音源があるから、僕の家に来ない?」

「え?」

「小さなホールくらいだけど、練習できるよ。うん、僕はもうそこで練習を始めてるんだ。僕が夏美をリードして、エスコート出来ないと話にならないから」

「すごい、さすが、ライさん。私も早く覚えなくては!」

「相手役が姫野だったり、マルセルだったりで、全然本気が出ないんだよ(笑)。

 12日に来てくれる?

 あのさ…。忙しくてデートできていないって言っていたら、うちのみんなが心配してるんだ。夏美は外食の方が気楽だとは思うんだけど。料理長がね、自慢の料理を振る舞いたいらしくて。それに、ホテルが混んでいる時に悪いかな、と」


「う~ん、…。あの、真凛さんとか花梨さんは?」

「一応、聞いてみるけど、ダメだったらごめんね。あの2人だって、いつもいつも僕たちのために働いてくれるのも悪いでしょう?

 先日、夏美もそう言っていたじゃないか。真凛さんによけいなことをさせてしまっているなんてって」

「…。そうですね、ただちょっと緊張するというか…。」

「僕と2人きりだと、困る?」

「え?」

 顔が赤くなった…。

「僕が、怖い…?」

 深みのある声に、よけい顔が赤くなった。電話で良かった、心からそう思った。今、顔を見られたら困ってしまう。

「もちろん、僕にも欲望はあるけど、夏美が恋人の振りをしてくれていることをちゃんと覚えているから、変なことはしないよ。

 安心して。でも、ちょっとくらいは僕のことを怖がって欲しかったから、うふふ、ちょっと嬉しいなぁ」

「ええと、…。」

 返しに困ってしまう。

「ごめん、大丈夫だよ。マルセルも姫野もいるし、なんならその日いるスタッフみんなに揃って監視されながら、ダンス練習する?(笑)」

「あ、大丈夫です」

 ライさんが怖いわけではないのだ。ちょっとドキドキしてしまっただけだ。ダンスに集中すれば大丈夫だと思う。

「じゃ、お言葉に甘えて。ライさんのお家で何かいただいて、一生懸命に練習します」

「うん、ありがとう。みんなも喜ぶよ。それでさ、何か変な夢を見ていないよね?」

 あはは、まただ。ライさんは心配症だ。

「大丈夫です、え~と、今度会った時にライさんにご相談させていただきたいと思っていたんです。

 いいですか?(なるべく可愛く)」

「うん!そうだよ、僕たちは『宝珠の謎解き委員会』を開催すべきだよね?」

 あ、やはり機嫌が良いみたいだ。

「そうですよね。打ち合わせをさせてください。わからないこともあるし」

「そうだね、2人で話しているうちに、他に何かを思い出すかもしれないよ。怖い夢だけでなく、色んな夢の話をしていたら、そこからヒントをもらえるかもしれないし」

「そうですね、よろしくお願いします」

「本当は、夏美の隣で僕も寝て、同じ夢の中で夏美と一緒に冒険をしたいなと思うんだ」

「すさまじいいびきをかくかもしれませんよ?」

「そんなの、全然平気だよ。あのさ、怖い夢を見たら、で、もしも余裕があったらでいいから、僕の名前を呼んでよ?できるだけ、助けに行きたいから」

「ありがとうございます、ライさん」


 今晩はロックな夢を見そうだけど、言うとネタバレしそうなので、言えない(笑)。かくし芸対抗戦じゃないけれど、女性有志と、男性有志がグループでシークレットで出し物をやるのだから、当日までネタバレ禁止なのである。



 ああ、すごい、まだまだ頭の中で曲が弾んで疾走している。

 案の定、夢の中でもそんな感じだった。


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