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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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60 《水の魂を共に抱き》(4)

 奈良に行っていた母が戻ってきた。だから、なんとなくリビングに家族集合してしまう。


「あー、良かったー!ようやく明日から母さんの料理が食べられる!」

 と、ふだん無愛想な弟の隼人が喜んでいた。

 無口な父は何も言わない…あ、ぼそっと何か言った。

「いや、一度、夏美が作ってくれた、なんだ?、カルボナーラも美味かったじゃないか」

 だって。

 え?なんか、気を遣ってくれてる?母もすぐに同調してくれる。

「そうそう、夏美の作るスパゲッティは絶品なのよね。なかなか作ってくれないけど。私も食べたかったな〜、また作ってよね?」


 母が帰ってきて、ようやくうちの中が明るい雰囲気になっている。

 たまにしか早く家に帰ってこない父も、珍しいくらいに早い帰宅を決めて駅に迎えに行って一緒に帰ってきたのだった。

 このこの〜、やっぱりベタボレして何度もアタックして結婚してもらったらしいのが滲んでるよ。ちょっと離れていたから、寂しくて心配していたのかも。


 父はいわゆる社畜なんだと思う。

 それも自分では無自覚の。もしかしたら、まったく気が付いていないくらいの社畜だ。会社が、たぶんとても好きなのだ。学生時代から知っている母に言わせると、父は実験室に入り浸っているのが好きで、就職してもその癖が抜けなかったのだと言う。根っからの理系男子なのだ。

 昔はもっと、いろんなことにぼうっとしていたらしい。

 最近は、『あ!』といきなり気がついて、母の誕生日にプレゼントを慌てて買ってくる。しかも若い頃は、店員さんに相談することもできなかったから、なんだかあさってよりはるか遠くにハズしている?プレゼントを買ってくることがあったらしい。でも、最近は、売り場の人に、『どれがオススメですか?』と聞くことができるようにレベルアップしたから、母も最近驚かなくて済むようになったらしい。

 母が家にいてくれてるとわかっていると自分は実験室に入り浸って、母と離れていても全然大丈夫なくせして(しかも、夢中になり過ぎていたら、母が心配してることなんて全く気にかけていないくせして)、たまに母が旅行に行くなんて聞くと、そわそわ心配していたりするみたいだ。

 なんだか微笑ましいなぁ、うちの両親。


 母は明るく振る舞っていたけど、それでもだいぶ疲れていたのかもしれない。夏美が歯磨きをしている洗面所にやってきた時には、かなりやつれて見えた。

 夏美と並んで化粧を落としながら、母は言った。

「みんな、夏美に会いたがっていたわよ~。大伯父さんなんかボケちゃったのか『夏美ちゃんは、どうした?来てくれれば良かったのに』って何度も言ってくるの。もう本当に笑ってしまう」

 と言いつつ、あまり笑えていないよ、お母さん。

「いや、嬉しいですねー」

 と、夏美は冗談めかして言った。

「皆さんがそんなに言ってくれて。でも、ペーペーの販売員だから本当に長いお休みがなかなか取れなくて」

「うん、それも言っておいた。皆さん、それでも夏美のためになると思って、会社の系列店でなるべく本を買ってくれてるみたいよ」

 うふふ。嬉しいですが、たぶんそれは、私の売り上げにはならないようです、はい(笑)。そう思ったけど、めんどいことを疲れてそうな母に言うのも、やっぱりはばかられた。


「嬉しいです。ありがとうって言っておいて♪」

「もう、たまには自分で言ってよね。暑中お見舞い、いや、そろそろ残暑お見舞いか。なんかハガキでも書いたら」

「ごめん、目上の人にそういうのを書くの、チョー苦手で。どうせお母さんが、今回のお礼状を書くんでしょ。よろしく!」

 そう言って逃げようとしたら、

「あ、そうそう、とりあえず報告しとくね。なんだかんだで、夏美の話をしたりしながらも、水晶玉を探したのよ。どうだったと思う?クイズよ。見つかったと思う?」

 と、母が真顔で言った。

「う~ん、どっちかな…。どうなんだろう?、もしかして…無かったとか?」

「当たり!夏美は、勘がいいねー。

 影も形もなかったの。見事に箱ごと無かった。

 あーあ、残念。本当はね、…形見だったのかもしれないのにな…」

「形見?何の?、誰の?」

「本当に、私が大学生の時に渡しておいてくれれば良かったのに。大伯父さんがあんなに怒っている理由も、あの時は全然わからなかったのよ、意味が」

 …母の話は、今日はさらに途中が飛んでいるなぁと思った。


「ええと、だから、誰の形見なの?」

 一瞬、夏美は奈良のお(ばば)さまを思い出したが、すぐに思い直した。自分が生まれて小学生の頃までは、生きていたんじゃない。私ってバカだ。母が大学生の時には、あんなに縮んでなくて、まだまだピンシャンとしている、普通の?おばあさんだったに違いない。


「私、養女だったの。と言っても、親戚のごくごく身内の間で引き取られたらしいんだけどね。あのさ、ほら、奈良の家に巫女さんをやっていた人がいたと言っていたでしょう。ほら、多津子さん」


「…うん」

「その多津子さんが、私の実母だったみたいなの。私を産んでからすぐに亡くなったんで、それで私の両親が、自分たちの子供として引き取ってくれたんですって」

「今まで知らなかったの?」

「うん、昔はそういうことが多かったって。親戚の人は、特に伯母たちは私がとっくに聞かされていたと思っていたというのよ。もう今さら、みたいな感じで。それでもね、私はそんな話を憶えていないの。親戚同士でもたぶんなんとなく、育ての親の両親に遠慮していたのかもしれないわね。でもね、両親から、そんな複雑なことを言われた覚えもないのよね。本当に最後の最後まで愛情たっぷりに育ててくれていたからねー」

 母の目が潤んで赤くなっていた。私が小さい頃におじいちゃんおばあちゃんは亡くなったらしいから、どんな人たちだか覚えていない。

 母はふっと溜め息をついて、肩の力を抜いた。

「ま、でもいいや。たくさんの親に、親戚にご縁があったって思えばいいかって思うことにしたけどさ。

 たくさんの人にお世話になって、無事にここまで大きく、こんなに立派なおばちゃんになれたんだから、おかげさまで。あーでも欲しかったな、あの水晶玉。絶対に占いに向いていたのに」

「いや、それは…どうなんだろう?大伯父さんに怒られたんでしょう?」

「あははは」

 母は能天気に笑っているが、もしかしたら…本当に大切な宝だったのかもしれない。

 それこそ、龍神さまに返すべき宝だったりして。大学祭なんかに持ち出したらどうなっていたことか。

 そして、これもまた、すでに返し終わった宝なのかもしれない。…誰がいつ返しておいてくれたのか知らないが。奈良のお婆さまかなぁ…。


「とてもきれいな水晶玉だったのに。大伯父さんは、本当にボケてしまったのか、何もちゃんと言ってくれないの。それどころか皆が一生懸命に探してたら

『結局、神社にあるんじゃないか』

 みたいに言うんですもん。伯母さんはね、多津子さん…実の母かな、が大切にしていたことを、なんとなく覚えていたわ。だから、ちょっと残念」

「ふぅ~ん。そうだ、昔、奈良の家に年取ったお婆さま、いたじゃない?何か、水晶玉とかこう、小さな珠とかのお話ししたことはないの?」

「お婆さまでしょう?100歳越える頃に亡くなった方。お婆さまと…全然水晶玉の話なんてしていないよ」

「剣の話は?」

「えー?剣?それこそ全然。もともと武士の家じゃないんだから、刀とか剣とか無いわよ。

 あぁ見えて、とても優しい人でね。私が健康的に生きてるだけで嬉しいとか、会えばいつもそういう感じでほめられていたことしか覚えてないな〜。刀と剣か。なるほど〜。瑞季ちゃんの影響かな?」

 母は、にこにこ笑った。

 母は、私が人気アニメ関連の話をしたいのかと誤解していたみたいだ。残念ながら私は、瑞季の一方的な熱い話を聞くだけで何の知識もないんだけど。



 結局、あまり多くは聞けなかった。母はとても疲れているんだし。

 それに母は多津子さんの子供だったらしいけど、どうやら剣や水晶玉や、宝珠のことを詳しく知らないようだ。なんとなくほっとした。

 たぶん母は、私みたいに変な体験などをしたことはないのだろう。良かった…。

 母には変な現象が起きず、孫であるはずの私にその変な現象が出てくれて(もしかして隔世遺伝?)、ある意味正解だったと思う。

 母が龍になってしまったら、父は大泣きするだろう。理系男子でも『生物』にはあまり興味がないと言っていたから、きちんと?お世話も出来ず、別れるしかなかったと思う。


 とにかく、決心はしておこう。そう思った。

 ライさんに言われても、そしていろいろ昔のことを思い出させたりしてもらっても、怠け者の私は、そこまで真剣に考えてなかった。ライさんが請けあってくれたから、なんとなく龍にならないような気持ちがしてしまっているけど、確かに保証してくれたわけではないと思う。自分の問題なんだから、きちんと自分で対処しよう。まずは、わかっていることのリストアップ!


 奈良のお婆さまは、母ではなくて、私に(初めて会った、まだほんの子供の私に)必死になって大切なことを伝えようとしていた。

 お婆さまは、知っていたのだ。何故か、どういう方法か知らないけど、私がこうなることを知っていた。

 あの夏、母も一緒にお婆さまの前にいたというのに。(ついでに弟もいたけど)

 それでも、お婆さまは、私にだけご先祖さまの隠された伝説の話と、護りの呪文みたいな話をしてくれたのだ。

 どこまで出来るかわからないけど、私が何かご先祖様のやり残したミッションをやらなければならない羽目になってしまったのだろう。


 母には、父とずっと幸せでいて欲しい。

 自分が変な話をして巻き込んだり、心配をかけたりするのはよそう、と思った。これからは、知っていることをまたメモにきちんとまとめていこうと思う。部屋に戻ってさっそく…



 部屋に戻ると、スマホに〇インメッセージが届いていた。

 ライさんからだった。


 《ねぇ、7日にデートしない?、夏美はその日がお休みなんだよね?》

 なんか、ワクワクしたかのようなスタンプつき。最近、こういうのが気に入ったと言って喜んでいたけれど。

 《ごめんなさい、7日は先約があるの。パーティーの余興の準備があって》

 返事を待っていたみたいで、すぐに既読がついた。そして、あっと言う間に次のメッセージが届いた。

 《えぇ~、じゃ、その後にでも。終わったら連絡をしてよ、頼むから》

 《女の子グループの出し物の打ち合わせと練習があるの、たぶんそのあと女子会の懇親会だもん!》

 申し訳ないけど、それを楽しみにしてるのに。私はミニスカでエアギターをする役で、これだって難しくてけっこう派手で、花梨さんや瑞季や遥に大受けだったけど自分的には赤面ものなんだから!


でとりあえず、ごめんなさいっぽいスタンプを送って、スマホをミニテーブルに置いて、メモ帳を取り出そうとハンドバッグの中のごちゃごちゃを探り始めた。


 ごめんなさい、ライさん。私は今、考えをまとめたいの。母が奈良から帰ってきて新事実が判明したところだし。


 すると、なんと電話がかかってきた。

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