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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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5 Interlude 〜 Ⅰ 〜

 2018年初夏。

 再び、欧州古城の書庫にて。


「はぁー。…飽きた」

 剣や槍、素手の格闘なら、たぶん3時間くらいの通しでも余裕のはずだが、相変わらず本と格闘すると2時間ともたない。

 侍従はちらっと自分の仕える少年を見たが、反応するのはやめた。あと少しでお茶の時間にとは思っているので、ここは頑張って頂かねば!


「あと2ページで、その章の最も重要なまとめじゃないの!

 そうしたら、お茶にしましょうよ、ハインリヒ」


 誰かの気配?と思う間もなく、自分達のすぐ後ろから12歳ほどの金色の髪をした少女が足音も立てずに現れた。愛らしい紅い唇から発せられたこの言葉が無ければ、まるで精巧に作られたフランス人形のようである。


「ベス!珍しいな!」

「ハロー!頑張ってるじゃないの、お二方共。

 ロベルトの方が沢山読み進めているみたいだけど?」

「と、とんでもございません。私、すぐにお茶の仕度をして参りますね」


 ロベルトは、かなり嬉しかった。

 エリザベス様は、本当に聡明でいらっしゃる。


 古めかしいスタイルでこの城に暮らす一族全員が、主従の別なく

『基礎知識を持つまでは、この城を出てはならぬ』

 という、ご先祖さまの決めた家法に従い、地下書庫の中で最も基礎的な本ばかり集めたこの部屋の本をすべて読まねばならない。

 もちろん、本を読んだことのある一族の中の者に注釈してもらうことも自由。だが、試験も何も行われるわけではなく、放っておかれて自主性に任せられているらしいから、初心者は何が目安なのか途方にくれるばかりである。


 そして侍従のロベルトは、ハインリヒ殿下のお供としてこの城、そしてこの城を取り巻く結界の外に出たいと思いながら必死で読み進め、現在たぶん残り30冊くらいのところまで来た。だが、その喜びを隠していたのだ。

 自分は今、残り30冊くらいと思うと、俄然やる気も起きるが、逆にお仕えする殿下がまだ200冊以上残しているような気がして、お伝えするのはためらわれていたのである。

 言いたいけど言えない、そんな自分の密かな喜びをすぐに見てとってくれる人がいたというのは、かなり励みになる。


 ロベルトが浮き浮きと書庫を出た後、単刀直入にエリザベスは聞いた。


「ねぇ、メフィスト、どこに行ったか知らない?」

「え?メフィスト?

 姫野という日本名で兄上のお側にいるってことしか知らないよ。っていうか、兄上の話を一番にしてよ、ベス。

 お元気だろうか?兄上は。

 …ご無事なんだよね?」


「無事よ。

 とにかく、30年前に強制的に低温冬眠(コールドスリープ)装置に押し込めた時は、私も絶望しかなかったけど、ずっと、メフィストが側でお世話してただけのことはあるわ。もう少しで本調子になると思うわ。たぶん11月くらいには『竜と闘え』といきなり無茶ぶりされても大丈夫かもしれない。

 でもね、目覚めの時に誰もお側に付き添っていなかったのよ!

 つまりね、ずっとお側にいた姫野に皆がお任せにしてたの。そして彼が急に居なくなって、木藤が言い訳タラタラ半泣きで頑張っているのよ」


 ハインリヒも兄の窮状を察して眉をひそめた。

「兄上はなんて?」


「『姫野には何か考えがあるのだろう』、ですって。

 ライはね、目覚めたあと、30年前に記憶した約束を果たそうと一人で結界の外に出てしまったのよ。危ないところだったわ。

 〈協力者〉の龍ヶ崎善蔵氏が、事情は明かさないまま、色々心配りしておいてくれたおかげで何とかなったみたいだけど。

 酷いでしょう?

 私も本当は目覚めの一日前に到着予定だったのに、色々とトラブル続きで結局間に合わなかったから、反省してる。

 でも、ラインハルトはね、

『僕の不注意でもあるのだから、大ごとにしないで欲しい』と言って、誰も責めないのよ。

 余計に心配になるでしょう?」


「…大丈夫かな?

 メフィストと上手くやってると勝手に思っていたんだけど。

 兄上は、なんだか以前よりさらにお優しくなり過ぎてはいないかな?」


「ハインリヒ、お願いだからサボっていないで手伝ってくれないかなぁ。

 出来るだけ早く城の外に出る権利を取得して、いざとなったらラインハルトを守って。

 一族随一の武闘派は今や貴方でしょう?機動性が無いなんて困るもの」


「そ、そうかなぁ?

 まぁ、武術では兄上には勝てそうな気がしてるけどね。

 でも、読書でもサボっていないよ。まぁ、文句があるなら()()()()に言ってよ。

 家を守っていろって意味だよね?」


 エリザベスは、暢気な従兄弟を軽く睨む。

「バカね、変な冗談を言わないで。とにかくもう全てが始まったのよ。気を引き締めてね。ラインハルトが意味深なことを言ってたわ」

「え?何て?」


「『僕たちは、ほとんど全員がまがいものみたいなものだけど、メフィストは本物かもしれないな』ですって」

まさかと思う。ベスの眼は笑ってはいない。

「兄上特有の冗談だろ?」

「そう思いたいけど、最悪の事態を想定して準備しなくてはね。

ここで2人で話したことは内緒よ。ロベルトにもよ。

 いざとなったらメフィストは裏切るかもしれないわ。

そんなこと、あってはならないし、想像もしたくないけど。

でも、何かおかしい。見かけ上、上手くいってるというか、想像した以上に上手くいきそうだわ。

でも今、誰も彼も信じるわけにはいかないわ、メフィストにはわざわざ失踪する理由がないし。誰かがメフィストの手先であってもおかしくないもの」


「うん、わかったよ、エリザベス。

 人生初の本気を出す!」


 ちょうど戻ってきたロベルトが、更ににこにこ顔になる。

「その意気ですよ、殿下!

 エリザベス様、ありがとうございます。姫様のお励ましで、ハインリヒ様だけでなく私までもが元気になります」

「そうだよ、ロベルト!

 あと3日くらいで読破しような!」

「かしこまりました、ハインリヒ様と共に頑張ります」


 エリザベスは暖かくて香りの良い紅茶を飲んでほうっと満足そうな溜息をついた。

「ああ、本当に美味しい。最高のおもてなしだわ、この紅茶。イギリス本国でも、質の悪い紅茶に出会ってしまうことがあるから」

 愛くるしい笑みを浮かべて紅茶を飲み、クッキーをパクつく姿は、絵のようで主従はつい見とれてしまう。そして、また二人の読書をねぎらってくれる言葉に奮い立つ思いであった。


「あ、じゃ、あまりお邪魔すると悪いわね。ご馳走さま」

 そして、再度ねぎらって欲しそうな主従に最も大事なことを伝えた。


「あ、そうそう。2人共気づいてないみたいだから、一応言っとくわね?

 開架の本を全部読み終わったらたぶん、そこにある本棚の後ろの閉架書庫の開け方がわかるようになるわ。

 閉架書庫の本は冊数少ないけど、どれも貴重なものだから、大切にしてね(はあと)。

 閉架書庫の本を全部読まないと本当のクリアにはならないからね、頑張って!」



* 僕の名前

ドイツ語圏の名前 ハインリヒは、「haim」(家)と「rich」(力強い)で「家の主」を意味するので、自宅警備員?かもしれないよという自分の名前にかけた冗談です。

ちなみにラインハルトは古いドイツ語の「ragin」(助言する、忠告する)あるいは「rain」(まことの、純粋な)に、「harti」(心、強い)を合わせたのが語源(意味は、「心の純粋な」、「忠誠心のある」など)だそうです。

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