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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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57 《水の魂を共に抱き》(1)

 夢から醒めたと思う、でも眠い、眠すぎる。目が開かないくらい。

 布団の中でボーっとしたまま、夏美は考える。

 メモを取るまでもない、そう思った。また起き出したら、もう眠れない気がしてくるし、その一手間がとても億劫なくらいに、まだまだ眠い。

 あのお(ばば)さまの存在感は圧倒的なので、大丈夫。

 3つセットで教わっていた言葉だって…きちんと覚えていたんだから…。たぶん絶対に完璧。


 どこか遠くで雷が鳴っている。風も強く吹いている。

 暗い中で、黒いドラゴンが(うごめ)いているようなギシギシした音…が聞こえる。これが黒の軍団…?そうだったっけ?

 ガチャガチャと音を立てて空を駆けて近づいてくる、十数騎の軍団の気配。


 味方なのか、敵なのか…。良いものか、邪悪なものか…。見極めねば。

 敵かもしれない相手が善人だったら…自分が邪悪ってことになるんじゃないの?

 そう、相手から見ればね。相手にだって、相手の利得、理想、正義がある。


 そう、もっと言えば、別の可能性がある。例えば善人同士、悪人同士で争っているということだってあるじゃない。

『絶対的な正義、絶対的な悪の方が少ないかもよ』

 って、ライさんが言ったのだ。 そうよ、確かあのエルサレムの話の時に

『違う宗教同士の争いだけじゃなく、同じ宗教を信じていたとしても…。もっとひどい話もあるよ』って。

 同じ宗教の中でも、主流派と反主流派の対立など、シビアな話の例をいくつか挙げてくれた。


 なぜ、親和性が高いもの同士でも、争うのかしら。誰も最初から争いを望んだりしないと思うのに。

 自我があり、欲望があり、剣とか武器があるから?

 やっぱりね、そう、剣は無い方が平穏無事なのかもしれない。


 奈良のお(ばば)さまのお話は正しい。武器を最初から無くしてしまえば、どれだけ平和なことか。


 例えば、丸い宝珠とかでは、人を殺すことなんて出来ない…。

 ううん、違う、そうは言い切れない。使い方によっては武器に使える。

 それに…剣が無くても、事件は起きてしまったのだ。確か、美津姫さまが力を発動させてしまった時にはすでに儀式用の宝剣は無かったみたいな話だった。美津姫さまが持っていた宝珠の何か強大な力が荒ぶって、膨れ上がって制御出来ないほどだったとしたら…?それが龍の力…ってこと?


 武器、それから武器に匹敵するほどの力というものは、『無』にしなくてはいけないのかもしれない。

 だって、その力を『制御』出来ないのなら、『無』にしなくてはいけないでしょう。

『無』に出来ないのなら、『封印』しなくてはいけないでしょう。

『封印』するのには…どうすれば…?

『封印』て『制御』の最高レベルみたいな感じがする…。

 その『制御』が難しいのだとしたら…。

 やはり、結局堂々巡りで元に戻ってきてしまう。

 最初から『無』にしなくてはいけない、そう考えてしまう。

 その方が手っ取り早いでしょう?

 武器や力、悪いものが自分の手だとしたら、切り落としてでも神に救ってもらえという話になるでしょう?

 自分の身体から取り外せないとしたら、もう神に救われることを諦めなければならないのだろうか。

 だから、自ら『消滅』を望んだというの…?

 それならば、私も救われない可能性もあるってことだよね?

 うう〜ん、想像したくないな〜。寝苦しくて、ごろごろと夏美は寝返りをうった。

 まだ強い風が吹いている。良かった、敵とかではなくて、ただの強風で。でも、そんな風のせいでこんなに眠いというのに、心がざわついてしまっている。

 もういっそ、お(ばば)さまのことでも考えよう。えーと、奈良のご本家のお婆さま。


 教えていただいた護りの言葉は、忘れていなかったけど常に意識して過ごしていたわけじゃない。日常的に全く必要性を感じていなくて、さっき急にその言葉が心の(頭の?)引き出しの奥から勝手に飛び出したのだ。


 一瞬、自分の中にある(かもしれないと最近思い始めた)宝珠さんが久しぶりに話しかけてきたのかもしれないと思ったのだが、全然違った。


 宝珠さんは最近もう言葉じゃなくて、イメージの方を多く伝えてくれている気がする。

 それもどちらかというと、穏やかなものばかりである。つい先日まで良く眠れていたのは、そのイメージのおかげかもしれないと思う。

 深い緑の中に囲まれて、守られているような小さな湖のイメージ。

 爽やかな風と共にフルートの音色のようなものに耳を傾けたりしながら、伸び伸びと泳いだりしているような。

 たまに、露か雫か何かが落ちて、ちゃぷんと心地良い音も混じる。

 嫌なことをすべて忘れて、ただその湖の中でくるくる回って泳いでいられれば、そういう癒しの光景をイメージしながら、気持ち良く眠れていられたのに。


 今は…もうぐっすり眠れそうになくなった。そんな気がしてならない。

 あの白く光っていた奈良のお婆さまに、せめて三つだけでもしっかりと覚えておけと言われて教えこまれた言葉。くわばら、くわばらみたいに唱えて災難を避けなさいと教えられた言葉が、頭の中のかなり多くの部分を占領しているのだ。




 あれは確か、小学6年生の夏休みだったと思う。その夏も暑かった。

 『奈良は、盆地だからねー』

 と一緒に付いて来てくれたおじさんが言い訳みたいに言った。

 とにかくご本家にたどり着くまでとても暑かったし、まだ幼稚園児だった弟の隼人なんてぐずぐず駄々をこねてばかりだし、母も私もとても疲れていた。車から降りても、お屋敷までの道を歩かされていたし、見事な庭園なんて、ホントどうでも良かった。ただ、緑が多いので、呼吸が楽になった気はした。


 エアコンの風もないのに、とても涼しい板敷の部屋に通されて、美味しいジュースを出していただき、ようやく生き返った気がした。出来れば、このまま休憩でお昼寝をさせて欲しいくらい疲れて眠かったのだ。

 たぶん、そういう話も出かけたのだが、結局はその時確か92歳のお婆さまのご都合、ご体調が最優先されていたのだった。ちょうど起きている時間だから、ごあいさつをすぐにという話になった。


 お婆さまが座布団の上に出現した時には、私と弟の背筋が凍った。冗談ではない。

 隼人は、良い子の仮面がすでに剥がれかけていて、ぐずぐずがピークになり、自分の座布団から滑り落ちるようにして母の膝元へ行き、そこに抱きついて泣きじゃくった。本当は泣きわめきたいところだったようだが、怖くて大きな声が出せないらしい。

 お婆さまが、『初めて会うから子供たちをしっかりと見たい』と言ってたらしく、お婆さまの近くに弟と私のお座布団がならべられていたから、結局は自分一人が最前線に残された気がした。


 白髪が輝いているだけなのだと思うが、全身が白く光って見えるし、こんなに小さい(たぶん元のサイズから縮んでしまった?)人を見るのは初めてだった。ちんまりと座っている状態の座高が、座布団の一辺と等しい、みたいに思えた。本当に人間なの?オーラ(もちろん、その頃の私はこんな言葉を知らなかった)が、非日常的な感じだった。


 こわごわ、お顔を拝見した。今なら理解出来るのだが、とにかく驚くくらい皺々だった。正視しているのは失礼なんじゃないかと勘ぐるくらい皺々だった。それでも頑張らないと、と思い、絞り出すように

「こんにちは。夏美と、えーと、弟の隼人です。はじめまして」

 と挨拶をした。

「真琴さんのお子は…なかなか良いお子さんたちだの」

 と微笑んでくれたみたいだ。

 自分の背後で、母や伯母さん、大伯父さんまで全員がほっとしたように息を吐いた。

 隼人が、泣くばかりでなく、

「もう帰りたいよう〜」

 と言い、後ろでそれを全員がなだめる雰囲気になったが、私は振り向けず、固まっていた。


 《夏美どの》

 そう聞こえた。静寂の中、私だけがそのお婆さまの声に反応している気がした。…声?声じゃない。


 《今のうちに言うておかねば。おまえは(つるぎ)を振るうてはならない。お婆に誓っておくれ》

 《はい、(つるぎ)なんて振るったりしません》

 私は、愛想良く良い子に見えるようにはきはきと答えた。相手の言葉を自分の答えにきっちりと入れて答えたら印象が良いくらいのスキルはすでに身につけていた。声は出さないで会話するやり方みたいだ。真似をしてみせた。お婆さまの目を見て心から訴えれば伝わるみたいだ。


 《おまえは先日、男の子数人を叩きのめしたようだが、あれが箒でなくて、本物の劔だったらなんとする》


 え?愕然とした。良い子の仮面が落っこちそうになり、慌てた。

 先生は、『問題にもしないし、両親にも言わない』と言っていたのに、どうして、遠くの奈良のご本家のお婆さまにまでバレているの?(両親ともに何も言ってこないから、安心してたのに)

 しかも、先生は言っていた。

『松本さんは、悪くないんですからね!

 ふだんおとなしい松本さんが、生き物を守るために怒っただけですから』

 と。

 しかも、ふだんから私は三つ編みを引っ張られたり、スカートをめくられたり、あの男子達にいろいろと嫌なことをされているのをずっと我慢していたのだった。

 その仕返しの気持ちも、もしかしたら少し混じっていたけど、にわとりさんたちを守るために、やったのだ。


 《あのー、…本物の剣だったら、使わなかったと思います。死なせてもいいわけじゃないし、そんなこと思ってもいません。でも、男子が悪いことをしたから、やったんです。それに先生もそう言ってました》


 にわとりさんを放っておけなかった。それだけなんだけど。


 《本当に、『本物の劔なら振るってはならない』と思ってくれているのなら良いが…。

 相手が悪いことをしたといっても、良し悪しの度合いをおまえがきちんとはかった、はかることが出来ていたと思うことは危ういのだぞ》

 《……?》

 良くわかりませんの顔をしたつもりだった。

 《『大丈夫だと思った』と簡単に言う方が危ないということだ。まだ、そこまでわからないのだろうが。自分が良し悪しを決めることが出来ると思ったのか?》

 男子もあの時、聞いてきた。

『なんで、おまえなんかに注意されて、おまえの言うこと聞かなきゃいけないんだよー』

 と。

 実際、他の子にも先生を呼んできてもらってはいたのだが、先生がなかなか到着しないし、彼らはそれをいいことに、ケタケタ笑いながら、どんどんエスカレートしていったのだ。


 にわとりの檻の外からモップや箒の柄を突っ込んで、バタバタと逃げ惑わさせ、ぶつかり合う姿を指差して笑ったのだ。

 『惨めでバカだ』と。

 にわとりたちはパニックになり過ぎてあちこちにぶつかり、沢山の羽が飛び散っていた。

 当然だ。予測していなかった不幸に雄鶏も雌鶏も喚きちらし、逃げ回った。悲しい哀れな目をして対処の仕方もわからないものたちを眺め、

『こいつら、どうして今こうなってるのか、原因とか全然わからないんだろうな』

『ああ、かわいそうにね〜、不幸はいきなり来るんだよッ』

 と喜んでいる姿に我慢ならなかった。

『ただちにやめないと、同じ目にあわせる』と2度くらいは、私は言った。膝はガクガクしていた。

 ふだんいじめられると、私だっていつもそいつらから逃げ回っていた。だから、その私の言葉にもゲラゲラ笑ってやめなかった。

『おまえなんかに注意されて、やめるわけないだろうが』

 とか、

『同じ目にあわせると言うんなら、いいよ!やってみろよ〜』

 と言われ、私は持っていた箒を持ち直した。

 そこまでははっきりと覚えてる。5人の誰を先にやっつけたらいいかも意識して決めたが、そこからは夢中だった。


 気がつくと、男子4人がおんおん泣いてうずくまり、私は一番強いヤツ(確か、安倍くんだ)の襟首をつかんで、にわとり小屋の扉の前に引きずってきたところだ。

 はっ!と我に返った。

 なんとなくは覚えている。テニスラケットを振るような感じで夢中に戦っていた。夢中になり過ぎてろくろく覚えていなかった。

 とにかく、決着がつくところだった。

 自分でも、ちょっとやばい?とは思った。この場面だけ見ると、ほとんど鬼のようなふるまいなのは、私だなぁと自分でも思った。だけど、見ていた女子が、たぶん最初からいたはずなのに、

 駆けつけた先生に

『先生、松本さんが暴れています』

 と言ったことにびっくりした。

『えっ?』と聞き返した私にびくっとしたその子は私から視線を逸らしたのだ。明らかにみんなが遠巻きにして、私を怖がっていた。

 ふだんとまったく違う私に、みんなが怯えていたのだった。

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