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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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53 《風を喚び、飛翔する者》 (6)

 ダンス練習会の2回目が予定されていた8月3日は休日だったので、いつものように夏美は朝寝坊をした。家の中がシーンとしている。

 出かける予定の夜になるまでのんびり過ごせる。それが嬉しくてにまにま笑えてくる。


 ああ、自分勝手に過ごせるって、とても楽。

 家族はたぶん全員出かけて、まともな一日を過ごしているんだろうな。

 外はすごく暑くなりそうだし、出かけたくないなぁ…。


 もちろん、他人と関わりたくないわけじゃない。

 どちらかというと自分はコミュニケーション能力は高いと評価される方で、その評価が低い人よりは、今までずっと得してきたと思う。

 逆に瑞季は、とても有能でアタマが良くて、本当はとても親切なキャラも持っているというのに損をすることが多い。たまにちょっとキツく言ったり、一言多かったりするから、そういう面の方が目立ってしまっているみたいだ。


 そして、瑞季もつい開き直って言い募るのだ。

『ええ、ええ、私は仕方ないのよ。なかなかわかってもらえないんだから。第一印象だけでも、生意気な女って陰口を叩かれるキャラだもの』

 パーフェクト瑞季だから、妬みの感情でよけいに煙たく思われてしまうのかもしれない。


 今日、瑞季に何を言われるだろう、まだ自分からは報告していない。きっと喜んでくれるのはわかってる。遥の次に電話しようと思いかけたのだけど。その前に

『忙しくてイライラしてる』

 なんてメッセージを見てしまったから、躊躇してしまったのだ。


 幼なじみの自分にとっても、たまに瑞季の言葉がちくっと刺さるけど、たぶん喜んでくれるだろうというのは、わかっている。でも、電話できなかったのだ。

『おめでとう!やっぱりね…私が言った通りになるんだから。最初から私の言う通りに動いてくれてれば、決着も早かったのにね』

 そんな感じに言ってくれるかな。

 ずっと瑞季は、ライさん推しで力説してくれていた。女子会をして、恋バナが弾むと、なぜかターゲットは、遥じゃなくて夏美になっていってしまう。

 酔ってる瑞季は、強気の姐御肌丸出しになる。

 説教したいのか、ダメ出ししたいのかみたいな口調になる。

 それがせっつかれているみたいで、少し引き気味だったのだ。もちろん、瑞季に悪気はないのもわかっている。

 真凛さんが言ってたように、知り合い同士が仲良く上手くいきかけている恋バナが盛り上がるというのはわかるんだけど…恋する心って、心の中でも一番繊細な部分だから、友達とはいえ、いきなり防御力の低いところをチクチクされるのは、ちょっと嫌なんだけど。

 そんなことを言ったら、今度は瑞季の心の柔らかいところを刺してしまいかねない気がしていたのだ。最近は、昔のように毎日顔を合わせているわけじゃない。本音を言ってからんでいいのか、空気を読む方がいいのか、正直どっちがいいのかわからなくなっているのだ。


 夏美は大あくびをして起き上がり、ばさりと顔に落ちかけてくる髪の毛をかきあげた。最近、髪の毛が伸びるのが早かったから、くくれるようになり、助かったかもしれない。中途半端な長さだと、顔にまとわりつくだけなのだから。

 昨夜は眠かったので洗った髪をドライヤーで乾かすのをさぼり、ぐしゃぐしゃになっているのだろう。

 お腹が空いているので、パジャマのまま、洗面所に行き、髪ゴムで一本にくくる。ふだんから鏡はチラ見しかしていないが、つい今、驚いて二度見した。

 すごい…今、誰かに会ったらヤバい、…なんてものじゃない。

 もっと日焼けしてガリガリになって顔に泥をなすって、垢だらけの単衣の着物かなにか着付けたら、時代劇に出てくる河原乞食の役を十二分に演じられそうだ。


 …ううう、情け無いけど、これが自分の真の姿なのだ…。女子力のかけらも無い。


 のそのそとリビングにいくと、パートに行ったと思っていた母がアイスコーヒーを飲み終わったところみたいだった。しかも、自分とは対照的に、いつもよりちょっとだけおしゃれをしている。まさに出かけるところみたいだった。

「うわぁ、驚いたー!…いたんだ、お母さん。静かだったからわからなかったよー」

「えー、こっちこそ驚くわよ。何、そのかっこ。私はもう今、出るところ。

 じゃあね、長くても二泊!、洗い物とかよろしくね?。

 あ、あ、そんなんで、家の中をずっとうろついて宅配便とか受け取らないでよ?」


 あくびまじりに返事しているそばから、母は出かけていってしまった。

 えーと、そうだった。そういえば、旅行に行くって言っていたっけか?

 あれ?それで、行き先ってどこだっけ?

 なんかうっすら誘われていた気もするけど、母もあっさりタイプでしつこく言わないので、良く覚えていない。

 最近、ちゃんと会話してたっけ?

 今日も明日も、夏美が家で夕食を食べないのを知っていたからなのか、夕飯の準備も頼まれていない。

 隼人とか大丈夫なのかな?…塾の帰りにコンビニとかハンバーガー?

 父さんは、いつも遅いから同じことか。

 あ、今日暇だから何かしてあげるアピールをしておけば良かったかな。いつも忙しいと言っているから、家族みんなが遠慮して何も言って来なくなった。


 どうしよう?何かやるべき?

 あー、私、女子力、本当にないしなー。楽ではあるんだけど、ちょっと気がとがめる。

 でも、申し訳ないけど、自分のことで精一杯なんだよね。うーん、中途半端に何かしてもなぁ…得意料理とかも、別に無いし…。後ろ向きの理由ばかり頭をよぎる。はー自己嫌悪。

 うん、でも、やはりしばらくは甘えさせておいてもらおう。



 昼くらいに、ライさんからメールというか、○インメッセージが届いた。

『今日、真凛じゃなくて僕がお迎えに行こうか?どう?』


 どうしよう…。返事をすぐに思いつけない。

 本音を言えば、真凛さんとの方が気楽に行けるんだけど…。

 素直にそう言ったら…設定上はマズイのだろうか。

 彼女の振りをする約束をしたんだから。


 一応、そう、ライさんの彼女の振りをしてしばらく生きていくのだから。

 その表現は、ちょっと大げさかな…。でも、これはけっこう気を遣ってやらなければならないことだったよねと今更、思い始めている。

 あの時は、変なテンションになってしまって、ついどうしても、ライさんの役に立ちたいと思ってしまったのだ。


 今日みんなに冷やかされる立場になると考えるだけで、だんだん気が重くなってきた。正気に返って、怖くなってきたというより、何もかもめんどくさくなってきた気がする。


「あー、どうしてあんなことを約束しちゃったんだろう」

 と、口に出して言ってみた。何も起こらない。やはり宝珠さんが何かヒントをくれるわけじゃなかった。

 あれから、特に何も起きず、ぐっすり寝ることが出来ている。

 嫌な夢も見ない。怖い夢も甘やかな夢も、全く見ない。

 とても良い毎日を過ごし、毎晩悩みなく大の字になって寝ているのだ。

 何か忘れていることがあるような気がして、それを思い出した方がいいかなぁと思って、何度かメモを見たけど、よくわからない。


 というか、今一番忘れようとしているのは、…。

 最後に自分から歩み寄っていき、ライさんとキスしてしまったことだった。

 忘れよう、忘れようとしているのだが、そうすることで余計に何度も思い出してしまって、赤くなる。


 あの瞬間、2人とも、まるで本当の恋人みたいだった。

 そう、おとぎばなしのハッピーエンドのシーンに2人が入り込んでしまっているみたいだった。ドラマの演技だったとしたら、それはもう上出来な部類だと思う。


 ダンスを始める時、自然に寄り添ってホールドするみたいに、ぴったりと。

 ありえないくらいにぴったりなのって、逆に不自然な気がしてくるけれど…。

 全てのことがもう先に決まっていて、そう、これが正解だと言われているみたいな…。

 なにか不思議。


 あまりにぴったり過ぎて、そのままでいたいと思いそうになってしまった気がする。いえ、本当のところは、自分はもっと変なイメージを持ってしまっていた。自分のメンタルとか妄想癖は、なんか重症なのかもしれない。


 もっと先へ行きたい感じ、がしたのだ。

 自分がライさんの中に入り込んでいきたいくらい、という説明をしたら、えっちな変な人みたいだけど、そういうのじゃなかった。互いの肉体という邪魔がなければ、何か道が先にあるような・・・もっともっと先に、なにか一つの答えがあるみたいな気持ちがしたのだ。


 それはもしかしたら、ライさんの持っていたお札のせいなのかもしれないけれど。

 ライさんのもう一つの名前を宝珠さんが教えてくれたおかげなのか、私はその後、ライさんの家の客間でなにか冒険するみたいに次から次へと夢を見ていたのだけど、それと似たように思えたのだ。

 どんどん夢をたどっていたみたいに、もしも道さえ見つけることができればライさんの中の何か、もしくはライさんの身体を突き抜けた先の向こう側にある何かを知る冒険ができるように思えてさえいた。

 うん、とても非現実的で、とても上手く説明出来る気がしない。

 自分でも、こんな変人の自分を持て余して、だんだん心配で憂うつになる。


 今日、ライさんと踊っているとき、何か私はしでかさないだろうか。私、冷静に演技ができるだろうか?

 演技をきちんとするのなら、一生懸命というより、少し引いている方が上手くいく気がする。本気みたいになってしまったら、暴走気味でコントロールをしにくいと思う。



『ねぇ、君は僕が怖くないの…?

 そろそろ、怖くなってきた?』


 ライさんを怖いというよりも、なにか自分の、ふわふわとした気持ち、わけのわからない妄想を怖がった方がいいのかもしれない。


 はー。きっと返事を待っているよね。

 こんな、悩んで引っ張ることでもないんだし。

 友達なんだから、正直に書いてしまおう。

『ごめんなさい、せっかくだけど…行きは真凛さんとおしゃべりしながら行きたいんです。

 女子会みたいで楽しいんですよ?!』

 早めに返事が来る。やはり、お待たせしていたみたいだ、ごめんなさい。

『わかった。じゃ、帰りは狼にならないようにするから、家まで送り届けていいかな?』

 そうだよね、ライさんは優しいから、心配してくれているんだよね。

 私だって…不安を抱えていても、どこかでライさんのそばに行って、正直に相談してしまいたい(ドン引きされるとしても)という気持ちがある。恥ずかしくて避けたい気持ちと、不安だからこそ会って少し本音で話したいという気持ちの両方で揺れてるんだ…。

『はい、ありがとうございます。でも、ライさん、お身体は大丈夫ですか?』

『うん!大丈夫。じゃ、今から仕事に戻るから、また後で、現地でね』


 《ありがとう》のスタンプを送ってみる。とまどっていると感じている割には、自分は機嫌良く微笑んでいるのを感じる。


 大丈夫、この心持ちなら暴走はしないと思う。自分はともかく(?)、宝珠さんは大丈夫な気がする。

 ライさんの持っているお札を感じて以来、自分の宝珠さんは何か落ち着いてしまったのか、いてくれている気はするのに、とても静かで穏やかなのだ。あの、誰かを助けなくてはならないという緊迫した焦燥感は全くない。



 ダンスの練習会は、ライさんの会社からの参加者も増えていっそう賑やかになっている。日本人みたいに、一か所に固まるというよりは、それぞれがフレンドリーに交流しようとしてくれているみたいで、真凛と一緒に準備をしている夏美のそばにも来て、片言の日本語を使って、臆せずに話しかけてくる。


「はい、時間なので始めますよ!

 今回はさらに新しいパーティダンスを追加していきます。でも、最初は前回の復習を先にしましょう。

 ですが、その前に!

 先週休んだラインハルトより、ご挨拶をさせていただきます」

 と、姫野さんが言った。

 きちんとした挨拶の後、ライさんがくだけた口調で

「…私ごとなんで悪いけど、ちょっとこの場を借りて、お話しておきたいことがあって」

 と言った途端、みんなが一斉に吹き出して、盛大な拍手をした。

 ライさんがちょっと困った感じの笑顔で、

「何、なんで...ここで笑うかなぁ?」

 と言う。

 次の瞬間、ライさんの方を見ていた全員の視線が、いきなり自分のほうに集中して、夏美は真っ赤になった。

 遥と瑞季も笑い転げている。

「だって、みんな、今日はホントにワクワクして来たのよ!」

 と瑞季が言った。

「そう、とりあえずみんな『ここだけの話』を聞かされて、わかっているんです。

 発表してくれるだろうから、そこまで冷やかしたりしないで我慢しておこうと思っていたんですよ。

 もう耐えられないですよね、皆さま。おめでとうございます!」

 と姫野さんが言い、みんなが口々におめでとうを言ってくれる。


「あのさ、まだ僕は、本題に入っていないよ?…それに」

 と言いつつ、ライさんは夏美のそばに来てくれた。


「ほらー、みんながじろじろ遠慮なく見るから、かわいそうに夏美が固まっているじゃないか。

 僕はただ、なんかみんながそわそわして聞きたそうだから、さ。先に言った方がいいかなって思ったんだ。

 ようやく僕が交際を申し込んだところだよって、言いたかっただけなのに。

 今、夏美に振られたら、みんなのせいにするからね?」

 と、ラインハルトが言うと、さらにみんなが盛り上がった。


 みんなが盛大にヒューヒュー言うのを

「はいはい、もう終わりにしようよ?」

 と軽い口調でいなしてから、そっと

「大丈夫?ごめん、いきなり…夏美のことまでさらし者にしてしまって…」

 と声をかけてくれる。

「はい、いえ予想してはいたのですが、やはり…照れちゃいますね。ダンスしていたりする時には、どんなに見られていても平気なのに」

 というやり取りの間にも、みんながこちらを笑顔で見守っているのが感じられてありがたい気持ちはする。…だけど、とても恥ずかしい。

「うん、そうだね」

 と、ラインハルトが言葉を切って、みんなの方を向く。

「とにかく、まだまだこれからなので、暖かく見守ってください。よろしく!

 で、僕と夏美の平常心を保つためにも、今からこの話題はちょっと忘れてもらって、まじめに練習をしましょう!」

 と締めてくれた。

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