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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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52 《風を喚び、飛翔する者》 (5)

「…ラインハルト様。それは気のせいかもしれませんよ?

 あなたは化け物なんかじゃないですよ」

「ありがとう、慰めてくれて。マルセル、わかってる。

 僕は…マルセルなら、自分をフォローしてくれるのを知っている。それをわかっていて僕は弱っているのを言い訳にして甘えているんだ、ごめんなさい。

 それも、自分で良くわかっているんだ。ありがとう。

 夏美もね、優しいからなのかな、そうしてくれる。

 僕の…本当のことなんて知らないから、僕を信じるって言ってくれて。…それが嬉しいからこそ、僕は少し辛い気持ちになってしまう。

 自分がそうして欲しいと望んで行動し、相手がそれを理解して受けとめて行動してくれていて、そうやって望みが叶っていることに感謝しつつも、なんだか少し辛いんだ。それはたぶん、自分の中に欺瞞があるとわかっているからだと思う。

 夏美と一緒にいる時の僕は、自分の正体を隠して普通の青年のように振舞っている。それは、とても心地良いんだ。…都合が悪いことを全部忘れているんだから。

 だからこそ、自分の現実と直面すると、落ち込むんだよ。目を背けていた真実があることを自分が良く知っているんだから。

 夏美は、最初から真実を言い当てていた。

 僕は、悪い魔法使いでしかない。しかも、嘘つきの。それが、本当のことだ」


 マルセルは昔と同じように、見えない大事なものを見通しているのか、まぶたを閉じたまま落ち着いて言う。

「一応、お伝えしておきましょう。ヴィルヘルム様と長老の皆様は、予想以上にラインハルト様の光魔法が成長していると褒めてらっしゃいましたよ。私も、それを感じています。

 光魔法の力もちゃんと増大しているようですよ?

 それに、闇魔法と敵対してきた種族である自分が言うのも何なんですが。

 ラインハルト様が、光魔法だけでなく相反する2つの魔法の狭間に立って両方とも扱える能力を持っていることこそが素晴らしいのですから。成長したおかげで、闇魔法の側の力が伸びる時に、光魔法の方も連動してパワーアップできるようになったのかもしれません。

 とりあえず、私の感じるところでは、ラインハルト様はバランスが取れています。闇の割合ばかりを増大させているようには、全く見えませんが」


 ラインハルトは、ほうっと息を吐き出した。

「そうかな?…そう思う?…他のことは簡単なのに、自分では自分のことを上手く測れないんだ」

「それで…それを気にされて、先日も母上様のお側に行かなかったのですか?」

「ああ、まぁ、それだけじゃないけれど…母上はちょうど休憩されるところだと聞いたし…ご挨拶に伺うのは、ちょっとやめておいたんだ」

「フロレンシア様もお強くなられたのですよ。マスターだって、幼い頃とは違って、力の制御も完璧になさってるじゃないですか?」

「…うん、そう努めてはいるんだけどね。やっぱり、大切なお方だから、父上とお健やかに過ごしていて欲しいから。うん。父上にも勧めていただいたんだけど。

 でもね、ちらりとだけど…お姿を見ることができたんだ。だから、嬉しかったんだよ。…うん」

 ラインハルトは、照れ臭そうに言った。

「そういえば、ラインハルト様の小細工が上手くいったのかどうなのかお聞きしていませんでしたね?

 お聞きするまでもないのですかね?」

「…うーん。上手くいったとは言えないな。

 ああいうことをするのは、初めてだから。

 もともと好きな手段じゃないから、きちんと会得出来ていない気がしていて、準備不足というのを痛感したよ。…レミエルなら他人の夢に入り込み、その人を操ることが出来るらしいけど」

「《夢魔》までいくと高度過ぎますし、あれは、諸刃の剣だと言いますよ。

 レミエルは、ある程度シナリオ通りの夢を相手に見せることが出来るらしいですが。

 もちろん、相手との関係性(絆)、それから受信する相手の条件、状況にもよるらしいです。感受性豊かな相手ほどやり易いようですね。心の隙間に入っていく術なのですから」

「怖ろしいね、上手くすれば、相手を意のままに操れるかもしれないよね」

「そうですね、私たちもそう言ったことがありましたよ。謙遜だかわからないですけど、彼は『そこまで、都合のいいものじゃない』って笑ってました。『要らぬ煙幕を立てるようなもので、しっかりしていないと、自分も相手も、真実がわからなくなる』とか。

 間違えた手法を取れば、無関係な者をまがいものに仕立てあげられる可能性すらある、とも聞きました。そうなれば、そもそも美津姫様の生まれ変わりではない方に、勝手に我らの希望を投影してまがいものにしてしまいかねません。ご本人が優しくて感受性豊かな方ですと、ご自分の心をも消してそうなってしまうというのは、確かにありそうな話です。

 だから、関係性とか絆とかという条件が必要らしいです」

「うん、だから、僕は《立ち聞き》程度しか出来なかった。それに…。

 やりたくなかったんだ、こういうところが僕の中途半端な、情け無いところなんだけど。

 やれば、出来てしまうんだよ、本当は。昔、レミエルに教えてもらったんだから。

 ただ、コントロールしきれるかどうかわからなかったし、好きな相手のことだと冷静さを失ってしまう恐れがあって、とても諸刃の剣なんて振り回せないな。誰かの意思や心を操るなんて、やはりしたくない。魔法で色々ごまかしているくせに、今さら綺麗ごとを言っているみたいだけど。

 そんな訳で、立ち聞き程度じゃ、途中で弾かれちゃってダメだった。力及ばず、だね。

 でも、『自分という存在なんて、失っても構わない』っていう夏美の最悪の選択肢を消しに行くサポートは出来たのかなぁ…。それが本当に一番怖かったから」

「いえ、それで良かったんですよ。やり過ぎてしまうよりは。

 私もつい、ラインハルト様に余計なプレッシャーをかけてしまいましたが、なんでしたっけ、過ぎたるはなお及ばざる…?」

「ああ、そうだね。《過ぎたるはなお及ばざるが如し》、その孔子の言葉を逆にひっくり返して言ってくれた日本の名君、徳川家康の心境に近いかな。

『及ばざるは過ぎたるより勝れり』と彼は言ったんだって。

 やり過ぎとやらなさ過ぎを比較すると、同じくらいだめだねぇ、じゃなくて、やらなさ過ぎの方がまだマシということを言ったんだね、手堅い人だったそうだから」

 こういう知識問題になると、気がまぎれるのか、すらすらラインハルトが答える。

「さて、せっかくの機会ですから聞いてしまいますが、…。

 夏美様の中に、宝珠が入り込んでしまった理由については…わかりましたか?

 あの、いえ、微妙な問題ですから、内容は私には言わないで結構なんですよ。ただ、ラインハルト様が把握できそうだったかどうなのかと…」

「それが…そう、それが全く…。ごめん、良くわからなかった…。

 あの、《巫女姫さまが『死』や『滅』を望んだら、宝珠が心を寄せて身体の中に入り込むらしい》というあの神社に伝わっている伝承は、本当に本当のことなのかな…?って、改めて思ってしまった」

「ですが…」

 と言いかけて、マルセルは言いよどんだ。

「大丈夫、気を遣わなくていいよ。美津姫の時は、そうだよね。それはピタリと当てはまったと思われたケースだから。

 でも、夏美は、本当にわからない。ずいぶん子供の頃から不思議な夢を見ていたらしい。

 夏美によれば、『私は、かなり幼い子供の頃から、宝珠さんがそばにいてくれた』って表現なんだ。

 決めつけてはいけないけど、『死にたい』って思うのって、もうちょっと緊急性のある、切迫した感じだろう?

 幼い頃からぼんやりと自然に『死』や『滅』のことを思いながら、日々を過ごすって感じが、どうにも夏美から受ける感じからは想像出来ないし、まったく理解出来ないんだけど。そんなこと、あると思う?」

「ううーむ。難しいですね。それは、私にはなんともわかりません。私たちは…残念ですが、そういう種族ではないので」

「あ、そうだった。ごめん、つい…。とにかく、夏美は宝珠のことで悩みがあるというのを認識してくれているし、それを僕と一緒に解決したいと前向きになってくれただけでも、進んでるよね?

 夏美が心の中に『死にたい』くらいの悩みを抱えているのだとしたら、もしもいつか僕に話したいって思って僕を相談相手に選んでくれた時には自分が変な対応をしないように、自分という人間を成長させておかないとね」

 と、ラインハルトは言って、うなづきながら聞いているマルセルを見た。


「それはそうと、もしかして、マルセルは僕に何か用事があったんじゃないの…?」

「あ、えーと、ええ、すみません、急ぎではないので、明日で良かったんですが」

「なんだよ、言って欲しいな。僕のことや夏美のことばかり聞いてもらったんだから。

 僕も、マルセルの役に立ちたい、って、なんか…誰かさんに似てきたのかな、僕は」

 マルセルは、微笑んだ。

「明日、図書室で、神話の本のお勧めを教えて頂こうと思ったんです」

 本の話と聞いて、ラインハルトは嬉しそうに身を乗り出した。

「へえ、マルセル、珍しいね。人間族の語った神話なんて。…どんなんでもいいの?」

「ええ、あのう、女神テーミス様という方が出てくるのって、どの神話ですか?」

「じゃ、ギリシャ神話だね。

 テーミス様がお産みになられた、運命の三姉妹神、モイライの話とか?面白いよ?」

「三姉妹の神…。モイライ…?」

「『運命を司りなさい』って、ゼウス様がその三姉妹の女神にお役目を与えたんだ。

 その三姉妹神をまとめてモイライというんだけど、一人ひとりにちゃんとお名前とお役目があってね。うーん、何だったっけ。あれ?ちゃんと覚えていたはずなのに。

 運命の糸を紡ぐ女神、長さを測る女神、最後にその糸を切る女神で、三柱の女神が協力しあって運命を定めることになっているんだよ。

 あ、わかった!…話してるうちに思い出したよ、さすがでしょう?

 モイライ三女神は、糸を紡ぐクロートー様、長さを測るラケシス様、糸を切るアトロポス様だったよ。丸暗記した実家の本が間違ってなければ。

 最高神ゼウス様が、『この人にはもう少し長く』とか、後から色々と注文をつけたかったことが起きたみたいだけど、専属のお役目として定めたので、その三女神たちに逆らえなかった話とか、ね?面白いでしょう?」

「そうですね、うーん、三姉妹の女神で、何か別の話は無いですか?

 そうですね、正義とか公平とか…」

「マルセルは、…なにか、夏美と似たようなことを言うねぇ。

 今は、みんな《正義》がツボなの?

 ちょっと前には、日本では《これからの正義の話をしよう》というテーマのハーバード大学の先生の本が、大ヒットしていたみたいだね」

「夏美様が…?正義の話を…?

 お二人とも、デートの時にそんな堅い話をしているんですか?」

「だって、夏美はそういう話にちゃんと付き合ってくれるし、夏美からもテーマを出してくれたり、きちんと意見も助言もくれるんで、僕はすごく楽しいんだよ。

『善悪の基準とかきちんとしたものがあるなら、知りたい』とか言ってたよ。あ、わかった!

 また、記憶を頼りに、間違った答えに飛びついたりしてるかもしれないけど。

 正義の女神が混ざっている三姉妹神を、別の機会にテーミス様がお産みになられている。

 正義の女神の名前はディケー様、どう?」

「ああ、そうですね。そういう話が何か良いモチーフになりそうです。その方々にもお役目とお名前が…?」

「うん、そちらの方は、お名前もすぐに思い出せるよ。

 ゼウス様とテーミス様のお子様方で、三姉妹まとめてホーラ三女神と呼ばれている。

 一番目がエウノミア様、秩序の女神。二番目がディケー様、正義の女神。三番目がエイレーネー様で、平和を司る女神だ」

 マルセルは、はっとした。

「《平和》…なるほど、そうでしたか。

 なるほど、…その言葉を探していたのかもしれません」

「うん、《平和》を司る女神様がいらっしゃるというだけでも嬉しくなるよね。大大祖父様が最も目指すべきと言った大事な言葉、《平和》だね。

 良く覚えてるんだ。幼い頃に実家の塔の宝物庫の壁に書いてあった、古い言葉。

 『平和が大事なのだ。一人や数人の意思だけでは、絶対になし得ない究極の理想なのだ』と。

 お祖父様が、僕にその話を解説してくださっていた。ほんの小さな子供なのに、ちょうどハインリヒが産まれる前だったんだよね。

『もうお兄ちゃんだから』って特別扱いしてくれて、嬉しかったのを思い出すよ」

「ヴィルヘルム様も、『自分の孫が、ラインハルトという名前に相応しいようだ』と、それは大変な喜びようでしたから」

「うん、相変わらず、期待していただいた分の一部すらも安心させて差しあげられてはいないのだけど…。字面を追うだけでなく、きちんと理解できるようにならないとね。

『地上が、まるで神の国のように楽園になって欲しい。そのためには、四大天使(四元素)、それから生命誕生の三要素、それに太陽系の惑星を加えた数と合致する22の枝を持つ生命の世界樹を巡り、相反する理念を昇華させて、ミトルがいにしえの神との約束の地、《運命の輪》の元へ行かねばならない』

『すべての生命が平和を維持して共存すること』は、地上のものたちの望みでもあり、それが神の御心でもあるんだって。

 神様だって、自分が創造したものたちすべてが活動してるうちに、なんだか色々と出来損なってさまよっているのをわかっていても、やはりすべてを愛してくださっているのだろうと。でも、抽象的で良くわからない難題だよ。

『運命の輪は、では最初と最後が合わさった輪なの?それとも永遠に続くメビウスの輪みたいなものなの?』

 子供だった僕は、お祖父様に褒めてもらいたくて、ずいぶんと背伸びをして色々と質問したんだ。知っている知識をひけらかしながらね。

 ああ、そうか。その答えに近いものを、夏美は夢で見ていたのかもしれないな…」

「あの、夏美様が見た夢の、彫像に似た…?」

「そう、それは、普通目には見えないし、なかなか感じ取ることは出来ないものなんだ。

 夏美はね、3人の女性が円を描いてぐるぐると、上昇していくって表現していた。

 それは…円なのか、螺旋なのか、運命の輪なのか、《エルサレム》と名前のついた彫像に関係があるのか…。いったい夏美は、何を見ていたのか…?

 ふふふ…すごいねぇ」

 唐突に話を切って笑い出したラインハルトに、マルセルは驚いた。

「…?何がおかしいっていうんです?…せっかくの良いお話が。

 結局は、いったい、何なのでしょう?」

 ラインハルトは、にこにこと笑っている。

「ああ、ごめん。だってまだ、良くわからないのさ。今はとりあえず、僕の仮説、どまりだからね。まだまだ他に候補を挙げられる気がするんだ。ね、そうしておいて。

 マルセルの、何か気になっている話だって、そうだよ。明日、ちゃんと神話の話の本を紹介するよ。絶対にその方がいい。

 僕がいろいろ三姉妹の女神がどうしたこうした、なんていう勝手な蘊蓄(うんちく)を語り過ぎると、マルセルに変な先入観を与えてしまうからね。だから、及ばざるでいったんストップ。

 …だって、夏美がね、僕に今日、注意したんだよ。

 先回りして、それっぽい正解みたいなことを僕が言うから、夏美もそうかなぁって思ってしまうんだって。

 なるほどなって思ったんだけど。

 僕だって夏美の邪魔をしたいわけじゃないけど、絶対に言いたくてムズムズするよ。

 ね?、僕たち、今に大ゲンカしそうだろう?」

 マルセルは、微笑んだ。

「なるほど、私も、夏美様のご意見が良くわかります。理解出来ないことに対して安易に答えを教えてもらうより、悩みながら答えを探していく過程も、とても大事なことですからね。それなくしては、学んだとしても、自らの力にすることが出来ないのですから。

 フィリップにも、『ラインハルト様に、正解を教えてはならない』と釘を刺されていましてね。

 メフィストと私は、ラインハルト様が好き過ぎて、甘やかしているように見えるそうなので、気をつけていかないとなりません。今後は少し厳しく接していかねばと」

「ああー、フィリップめ。僕がぶっ倒れている時に先回りして、マルセルに色々、吹き込んでたんだな」

「注意だけじゃないですけどね、ずいぶんとラインハルト様が頼もしくなったと褒めてましたよ」

「そうかい?、本当かなぁ。…でも聞いた?

 フィリップの恋のアドバイスが酷すぎなんだよ。フィリップって、恐妻家なんだって。『男は、ちゃんとした母ちゃんの尻に敷かれていれば、それで良い』んだそうだ」

「何と…!それはちょっと、笑えてきますね。

 ええと、ラインハルト様と夏美様が大ゲンカするとしたら…。

 その時は、私は…夏美様のお味方をすれば、よろしいんですよね?」

「うん、ありがとう、マルセル。それでもしも、尻に敷かれて動けなくなっていたら、その時は僕を引きずり出して、助けてくれ」

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