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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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49 《風を喚び、飛翔する者》 (2)

 

 マルセルは部屋に戻って、横になってまどろんでいる。

 確かに、夏美様は不思議なことを話しているようだ。いや、そもそも存在そのものが不思議な気がする。

 美しい黒髪と面差しは、美津姫様に似て見えた。ラインハルト様から色々聞いていたとはいえ、初対面の時には驚いた。本当に生まれ変わりかもしれないという希望を持った。瓜二つとまでは言わないが、似通ったものを感じた。さすがに、美津姫の姉の多津姫さまのお孫様にあたられる方だからなのか。

 だが、ラインハルト様の言う通り、性格は全く違うようだ。

 少し会話をしてみただけだが、確かに違うと、改めて思った。

 美津姫様は、はにかみがちでおとなしいが、品があり、年齢よりも大人びた印象だった、しかも内面は芯の強い、完成された巫女姫としての凛とした…プライドの高さを持っていた。そして、自分に付き従ってきた姉やである後藤さんを始めとするお付きの人達に対する責任を常に感じているようだった。もしも、美津姫様の生まれ変わりであったならば、そして記憶が戻ることがあるとするならば、真っ先に彼らのことを尋ねなさることだろうが…。


 夏美様には、美津姫様のような悲しい覚悟や厳しさは感じない。巫女としての訓練を受けるどころか、どうやら母上の真琴様同様、ご本家から何も聞かされていないまま、育って来られたというのは、どうやら本当のことらしい。

 初対面の挨拶の時の少しはにかむような笑顔を見て、美津姫様と似て見えたのだが、一度踊ってみると、明るくて元気なタイプの人間と感じた。まだまだ自分は未完成であると思いながら、たくさんの物を素直に吸収しようとされている。そして、どこか大雑把な大らかな感じも受ける。少し上手くダンスのステップを踏めると、もっと新しい工夫をしたがるような、わくわくした感じを醸し出す。もちろん、ナイーブさもおありになるのだろうが、子供の頃からスポーツが得意で男の子に混じって跳ね回って遊んでいたという微笑ましいエピソードも聞いている。


 …夏美様は、美津姫様の生まれ変わりではなかったのか…。ありえないとは思いつつも、心のどこかで、もう一度お会いできるような期待をしていた。

 夏美様に会って、この方こそは、と勝手に思ってしまった、あの感覚はいったいなんだったのだ?

 不思議だ、私の感覚が鈍ってしまったのかもしれないな…。

 心のどこかで、久しぶりに懐かしい方と再会したかのように感じてしまっていた…。美津姫様ではないのなら、誰か別の懐かしい人に似ているというのか…?

 そんな心当たりを持つ人などないはずなのだが…。

 …うむ…無いはずだが…?あまりに長い時を過ごしてきて、忘れてしまったことも多いのだろうか。


 夏美様が話したという、不思議な話について考えれば、何か掴めるだろうか。

 テオドールという生まれながらのお名前で呼ばれていたラインハルト様が、北の塔の螺旋階段を《螺旋の罠》にもかからずに、一人で勝手に登りきってしまったのは、そうだ、確かまさにおっしゃる通り、5歳くらいだった…。

 そんなエピソードは、美津姫様も知らなかったはず…。知っているのは、…一族の中でも長老達と数名の者だけかもしれないのだが…。

 しかも、…待てよ?

 テオドール様は、もちろんその後何回も塔の最上階の宝物庫に登ってはおられるのだが、すぐに塔の中での最上クラスの資格者(ラインハルトという名前を継いだ、特別な者)となっているので、階段をきちんと登っていたのは、最初の数回のみであり、飛翔魔法(や、その他様々な実験的魔法という名のいたずら)を試してみる場となってしまっていた。



 あの時までは、テオドール様がラインハルトという名前を継がねばならないお子様だとは、誰しもが考えていなかったのに。そして、ラインハルトという名前を継承したことで、フロレンシア様(テオドール様の母君)の側にいた自分が、請われてラインハルト様の“従者”になることに決まったのである。…懐かしい話だな…。



『マルセル殿、すまぬ…。他の者には内緒で…わしと共に来ておくれ。

 緊急事態なのだ、共に北の塔に登ってくれぬか』


 苦悩の滲んだ顔だった。だが、思いがけない宝を見つけてしまった喜びをも、その顔に秘めてヴィルヘルム様は、こっそりと自分に頼みに来たのだった。


『テオドールが、孫のテオドールが…Azoth杖を継がねばならない者のようだ。

 大天使に匹敵する白さと悪魔の黒さを持つ《混ざり者》が、あの子だったとは。父祖が夢見たことは、いよいよ叶うのだろうか…?

 ただ、幼くて何もわからないとはいえ、覚醒し始めた者のさがか、ある意味残酷なことを仕出かし始めたので…何とかうまく制さねばならないのだが…。

 今、あの子の持っている魔力は大した量ではないはずだが、本人が、事情を良くわかっておらず、手加減することすらできないので、こっちが心しておかねば、やられてしまうかもしれぬ…』


 それはある意味、自分達の身に危険が及ぶかもしれない任務であり、また逆から考えれば、考え無しに正面からぶつかれば、テオドール様の萌芽を潰してしまう、いや、最悪お身体、お命を損ないかねないかもしれないおそれがあるという話だと理解した。


 そして…本来ならば、よそ者である自分が立ち入れぬ場所であった、宝物庫のある北の塔に私は入っていったのだった。

 …緊急時なので、ヴィルヘルム様がすぐに螺旋階段の魔法の罠を解除した。だから、その怖ろしい罠を幸いなことに自分は味わったことはない。

 螺旋の罠は、静かな魔法だが…残酷だと聞いていた。


 螺旋階段を登って行く時には、同じ顔、同じドレスを着た何人もの美しい乙女が螺旋階段を降りてきて、登る己とすれ違う。

 降りて行く時には、逆となるのだ。

 乙女たちは、魔法仕掛けの美しい衛兵の役割をしている。心を持たぬ、幻影の魔法。よって、言葉などは通じない。情にすがる、なんてことは出来ない。

 彼女たちは、〔螺旋階段上の者が正当な資格を持つ者か〕心の底まで見通すのだ。正当な資格が無い者は…生きて帰れないと聞く。

 正当な資格を有する者でも、己の心を疑ったりした時点で、階段から一階の床に投げ落とされると聞いた。


 美しい乙女たちが一瞬にして消えた殺風景な螺旋階段…ヴィルヘルム様と共にその下に駆け寄り…。!…。


 いや、そうだ、確かあの時に小さな違和感を覚えて私は、一瞬立ち止まったのだった…。

 そう、思い出した。

 その場に誰もいないはず、なのにそこで誰かの声がしたのである。日常の一瞬の隙間に何かの違和感…。

 ああ、そうだった、そういう不思議な体験をした場所でもある。


 《神官殿…!》

 そういう風に聞こえた。

「…?」

 私は後ろを振り返った…そう、その側に彫像があったのだ。後で、『エルサレム』とかいうタイトルが付けられた彫像だと教えてもらったのだが…。


 術者であるヴィルヘルム様のことをそう呼ぶ者が、塔の中に居るのだろうか?

 そう思ったことを思い出した。


 いや、塔内にはやはり自分とヴィルヘルム様しか居ない。いったい、これは…?

 何か、自分の内面的な何か…何かを思い出しそうになり、だが、慌てているヴィルヘルム様の声に我に返ったのである。


「マルセル殿、早く!登ってください。あ、いや、貴方は確か…」

「はい、飛ぶことは出来ます…久しぶり過ぎ、ですが」

 この北の塔は、特別な場所であった。数少ない明かり取りの窓も小さく、内部を外から窺うことは難しいので、術や魔法を自由に使って良い場所なのである。

 この地に滞在して以来、私はずっと隠し通していた、純白の大きな翼を広げて飛翔したのだった。(高地エルフ族は、このような特徴で、しばしば天使族と間違えられる。)



 …懐かしいな、あの頃のことを今まで思い出しもしなかったのだが…。


 一族に伝えられてきた伝説は、始祖の錬金術師の夢は、現実になるのか…?

 陳腐な言い方になるが、彗星のごとく現れた、〔ミトル−光と闇を併せ持つ者〕になれる素質を持った者。あまりに幼いが、その未知なる可能性の大きさに周囲の期待は大きかった。

 そして、好奇心いっぱいの青い大きな瞳をきらきらさせて、ただ素直に学んだことを使いこなそうとしていた、ラインハルト様。

 自然界の四元素をベースにした魔法のほか、光魔法(聖魔法)と闇魔法(黒魔法)という相反する質の魔法をバランス良く会得せねばならなかったのだ。

 いくら素質があるからと言っても、やはり言うほど簡単ではなかったと思う。飲み込みはかなり早いのだが、一定水準に達した後の苦労は、ある。なまじ最初に勢いづいただけに、その停滞期(習熟に時間と手間を取られる期間)に足踏みしている自分をも客観的にわかる頭の良さがあだになり、じりじりと苛まれていたことが多い。おかげで幼い子供にしては、毎日圧倒的な高い壁に挫折し、多くの失敗をしでかしてはべそをかき、自分の中の闇の力の大きさと折り合えなくて嘆き、マルセルの腕の中で泣きながら眠りにつくことも多かった。

 憧れの大天使ミカエル様の夢を見ることが好きだった少年は、ある時、ミカエル様から光の槍に刺され、成敗される夢を見たと言って、そのまま熱まで出した。…本人も気にしているようだが、どちらかと言えば、闇魔法の能力値の方が高くなる傾向にあるのだ。光魔法寄りの、しかも回復魔法よりの、優しい気質をしているというのに。苛烈な攻撃魔法をさらりと成功させた時の子供らしい喜びよう。誰だってわかりやすくて上手く出来る方が嬉しいし、楽なのに決まっている。最も本人と周囲が心を配っていたのは、闇落ちする安易さに流れていかぬようにすることであった。


 ずいぶん昔のことまで思い出してしまったな、マルセルは自嘲した。

 ラインハルト様と離れていたから、それで…私はずっと寂しかったのだな…。

 昔、自分に頼ってくれていた頃の、あの小さな幼い身体の重みを懐かしんでいるのか。


 ずいぶんと…私は遠くまで来た…。


 滅びゆく高地エルフ族の命運を担って…。

 あの錬金術師と夢を追って…メフィストと共にミトルを探してお仕えすると決めて…。

 地上に住まうもの全てがなした、古い古い神とのお約束…。それをいつか果たせるのか。

 ミトルが天空にかけのぼり、更なる神の慈悲を賜わらねば…この世界は、神の審判を受けた直後には終わってしまうかもしれない…。その恐ろしい預言は、本当に起こるのか…。我らがなんとか出来得るのか…。

 序盤からつまずいて、何も始まっていないのだが…。


 マルセルは、深いため息をついた…。

 閉じられたままでも、真実を見通す赤紫色の瞳も…全てのことから切り離されて完全に閉じられたようだ…そのまま、深い眠りに落ちていく。無意識の眠りへと…。




 ……。

 そこは、ずいぶん不恰好な石造りの建物の中、のようだった。

 慌ただしく人々が駆け回っている音が響いている。深奥部、あの大事な部屋に自分は向かっていたのだった。良く通る声で呼びかけられる。


「神官殿、私はピュトン殿と共に食い止めます!

 だから、どうか三姉妹を安全に…守ってください!」

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