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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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4 《自らの尾を味わいし者》 (4)

 

 あっという間に梅雨明けが発表された。

 土砂ぶりの雨は一度だけで、いきなり真夏になってしまった。凄まじい猛暑日という天候の中、勤め先はガンガン冷房が効いている。夏美はかなりバテていた。睡眠が足りないのもある。印象的な夢を見てからというもの、ベッドに入ってからも寝つけない時があるのだ。


 あれはきっと戦いの場面だった気がする。しかも悪い状況だったのだ。

 自分が誰かにすぐに戻ると約束していた。あの宝珠?が必要だったのだ。宝珠を取って戻ってくるつもりだったのかもしれない。

 もしもたった一人しか助けられないとしたら、あの状況を立て直すことができるあの方を選ぶしかない。自分だけじゃなく他にも沢山の者があの方のために斃れることを選びとるだろう。

 あの焦燥感ときたら。私は夢の中であの宝珠を届けられたのだろうか。

 私は、正しい道を選びとることが出来たのだろうか。


 たぶん疲れているのは自分だけではないと思うことで、何とか日々のしんどさを耐えている。日本全国を探してみても、元気な人は一握りなのかもしれない。店にいても、店員もお客さまも疲れたと言っている人が多い。

 猛暑過ぎて、明らかに涼みに来ている高齢のお客様も増えた。夏美のお店では、立ち読みにはまあまあ寛容であるから、ひっそりと楽しんでいってもらいたいと思う。だが、冷やかしなのかコミュニケーションを取りたいのか、いろいろと話しかけて来るおばさま族の対応に追われるのは正直辛い。


 今日はルーズリーフ売り場で

「品ぞろえが良すぎて物が大量にありすぎて選びにくいわ」

 と、ずっと文句をおっしゃっていたりするおばさまに遭遇。ちょうど側に来た夏美に聞こえるように言うので、

「何かお探しですか?」と積極的に聞いた。それが自分のポリシーでもある。

 とりあえず、勤務時間中の松本夏美は、本人ではない。自分の時間の一部を切り売りし、何か気に入ったものをお買い上げいただいて生きていく小間使いみたいなものである。自分の能力値が低いのはわかっているので、愛想良し、サービス満点の小間使いを演じているつもりだ。


「何を選べば良いのか自分ではわからないのよー」と言われるとは思っていなかった。それは困る。

 心配になって一緒に一個ずつ比較しながら選んで差し上げたら、今度は上機嫌で話しかけてくるおばさま。

 家にあるファイルがB5かA4かもわからないと最後の最後でおっしゃるので、ファイルも両方出して持たせてあげてみたものの、やはり決め手に欠いたようだった。次に買い物に行く時、現物か寸法をメモすることをお勧めしたりして30分くらいお付き合いしてしまった。


「あんたさ、棚の片付けをしながらやりなさいよ」

 とさっそくリーダーに叱られる。最近、

「お買い上げにならないお客様とずっと応対してるフリしてサボってんじゃねーよ」

 と、かなり目ざとく注意してくる。

「サボってねーよ」

 と言い返してもいいが、新米小間使いは「すみません」と答えるしか生きていく道はない。リーダーもいつもよりイライラしているんだろう。とりあえず、穏便に生きていこう。



 棚の片付けが長引いて残業をしてから帰宅すると、ちょうど弟の隼人が塾から帰宅したところだった。

「なんか久しぶりだねー」

「おー姉さんもお元気そうで」


 高2の弟 隼人は、普段から成績優秀でサッカー部との両立を見事にやってのけてる、夏美から見れば自分よりはるかに出来の良い弟だ。

 姉弟同士といっても年齢が離れているので、あまりけんかなどしない。もともと会話も少ないし、最近はすれ違いが多く、夕食を一緒に取ることも少ない。2か月ほど前に話したきりだ。何の話題だっけ。

 ああ、進路が選べないという話だったっけか。理数系が得意だけど、文系科目も満遍なく良い成績だし、という贅沢な話だった。夏美もなんとなく適当な理由で、合格出来そうなところを選んだのだから、ろくなアドバイスも出来なかった。

 ただ、自分で選べないなら、誰か先生とか塾の《おすすめ》から選び取れば良いんじゃない?とか、消去法で選べばとか適当な答え方しちゃったけど、それはなんかまずかったかなと思ってる。


 姉弟が揃って夕飯を食べているというだけで、母はなんだか嬉しそうだ。父の帰宅も元々遅いので、最近夕食が個食(一人メシ)なんだそうである。一人であれこれしゃべっている。ずっと寂しかったのかなぁ?と思う。


「母さん、食後、時間ある?」

 と隼人が唐突に切り出した。

「なぁに?全然良いわよ」

「久し振りにタロット占いしてよ」

 とボソッと言って、デザートのスイカにかぶりついた。


 え?珍しいなと思った。もともと占いなんか馬鹿にしてたはずなのに。

 夏美の頭の中に言いたいことが浮かんだ。


「あんた、好きな娘でも出来たの?」と。


 あ、でも悩めるティーンエイジャーに、そんな失礼なツッコミはダメだと夏美は飲み込んだが、母がすかさず聞いた、それを直球で。

(私、今40代後半の母と同じ思考しちゃった…同じセリフだ、ヤバい)


「そ、そんなことはねーよ」

 チロッと弟がこっちを見たので、夏美は気を利かせて退散することにした。

「私、この後お風呂に入るねー!」


 明日は木曜だが、休日だ。

 土日出勤の代わりに木曜とかが休みになるのが、夏美の仕事の良いところだった。月・木とか火・金とかシフトで変わるのだ。連休は無いけど、5日間ぶっ通しで行くより耐えられる気がしてこの仕事を選んでよかった。ボーナスも出たことだし、松本夏美さん本人の幸せを最優先する一日にするのだ♪

 何をしようかな?朝寝坊出来るし、今晩はとりあえず友達と長電話かな。


 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎


 朝練がある隼人と母 真琴は5時起きだ。父 幸人も6時に起きて、皆が慌ただしく朝食を食べて出かけていく。最近、夏美は父母に頼み込んで寝かせておいてもらう。

 就職1年目が、ひどすぎた。とにかく疲れてストレス溜まってしまい、頼み込んだのだ。


 朝寝と二度寝、それが夏美の極上の癒しとなっている。

 家族やら会社の人から「○○した方が充実してストレス発散出来るよ」と色々アドバイスをもらうのだが、とにかく何もしたくないのだ、布団の中でのたのたする。


 最近は忙し過ぎたから自分がイカの干物?くらいになってしまったと思ってる。噛んだらさぞ美味しいだろうくらい、干からびているに違いない。


 弟の占い結果はどうだったかな?

 何かアドバイスを自分自身で考えられただろうか?


 母のタロット占いはアマチュアレベルなので、タロットカードの意味を解説してくれるだけだ。

「この位置でこのカードが出てるのよねー。うーん。

 これ、このキーワードが何となく、」

 とほのめかしてくれるだけだから、こちらが考えるのだ。


「だって、あなたの人生で、あなたの占いなんだもん。なんならカードに言い返してくれたって良いわよ。

 シーザーだってさ」

 シーザーは闘いの前に占いをさせて結果は悪かったけど、そのまま突き進んでいったらしい。じゃ、なんで占いなんかさせたんだと思うが、きっと何かの参考にはなったのかもしれない。そして、その占いは外れたし、また最終的には当たったらしい。直後の闘いには勝ったが、その勝利が彼の独裁者の運命を決定づけたと思うと、母は言っていた。


 運命って何よ。どうあがいても決まってるんなら面倒くさそうだから、いっそ運命に全部従ってしまえばいいんじゃない?


「何を選べば良いのか自分ではわからないのよー」

 とおばさまは言った。きっと運命が勝手におばさまのルーズリーフを選んでくれるに違いない。その運命に従ってお買い求めください。



 弟よ、お前もか。お前もだ。


 少しは私よりまともな頭脳をして幸せに生きているのだろうと勝手に思ってたけど。

 運命か占いかどちらでもいいから何かにすがって生きていけばいいのかもよ?

 担任の先生が就職を念頭において決めろと言ったのが納得できんとか吠えてたけど、それでもいいのかも。


 私だって、とりあえず選び取ったのだ、もしかしたらこの選択は間違っていたのかもしれないと泣きそうになる。

 そして、もっと悲しい運命に最近、気がついた。

 私は、選び取る側じゃなかったのかもしれないということに。


 あの、売り場に並べられた沢山の種類の大量のルーズリーフ。

 売れ筋の商品は、お客様の手の取りやすい所に、売れなくて色の焼けたものは、店長が雑用紙にするか廃棄と言っていたので、棚を片付けたのだ。お買い得ワゴンに置くことを提案してみた。なんかメーカーの方に相談すると言っていたけどどうなるのだろうか。


 そう、大量生産された個性のないルーズリーフなどの、安価な文房具と自分はたいして変わらないように思えてきた。

 小学校から始まって大学まで、窮屈な気持ちがする方が多かった。個性より、沢山の訓練された犬のポチみたいな者が40人セットで1クラスの箱に入っている方が、先生たちは楽だったのだろう。16年の学生時代のレーンを終わると次は、社会人時代のレーンを流れていく自分。以前見たTV番組の中で大量生産された食品の生産レーンと賞味期限切れの食品の廃棄レーンが映っていた。似てるなと思った。

 他人様に選別されて、選び取られる側のレーンに載っている自分。もし使えないと判断されたら廃棄される人生。

 必死に尻尾を振り、とりあえず愛想良くして何とか1週間に2日、自分に戻れて自分を甘やかして、なんとか生きていってます。

 確かに。何をすれば良いのかわからなくなったことはたくさんある。


 どうか運命さん、勝手に選択して私を引きずっていってください。


 あー枯れたよ、私。もう24で立派なババアだよ。

 あーーーーー!(エアで叫んでおこうと夏美は思った)

 私、病んでます、メンタルずたぼろを押し隠して働いてます。


「お父さんお母さん、今までほんとうにありがとうございました。

 お二人仲良く建てた家の、ちょっと弟よりも狭い部屋ですが、ベッドがあってふかふか布団、めちゃくちゃ最高でーす!

 このままずっと寝てて、運命さんが私を引きずっていくのを待ってまーす!」


 この布団のふかふかが私をまともに戻してくれる。

 会社勤めで疲れ過ぎて干物になった自分を元に戻すのだ。

 あ、洗濯もしなきゃだわ、でも今日は贅沢なお出かけをする!


 確か、母も今日は家にいるのだが、そろそろ起きろと言ってくるかもしれない。いや、最近では諦めているのか放っておいてくれる時もある。母も元々マイペースな人なので、その日によって違うのだ。

 今日はどうやら起こすと決めたのか、階段を上がってきてノックする。


 ノックの音を無視していると、ドアが開いた。

「ノックって、何のためにするんですか〜?」

 と夏美は聞いてみる。

 元気な厳然たる母の声が返ってくる。日本にいる数少ない夏バテしてない人がウチにいたなぁと安心する。

「もちろん、部屋の中の方のご都合を聞くためだわよ。

 でも、返事がなかったから、そろそろ干からびて死んでるかもしれないから、早く死体を片付けなければいけないでしょう?」

 さすが、母だ。タロット占い(アマチュア)の母だ。洞察力がある、パチパチ。

 やはり、娘が干からびているのに気がついたらしい。


「遥さんから、『ラインも電話も応答なくて繋がらないんだけど』と言われちゃったわよ」

「え?あ、ホントだ」

 通勤用のバッグの底にマナーモードにして戻したままだった。


「私の方にラインが来て

『グランドホテルのティールーム《Azurite》でランチを一緒に』とか書かれてたわよ。

 あなたから誘ったんじゃないの、ボーナス出たからって」


「そうだった!」

 そしてまだ何か話したそうな母に言った。

「ごめん、お母さんにも、またおごってあげるね」

「良いわよー。私、今実はダイエット中。

 私が言いたいことは一つ!あなた出かける前に、出来れば洗濯しておきなさいよ!」

「はーい。

 あ、お母さん、私からも一つお知らせが。

 夜中に起きて麦茶を飲んでたら、気づいたんだけど。

 お母さん、テーブルの下にカード、一枚落としていたわよ。だから、ケースに戻して置いたからね」

「えー?ありがとう、夏美。

 私はみなみちゃんママに誘われたので市民プールに行ってくるから、ちゃんと戸締まりしてってよ。

 ちなみにどのカードが落ちていたの?」

「 『XIV 節制』のカードだよ、あれすごく大事なカードだと言っていたのに」

「そうよ、好きなカードよ。困っちゃうわね、とうとう私もボケて子供に介護して貰わなければならない時が来たかー。

 最後眠くてババっと片付けちゃったからねー、反省反省」


 夏美も、とても好きなカードだ。小さい頃、母がそのカードの絵に触発されて作った童話みたいな話(☆)が好きだった。自分もまた占ってもらいたいけど、あまりピンポイントで心に刺さるキーワードみたいな物が来ると泣いてしまいそうで、そこは避けたい。

 心の弱さをなんとか誤魔化して、固い殻に閉じ込めて誰にも突かせないまま、生きていきたい。

タロットカードの『XIV Temperance (節制)』についての童話みたいな話(文中 ☆マーク)は、番外編扱いで短編として投稿しました(2018年7月22日)。

このモチーフと似た状況を、次作品の中で用いる予定です。

本作品は、ファンタジー要素を入れた恋愛物を目指していますので、番外編をお読み頂かなくても大丈夫です。タロットカード絵に触発されて書いた作り話を読んでもいい方のみ、よろしくお願いします。

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