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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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45 《鼎を掲げし三乙女にまみえよ》 (4)

 夏美はちょっと困ったような顔をして、ラインハルトを見ている。


 …すべった?…僕はちょっと調子に乗り過ぎたのだろうか?とラインハルトが思い始めたところで夏美がようやく口を開く。


「ライさん?…あの、一個いいですか?」

「うん…。あのさ、…怖くないの?」

「怖がった方がいいのかな?とも思うのですが…。私、なんだかライさんの嬉しそうなドヤ顔に慣れてしまったみたいなので…それに…うふふ」

 ちょっとムッとして、ラインハルトが聞き返す。

「それに、何?」

「ライさん、私に近づいてくる時に最初、スーツじゃなくて…可愛く女装してましたよね?」

「そこは!…忘れて…じゃないな、君を油断させようとしてたんだって。

 あー、本当に本当だよ?

 笑ってる場合じゃないんだからね。

 君は、ほんとうに!危険に晒されているんだから」

 夏美が、屈託なく笑う。

「私、ライさんのこと、本当に!信じていますってば」

「君は、ちょっと安易過ぎるよ」

「だって…」

「だって…何?」

 問い詰められても困るんだけど…と、夏美は思う。


 だって。上手く説明出来ないのに。

 良い人だってわかったのに…。わかってきたのに。…それと…。


「あのね、ライさん。私、それよりもちょっと残念に思ったことがあるんです」

「何?…そうだ、今度は紅茶でも入れようか?」

「はい、あ!私、やりますよ?」

「座ってて。美味しいミルクティーの淹れ方を先日教わったから、やりたいんだ」

「ありがとうございます」

「うん、君はもう一度、メモを見返しててごらんよ」

 ラインハルトは、てきぱきとお茶の用意を始める。


「ライさんは…本当は、私じゃなくて…宝珠を持っている人間が、もしも美津姫さまの生まれ変わりだったら、都合が良くてとても嬉しかったんじゃない?

 私ね、夢の中でそう、お姫様に自分の身体を譲ってあげたいくらいの気持ちだったの」

「そんなこと…。何、それ?君の身体を譲るって…。

 …夏美自身がいなくなっちゃうじゃないか」

 少し不機嫌そうに、ラインハルトは言った。

 カップボードに向かって作業しているラインハルトの複雑な表情には気づかなかったに違いない夏美は、メモを見てにこにこしながら、続けた。

「だって、本当にお姫様はとてもライさんのことを好きで。ね、ライさんだってそうだったんでしょう?

 2人とも幸せだったのに。そんな幸せが続くなら、他の小さなことなんて。

 だから、さっき私が夢を見ている間に、私とお姫様がタイミングよく入れ替わったりしてたら、宝珠さんのためにも良かったのかもしれないでしょう?

 ね?…何もわかっていない私なんかじゃなくて、…あ、きゃ…!」


 いきなりラインハルトに抱きすくめられた夏美が、驚く。

 なによりも、その圧倒的な速さに驚いたのだ。

 先日の自分のスピードと比べても、気狂いじみたスピードだった。一瞬、今回はラインハルトが宝珠に操られてしまったのかと思うくらいだった。

 それよりも、夏美にはもっと驚いてしまうことがある。

 反射的にラインハルトから逃れようとしたが間に合わず、夏美の頭は彼の右胸の下の方にぶつかったまま、…そのまま、もたれているような格好になってしまった。

 薄いシャツ姿のラインハルトの胸に、まるで自分の右耳がじかに密着しているような感触なので、夏美は慌て少し顔をそむけて離し気味にした。

 どうしてかわからないが、やはりこの抱擁感を身体が覚えているような感じがする。まるで毎日一緒に練習したペアとダンスのホールドを当たり前に行なっているようなフィット感なのだ。

 先日までは、宝珠さんのせいだと思えていたのだが、気配を感じていない今、似たような感じがするなんて不思議だと思うのだけれど。驚きと不安を心が感じているのに、身体は安心を感じているような、ちぐはぐな…感じ。


「ごめん、そういう言い方は…して欲しくない」

 夏美の頭の上から、ラインハルトの声が降ってくる。静かな声だけど、厳しい声だ。


 ライさん、ものすごく怒っている…?悲しんでいる…?

 それともどこか…痛い?

 私の言葉は、ライさんの心をそんなに傷つけた?


 自分を無理矢理抱きしめに来た時、突進してくるスピードに驚いたのもあったけれど、ラインハルトの何か辛そうなシリアスな違和感を感じて、夏美は動けなかったのだ。

 今も…どうすればいいのか、わからない。

 突然のハグを振りほどこうともしない、自分のことも…わからない。

 なんて言ったらいいのか、良くわからない。

 今、ラインハルトの腕の中にすんなり収まっているかのような、自分の身体の感覚にすら心は戸惑っているのに、そのちぐはぐなことをたぶん…上手く説明出来ない。

 どうしたら、私はきちんと言いたいことを伝えられるのか。

 言葉は、ただ口にするだけじゃダメなのだ。相手に伝わってこそ、なのだ。


「…ごめんなさい、私は、何か悪いことを言ったんですね」

「ごめん、いきなりキレて。

『私なんか』っていう、その言葉だけは、絶対に言わないでくれないか…お願いだから。

『私なんか』って…誰かと比較して…なんだか自分を粗末にしてもいい、みたいな自分を卑下する言葉なんだろう?

 その言葉は、どうしても許せないんだ。

 言葉を選ぶのは、夏美の自由だとは思うけど…僕は、その言葉のアレルギーみたいなんだと思って…やめてくれないか」


 ラインハルトに、今きつく抱きしめられているわけではない。

 夏美は、思う。無理矢理に私の言葉を抑えつけようとしているわけではないみたいだ。私のために、言葉を選んでくれているんだと感じる。

 でも…。反発するわけじゃないけど、私だって色々考えて、何か少しでも事態を良い方向に進ませたいと思っているのに。

 やはり私は今、ライさんと喧嘩してしまうとしても…きちんと話をしたいんだけど。


「ごめんなさい…。嫌な言い方をして。

 ただね…私はやっぱり聞きたかったんです。だからつい…」

「いったい何を聞きたいの…?」

 ラインハルトの顔を正面から見られない今こそ…私は聞けるかもしれない。

「私は、今、なんかまだ混乱中なんです。

『宝珠』のこととか、何もわからなくて、だから私は頼るしかないんです。

 さっきの話にあったように、もしも私はライさんに騙されていたとしても、ライさんを信じてついていくことしか出来ないんです。

 でも、正直、少し反発みたいに矛盾した気持ちもあるんです。

 私は本当に…我が強い人間なんです。

 ただ守られる自分は、嫌なんです。

 誰かに頼ると、ちょっともたれ過ぎてサボってしまう、弱くてずるい自分が出てくるのが嫌なのかもしれない。

 だから、私もライさんの役に立つことをしたいんです。私も胸を張っていたいんです。変なプライドみたいなんですけど。

 私が役に立って、ライさんに感謝されてて、その見返りに私のこの異常事態もなんとかしてもらうといいなって。ギブアンドテイク?みたいな。

 でも、もちろん私では力不足だと、本当はわかっているんですけど…。それでも…。

 ライさんの役に立つことを私は、出来ますか?」


 ラインハルトは思わずハグしている腕に力を入れてしまい、呻きそうになった。先日、傷めた背中が、恨めしい。


「ありがとう、嬉しいよ。

 そうやって僕を助けてくれることを考えてくれているなんて、ほんとうに感謝しかない。どう説明したらいいか…でも、日本に来て、夏美と会えて助かっていることはたくさんある。

 君とこうやって会っている時はもちろんとても楽しくて、僕をリラックスさせてくれるし、僕の気づいてなかったことを教えてくれたりもする。

 さっきの君の話じゃないけど、君と会えない時も僕は、君を思い出すとするでしょう?闇夜の中にある星みたいに『きっと存在してくれている、大丈夫。また見える時が来るかもしれない』という希望につながっていると思うんだよ」

「そうなんですか、…それなら…良かったです」

「さっきは、夏美を不安にさせるような話をして、脅かしたりして悪かったけど。

 これも…『選択』の問題でもあると思うんだ。

 他に宝珠を欲しがって探しに来る者が現れるかもしれないけど、僕と僕の一族は、宝珠を悪用しないと命を賭けて誓ったんだ。

 だから、他の誰かよりも僕たちを信じて、確信して僕たちを選び取って欲しいんだ。そういう想いの裏返しで、『安易に信じないで』って言ってしまうけど。

 それと…。もし嫌じゃなかったら。

 美津姫さまと僕の話を良かったら、少しだけ聞いて欲しい」

「はい、もちろんです。私も聞きたいです」

「青龍王から許しをいただいたという証のお札をもらい、日本に宝珠を探しに来て、美津姫さまに出会い、彼女が自分の運命に苦しんでいると知った時、僕は彼女を助け、守るために生まれてきたんだと、心から思ったんだ。

 安全に宝珠を取り外す約束をして宮司さんにも許可をもらい、美津姫さまを僕の婚約者ということにして、故郷の城にまで連れて行くことが出来たのに…。それなのに結局、僕は失敗したんだ。彼女を助けてあげられなかった。これからも、それはずっと忘れることはないと思う。

 僕は美津姫さまさえ良ければ、彼女と一生を過ごしていくと僕は感じていたし…。そうだね、僕はどこか自惚れていて、彼女もまた、僕を信頼してくれてそう感じていると思っていた。彼女を失った後は…心の半分どころか、そっくり全部失って…もう二度と、そういう気持ちなんて持てないと思っていたのに。

 夏美と出会えてから、君といたら楽しいだろうなと考えたりして、惹かれていくんだ。そんな風に言っても、君に信じてもらえないかもしれないけど。正直に言うと、自分でも理解出来ない。僕も、自分が良くわからない自分に変質してしまったと感じる時もある。

 ただ、もしも君の『役に立つ』という観点から考えてみると、一つの答えは出せる。たぶん今、美津姫さまが生きていたとしても、僕は夏美を選びとると思うよ。

 もしも『今後、役に立ってくれそうな人を一人だけ選択しろ』と言われたらね」

「…どうして、ですか?」


 夏美は意外に思って、一瞬、顔を上げかけた。

 ライさんは宝珠を完璧なものにするために日本に来たのに。

 美津姫さまが亡くなってしまっているから、そしてたまたま今は、自分が受け継いだみたいになっているから、仕方なく自分のところに来ているのかと思っていたのだ。

 自分はせめて《スペア》、それこそ失われた伝承の遺物の《まがいもの》の気持ちだったのに。

 消去法で、自分を選ぶというなら、すんなり理解できるのに。


 でも、またそんな風に聞くのは嫌だった。自分をわざと貶める表現をして、その実、『そんなことないよ』と否定して欲しいだけの、甘えみたいになると思うと、それ以上言えずに黙ってしまった。


「うん。君を選ぶ理由、気になる?

 理由を聞きたかったら、そうだな、僕のリクエストに応じてくれたら、教えてあげてもいいな」

「それは…聞きたいです。

 私は巫女さんでもないし、たぶん、美津姫さまより素直じゃないと思うのに…。自分がどう役に立つのかイメージがまったく出来ないから困っているんですもん。

 何のリクエストに応えればいいんですか?

 私で出来ることだったら、やります!」

 夏美の元気な言い方に、ラインハルトも勇気づけられる。

 夏美は泣いてる時よりも、やはり元気な時の方が輝いている気がするな。


「夏美は、何か焦点を絞ってやるとか、判断基準が明確なものに熱意を持つみたいだね?」

「そうなんです。何か抽象的で理解不能なことって、ほんとに嫌なんですよ。

 学校の長い休みで沢山の宿題がドサッと脈絡なく与えられて、自由研究とか何をどうやってもいい、みたいなことに戸惑うタイプなんです。結局、うまく自分でさばけなくて叱られることが多くて嫌になるんです。単純な人間なんですね。

『今、やるべきことはこれ!』って最初から決まってる方が楽です。それだけをこなせばいいのだから。

 だから、はっきりと言って欲しいです。もちろん、出来ないことは断りますけど」

「うん。僕のリクエストはね、やっぱり宝珠を取り外すためにも…安全に取り外しが終わるまでは…僕の婚約者のふりをしてもらえないかなってこと。

 うちの一族は規則が厳しくて、城の中には一族以外入れないんだ。

 『宝珠』を取り外した後には、けんか別れしたとか言えば、君は僕や僕の一族と縁は切れて、自由の身になれるけど、どうかな?」

「ライさん、あのね、それは私もそうした方がいいと思います。だって、やはり何かの拍子に…私が宝珠の力を使うのかとか思うと、心配はあるんですもん」

「え?いいの?…意外だけど…嬉しいよ。日本にしばらくいたいし。

 それにすごく好都合だよ。ずっと君のそばにいる理由も立つし、いきなり2人きりになりたいと言っても邪魔をされないしね。夏美を守りやすくなる。

 …あ。一方的に守られるのは、嫌なんだよね」

「はい。お姫様は嫌なんです。しつこいようだけど、女の騎士とか勇者になりたかったんですから」

「実は、そういうところも、君を選ぶ理由に入るのかもしれない」

「じゃ、リクエストにお応えする約束をしたので、選んでくれた理由を教えてください」

「共闘できそうな感じがするから。うん、共に闘うの、共闘ね、夏美となら出来そうな気がするんだ。

 悪い言い方だと、共犯になれそうな感じかな。正義感が強い夏美にそんな例えで悪いけど。

 白蛇竜の宝珠の謎を解いて、青龍王のミッションを達成するという目的の為に、僕と君とで、『婚約した』って皆を騙していくことになるんだからね」

「みんなを?」

「うん、僕もそれほど器用じゃないから、誰か一人にでも本当のことを言ったらバレてしまう」

「…そうですねー」

 夏美は、ぬか喜びして皆が祝ってくれるのを想像すると、心がちくんとする。

「どう?…やっぱり迷っているなら…」

「いいえ、やります!…宝珠の問題が解決するまでは。だって、私が制御不能のドラゴンになって暴れたら、もっと責任が取れないですもん」

「良かった。じゃ、今日から共犯者、もとい、婚約者同士だね、よろしく」

「はい。あのー、そろそろハグを解いて…元に戻りません?」

「え?ちょうど、どさくさに紛れて君とハグが出来て、ここまで話がスムーズに進んだんだし。ずっとそんな状態でいて、なんだかとても自然に話してて。しかも今、婚約者になってくれる話を始めているところなのに、どうして君は、もう少しロマンチックになってくれないのかなぁ。

 僕たち、今日から婚約者同士なんだよ」

 ラインハルトが愛おしそうに夏美の頭を撫でてから、自然なしぐさで夏美の顎をそっと支えて、顔を覗き込んでくる。

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