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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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44 《鼎を掲げし三乙女にまみえよ》 (3)

「そうです。とても可愛い感じの優しい方でした。

 えーと、〔白と黒の門と同じ〕って…。

 あ、そうだ、お揃いの白と黒の色違いの可愛いドレスを着ていたんです。私と、姉さま、じゃなかった、…里津姫さまと。

 ああ、本当に目の前にいて、手を取り合ったのに…。そのままずっと仲良く喋っていたかったのに。…すごく優しくて。私が黒い方のドレスを着ていたので、なんだか心配してくれていて。

『あなたの方が、白いドレスを着て光の元へ行きなさい』って私に言ってくれていたのに。本当に今、私はみんなの気配が感じられなくなって…ひとりぼっちで放り出されてしまったみたいな気分です…」

「そうなんだね、…うーん、でも…。

 僕は、やはり最初に出会った頃と変わらずに、ちゃんと今も、夏美から宝珠の気配を感じているんだけど。

 あのさ、夏美、君は疲れ過ぎて、君の感覚が少し低下しているだけなのかもしれないよ?

 それに…脅かしたい訳じゃないけど、そんなに簡単に落っことせるくらいに、宝珠が身体から外しやすかったら、誰も苦労しないと思うよ」

「あ。そうなんですか…。あったらあったで…逆に心配は、ありますねぇ。宝珠って、簡単に取れたりは、しないんですね?」

「うん。とりあえず僕のわかっている範囲ではね。君が一生うまく折り合っていって、暴走しないように抑え込むことが出来れば…そんなに心配しなくても済むと思うんだけど。一生何も起こらないで終わってくれるかもしれない。

 でも、君のためにも安全第一だよね。

 青龍王が、『危難から救わねばならぬ』と表現されたのだし。それに今はもう神社は無いし、気を揃えた3人の巫女姫さまという存在自体がないのだからね。

 宝珠を取り出すとしたら、うちの一族の門外不出の物の力を使えば、なんとかなりそうだとは、昔に言われたことはあるんだけど。だから…美津姫の時のように、一度僕の故郷に一緒に行ってもらうことになるかもしれない」

「痛いんですか…?…さっき手術みたいな例えでしたけど?」

「痛くはないけど、ごめん、その質問には、今は具体的には答えられない。一族以外の人には明かせないんだ。夏美にも迷惑がかかってしまうし。ま、それより…。

 ねえ、メモを一通りおさらいするんじゃなかったの?他には?

 あ、そうだ、他に美味しそうな話があったよね?」

「あ、〔クロワッサン〕……これは…そう、ソフィーが、イルカのソフィーが私にヒントをくれたんです」

「お?本当かい?」

 ラインハルトが、嬉しそうに笑った。

 子供のように無邪気な笑顔につられて、夏美も笑顔を返す。

「僕のプレゼントしたイルカが、役に立ってくれたんだ。嬉しいなぁ」

「そうなんです、闇夜だと思っていたから最初はわからなかったのですが、『節制』の天使さまと話してるうちに夜明けが来て…。

 ええと、それで空を見上げたら、消えかかっている三日月があって…そう、それがクロワッサンみたいな形で、ソフィーの形に良く似ていたんです。

 それでそう思ってるうちに、閃いたんですよ。水族館のイルカのショーみたいに。イルカさんたちは、ぐるぐる回ってエネルギーを溜めて、ええいってジャンプするでしょう!」

「…?…うん…」

 ラインハルトは、イメージが掴めない。

 いったい夏美はどこにいて、『節制の天使』と話していたというのか、なぜイルカみたいにぐるぐるしてからジャンプするのか、良くわからないまま、ラインハルトは相づちを打った。すぐに質問をしたかったが、慌てて口をつぐんだ。

 夏美が、何かを思いだそうとしている。メモに書いた自分の言葉をキーワードを繋げるみたいにして意味のある話をしようとしている。


「それと…それと…一番大切なことを思い出さなくては。ええと、あ…!」

 夏美の顔が、明るく輝いた。

「〔いてくれる〕と〔消えてない〕なんですよ!」

「ん?…」

「あのね、つまりね。夜空を見上げた時は、星とか月とかあるけど太陽がないでしょう?

 そして逆にね、昼間は太陽があって、星と月はないでしょう。たまに白い月が迷子みたいにいるけど。

 ね、でも、その毎日の繰り返しで、星や月や太陽が生まれたり死んだりしているわけではなくて、自分の立っている位置で見えたり、見えなかったりするだけで。

 ずっと太陽、星、月、それから神さまや天使さま、いろんなもの、家族も友達も、みんな消えてなくて、みんないてくれるんだわって思ったんです。

 私のためにいてくれてるわけじゃないと、もちろんわかっているけど。誰もそばにいなくて孤独を感じている時も、みんなは消えてなくて、ちゃんといてくれるんだろうなって思ったら、私の淋しさがちょっと薄れてきて、心が落ち着いたんです」


 ラインハルトが手を伸ばして笑顔で、夏美に握手を求めてくる。

 夏美も応じて握手をする。

「夏美、君、すごいよ。今、ジーンとした。

 もちろん、そんなの当たり前だとか、そういうのをきちんとわかっているって人は、僕たち2人が今、とても馬鹿みたいに見えるだろうけど、その当たり前のことを僕も忘れていた。

 だから、君の今の話を聞いて、僕は元気づけられたよ、とっても」

「そうですか?こういう話でも役に立ちますか?

 良かった〜。私、ライさんにお礼を言わなくてはいけないなーと思ってたんですよ、ありがとうございます、イルカのソフィーをくれて」

「うん、そう言ってくれると嬉しいよ。それにね、それはさっきの答えになるかもしれない」

「さっきって?」

「もしかしたら、どこかで宝物を失くしたとしても、宝物は見えなくなっているだけで、きっと失われずに、そのどこかにあるから、安心してってことだよ。

 ね?繋がっただろう?」

「はい…」

 夏美は、自分を安心させるように微笑みながら話しているラインハルトのことを不思議に思う。どうしても手に入れたい宝物がなかなか見つからないかもしれないというのに、ライさんは、本当にそれでいいのかな?

 子供の頃からお金持ちで、困ったことなんて無いのかしら。だから…執着心があまり無いのかな…?


「あと、あ、そうだ。一つ白状しておいていい?

 一つ、君にごめんなさいのことが。

 …たぶん君はまだ気づいていないみたいだけどね、その、ソフィーのお腹のところに、うん、手みたいなヒレの根元にスナップで開けられるところがあるでしょう?」

「え?」

 夏美は手で探って、小さなポケットみたいな箇所を開いてみた。青白い輝きを持つ小さな貴石が一つ、手のひらに転がった。

「君にプレゼントする前に、ムーンストーン(月長石)をそこに入れておいたんだ。心を鎮める優しい光を持つ石だというから…。Azuriteをすぐ手に入れられなかったから、お守りの代わりになるようにね」

「ライさんが…?」

「うん、僕が。

 花梨がゲームセンターから手に入れて会社に持ってきたイルカのマスコットを僕が加工したんだ。お裁縫はそれほど得意じゃないから、ごめんね。

 良かったらまた、その石を小さなポケットに戻しておいて」

「はい…でもどうして…?」

「ごめん、勝手なことをして。少し気味が悪いかな…?

 僕の一族、うん、親戚とかの間ではパワーストーンや宝石から助けをもらえるというのが当たり前の言い伝えで、習慣みたいになっているので」

「ううん、気味が悪いなんて思ったりしません。今は…ライさんは私の大切な友達だから大丈夫です。

 知らない人に…いきなりそういうことをされると怖いかもしれないけど…。ライさんが、何か私を心配してくれて、作ってくれたのはわかります」

「プレゼントした時はまだ、僕のことをそれほど親しく思ってもらえてなかったと思うけど、だから申し訳ないとは思うんだけど。でも、そろそろ正直に言わないとね。

 遥のホテルの『Azurite』ルームで、君が宝珠の力に反応して、自分をコントロールするのに苦しんでいる姿を見てしまって心配になってたんでね。

 出来れば…悪い解釈をしないで欲しい」

「ううん、少し驚いたけど、そう言えばそうでした。つい先日のことなのに。いろんなことが起こり過ぎて…忘れかけてる。

 でも…私は今、ライさんを信じてます。

 はい!だから、大丈夫です」

 ラインハルトの青い瞳が、きらりと光る。

「そう?

 夏美、君はそんなに簡単に、言い切ってしまっていいのかな?

 君はたまたま、近づいてきて『宝珠』の話をした最初の人間が僕だから、僕としかその話をしていないから、僕を信じざるをえないんだ。…それだけだよ」

「それは、…うーん、それはそうですね」

 夏美は、今までポンポンとリズム良く続いてきた会話を切って、考えた。

 確かにその通りだ。

 私は、先日までライさんのことも宝珠のことも知らなかった。その通りなんだけど…。

 どうしてなんだろう。ライさんと一緒にいてドキドキすることもあるけど、どちらかというと、気持ちが落ち着くのに。


 ラインハルトは真剣な瞳で、夏美を見つめている。

「ごめん、こんな風に僕が勝手に話し始めると、また話が横道にそれていってしまうな…。ねぇ、他の話のキーワードは?」

「ええと、〔乙女〕、〔壺を3人で持つ〕…。うーん、…なんだっけ、どこかで見たのに。

 それに子供の頃の私もいたみたい。ううん、そうだ!

 子供の頃のライさんを見たかもしれないです、可愛かったんですよ」

「えー?いくつ位の僕?

 あれ?夏美、

 君はさ、僕の小さな頃なんて知らないはずじゃないか」

「そうですよね、これも夢なのかしら?…ライさんは5、6歳に見えたわ。想像の産物かしら」

 ラインハルトは、にこにこ笑って聞いた。

「どう、どんな感じ?良い子だった?」


 夏美の夢の話が面白すぎるよ、とラインハルトは感じている。

 夏美は、いったい何を言い出すのだろう?

 美津姫に最初に会ったのは、僕が13歳だったというのに。

 宝珠が記憶するというのがもしも本当だとしても、経験してないことまで記憶があったら、絶対におかしいじゃないか。本当に夏美は自由で、めちゃくちゃだなぁ…。


「…わからない…。だって、遠くから姿を見ているだけだったんだもの。螺旋階段を走って登っている、元気な男の子。あー、ライさんみたいって思ったんだけど」

「ふふ…。で。〔乙女〕は?」

「あ、そうだ、壺みたいな物を3人で支えて持っているの…」

「それも遠くから見た光景…?」

「うん…そうです。あー、なんか…だんだんわからなくなるとは思っていたんだけど…うろ覚えになってきた…本当にもっと色々あったはずだというのに」

「あー、大切なことなら、また何かの拍子に思い出すよ、きっと」

「ライさんって、本当にあまり…執着しないんですね。いつも、そうなんですか?」

「うん、まぁ…そうかな…?そんな風に思ったことはないけど。それに結構満足なんだけど?いろいろと面白い話が聞けて楽しかったよ。

 だって、夏美が寝てたの、ほんの一瞬だよ?

 それだけちゃんと覚えてメモを取ることが出来ただけでも、すごいと思うんだ」

「はい…あー本当に…メモはこれくらいしかないんですけど。他にも、もっと何かあったのに」

 生返事をしながら、夏美はまだメモを見ている。

「いや、とても楽しかったんだけど…?あのさ、ちょっと一つ質問をしていい?」

「はい」

「さっきのさ、天使さまと話してて、突然イルカみたいにぐるぐるしてジャンプするって、君はどこにいたの?地面の上?もしかして、イルカというか、お魚みたいに湖の中にいたの?」

「そうです、そうです。

 私が水の中にいて、天使さまはタロットカードの絵みたいに、湖の岸辺みたいなところにいたんです」

「君は、じゃあ…泳いでいたんだ」

「はい…私、水蛇みたいになっていたんです。母が昔、タロットカードにちなんで童話を作るとか言って。その話に影響されてしまっていたらしく、私はなんと!主人公の小さな水蛇になっていました」

「へぇ…。そういうのはいいね。オリジナルのお話を聞かせてくれるお母さんなんて」

「ライさんのお母様は?」

「うん、そういうのは無かったなぁ…。母は…うん、身体が弱いので、僕は普段から…あまりそばには行けなくて…」

「そうなんですか…。それは、ライさんにもお母様にも淋しかったでしょうね」

 ラインハルトが少し淋しげに話したので、夏美はそれ以上の話はやめた。


「あ、そうだ。じゃあ、さっきライさんが少し話し始めてた、ライさんを私が簡単に信じてはいけないという話をしてください」

「そうだね。あのさ、まずそうだな、…RPG風に考えてみよう。

 夏美、君が主人公だよ?

 ある日突然に、君は貴重な『宝珠』の持ち主だとわかる。

 その宝珠はとても価値のあるもので、いにしえの魔法生物の白蛇竜の力を持つと言われるものなんだ。神社の三人の巫女姫さまが力を合わせなければ、召喚したりすることも出来ないし、白蛇竜の力が強すぎて、制御することもままならないくらいのものらしい。

 でも、多少の条件が欠けても、その力を発動できるかもしれない可能性も出てきた。今は科学が進歩して、失われた伝統の何かの代わりに『まがいもの』、『…もどきのもの』を作って利用することの出来る時代だから。

 そういう時、君が宝珠を持っていて…そして、君が巫女姫さまの一族の末裔だとしたら、それを知った者たちは、一斉に君を狙い、君を欲しがらないだろうか?」

「…そうですね…」

「君を狙って近づいてくるのは、1人とか1つの集団だけのはずではなくて…たぶん、どんどん膨れ上がる…もしも、その宝珠の秘密がバレていくとしたらね…。

 力を得たい、宝を得たいというのは、世の中の誰もが考えることだ。

 主人公の君は、もちろん最初はそんなことを知らなかった…。

 で、考えてみて。最初に近づいてきたのは、そう、他ならぬ僕だ。

 そいつは、東洋の神社にそれを探しに来たことがある。その時に『宮司さんに大切な物を託されるくらい、信頼された』、なんていう話を君は聞かされるんだけれど、それもそいつの話だけで、まだ立証されてもいないんだ。

 そいつは、紳士的にきちんとスーツを着て、外国人のくせによほど練習したのか、器用に日本語を操り、優しい言葉で君に取り入って。

 そう、そして君が喜びそうなマスコットのイルカをプレゼントしてくる。実はその中に、勝手にパワーストーンを仕込んでおいたとさっき、君は聞かされたところだ。では、本当にそれだけなのか?

 とにかく、君は…僕の本当の正体を知らない。

 どう、怖いでしょう?

 さあ、僕は悪い者なのか善い者なのか、君は判断できる?

 どんな基準で判断すればいい?…ふふふ、判断できなくて困るだろう?

 しかも今、君は家から離れて、そいつの家の中にいるんだ。

 どう?そろそろ、怖くなってきた?」

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