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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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43 《鼎を掲げし三乙女にまみえよ》 (2)

 ラインハルトが口を開いた。

「うーん、確かに…。

 両方の説の良い所を時と場合によって使い分けて、両方の批判を交わす、みたいな《折衷説》もあるよね。…つまり、判断基準が曖昧なままだと、その時点で権力を握っているものの都合で、判断が左右されることにつながりやすくなる。

 夏美は、その点を心配しているんだよね?」

「はい、そうです…とにかくなんか…がっかりしているんです…。

 結局、『基準は、決められない』みたいにスルーされてるみたいで、もやもやします。

 答えが欲しかったのに。

 もちろん、答えをくれなかった天使さまに腹を立てているわけではないんですけど…」

「いったん他のことを話してからまた考え直してみると、違う角度から眺められるかもしれないよ?

 …ほら、ジグソーパズルでも、どこかで煮詰まったら別の場所に取り掛かってみたりするけどね、僕は。

 残されたピースも減っていくし、何かのヒントになったりするから。

 夏美、ちょっと切り替えてみたら?その箇所は後回しにして、メモの他のやつを教えてよ」

 夏美は、ラインハルトの意見にうなづいた。ただでさえ、記憶がどんどん希薄になっていきそうなのだ。

「そうですね、一通り、おさらいしてみます」


「ええと、次は…〔大天使、♀、2つの名前〕、〔友達へヒント〕、〔宝〕、優しい女性の大天使さま…あ、ちょっと待って…。

 お願い、ライさん、私より先に答えを言おうとしないで」

 と、夏美はラインハルトを制した。目の前でクイズを解くみたいに、ラインハルトがうずうずしているのが気になったのだ。

「…うん」

「…ごめんなさい、ライさんが先に答えを言うと、それが正解みたいになっちゃうから。さっきだって」

 ラインハルトが、不満げに言う。

「え?、さっき、僕の『聖徳太子』の話が正解だと夏美は褒めてくれたじゃないか。

 僕は、それで嬉しかったから、また君に褒められたいんだよ、なんか変かい?」

「そうじゃないけど…そうじゃなくて、ちょっと自分でも…悩みたいんです。

 さっきのは絶対に正解だし、とても良いタイミングで正解を教えてくれて、更に嬉しさ倍増だったんですけど。

 ね?絶対に私よりライさんの方が物知りだから、ちょっと待って欲しいし。私の話を聞いて欲しいんです」

「なるほど、…うん、わかった。早押しクイズみたいなんじゃなくて、夏美が困っているのを見計らってから、正解を言えばいいんだね?」

「はい、その方がボーナスポイント、倍増です!」

「うん、わかった。

 いつも他のみんなを薙ぎ倒す勢いで正解を導き出すことに喜びを感じてたけど、そういうことも考えてみるよ。じゃ、とりあえず、そこを悩んで。ゆっくり考えていていいよ。正解を思いついたら、起こして」

 と、ソファで伸びをする。

「はーい。うーん、女性っぽい姿をした大天使さまというと、聖母マリアさんの前に現れた…えーと、大天使ガブリエル、かなぁ」

 夏美は、そのまま興奮した様子で言った。

「あー!そうか。ガブリエルさまかもしれないですね、今、わかりました。ヒントを出してくださっていたんだわ…せっかくのチャンスに。…私は全然、気がつきませんでした」

「何のヒント?…あ、ごめん。…ねぇ、僕はもう喋っていいの?

 夏美、最後、僕に話しかけている風だったよね?」

「はい、そうです。ごめんなさい、色々言って。ライさん、答え合わせに付き合ってください。

 女性っぽい天使さまだと、…ガブリエルさま、ですよね?」

「四大天使に限定すると、ガブリエルさまだけど、他の天使まで含めちゃうと、解らないよ?だって、他にも女性っぽい姿で描かれる天使さまがいるからね。

 でも、夏美のその様子だと、何か確信してるんでしょう?」

 ラインハルトは、胸が熱くなる自分を感じている。

 自分で正解を導き出したと感じて目を輝かせている夏美の上気した顔から目が離せないのだ。…参ったな、こんなに僕は、この子に惚れちゃっているのか…自分のおぞましさから目を背ける自分自身の欺瞞さに辟易してたはずなのに、普通の人間の幸せを諦めきれていないのか…。


「ライさんは、どちらかと言えばクリスチャンでもあると言ってたと思うので、気を悪くしないでくださいね。私は、あの…大天使ガブリエルさまのもう一つの名前の話を聞いた時に、母と2人で泣いてしまったんです。何かそうだ、天使の話がたくさん出てくる本でその話を見つけてしまい、とても信じられない思いで…」

「うん…」

 ラインハルトは、すぐに察しがついたけれど…夏美の邪魔をしないようにうなづくだけにした。

「大天使ガブリエルさまは、神の言葉や啓示を伝える役目を担っているのですが…。

 ジブリールという名前で、イスラム教の中でも登場するんです。イスラム教を始めたムハンマドに神の啓示を与えたのが、ジブリールさまなのです。

 つまり、キリストの誕生を告げた大天使ガブリエルさまは、イスラム教でも神の使者なのです。対立している宗教なのに、同じ天使さまが神の言葉を同じように伝えていたなんて、私はすごく驚いたんです。

 アメリカの世界貿易センターのテロの2年後くらいの何でもない日にそれを知り、2人で泣きましたよ」

「うん、そうだね。たぶん夏美が言うのは、『キリスト教の信者とイスラム教の信者は、もっと親和性が高くても良いと思う』ってことだろう?」

「はい、そうです。宗教自体がまるで兄弟みたいなのに、どうして憎み合うのかわからないんです。だって…私だったら、似たような経験をした、なんて聞いたら、すごく親近感が湧いてしまいますよ!」

「…うん。

 でもまあ、こだわる人同士だったら、似てるからこそ、些細な違いが嫌なのかもしれない」

「とにかく、日本人の私は、クリスマスもお正月もバレンタインもと、あちこちの宗教と仲良くしたいですし。

 どこか旅行に行って、もし急に『今日はこちらの地方では、お祭りがあります。なまはげと仲良く鬼ごっこしてください』と言われても参加しちゃいますよ」

「僕も、どちらかというと異端者の末裔だから、そうすると思うんだけど。

 排他的な一神教というのは、とても一途で、大好きな神さまに身も心も捧げているのが美徳なんだろうから。

 彼らには、彼らの譲れない想いがあるんだろう」

「そんな…」

「あと、一つ絶対に忘れてはいけないのは、テロリストが存在して、彼らが動機として宗教上の信条などを挙げたとしても、それを鵜呑みにして『宗教上の対立』があるから、テロがなくならないと決めてしまうのもいけないんじゃないかな?」

「…というと?」

「つまり、色々と動機はありえると思うんだ。テロリストが全員が全員、嘘つきとも言わないけれども、『不意打ちで大量に殺人や破壊をしたくなった』犯罪者なんだ。本当は、『ただ、むしゃくしゃして』という動機かもしれないのに、正当性のありそうな動機を後付けしてかっこをつけようとしているって可能性もある。

 イスラム教にもキリスト教にも、《他者に寛容であれ》という教義がきちんと存在しているからね。本当の信者さんたちが嘆いているっていうのは、良く聞く話だよ?」

「そうですね。でも、

『同じ天使さまが神さまに命令されて啓示を伝えに来た』って知ってたら、少しは気持ちに違いがあったかもしれないじゃないですか…。第一、その話は一般常識くらいになっているのかしら」

「うーん、それぞれの宗教の末端の信者まで全員に伝わっているかどうかは、わからないな。

『そもそも、我らと同様に、彼らもまた神より啓示を賜わったのだ』みたいな演説を行った指導者たちが存在したかどうかわからないし。

 でもさ、信者でもない僕たちが、(はた)から

『神の啓示を与えてくれに来た大天使さまは、よそでも同じことをなさった天使さまですよ。

 たぶん、あなた達に伝えられてきたことも《似たような物だと思いますよ》、だから皆さま、お互いに歩み寄って仲良くしてくださいねー!』

 って言うのは、単なるお節介を越えて、かなり失礼な話にならないかなぁ…?

 自分たちの神さまが、他の宗教を信じている人にも寛容であれと、再度強く命じてくれれば、一番良いのだけれど。神さまや大天使さまが、それぞれの悲しい事態をどう考えているかは知らないけれど…」

 ラインハルトは、夏美を見やった。

 本当は、イスラム教とキリスト教の対立ばかりではない。もっと悲しくて、もっと酷いと思われる話は、まだ他にも多くあるのだ。日本という、そのような宗教の交差する地点から遠く離れている場所に生まれた夏美には全く馴染みのないだろう話が…。

 ただ、余計なことを今、付け足して話してしまったら、また話は横道にそれていってしまい、彼女が自分の内面を見つめることを横からスポイルしてしまうかもしれない…。


「…そうですね、お節介はしたくないですけど。もしかしたら、それを知ったら、宗教対立で死ぬ人が少しでも減らないかと思って…。

 ライさん…?」

「うん、そうだね。宗教感とか、教義の解釈は、絶対に横からお節介なんてするべきじゃないけど、そんな理由で争って殺しあいをするのは、やめてほしいよね。

 ま、宗教の話はちょっとどけておいて、君とガブリエルさまの話をまとめようか?」

「そうですね、ええと…〔宝物〕がね、手に入れなくてはならないのに。そう、手に入れ方を考えてそのヒントを誰かに伝えなくてはいけないのに…えーと、友達…そう、その友達が宝物を探していて…」

 夏美がチラリとラインハルトを見るので、ラインハルトは、ふざけて両手で自分の口を塞いだ。

 …さっき、先に答えを言うなって、夏美が言ったんだからねーと目で訴える。


「ライさん、」

「あのさ、僕はとりあえず、さっきのルールを守っているよ?」

「わかってるんですけど、…あ、ご協力ありがとうございます」

「どういたしまして」

「アンケートを一件、いいですか?

『ライさんが今、宝物のように一番欲しいものは何ですか?』」

 ラインハルトが、にっこりと笑う。

「夏美、君って本当に…」

「な、なんですか?」

「ま、いいや。今、君が僕に聞いたんだからね、アレルギーが出ても、僕のせいじゃないからね。

 良い機会だから、言わせてもらうけど」

 夏美は、きょとんとしたまま、曖昧にうなづく。

「あのさ、僕は…夏美を宝物のように思うから、君が欲しいよ。

 君に好意を持っている男と2人きりで部屋にいる状態でアンケートを取ってくれて、先日出来なかった告白を聞いてくれて、ありがとう」

 夏美は、真っ赤になった。

「…もう、ライさん…。…あのー、あのー、生き物は除外でお願いします…」

 してやったりの笑顔のまま、ラインハルトは答える。

「うん、わかった。じゃあ、やはり…宝珠になるかな…。青龍王との約束を果たしていないから。

 とりあえず、今後の大きな目標としては、夏美の身体の中にある宝珠を安全に取り出して、夏美に、無事に普通の生活を送ってもらえるようにすることと、君がもし譲ってくれるなら、その宝珠を合わせて、白蛇竜の宝珠として元の状態に戻すことかな…」

 夏美も、こくんとうなづく。

「そうですよね、きっと…その宝物の話をしておられたのだわ。

 私、もちろん他にも友達はいるけど、宝物を探している友達は、ライさんしか思い浮かばないんです。それに、そうだ、友達は水の中には入ってはいけないので、水の中にいる私が何か方法を考えてあげなさいって言われたのに…。

 どうしよう…私は、…」

 夏美の目から、いきなり大粒の涙が落ちた。

「うわっ、夏美、君、いきなりどうしたの?」

 ラインハルトは、うろたえた。女の子って訳がわからないと思ってはいたけど…今の話のどこに泣く要素があるんだ…?

 慌ててティッシュの箱と自分のハンカチを差し出す。夏美が、ティッシュの箱を受け取って抱える。


「ごめんなさい、ライさん…。私、最大のミスをして来たかもしれない…!」

「あのさ、落ち着いて欲しいから、今、夏美をハグしてもいい?」

「だめ、今はだめです、私が落ち着けないから。ライさん、ごめんなさい、お願い、最後まで話を聞いて」

「うん…わかった。じゃ、とにかく気を鎮めて冷静に話して」

「はい。すみません、驚かして。つい、反射的に…。

 あのね、私、失くしてしまったかもしれない…。どうしよう…。

 なんでこんな大切なことを最初に思い出さないのかな、私、バカみたい…。

 ライさん、ごめんなさい。

 私、今、宝珠さんの気配を感じないの。美津姫さまのこともそう。

 美津姫さまがずっと私のそばにいてくれた感じがずっとしてたのに、今はもう、全然気配がしないの」

「落ち着いて。そんなに心配しないで。宝物はもしも見失っても、消えたりしないから。

 えーと、最近では宝珠のささやきが聞こえるみたいで、なんかそれを通訳出来そうな気がしているみたいだったんだよね?」

「はい、そうなんです。そう、さっきまでは。そこまでいきかけてたのに、今は全然、何も感じないんです。

 前はね、『ライさんのことがそんなに好きですか?』みたいに聞くと、何か答えみたいにイメージが広がって、私はそれが答えだと思っていたし。

 美津姫さまだって、そう。ライさんのことが好きで好き過ぎて、なんか迷惑をかけたくないみたいに、落ち込んで泣いているイメージが伝わってきていたのに」

「夢の中で、美津姫…さまとは、話は出来たの?」

「ううん、そうじゃなくて。お姉さんが夢に出てきて、私に『美津姫、』と話しかけてくれたんです。まるで、私と美津姫さまが同一人物に見えているみたいに」

「…長女の多津姫さまが?」

「ううん、双子の方のお姉さま…本当は赤ちゃんの時に亡くなったって…言ってました」


 そう、その通りだ。さっき、里津姫さまの話はしたっけ?…いや。

 ラインハルトは、自分がさっき、そこまで話していなかったはずだと思った。神社に古くから伝わっている鏡、蛇の目(カカの目)がどれだけ重要かという話をする手前で途切れていた。

 里津姫さまは、生まれてすぐに亡くなったので…産んだ母親が気が狂ったかのように闇を意味する『黎』の字を書いて号泣したと聞いた。そのすぐ後に母親も亡くなり、歳の離れた姉である多津子さまが結婚するために去ってしまった。大人しくて聞き分けのいい美津姫は、一人遊びの好きな子供だったと聞いた。物心ついた時から、鏡に映る自分に話しかけながら、人形遊びをしていたらしい。昔から伝わっていた、蛇の目(カカの目)を見つけてからは、とくに鏡への執着が強くなり、とても大切にしていたという。


「じゃ、君は夢の中で…里津姫さまと会えたのか。どんな話をしたの…?」

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