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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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40 黎……ⅠⅠ………明(『明』に繋がっていく『黎』。)ー ☆ ー

 ちゃぷん…?

 水の音だ。

 いつのまにか私は、少しひんやりした水の入った壺を両手に一つずつ持って、水を注いでいる。私、…ちょっと透明な時間を経て、この世界で龍にはならずに人として実体化したのかも。


 小さな湖のそばに、私はしゃがんでいる。右足は湖の浅瀬の中へ踏み出していて、左の足は湖の淵辺に膝をつけるように。

 踏み出した方の右手の壺からの水は、そのまま湖へと注ぎ落とし、淵辺に残った側の左手の壺からの水は、そのまま土の上に注ぎ落としていた。


 あ、私、この湖を知っている。

 朝焼けの光の中に天使さまが立っている湖じゃない!

 あの天使さまは、たしか大事なお仕事をしていたはずだ。

 両手に2つの水差しを持ち、片方から片方へ注ぎ、また逆に注ぎ返す。

 そう、天使さまは、あの大事そうな水を一滴も零さないように、慎重に揺すぶっていたはずだ。

 だって、それはとても大切な生命の水だという話だった。


 確か母が話してくれた童話では…。

 天使さまは、たしか、全ての相対する物を混ぜているのが、お仕事なのだ。善と悪とか、光と闇を混ぜているのだ。しかもたしか平均化するのではなくて、全ての概念を共存させる調整みたいに混ぜるという話だった。


 あの天使さまが大切にしていた生命の水を私が今、惜しげもなく湖と大地へと注ぎ落としている気がしてならない。

 もしかして、これは、ただちにやめた方が良いのでは?

 確か、あの天使さまは夜明け前にいらっしゃるはず。朝日が昇る頃の金色の光を浴びてお仕事をする印象がある。

 絶対に叱られるに決まっている。早くやめなければ。でも、身体の自由がきかない。

 どうしよう、

『もう、君は自分の身体を自分の《選択で》動かせやしない』

 みたいに言われてたけど、これがそうなの?


 だいたい、私はこんなことをしていたら、着ていたきれいな黒い豪華なドレスを汚してしまう……。私の身体と一緒に実体化したかな、さっきのドレス?

 身体は上手く動かせないけど、目線は動かせそう、…。

 …。

 …。

 …うわぁー。ないわー。気づきたくなかったわー。

 薄ぼんやりとした暗闇の中とはいえ、あんまりだわー。


 どうしよう、だ、誰も見ていないよね…?

 き、気づかなかったふりをしておこう。こ、ここは平然としておこう。

 どうしよう、たぶんまた私はどこかで選択を間違えてしまったのかもしれない…?


 いつ、ドレスを脱いだの?、私は。

 なんか頑張って妄想したら、コスプレとか出来ないかなぁ?

 慌てて勇者姿をあれやこれや妄想しても、…私は…すっぽんぽんのままだった!


 とりあえず、壺の水が空っぽになったら身体が動くかもしれない。そうしたら、壺を置いて、湖の中に身を沈めてみよう。

 幸いなことには、まだまだ夜明けが来そうにもない気配だ。


 ん?

 斜め背後から視線を感じる。ああ、なんとなく見えた。そばの小さな丘に木が立っているみたいだわ。枝が見える。

 木なら、笑わないし、誰かに話したりしないもんね?

 願わくは、木の妖精さんの宿っている木ではありませんように。

 木の枝が、笑うように揺れた。

 えー?、本当に木の妖精さんが宿っていたりする?

 あ、なんだ、鳥だ。鳥が止まっていたんだ、枝に。

 どうしよう、メスかな?オスかな?


 《鳥は、夜目がききませんよ》


 あー、そうでした。ならば安心ですね!

 しっかし!この壺の水、全然終わりそうにないなんて。

 夜中の罰ゲーム?


 《生命の水は、尽きることがありません》


 あー、そうなのですか。え?尽きないってことは、もしかしてエンドレス?

 何かブラックなお仕事を、私は引き受けてしまったのだろうか?


 《心が落ち着くかもしれないと、〔光の乙女〕とお役目を代わってもらったのですが。そなたに与えた仕事は…もっと過酷なものですから》


 あ、もしかして地獄の懲罰…?なのかな…?

 えーと…それならば〔光の乙女〕さまのお留守番をしておきます、喜んで。

 ずうっと、優しい声で答えてくれる、きっと後ろの、鳥さん、こんばんは。



 《…ごめんなさい、わたしは鳥ではないのです。こんばんは》


 すみません、失礼しました。

 どこのどなたかは知りませんが、話しかけてくださってご親切に。

 うまく身体を動かせず、こんな状態になり、失礼します。

 どうか、このお見苦しいヌードをご覧になりませんように。


 《おお、そなたは今たくさんのしがらみから自由になりましたから、精神だけの存在なのですよ。赤子と同じ。先ほどまでは透明になりかけていましたけど…

 我らの前では、人は服を着ていても脱いでいても…他の生き物と等しく正しく見定めることが出来ますから》


 私の右手から、いきなり誰かの声が聞こえた。

「気をつけて、その方は審判者…の、たぶん…う、うわぁ…!」


 きゃ?、何、なに?いったい誰?…まさか…?地獄の…覗き魔?


 私もムっとしたけど、審判者さま?も気を悪くしたみたいだった。そんな気配がした。

 私の両方の耳にヒュッという音が同時に聞こえた途端に、私の右手から悲鳴が上がり、そしてその悲鳴はすぐに消えて、そのまま聞こえなくなった。私の身体全体もふわっと優しい衝撃をくらった。


 《うふふ》


 ちゃぽん!と音がして、私は湖の中に落ちてしまっていた。あ、なんかゆるりと私の身体がほどけていく。強張っていた身体がほぐれていくような感じ。湖の中の水の温度はちょうど良かったし、私は身体が伸びたような気がした。


 ふうぅ〜、お仕事終わりの温泉気分に近い、伸び伸び感。


「あ、ありがとうございます。さっきのは、もしかしたらもしかして、私の友達かもしれないんですけど、男の人だから、ヌードを見せたくなかったので助かりました」


 私は振り返って、水の中から天使さまみたいな神々しい方にお辞儀をした。いや、この方は本物の天使さまだ。絵で良く描かれている、大天使さまだ。

 偉い天使さまをじろじろ見てはいけない気がしたけど、背中に豪華な羽を持っている天使さまを見るのが初めてで、つい見とれてしまう。女性らしいゆったりとしたローブ姿はとても優雅だった。波打つ豊かな髪と柔らかな物腰が素敵。この方が審判者さま…?


 《いえいえ、そなたはその姿の方が楽でしょう?

 処断するつもりなんてなかったのに、あの者が邪魔をするものだから》


 優しく天使さまは、私に微笑んでくれる。


 どうしよう、私の両手両足が無くなっている。痛くはないけど。

 私は、いつのまにか小さなクリーム色の水蛇になっていた。泳ぎやすいけど。

 たしかに肩こりもしなさそうですし、エンドレス水撒きのお仕事は、かなり大変そうでしたから、しばらく水蛇生活を送るのも良いかもしれませんが…。


 でも。私の友達はどうなったのでしょう?

 あ、処断って…?手とか足とか罪を犯したら、切り捨てるそういうルールのアレ?

 ライさんてば、もしかして私の右手にいたの?

 審判者の天使さまに見つかったから、私の手足と共に処断されてしまったのかも。


 《うふふ》


 優しい微笑みだけど。なんだか怖い。

「あの、審判者さま。さっきのは悪魔かもしれないけど、私の友達で。

 私の友達は、たぶん私を心配していたのだと思います。私からも失礼をお詫びします」


 《…殺したり、罰を与えたりはしていませんよ。あの者には大切な仕事が待ってます》


「あー、すみません、天使さまを疑うような失礼を。それなら本当に良かったです」


 《弾き飛ばしただけ。今日は審判者として来たわけじゃありません。それに…一緒にあの者を水の中に落とすわけにはいきませんしね》


「…そうなのですか?」


 《炎の形質を持つ者が、不用意に水に落ちてはならないのです》


「あ、そういえばいつも怒られている話をしていた気がします」

 …どうしてそんな簡単なことが守れないのかしら。とても頭の良い人なのに。


 《水の中に用があるのです。ずっと探している宝をそこで見つけたことがあるのですから。

 確かに、あの者にはそれが必要なのです。

 ですが、可哀想な話だけど、あの者は理想の炎を燃やし続けなければならない役目もあるので、水の中まで入ってそれを取り出すことは…おそらく出来ないのです。

 それに…その宝はいつも同じところにあるわけではありませんからね》


「そんな…あちこちで可哀想な話ばかりですね。なんとかならないのでしょうか?」


 天使さまは、笑った。たぶん、私、何か馬鹿なことを言ったんですね。


 《うふふ、まさか…そなたは門の2本の柱の意味も知らずに、ここに来たのですか?》


「はい、たぶんそうです。ごめんなさい。白い柱と黒い柱に何か意味があると、先日母に借りた本で読んだはずなのですが、教えてくださいますか?」


 《『神の試練』と『神の慈愛』ですよ。そなたは、今、『神の慈愛』だけなら良いのにと思いましたか?》


「はい…」

 天使さまは、本当になんでもお見通しなんですね。

「そう、思いました」


 《2つ存在するのが、それこそ『真理』なのです。それらのことは意味があるのです。良く考えてくださいね。

 そなたは、私の2つの名前を聞いて、その意味について、そのあり様について、自分のことのように心から嘆いてくれた。だから、私は今そなたに会いに来たのです》


「??…はい、考えます」

 大天使さまの2つの名前で…??

『考えてください』というからには、答えを教えてもらえないってことですよね?

 疑問が解けていくどころか、一つ疑問が増えてしまったような気がします。


 《炎の形質を持つ者が、どうやって水の中の宝を探して持ち帰れば良いのかも考えて、あの者に教えてあげなさい》


「え?私が考えて、教えてあげるんですか?」

 また一つ疑問が増えてしまいました。ああ、最初の肝心かなめな疑問を忘れてしまいそうになっているんですけど…。

 何も思いつかないし、それに私の友達は、なんかどこかに弾かれてしまったみたいだし、しかも…。

 あれ、天使さまが、…いらっしゃらない…。

 もうここにはいらっしゃらないみたいですね。うわぁん、久しぶりに会話してくださる人が、じゃなくて天使さまがいて、とても嬉しかったのに。


 とりあえず、私は湖の中を自由自在に泳ぎ回れそうな水蛇なんだから、考える前に行動してみようか。まずは湖の中に宝があるかもしれないから、それを探してみようか。

 くるくる必死で回ってみた。湖の中にあるべき小石とか水草もあるのだが、たまにひょいと底の暗いところで、絵のように何かのイメージが浮かぶので眺めてみたりする。


 大きな塔の内部にいるイメージ。そこはがらんどうで、壁際に螺旋階段が作りつけてある。ライさんに似た、でもほんの5、6歳くらいの男の子がそれを上へ上へとせっせと登っていくイメージとか。

 その塔の最も下の床では、(かなえ)の3本の足を1本づつ支えながら、くるくる回る3人の乙女たちを見た。皆似たようなシンプルなドレス、似たような髪型。似たような体型。でも良く見ると1人づつ髪や肌や目の色が違うみたいだった。それでも気を揃えて美しい円を描いている。

 あの鼎の中に宝物があるのかな?

 でも、自分は水の中をくるくる回るだけで、そのイメージのそばにすら、寄れないのだ。こちらは水の中なのに、そのイメージは、水の中じゃない。画像かイメージを眺めているだけ、みたいだ。まるで映画館の中の客とスクリーン画像のように透明な何かで隔てられてしまっている。話しかけるどころでもない。



 とうとう飽きて、ぷか〜っと水面近くまで浮いてくると、天使さまがいた。

 夜が明ける少し前だと思うのに、働き者?の天使さまはもうお仕事を始めていた。


今回、夏美がエンドレス水撒き?と感じている箇所は、タロットカードの『XⅦ THE STAR 星』です。このカードのテーマは『希望』です。

逆位置では、《実際には好機なのだが、なかなか自信が持てず悲観的もしくは落ち着かない気持ち》を表しています。正位置の意味は、《明るい兆し》、《将来への展望》です。

あえて逆位置から解説しました。暗い思い、自信のない状態で真実の門から中をのぞいて闇に彷徨っていますが、いよいよ黎明に向かっていきます。

タロットカードは、絵の向きを逆転すると意味が変わります。悪い意味から良い意味へ。最凶の16枚目の『THE TOWER』の《災難》、《失敗》の隣に、この『THE STAR』が登場するのです。ここを読んでくださった方、どうか逆境に陥られたときには、このことをどうか思い出してくださいませ。

17枚目のカードでカバラ数秘術では、17を1と7に分解して8を導きます。そのうち、8枚目のカードも出てくる予定です。


あと、大天使さまとの会話シーンですが、水蛇になってからの夏美が口を使用して発言する場合は「 」を使用し、そうでない場合は、普通にカッコなしで書いていますが、間違いではありません。最初は、身体を動かすことが出来なかったのです。

ちなみに大天使さまには、口を使わない思考も全て伝わってしまうので、もしお逢いした場合は、ひたすら素直でいてくださいませ。


(3月4日 脱字修正)

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