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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
39/148

37 ーB …黎……(『黎』の意味は、〜につながる。)

ご注意(必ず、お読みくださるようにお願いします)


「37」は、AとBの、2つで構成されております。分岐ではなく、

「36」→「37-A」→「37-B」→「38」(次回更新予定)、

「36」→「37-B」→「37-A」→「38」(次回更新予定)

のどちらかのながれでお読みいただきたく、読む順番を選択して頂きたい趣向でございます。

サブタイトルの『黎』の漢字の意味をご参考に選択してくださると、大変嬉しいです。


♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎に囲まれた部分は「36」の最後部と重複しております。お読みくださっていた方は、飛ばしてお読みくださいませ。


一部、いわゆる百合の表現が出てまいります。筆者基準としましてはR15にかない、かつソフトかと思いますが、苦手な方は、☆☆から★★部分を読み飛ばして頂きたく思います。


今までAz...杖と伏せ字で表記致しておりましたが、そろそろ完結間近ですので、この編から正式名称の表記に変更しました(これより前の部分に関してはそのままです)。ここまでのヒントで、高名な錬金術師さまのお名前がわかってしまった方も出来ますれば、しばらく内緒でお願いいたします。

 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎(「36」の最後と重複部分)


 いつの間にか、白の人と黒の人に挟まれていたラインハルトの姿は掻き消えてしまっていた。

 目の前には、白い柱と黒い柱に支えられた重厚感のある門が出現している。その前には、愛くるしい少女が豪奢な椅子に座っていた。

 白いドレスを着て、肘のすぐそばまでを覆う白くて長いシルクの手袋をはめていた。艶のある綺麗な黒髪を左右から三つ編みに束ねて、ふぅわりとしたアップになるよう髪を結い上げている。アップ髪のところどころに花の飾りピンを刺しておめかしをした姿は、まるで舞踏会に行く前のようだ。顔立ちは日本人のように見えた。ああ、そうだ、確かこの少女だった。テオドールと呼ばれた少年とダンスの練習ををしていたのよね?


「あなたが美津姫さま…?」

 少女は、無言で首を横に振った。


 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎



「それでは、あなたはだあれ?」

 私は聞いた。

 私はきっと、この少女に会うためにここに来たんだ。

 この少女が、私に真実を教えてくれるのかもしれない。


 少女は、愛らしく笑った。私、この笑い声も知ってる。

「私も聞いていい?、あなたこそだあれ?」

 少女は聞いた。

 私は考える。どうしよう、ど忘れしちゃったみたい。

 私、私はいったい誰だったんだっけ?

 少女は、今度はくすくす笑った。白いドレスの豪華な沢山のフリルを揺らしながら、踊るかのように軽やかに立ち上がった。

「わからないの?

 ね、あなた、ご自分をご覧なさいな。ほうら!」


「うわ、あなたと私、お揃いなのね?すごい!素敵ね!」

 私はとても嬉しくて小躍りする。くるっとターンしてみた。豪華な沢山のフリルが揺れる。

 私は、同じドレスの色違いの物を着ている。手袋も一緒。靴も髪飾りも。髪型も。

 全部、黒一色。艶めく黒。


「あなたの白いドレスも綺麗だけど、私のこの黒いドレスも本当に素敵。ブラックホールみたいな、吸い込まれるような黒じゃなくて、何か神々しい光を反射するのね!」

「そうよ、神さまの光に照らされてるんだもん。

 あなたって本当にきちんと本質を見抜く力があるのね、私の自慢の妹よ」

「あなたは、私の姉さま…なの?」

「そうよ、私はあなた。あなたは私。私たち、やっと一緒にいられるわね。

 でも、あまり鏡を見てはいけないって言っておいたのに、あなたったら本当に困ったものね」


 ああ、鏡の中のお姉さん、私、ずっと寂しかったんです。あなたがあまり鏡を見てはいけないって教えてくれたけど、私、ずっとあなたに会いたかったんです。良かった、ようやく会えたのね。


「美津姫、あなたは私に会えて嬉しい?

 私、あなたをずっと待っていたのよ。

 淋しかったから、あなたにも話しかけてみたりして。

 ようやくこうやってあなたに触れることが出来るわ」


 姉さまの白い手袋の手がそうっと伸びてきて、私の黒い手袋の手を取る。


 美津姫?ああ、良かった。とても可愛いらしい良い名前だわ。

 私は、私の名前を取り戻せたのね。

 忘れないで覚えておかなくっちゃ。


 ああ、そうよ、私、思い出せるようになってきた。

 ごめんなさい、私、今までずっと忘れていた…。


 私の姉さまが私を見ている。私の目の前で。あんな鏡越しとかじゃなくて。

 あの透明な壁は、きっと崩れ去ってしまったんだわ。

 悪い魔法使いが、私と姉さまを引き離していたけど、魔法は解けてしまったのね。

 だから、こうやってようやく会えたのね。


 姉さまが優しく言う。

「美津姫、あなたこそ白いドレスを着るべきよ、あなたにとても良く似合ってるのに。白いドレスを着て、光の当たる場所へ行ってちょうだい?」

「ううん、姉さまこそ白いドレスを着て欲しかったの、だって、私は…本当は姉さまに全部譲りたかったんですもの。光の当たる場所が相応しいのは姉さまだったの」

「どうして?」

「私、とても悪い子だったの…。だって、姉さまは、私のせいで亡くなったんでしょう?」

「ううん、それは違うと思うわ。難産で2人とも首にへその緒が絡んでしまっていたのよ。2人とも死ぬところだっただけ。私はちょっとだけ運がなかっただけ。

 私には黎津姫(里津姫)という名前をつけてくださったのよ。神さまが」

「そうだったの」

「だから、私が本当は黒い、ううん、本当は闇色のドレスを着るべきなの。でも、優しいあなたはここに来てくれた。

 死んだのが私の方で良かった。本当に良かったわ」

「そんな…。代われるものならば、代わりたかった。

 姉さまはとてもきれいだわ」

「あなたは可愛らしいことを言うのね。私たち、同じ顔をしているのよ?

 あなたはあなたを褒めているみたいよ」

 姉さまと私は、一緒の音程の声で笑いあった。


「私たち、ずっと一緒にいられるのかなぁ」

「わからないわ。ねぇ、あなたは本当に、私に光の当たる場所を譲ってくれる気がある?」

「もちろんよ、姉さま」

「じゃ、ここであなた、少し待っていてくれる?

 ちょっとだけ淋しいかもよ?

 すごく我慢していなければならないの。光と敵対する闇、善と敵対する悪があなたのそばに来てまとわりつくのよ、辛いよ?」

「うーん、でも姉さまは我慢して来たんだよね?、頑張る」

「少しだけ我慢しててくれる?

 私、ずっとあの人に会いたかったの。私、あの人と踊ってきていい?

 今、白いドレスを着ている私だから、きっと踊れるわ。待っていてくれる?」

 黎津姫(里津姫)はキラキラ光る場所を見つけて行ってしまった。


 姉さまは、なかなか戻ってこない。

 淋しい…。

 こんな暗いところ、怖くなってきた…。

 姉さまの向かったキラキラ光る場所に近づこうとしたけど、途中で透明な壁に阻まれてしまう。また、壁が出来てしまったんだ。


 淋しい…。ふいに別方向から、微かな物音が聞こえた。

 誰かが向こうにいるのかな…?

 微かに音がした方向が、少しだけ明るい。

 姉さまの代わりになればと闇の中にいたけれど、待っていると約束したけれど、だんだんと我慢が出来なくなってきた。

 私、淋しい。

 こんな暗いところに…ずっと姉さまは一人でいたの?

『帰ってきて』なんて言えるはずもない。ましてや、

『もう一度代わって欲しい。私の方が光の中に戻りたい』なんて言えるはずもない。

 だって私は、湖のそばで宝珠の闇の力をつかってしまった。

 私に襲いかかった者に。身を守るために…宝珠を守るために…。でも、憎み、滅ぼしたい思いで心を闇に染めたのだ。


 静かな空間だと思っていたのに、向こうの方で女の子だろうか、くすくす笑う高い声が聞こえてきた。

 行ってみよう。姉さまがここに戻ってくるまで少しの間だけ。


 ☆☆


 2つのベッドがある部屋が見えた。自分は何故かそれを見下ろしていた。

 1つのベッドは空っぽになっていて、1つのベッドの中に2人の少女がいる。

 利発そうな少女が、眠っている少女を揺すぶり、起こそうとしている。

 寝ぼけまなこを擦るようにして、

「う〜ん、どうしたの?ひとみちゃん、何かあったの?火事?」

 と、眠っていた少女が言う。

「何もないわよ、大丈夫」

 ひとみと呼ばれた少女は、今起きたばかりの少女の髪の毛を指でくるくるもて遊びながら、くすくす笑っている。

「じゃ、どうしてひとみちゃんが私のベッドにいるの?」

「うふふ、可愛いわね、夏美。私、ずっとあなたを狙っていたのに。

 あなたってば何もわからなくて無自覚で。いとこの加奈子も夏美のことを好きって言っていたけど。私、教会のお泊まり勉強会で夏美と2人部屋になれるようにずっと願っていたんだ。知らなかったでしょう」

「…うん…おやすみ…なさい」


 私はこの2人に話しかけようとしたけど、全然声が出てこなかった。

 それに…私、この話を知っている。ひとみちゃんも知っている。そして、夏美と呼ばれた女の子。あれは私だ。もし、私じゃなくても、私は、その夏美を演じたことがあるから。


 ひとみちゃんは、夏美の身体のあちこちをくすぐって起こしている。

「寝ちゃダメ」

「う〜ん、どうして?ひとみちゃん、眠くないの?」

「そんなに眠いの?お願い、わたしの指にキスして舐めて?」

 そうしたら眠らせてくれるのだろうか?

 私はひとみちゃんの手にキスをして、一生懸命に指を舐めた。

 これでいい?と聞こうとして目を開けたら、ひとみちゃんがじっと私を見つめてる目に気がついた。それからもう一つ。

 …手首にある、沢山の引っ掻き傷。古いものも新しいものも。無数にたくさん。

「ひとみちゃん、その傷、もしかして?」

「そう、リスカの傷。死にたいって思ったり、でも怖いから、きちんと出来ないの」

 リスカの傷のきちんとしたヤツってなんだろう?良くわからない…。

 でも、私は

「びっくりして、目が覚めちゃった…」

 と正直に言う。

「やった〜!、じゃ、私と恋人ごっこしよっ?」

「…?なんで?私と?ひとみちゃんとで?」

「そうよ、私は本気。でも、夏美は違う。私のことなんて真剣に見ても考えてもいない。夏美って、可愛くて憎たらしいところがあるわ」

 ひとみちゃんの手は、私の顎を抑えていた。

「!…」ひとみちゃんはキスをしかけてくる。

 一瞬、わけがわからなくてひとみちゃんを見た。本気だ。本気なんだ。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 私がぼーっとひとみちゃんの表情を見てると、唇を離し、私を見返した。そして、満足そうに笑った。

「ふふ、可愛い。思った通りだわ、夏美。全くわかっていないのね?」

 また、キス…?

 私は首を振って逃げようとする。

「ダメ、逃がさないわ…!」

「ひとみちゃん、寝ぼけてるの?

 お願い。も、元に戻って?

 いつものひとみちゃんに戻って」

「そんな泣きそうな顔をしないで、夏美。

 ごめんね、いつもの私より、今が本物の私なの。

 さっき、私のリスカの傷の心配をしてくれたよね?」

「うん」

 ひとみちゃんは、リスカの話をすると、寝ぼけてる状態から覚めてくれるかな?

「私、本当に死にたいの。だから、なにかのきっかけで本当にザクッとやってしまいそうなの。本当はね、怖いの」

「うん、やめた方がいいよ。危ないから」

「たまに…痛みすら感じないの。心が凍りついたみたいに」

「怖いんでしょう?やめて?」

「夏美が本気で心配してくれるなら、やめるかも」

 私は、とても嬉しくなった。私のやることが誰かの役に立つ時が来たの…?


「うん、本気で心配してるから、やめてよ、ひとみちゃん。お願いだから」

「ありがとう、夏美。夏美がやめてって言ってくれると嬉しい。…死にたかったけどやめようかな。私が死ぬのをやめたら嬉しい?」

「うん、嬉しい」

「じゃ、一晩だけ、私の恋人になって。今晩だけでいいの。私たち、違う中学だから、ずっとしつこくしたりしない。

 今晩だけ、夏美は私を愛して。愛してくれていると私に信じさせて」

 もしも断ったら、どうするの?と聞こうかと思ったら、先まわりしてひとみちゃんが言った。

「私、死ぬわ。たぶん。本当よ。

 本当に死んじゃうからね。

 好きになるってどういうことかわかる?

 何度も諦めかけて、何度も告白の機会を伺って、恥ずかしいから、何度もやめようかと思って、私…」

 ひとみちゃんは泣いていた。私も泣きたくなった。

「学校でいろいろ嫌なことがあっても、教会で夏美に会えるのが嬉しかったんだ、加奈子が邪魔ばかりしてきたけど、ね」

「うん…」

 ひとみちゃんに落ち着いてもらいたいけど、どうすればいいか良くわからなかった。

 嘘でもいいから恋人を演じれば、友達は死なないで済むのだろうか?

「今度、お父さんの仕事の都合でアメリカに行くの。この夏休みに引っ越して夏美にはもう会えない。死んじゃいたいくらい」

「あのさ、向こうに行ったら、また…」

「夏美も、学校の先生みたいに、表面的なことしか言ってくれないのね」

「ごめん…。本当に死ぬのも、リスカもやめてくれるなら…ちゃんと約束してよ。嘘にしたら、すごく怒るよ、私」

 私の返事を聞いて、ひとみちゃんはにっこりと笑った。


 ★★


 私の選択は、正しかったのだろうか。

 もしかしたらやっぱり、後で正気に戻ったとしたら、ひとみちゃんは傷つくのではないかと心配になった。

 本当に、偽物のまがい物の愛なんて物を、ひとみちゃんは欲しいのだろうか。

 ひとみちゃんの選択は、間違っているのでは?

 ひとみちゃんに必要なのは、本当に恋人を演じる私なの?

 教会の十字架の屋根の下にいながら、私は何度もひとみちゃんに心を込めて

「愛してる」

 と嘘をついた。


 演技なんかしている私ではなくて、誰か私を根本からボキっと折り取ってしまい、ひとみちゃんの本物の恋人(運命的に決まっている恋人)とすげ替えてくれないかと思ったけど、そういう奇跡は起きなかった。

 私、ひとみちゃんには黙っていたけど、本当は私だって、かなり死にたがっていた。

 すごく死にたいわけじゃなくて、ちょっとより多目の‘かなり’という程度だけど。

 その後のひとみちゃんのことが心配で、おかげでしばらく死ねなかった。

 完璧な演技をしてただろうかも心配だった。

 自分の選択は正しかったのかも心配だった。

 今思うと、やはり最後は私は、ひとみちゃんのことよりも自分のことを心配していた。

 あの先生たちと同じだった。私が初めてがっかりさせられた大人の人たち。

 子供の頃、私は本当に大人の人は何でも知っていて教えてくれて、その教えに従ってさえいれば、何も深く考えなくても正しい良い子になれるって信じていた。

 自分の力は全く小さなものでしかないけれど、大人の人たちに正直に相談すれば、大丈夫だと信じていた。特におまわりさんや先生やとにかく正義の味方っぽい人に頼ればいいのだ。いつか自分でも、そっちの方に立ちたい、立てる人になりたいと思った。


 予想されてたことだけど、お泊まり勉強会の夜のことを牧師さんと教会の先生(ひとみちゃんの通っていたミッション系の中学の先生兼務)に言いつけた人もいたらしい。

 どこまで聞いたか知らない。どう解釈したのかも知らない。

 2人の先生は、私一人を呼んで応接室に通して、私から話を聞きたいと言った。

『あなたは、被害者だったと聞いたわ?そうなんでしょう?』

『ああいう子は不良だからね、気をつけなさいよ』

『教会は、開かれた場所だからね、ああいう子も来るわけで』

『でも、もうお引越しするそうですし、安心してね』


 最初、私は先生達は、ひとみちゃんを心配して、私に事情を聞きたいのかと思ったが、全然だった。

 ひとみちゃんが、心から幸せになるにはどうしたらいいかと私も考えたので(結局は、自分では何も考えつかなかったので、言いなりになっていただけに終わったけど)、教会にいる先生達にはもっと良いアイデアがあるのではないかと期待していた。だから余計にがっかりしたのだ。

 先生達の言動は、ひとみちゃんの幸せにつながっていかず、私から確かな証言を引き出すことが出来たら、『悪い子』と判断して追い出したいとしか聞こえなかった。

 しばらく私は、自分の耳がおかしくて、脳みそが意地悪く解釈しているのかと自分自身を疑った。

 以前、私が一度『あなたの手が罪を犯すなら、それを切って捨てて神の国に入りなさい』というフレーズに驚いていたのを慰めてくれていた人達と同じとは思えなかった。宇宙人に代わられてしまっていたのかもしれないとも思った。

 自分の手も諦められるんだから、他人の、しかも素行が悪いと思う子供なんて、簡単に諦められるんだろう、追放しちゃえるんだろう。と思ってしまった。

 切って捨てる前に、自分の手のために、罪を犯した人のために、何かしてあげられないか考えないのだろうか?『良い悪い』のレッテルを貼る前に、深い話を聞いてあげたいと思わないのだろうか?

 自分が初めて大人を疑い、嫌った瞬間だった。

 図書館の本の中の、あの異世界のライオンの言うことだけを信じようと思った。腹を立てていたら、死にたいと思ったことも忘れてしまった。

『余計なことを考えずに、正しいことをしなさい。私たちはあなたを救いたいのですよ』



 また、暗闇だった。

 姉さまが戻ってきているかもしれない。私が迷子になってしまい、心配しているかもしれない。

 ふいに、大広間が見えた。


 音楽が流れている。あ!ウィンナーワルツだ。

 白いドレスを着た黎津姫(里津姫)と踊っているのは、確かテオドールさんだ。きちんと黒いスーツを着て、ウィンナーワルツを踊ってる…。

 黎津姫(里津姫)は、私よりもお上手な気がする。だって、演技なんかじゃない、私にはわかる。愛しているんだ。ずっと会いたかったんだ。

 本当に愛している人同士で踊ったら、こんなに素敵なんだ。真凛さんが見たら、この間より更に感激して号泣ものだ。間違いない。


 私はだから、ポジションを譲るべきなのよ。でも、ちょっとだけ淋しい、私も先日のあの時、とてもきれいに踊れたし、それにそれに…とても楽しかったのだ。ううん、もう、そんなことを言ってもね。私、我慢するって言っていたんだから。私、つまんない人間だから、いつか誰かの役に立って死んでいくのが希望だったんだから。


 ほら、だって、私は本当に死にたくなった時に思い出したのは、

『誰かの幸いのためなら、自分の身体なんて…』というフレーズだった。

 いつかもしかしたら、自分の身体や命を差し出してあげられる機会が来るかもしれないって思って、死ぬことを我慢することが出来てたんだから。

 その機会が訪れて、ようやく死にたかった私は、すっきり退場できるのだ。

 そう、私は死後も八方美人でいたいのだ。あの高潔なカムパネルラのように惜しまれて逝きたいのだ、本当はただ面倒くさくて逃げたいだけなのに。



 幸せそうに踊っている2人。そして、心を込めてキスをして…。

 ああ、そうだ、私、あの男の人の名前を知っている。

 あれはきっとライさんなんだ。キスを嬉しそうに返している。

 幸せになってください。愛しあっている人同士のためなら、私、きっと我慢できる…。

 ライさん、良かったね、たぶんその方を探していたんだよね?

 ん?えーと、ちょっと待って。

 ライさんの愛していたのは、美津姫さんの方だっけ?

 どうしよう?訂正してきた方がいい?

『そっちは双子のお姉さまの方ですよー』って。

 なんかお邪魔だよね?、私が言いに行くのも変だし。

 え?さっき、私が美津姫って感じに言われてたよね?

 私って美津姫なの?

 なんか私って、あんなに可愛い感じじゃないし。


 誰かが可愛いらしい声で笑ってる。

 お医者さんはね、必死で自分に近い方の赤ちゃんから蘇生をしたの。

 運がなくて死んだ女の子の方に黎津姫(里津姫)って名前をつけたの。

 だからね、生きている方が美津姫(水津姫)って名前を名乗ればいいのよ。


 なるほど〜。

 じゃ、私の方が闇に沈み、姉さまの方が美津姫として生きていけばいいのか。

『誰かの幸いのためなら、自分なんて自分の身体なんて…』と


「引用が違っている。そこ、『みんなの幸いのためならば』だからね。誰かの、じゃない。

 みんなの、なんだよ。

 君、本当にうっかりで大雑把すぎ」


 ん?ブラックスーツを着たライさん?

 今、えーと、私の姉さまと踊っていなかった?

 いつの間に、どこから出てきたの?


「良く見なよ」

 ん?それって悪魔?魔法使い?…きれい、素敵な黒い衣装ね。

「悪い魔法使いバージョンだよ、気に入った?」

 ライさんがドヤ顔になる。

「君、今死んじゃうところだから、最後に僕の真の姿を見せてやろうと思って。

 どう、似合う?」

「うん、すごい似合ってる。やっぱりライさんは、悪い魔法使いだったんだ」

「落ち着いているね〜、本当に死んじゃうんだよ?僕の屋敷のリビングで。

 君の家族も友達も可哀想に、みんな泣くだろうなぁ」

「ごめんなさいって、伝えておいてください、お願いします」

「うん、わかった。お礼に何をくれる?」

「え?えーと、あ、じゃ、ライさんの探していた宝珠をあげます」

「お、やったー、じゃ君の身体から取り出してもいい?

 さ、この契約書にサインを」

「あ、はい」

「じゃ、そういうことでバイバイ。

 もう死んでるから、全然痛くないから安心してね」

「はい、ライさんも幸せになってください。色々とお世話になりました」

「うん、ご丁寧にありがとう。じゃ、遠慮なくギタギタにさせてもらうね。

 ちょっと今から、君の身体にエッチなことするけど」

「は?」

「宝珠を取り出さなくちゃいけないからね、仕方ないんだ。

 伝説の宝珠が普通に外科手術で取れるわけないでしょう?

 どのみち死んだんだから、痛くも恥ずかしくもないでしょう?」

「…いや、それはいや、ちょっと待って。

 だって私、まだ意識があるみたいだから」

「大丈夫、待てないよ。

 せっかく意識が残っているうちの方が、お互いにプラスだよ?

 君にも生前の良い思い出になるように、精一杯のサービスをするよ!

 それにもう君、悪魔の僕の契約書にサインしたもの。君の魂も身体も全部、僕のもの。いいね?」

「いやだってば」

「君は、君自身を大切にするべきだったんだよ。

 君は、選択を誤ってしまったんだ」

「そんな、お説教なんてもういらないから!」

「うん、無粋だったね、ロマンチックな気分になれるように優しくしてあげる…」

「いや…」

「もう、君は自分の身体すら、自分の《選択で》動かせやしない。

 良く見ないで悪魔の僕とサインをするわ、誰かに命を乗っ取らせても平気なお馬鹿さんなんだからな。

 もう後悔しても遅い。たっぷり楽しませてもらうよ。

 君だってまだ意識があるから、快感も得られると思うよ。天国みたいな、と表現出来ないのが残念だよ。

 僕と一緒に地獄へ行こうね?」


 ドヤ顔をしてるライさんのアップ。身体が動かない…。

 キスなんてしてきたら、噛みついてやるんだから…。

 意識が遠のく。


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