37 ーA …黎……(『黎』の意味は、諸々。)
ご注意(必ず、お読みくださるようにお願いします)
「37」は、AとBの、2つで構成されております。分岐ではなく、
「36」→「37-A」→「37-B」→「38」(次回更新予定)、
「36」→「37-B」→「37-A」→「38」(次回更新予定)
のどちらかのながれでお読みいただきたく、読む順番を選択して頂きたい趣向でございます。
サブタイトルの『黎』の漢字の意味をご参考に選択してくださると、大変嬉しいです。
♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎に囲まれた部分は「36」の最後部と重複しております。お読みくださっていた方は、飛ばしてお読みくださいませ。
一部、いわゆる百合の表現が出てまいります。筆者基準としましてはR15にかない、かつソフトかと思いますが、苦手な方は、☆☆から★★部分を読み飛ばして頂きたく思います。
今までAz...杖と伏せ字で表記致しておりましたが、そろそろ完結間近ですので、この編から正式名称の表記に変更しました(これより前の部分に関してはそのままです)。ここまでのヒントで、高名な錬金術師さまのお名前がわかってしまった方も出来ますれば、しばらく内緒でお願いいたします。
♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎(「36」の最後と重複部分)
いつの間にか、白の人と黒の人に挟まれていたラインハルトの姿は掻き消えてしまっていた。
目の前には、白い柱と黒い柱に支えられた重厚感のある門が出現している。その前には、愛くるしい少女が豪奢な椅子に座っていた。
白いドレスを着て、肘のすぐそばまでを覆う白くて長いシルクの手袋をはめていた。艶のある綺麗な黒髪を左右から三つ編みに束ねて、ふぅわりとしたアップになるよう髪を結い上げている。アップ髪のところどころに花の飾りピンを刺しておめかしをした姿は、まるで舞踏会に行く前のようだ。顔立ちは日本人のように見えた。ああ、そうだ、確かこの少女だった。テオドールと呼ばれた少年とダンスの練習ををしていたのよね?
「あなたが美津姫さま…?」
少女は、無言で首を横に振った。
♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎
ラインハルトは、かろうじて夏美を支えていた。夏美が前のめりに倒れそうになっていたから、テーブルで顔面強打させないように咄嗟に飛び出したのだ。
「つっ、まだ本当は痛いんだってば。君には内緒にしてたけど背中の骨を傷めてるんだからさ」
と、小声で独り言を言った。案の定、反応はない。また、夏美は金縛りにあっているようだ。
ラインハルトは、ソファにゆったりと夏美の身体をもたれさせる。頭も気道を確保する程度に上向かせる。
「だいたい、君は本当に全くわかっていないんだから。最初からソファに座っているんだから、安全に後ろに倒れてくれればいいのにさ」
自分のいる方向を見ているのだが、自分に焦点が合っているのではない瞳を見て、ラインハルトの心は沈んだ。夏美の瞳は、まるで互いを隔てている透明な壁を見つめているようだ。
「先日より、最悪の状況だね。君の瞳には僕は映っていない。
僕の声は、君には伝わっていないんだね」
不思議そうにラインハルトの方を見ていた夏美の瞳から、いきなり光が失われた。そのまま、まぶたが閉じていく。
「夏美、君は無謀だよ、本当に」
ラインハルトは夏美の髪をそっと撫でて、夏美の隣に腰かけた。
「さて、いきなりの本気モードでございましたね」
と済まし顔で、マルセルが言う。
「しかも、かなりの圧迫が…驚きました。さすがラインハルト様」
と姫野が言う。
2人共、日常の服装のままで、落ち着いた様子ではある。
姫野が、手にしていた薄いシルクのブランケットをラインハルトに渡した。ラインハルトは、小声で礼を述べて、自分の手でそれを夏美にかけた。
「ごめん、2人共。いきなり呼んじゃって。
夏美が覚醒するかと思ってさ、今、僕は弱っている状態だろう?
つい咄嗟に…君たちの力に頼ってしまった」
「それは、よろしいのですが…。わたくしはまさか、夏美さまの目の前で術をお使いになられるとは思いませんでした。
夏美さまにずっと気づかれないようになさっておいででしたから」
「けっこうなことじゃないか、姫野。マスターもようやく本気になられたのだ。いよいよ、花嫁ご帰館のご準備をしようではないか」
「おお、そんな喜ばしい運びだったのですか?、今?」
姫野は、嬉しそうに言う。
「…マルセル、まだそんな段階じゃないと、僕は説明したよね」
「どうして、手をこまねいておられるのですか?」
「手をこまねいているつもりはないよ、僕は夏美を、現代に生きている夏美の意思を尊重したいだけだ」
「マスターは、生まれ変わった巫女姫さまを連れてお帰りになられるご予定だったはずでしょう?
今年のユールには、貴方と姫さまが戻って、いよいよ儀式が行われることになって、ほとんど滞りなく準備は出来ています。貴方と姫さま以外。
故郷を離れて遠く日本の地にいて、ご自分のご使命をお忘れになっておられるわけじゃないですよね?
まさか完璧に、姫さまのご記憶が戻られるまで待つおつもりですか?」
「本当はそうしたかった。本人が納得して欲しいし…。
元々、美津姫は…たぶん心の中でたくさんの矛盾を抱えて苦しんでいたに違いないんだ。あの時の僕は…あの子をリードしているつもりになり過ぎていた。今回は…」
「今回は、遠慮し過ぎではないかと申し上げているのです!」
「お口が過ぎますよ、そこの、『神の慈悲』担当のお方」
と、姫野がまぜっ返す。
ラインハルトがくすっと笑った。マルセルはムッとして
「メフィスト、だいたいお前がマスターを甘やかしておくから!」
と矛先を姫野に向ける。
「マーシー、メフィを怒らないでよ、僕が悪かったから。僕も今、とても反省している。
夏美の根っこの深い部分まで気づけてはいなかった。大きな力を秘めていながらも、素直に大きくなっていて、眩しいくらいだな、としか思えてなくて楽天的過ぎたかも。
夏美は、あの子とは違う。
双子でもないし、何か大きな争いにも巻き込まれてやしない。明るく楽しく日常を送っているのだろうなくらいにしか思ってなかった。まさか、まさか今までの人生の中で本気で死にたがるような経験をしていたなんて…」
「ご自分だって、ふっとそういう気持ちになったことがおありのはずでしたが…?」
「ごめん、そうだね、あの時はずいぶん心配をかけたよね」
「あのまま、マスターを失っていたら、私はあの男を殺したと思いますがね」
「交際しかけていたのに…? マルセルはアルベルトをとても愛しているんだろう?」
「ええ、それでも、です。アルベルトへの気持ちとマスターへの気持ちは、私の中で矛盾しているわけではありません。いえ、そうではないですね、矛盾していてもそのまま二つ同時に存在するものなのです。しかも、どちらが、自分の存在の根幹にあるかと申しますと、マスター、あなたなのです」
「…うん」
「私やメフィストだけではありません。先の争いで、一族の皆さまも絶望の淵まで追い込まれたはずです。今やアルベルトも命がけでマスターのお役に立とうとしてるし…」
「そのアルベルトを命がけで助けたのは、他ならぬ僕なんだからね」
「もちろん、感謝しております」
「あ、でもわたくしが聞きましたのは、ヴィルヘルム様たちが大活躍したって…」
と言いかけた姫野に、今度は二人がムッとする。
「いつの間に、そういう話になったのだ?
僕の背中にジジイ連中が順番に落ちて来て、僕が痛い目に遭ったというのに」
「そうですよ、あれは本当にマスターがお可哀想でしたよ」
「も、申し訳ございません、本題に戻りましょう」
「姫野、じゃなかった、メフィスト、お前本当にもう少ししゃっきりしなさい。あの杖に封印された伝説の悪魔だというのに、はぁ…情け無い。
マスターの白い部分に浸食されたのだろうか…。少しは自覚を持て」
と、マルセルは溜め息をついた。
「お前が力を損なえば、私とのバランスが崩れるではないか」
「マルセル、大丈夫、良い方法がある。メフィが言っていたんだけどね、僕が君の姿を絵に描くと、かなりの武器になるらしくて…」
マルセルは、済まし顔で言った。
「そうらしいですね、万一私が本気モードで、目を開けることがあっても、『マスターの絵をまともに見てはならない』と、皆さまから注意は受けています」
「……情報が速すぎる時代ってのも困ったもんだね。
マルセル、とりあえず君が開眼しなくても済むくらいに頑張るから、もうしばらく見守っていてよ。僕だって、夏美の信頼を得て今度こそみんなを安心させてから、きちんと役目を果たすって誓うよ」
「わかりました…。本当はこのまま、愛するお方を館に留め置いておきたいくらいに思いませんか?」
「そ、そんなことをいきなり聞くなよ!
こんなに無防備な姿を見て、いてもたってもいられない心配を抱えて、紳士の気持ちでいるのに、いきなり僕の狼の部分を刺激しないでよ(笑)」
「…何も狼になれとは言っていません」
「あー、そうなの?
マルセルは誇り高き高地族のエルフのはずなのに、『プラトニックを止めろ』とそそのかしてくれてるのかと、てっきり」
「マスター、私は
『どうして夏美さまにお答えを教えておいてあげなかったのか?』
とお伺いしたかっただけです。少しご性格がお変わりになられたかもしれませんが、そしてご本人は記憶を全て承継していないかもしれませんが…。
夏美さまは、結局、美津姫さまの生まれ変わりではありませんか。
今、夏美さまが無防備な状態で、ご自分の中に真実を探して迷い子になられているのは、ある意味、マスターの責任でもありますからね」
「うん。そうなんだよね、わかっている。
きっと、辛い思いをしただろうにね。
忘れたかった思い出や、夢であって欲しかったと願うくらいの辛い過去に向き合う羽目になるのを止めたい気持ちと、夏美の『真実を知りたい』という思いを応援したい気持ちと、僕はまた2つの気持ちを持っていたんだ」
「もしもお答えを知っていたら、『神の試練』をもたやすく乗り越えられるでしょうし。
万一、ご本人の中で美津姫さまの記憶と夏美さまの記憶や自我が激突して相身互いに傷つけあったりしたらどうするのです?」
「マルセル、僕も悩んだよ。
目の前にいる愛しい人は、本当はいったいどっちなんだろうか。
僕はもともと、生まれ変わってくれた姫さまを探していたのだからね。
夏美に会った時、僕は『再会した』のが嬉しかった。
早く僕を思い出して欲しい、早く幸せな時をもう一度取り戻させて欲しいとも思った。すぐにでも抱きしめて連れて帰りたいと思ったよ。ご都合主義的に、あの大人しくて沢山のことに怯えていた姫さまがきちんと育って、こんなに明るく立派になっているように僕の目には見えた。
でも、夏美からはどう見えているのだろう?
僕が勝手に2人のイメージの間で迷っていることより大事なのは、やはり本人の選択なんだと気がついた。
夏美は、ずっと夏美として生きてきたのだから。その、僕と全く関わりのないその新しい日々もとても貴重な時間なんだ。夏美自身に、誰かの生まれ変わりの、ただの器のように感じて欲しくはないんだ。本人の選択を尊重して見守りたい」
「そんな…。
選択によっては、美津姫さまの貴方へ捧げていらっしゃる愛が消えてしまうかもしれないんですよ。命がけで貴方を愛し、時を越えて貴方を愛してくれている姫さまの愛が」
「マルセルは、あまり美津姫のそばで行動していなかったけれど、幼い僕たちを見守ってくれていたんだものね。だから、美津姫の方に親近感を感じるのだよ」
「わたくしなど、お側に寄せてもらえるどころか、ずっと杖に封印されてしまっておりましたから」
「お前は悪魔だから、美津姫の苛烈な悪の部分を刺激してしまうだろうから、ずっとAzoth杖の中にいてもらうしかなかったよね。だから、もしかしたら夏美の方に親近感を感じるのかもしれない」
マルセルと姫野は、うなづく。
ラインハルトは言葉を継いだ。
「エルフ族も悪魔族も長命だけど、やはり悲しくて淋しい別れは経験しただろう?
僕は学んだだけでしかないけど、君たち2人を友としていたからこそ、大大祖父様は立派な錬金術師となれた。人間は短命だから、大大祖父様は君たち2人に心から報いるつもりで、低温冬眠装置で頑張るつもりになっていたけど、全てを果たせなかったよね?
人はね、真面目で優しいほど、失敗したことをやり直したい気持ちになるし、反省を一生懸命にして『生まれ変わって頑張る』ことを望むんだよ。なかなか出来ない夢だよね。
それで、『まるで生まれ変わり』のような僕は、お役目を承継したんだ。そうだろう?
君たちは、僕よりも大大祖父様に親近感を感じ、僕の存在を喜んでくれる」
マルセルと姫野が口を開こうとするのを制し、ラインハルトは笑顔で言った。
「最後まで言わせてくれよ、良い機会だから。
まだ、たまに葛藤して悩むことはあるけど、納得して僕は自分で選択したんだ。
僕は、ただの大大祖父様を承継するための器に過ぎない人間として終わりたくはない。だから、僕は自分の欠点に幻滅することはあっても、『自分は、ただのつまらないまがい者でしかない』
と泣くことは、もうしない。
夏美にも出来れば、そうあって欲しいんだ。本人は平穏無事に生きていきたいって言っていたからね。過去の人の運命の方が、もしも僕らの目で見て素晴らしいと価値判断出来るとしても、それを押し付けたくはない。
見守りたいんだ。僕は彼女の選択を尊重したい。でも、出来れば、ずっとそばにいたいんだけどね」
「ラインハルト様、わたくしは感動しました。一生ついていきますから」
とうるうるする姫野を横目にマルセルは、冷静に聞く。
「では、さっきのあの小細工は…?」
「うん、バレてた?
ちょっとだけズル(笑)。
夏美はね、もちろん内に秘めているエネルギーは相当大きいと思う。覚醒する時が心配なくらいにね。でも、まだ使い方も分からず、防御の知識もなく、その自分の危うさにすら気づいていない。宝珠の話を進ませていくうちに何かが起きてはいけないって思ったからね。
僕は、準備だけはしておいたのさ。
本人の問題だから、なるべく干渉はしたくないんだけど。うん、矛盾を内包しつつ、なんだ。どうしても失いたくはないんだ」
マルセルは、ほっと溜め息をついた。
「それで、お手に傷をつけたのですか…」
「わたくしもおかしいと思いましたけど…」
「あれ?マスター、なぜ手に傷、なんです?…まさか?」
マルセルが問い詰める。
「…そこまで気がつかなくていいんだよ、全くどうしてこう、みんな優秀過ぎるんだろう。……ごめん、だって、あまり僕は(赤面)、夏美と関係性がなくって…」
ラインハルトの答えに、姫野が狼狽する。
「そんな…!
デートの時にきちんと告白して、キスくらいはしておられま、ますよね?あんなに眩しいくらいに仲がよろしかったのに」
「メフィスト、お前、どこかで邪魔をしてたんじゃないだろうな、お前は無駄にイケメンなんだから!」
いきなりのマルセルの叱責に姫野は青くなる。
「そ、そんな、わたくしは潔白でございます!」
「どうだか、30年も嬉しそうに独り占めして舐めるようにマスターのお世話をしていたらしいからな!
本拠地では、マスターとお前のカップリング疑惑まであるんだぞ!」
「は?そ、それは…」
姫野が真っ赤になる。
ラインハルトは、形勢を立て直すチャンスだとばかりに笑顔で言った。
「マルセル、君がアルベルトとラブラブで微笑ましいから、こっちの僕たちまで疑われてるんだってば」
「そうでしょうかね、それよりもなによりも、はぁー(溜め息)。私が清く正しく育て過ぎましたのですかね?……あまりにもプラトニック過ぎます。
大丈夫でしょうね?まさかのアレではないでしょうね?
大大祖父様には、不名誉な噂がまことしやかに流れてましたからね」
「あれ、ライバルの仕業だろう?
ひどいよな、大大祖父様はタロットカードの最初のカード『Ⅰ MAGICIAN 魔術師』のモデルにされたのはいいが、逆位置のネガテイブワードに、その噂の意味を込められてしまったんだからね」
マルセルは、咳払いをした。
「ラインハルトさま、お名前通りに純粋なお心での紳士的なお振る舞い、まことにご立派ではございますが…。
お心にかなうレディを見いだされたのですから、もう少し頑張ってアプローチをしていただきませんと。ご結婚までに500年おかけになられると、皆滅びてしまいますので」
「僕だってさすがにそこまで命は持たないよ。わかっているけど、うん、紳士と狼の狭間で、僕だって戸惑いつつ、頑張っているんだよ」