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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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34 《神社にて》 (3)

「少し落ち着いておれないか、藤木」

 善之助さんが、藤木さんを制した。

 と、それだけ書けばなんてことはないのだが、善之助さんの動きのなめらかさに僕は目を見張った。痩せた年配の宮司さんで、今にも倒れそうな枯れ木みたいに思い込んであまり警戒していなかったから、想定外だった。


 正座した状態からすっと右膝を立て、その立ち上がりかけの状態から、自分の身体を右に90度回転するようにして左足を送り足にして藤木さんに寄せたように思った途端、刀を掴むことのかなわなかった藤木さんが縦回転させられていた。藤木さんがズダンッと受け身を取った音だけがしたが、一連の流れが静かで、善之助さんは全く呼吸すら変えてもいなかったことから、力技で投げたのではないとわかる。受け身を取った藤木さんも回転の続きを利用して起き直り、善之助さんに向けて

「…申し訳ございません」

 と平伏したのである。この間、たったの数秒だった。善之助さんは、少し藤木さんの手や手首を撫でただけのようにしか見えなかった。



 ちなみにこの善之助さんの技は、どうやら合気道のようだった。

 相手の突っ込んでくる力と方向のベクトルがあるとしたら、それを正面から弾いたりするのではなく、そのベクトルに逆らうことなくさらにそのベクトル(それが“気”なのかもしれないが)をそのまま進ませてやり、その先の先に導いてやりつつ、いなす(最小限の干渉をする)らしいのだ。もっと詳しく説明したいけど、え?いらない?

 あ、なら良いや、僕もあまりわかってないんだから、受け売りの解説はやめておこう。でも、この合気道の精神的なものってたぶん、ああ、わかった、ごめん、脱線するのをやめて、話を先に進めよう。



 善之助さんは、すぐにするっと左足を後ろに収めるように逆の90度回転をして、何事もなかったかのように元の姿勢に座り直した。

「お前の忠義の気持ちは、姫さまや私だけでない、皆…わかっておる。だがお前が自分を犠牲にしても、事態を悪化させるだけだ。ラインハルト殿が…我らを脅かさないように気遣っておられるのがわからないお前ではあるまい」

「…申し訳ございません」

 藤木さんは、善之助さんに投げられてからずっと泣きそうな顔をしていたみたいだから、僕はあまりそちらを見ないようにしていた。

 もう一人いる側近の方は、最初からただじっと僕を観察している静かな人だったのだが、藤木さんはどうやら生真面目で直情的な人に見えた。


「ラインハルト殿には、申し訳ありませんでした。貴方はただ正直なところを言っておられるのだろうし、宝珠と共に巫女姫さまを助けることをお考えくださっているのでしょう。

 青龍王がお認めになられたお力を誇示して強制的にことを運ぶことなく、姫さまと我らを尊重しようとされるお心、受け取りました」


 僕は、頭を下げた。たぶん、色々取り込んでいる状況の中、突然、訪ねてきた異国の子供の僕が、いきなり彼らが隠そうとして躍起になっていることに踏み込んで来たのだ。簡単に理解してもらえるとは思えなかったが、善之助さんは僕に対してこう発言することで、藤木さん達にも僕と同じところに立つと宣言してくれたのだと思った。

「信じてくださってありがとうございます。ですが、申し訳ないことに僕も知らないことの方が多いと思うのです。善之助さま、どうか巫女姫さまに会わせてください。

 姫さまがお辛い状況におられるのではないかと心配しております。残された時間がどれだけあるかわからず、焦ってもおります。必ずお助け出来ると申し上げる確証はないのですが…。どうか僕にチャンスを頂けないでしょうか」

「…わかりました。

 ここからは、あなたと私で…。まずはご説明をしましょう。

 お前たちは外に出て見回ってきておくれ。それからもし、後藤さんに会えたなら、なるべく早く姫さまに起きていただくようにと。他の者は、休ませるがよい」

 側近二人は

「かしこまりました」

 とお辞儀をして部屋の外に出ていった。


 善之助さんが木箱を持ってきて、僕の前に置く。

「まずは。どうぞ、この玉をご覧になってください」


 僕は、封印するかのように木箱にかけられた朱色の紐を解いて、蓋を外した。蓋の表には文字が書かれていたが読めなかった。しかし、蓋の裏には丁寧に白蛇竜の絵が描かれてあるのはわかった。

 木箱の中、紫の袱紗に包まれてあったのは、透明度の高い美しい水晶の玉であった。


「いかがですか?この玉は。あなたにはどのように見えますか?」

 僕は困った。善之助さんはもしかしてこの玉を宝珠だと考えておられるのだろうか。


「申し訳ありません。ですが、この玉ではないようです。

 この玉は、普通の透き通った水晶かと思います」

「そうですか、あなたにもやはり透き通っている水晶に見えますか」

「はい。とてもきれいな水晶に見えます」


「確かに…。不思議なことですね。もともと御神体のそばにいつも置かれていて、普段はこの木箱を開けたりしないのですが、不思議な謂れを持つ玉なのです。材質は確かに水晶なのです。

 ただ、巫女姫さまになられた方にはご神体に良く似た物が見えると言う言い伝えがありました。もちろん代々の全ての巫女姫さま方全員に見えたわけではなかったようです。なんらかの条件があるのでしょうが…」


 僕は、お札を取り出して掲げた。

「申し訳ありません、このようにしても…やはりわかりません。お札をいただいたとしても、僕にはその条件が備わっていないようですね」

「それがお札ですか?」

「見えますか?善之助さまは、やはり宮司さんですから、このお札が見えるのですね?」

「いえ、どちらかと言えば…ぼんやり輪郭が見えたような…」

 僕は、手の上に載せたまま、その手を善之助さんの方に近づけたが、

「…なるほど。存在を微かに感じられる程度にしか見えないようです」

「そうですか…失礼いたしました」

 もしかしたら、善之助さんは見えたのかもしれないが、僕に遠慮していたのかもとも思う。

「いや、貴方が先ほど困っておられたのが良くわかりました…。あと数時間もすれば夜も明けると思います。なるべく早く姫さまにお会いしていただきますので、その前に少しご説明をしておきましょう。

 実は、先日、不思議なことがありました。片付けていかねばならぬので、姫さまと共にこの玉を確認していたのですが。不思議なことをおっしゃったのです。

『久しぶりに見ましたが、玉が透明になって、キズが見えなくなってしまった』と。

 私が更に尋ねますと、

『以前、見た時には玉の中に曇りかキズのような物が見えたのに。善之助は、気づきませんでしたか?

 その曇りみたいなものはね、じっと見つめているとこの箱の蓋の裏に書かれているご神体に見えてくる、すごいものだったのに』と」

「不思議な話ですね。…何か変化があったのでしょうか。貴重な物をありがとうございます」

 僕は、善之助さんの前に木箱を戻した。何が起きているんだろう?

 僕は、胸騒ぎがしていた。夜明けまで待てないような気持ちだった。だが、宮司の善之助さんが自分の知っている範囲内で、僕の役に立ちそうな事柄を説明してくれているのはわかっていた。


「まさか、それが前兆だとは思いませんが。

 いや…私が思いたくないだけかもしれませんが。

 それから数日後の、先日の騒ぎの真相をお話ししておきましょう。

 不思議な自然現象のようなものだったかと思います。つむじ風やかまいたちと表現されるような、局所的に発生する突風が、日が落ちかけてきた夕方に巻き起こったと思われるのです。畑にいて、ゴーッという音を立てている竜巻を見たという者もおりました。

 うっかり足を取られる者もいるので、夕方は湖のそばなど行かないはずなのですがね。被害を確認して回っていた我らは、孫や村の者数名が湖のそばの道に、そして姫さまが湖のすぐ際に倒れているのを発見して取り急ぎ神社に運び込みました。

 慌てていたので、我らは倒れていた者だけを助けて運んだので、後で他に戻って来ていない者がいたと気づいてから大騒ぎになりました。湖に落ちてしまったのかもしれないと気づいた時にはもう遅かったのです。夜間、乏しい灯の下では完全な捜索は出来ず、かわいそうに助けてやれませんでした。実は、普段から村にいる人ではなかったので、私が把握しておらなかったのです。姫さまのお里からいらしていた、ご使者の方だったのです。私が所用で出掛けている時に姫さまが応対して湖に案内していたらしいのですが…。道に倒れていた者も、高熱のせいかうわ言を言うありさまでしたから。

 姫さまの熱は割とすぐに下がったのですが、食事もろくろく召し上がっていないような状態が続き、それ以来お部屋に籠っているような状態です。

 私の孫も一緒にいたはずですが、何も覚えておらず、それからかなり高い熱を出して事情も良くわかりませんでした。ただ、孫はうわ言で『蛇神さまが怒っていらっしゃる』みたいに申し、他の者が『祟りが』と言ったのは私も耳にしました。村や神社が経済発展のために潰されると怒っていた者もかなり多くおりましたから」


 すぐに善之助さんは、次の話を始めた。

「三人の巫女姫さまのご説明もしておきましょう。

 一番年上の方、多津子さまは数年前にご結婚されてここを出ておられます。ご存じでしょうか、もともとは『田、里に水の恵みを乞い願い奉る』という古来の治水の祈りの一節にちなんでおりますので、ご本名はともかく、田津姫さま、里津姫さま、水津姫さまと呼ぶ習わしがございました。似たような風習を持つ神社は他にも存在します。姫さま方のお名前の漢字ですが、同音の漢字を当てられることが多いのですが、多津子さまは本名でして《多い》という漢字が使われています。その下にたまたま双子でお生まれになったのですが、次女の方は早くに亡くなられたので、ただいまは三女の美津子さまを美津姫(水津姫)さまと呼んでおります」

 廊下に人の気配がした。

 宮司さんは僕に軽くうなづき、立ち上がった。守り刀のような短刀を袴の帯に差している。


「え?、お起きになられていたと?

 どうぞ、ご一緒に参りましょう。どうやら今晩もお泣きになっておられたようです。お加減が悪いのかご機嫌が悪いのか…なにぶんまだまだ幼い方でございますから」

 僕も、慌てて立ち上がった。

「はい。美津姫さまの元へ」




 トクン…。さっきから、夏美は胸の奥で、自分のではない鼓動を感じている。

 トクン…。なにか強い想いを感じる。宝珠さんが反応しているのかな…?




 あの方が、私の名前を呼んでくれてる…

 私、あの方の元へ戻らなくては…




 待って。最後までお話しが聞きたい…ね、宝珠さん、お願い、少し待って…


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