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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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30 《神の刻印より乖離する自我を調え》 (6)

 ラインハルトからのメールは、割と早く届いていた。

 夏美は職場の休憩室でお昼を食べている時にメールチェックをして見つけ、慌て読む。

 海外出張で戻るのが遅れていること、27日金曜日の練習初日に間に合いそうにないということが書いてあった。

 海外出張?冒険に行くって、言ってなかったっけ?

 本当に忙しい人なんだなと改めて思う。

 先日は一日中2人でのんびりうろうろしていたけど…本当に良かったのだろうか?大丈夫だったのだろうか?

 一日中誰かがそばにいて面倒くさい話を楽しくたくさん喋ることなんて、普段なかなか無いシチュエーションなのに、まるで昔から友達だったみたいにリラックス出来ていた。リラックスしていたからこそ、心配させてしまうようなこともしてしまった。その時のフォローにも感謝している。その1日でなんとなくライさんのことをわかった気になっていたけど、まだ自分の知らないライさんがいる。ライさんの周りには沢山の人がいて、その人たちの方がライさんのことをちゃんと理解しているのだろう。

 そんなことは当たり前の話じゃない、と夏美は思う。

 なのに、ライさんのことをまだ全然自分はわかっていないということに少し寂しい気持ちになった。最近、本当に自分の言動がどんどんおかしくなってきている。


 金曜日には、一週間ぶりにライさんに会えるはずだと思っていたのに。

 がっかりしている自分がいる。大したことは調べていないけれど、相談にのって欲しいことがあったのに…。ちょっと仲良くしてくれているだけの人なのだ、頼り過ぎたり甘え過ぎてはいけない。

 と思い直していた夏美だったが、メールの最後まで読んで、少しきゅんとした。


『真凛と君とで先日、話をしていたように、なるべく一緒に練習に通って欲しいんだけど。こちらで君の夢を見てしまったので、僕は君の心配をしている。余計なお世話なのかもしれないけどね』


 自分もそうだったんだけど。

 夢でライさんのことを見て心配してたんだけど。でも、自分はそんなことを素直に書けなかったのに。真凛さんと練習に行くことを知らせたら、安心してくれるかな…。


『ライさんが練習初日にいないなんて残念です。真凛さんのご好意で、一番弟子として?一緒に通うことになっていますので、安心してください。私は金曜日が基本お休みなので、行き帰り一緒に行って、真凛さんのお手伝いもする約束です。出来ないところも特訓していただけるみたいで感謝です』


 メールの文は、苦手だ。自分の言いたいことが書けている気がしない。何を一番伝えたいのか、だんだんわからなくなる。わからなくなるけど、今は職場の中にいるし、あまり考えたくない。自分の心の底を覗くのが怖いのだ。一番伝えたいことを突き詰めていくと、自分が隠しておきたかったかもしれない何かを見つけてしまうかもしれない。今までの自分を壊していく何かと出会ってしまうかもしれない。



 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎



 金曜日、家まで迎えに来てくれた真凛さんは、相変わらず女性騎士のイメージで颯爽としていて、素敵過ぎるくらいだ。

 夏美は、子供みたいにご機嫌になっている自分がなんだか照れ臭い。ライさんに乗せてもらった時もそうだったけど、最近助手席に乗せてもらえる機会が増えて嬉しい。自分で車を下手に運転するより、楽しいのだ。流れていく景色を見ながら、色々な話が出来る。

「私、こんなに嬉しがって車に乗せてもらっていたら、なんだか真凛さんのパートナーさんに申し訳ない気がします」

「大丈夫。逆にね、彼女はまだ学生で金曜はバイトが忙しいから会えないと決まっている日なんです。本当に気にしないで。

 あ、そうそう、うちのボスはちょうど今日帰ってくるので、その方も心配をし過ぎないでね」

「はい、心配というよりも、勝手なんですけど自分が相談したいことがあったので、今日お会い出来ないのは、すごく残念なんです」

「もしも次の夏美のお休みの日がお暇なら、火曜日でしたっけ?ボスを一緒にお見舞いに行きませんか?」

「お見舞い?真凛さん、今お見舞いって…言いました?」

「あ、」

 と運転中の真凛さんは、ちょっと困ったような声になった。

「ごめんなさい、私ったら、うっかり。ああ、ボスに怒られるな…。夏美に心配をかけたくないみたいに言っていたのに。

 夏美に嘘をつきたくないと思いながら迷っていたから、うっかり…」

「ライさんは、もしかしてお加減悪いのですか?」

「ごめんなさい、他の人には内緒にしてくれる?

 実はボス、海外出張のついでに夏山ハイキングしていたのですが、コケそうになった人を助けようとして…」

 夏美は青い顔になった。

「どこかから…落ちたりはしてませんよね?」

「?…落ちてはいないんですが、とっさに踏ん張って支えてあげてたりして無理をしたらしく肩を脱臼?したみたいなんです。ご実家が近かったのでそちらに帰宅して手当をしてもらっていたので本当に大丈夫なんですよ。で、

『もう少し家にいなさい』

 と引き止められていたみたいです。ご実家では皆さま、とても喜ばれていたようで。

 お医者様は安静にして治す方がいいと言ってたらしいのですが、だいぶ良くなったとか、日本で大事な用事があるとかで、何人かの側近の方と勝手にご実家を飛び出して飛行機に乗ってしまったようなんです」

「まぁ…ご家族の心配とお医者さんのご注意を振り切って、ですか?」

「ボスは、意外と頑固なのよ」

 と真凛さんが笑った。

「自分が決めたことはやらないと気が済まないし。それでも側近の人達も優秀ですからね、本当にだめな時にはボスをとどめてくれてると思うので、たぶん大丈夫なんだと思います。

 根は本当にいい性格をしていると思いますし、周囲の人間の意見もちゃんと聞いてくれる人ですよ。ギリギリの体力でも、今回はどうしても日本に帰りたかったらしくて」

「そうなんですか。ライさんは本当に日本文化を好きでいてくれるんですね」

「それもあると思いますが、夏美に何か用事があるように聞いてます」

「…はい」

 たぶん、宝珠のことなんだろう、でも真凛さん達はたぶんロマンチックな話だと思っているに違いない。でも、説明するわけにもいかないし、誤解してもらっておいた方がいいのだろう。他の人を巻き込むわけにいかないというのは、2人の最低限のルールだと思う。


「夏美、プレッシャーみたいに感じてたら、ごめんなさい」

「あ、いえいえ。プレッシャーだなんて思ってないですよ。私もライさんと今一緒に博物館のことで調べ物を一緒にしてて、その関係で早く話がしたいと思っているから」

「良かった。なるほど、共通の調べ物をしてたんですね。あー良かった。

 私は先日、ダンスを見て感激し過ぎて、夏美を追い込んでしまったような気がして、ちょっと反省しているんです。

 知り合い同士が仲良くしていると、自分がとても嬉しいのは否定出来ないんですが、ついついお二人がお似合いだとか言い過ぎて煽るようなことをしてしまったんじゃないかと。

 だから、夏美を困らせてしまわないようにしなくてはって、今は思っているんです。周囲が『お似合いだからね』と言おうと言うまいと、夏美はそういうのに影響を受けすぎないで良いんですからね」

「ありがとうございます」

「私はもう一生恩返ししていきたいと思うほどボスには心酔しているんですけど、夏美に迷惑をかけるようなことをしようとしたら、夏美をお助けしますので、遠慮なく言ってくださいね」

「あ、はい、ありがとうございます。真凛さんに味方になってもらえるなんて嬉しいです。でも、ライさんは本当に良い人で、何となく今後もそんな、迷惑をかけられるような心配は全然してないんですよ。

 私、未だに自分の心がわからないんです。先日も真凛さんに話したけど、今度自分が誰かと付き合うとしたら、本当に自分が好きになってからお付き合いしたくて。振られたら、自分でもすごく泣いてしまうくらいに誰かを真剣に好きになりたいんです。周囲の人とかのお膳立てで流されていきたくないというか…誰かのせいにするんじゃなくて、自分で選択したんだ、自分が好きになってしまったんだって思いたいんです」

「わかりますよ〜。愛されるのも幸せだけど、愛したいと思える人を見つけることのできる幸せは、最高だと思うのよ。もしも報われなくても、同じ時代に生まれて良かった〜!って、それだけでも嬉しくて」

「私、今、ライさんのこともありますが、情緒不安定なんです。自分が自分でわからなくなってきたというか、うまく説明出来ないんですけど」

「なるほどですねー。

 でも、そういう曖昧な、情緒不安定な時期が、後で夏美に何か良い影響を与えることにつながるかもしれないですよ?」

「そうだといいんですけど…。何か最近、キャラ崩壊しちゃってるみたいな…」

「キャラ崩壊…?」

「うまく説明出来ないんですけど、自分がそもそもどういう性格の人間だったのか、ふと立ち止まってしまった途端にわからなくなってしまって。会社では、わざと制服で働く仕事を選んでおいたから、その制服を着て本屋さんの文具売り場員の松本夏美という型にはまってしまえば動けるんですけど、いざ、仕事を離れての、本来の松本夏美が、薄っすらと不確かに思えて、本当の自分を演じるのはいくらなんでも嫌だなと思ったら、それ以外何も出てこないような…。

 なんかちょっともう自分を見失ってるというか…」

「あー、夏美、とりあえず一番楽な体勢で深呼吸して。そうそう。

 今年の夏はとても暑いし、疲れ過ぎているのかも。

 私はまだ夏美と友達になって日が浅いけど、そうね、優しくて聞き上手な夏美の印象は最初から変わってないけどな。あと、髪が伸びてさらに女らしさが増したというか。夏美って、髪の毛伸びるの早いなぁと。昔からそう?」

「うーん、あまり言われたことないですけど、そういえばどうしましょう、髪の毛。やはり伸ばしておいた方がいいですか?」

「そうですねー。申し訳ないけど、パーティ終わるまでは切らないでおいてもらう方がいいかもね。クラシカルなダンスを踊る時の方が多いので、たぶんアップ髪を求められるかと思うので。そうね、長めのセミロングくらい…」


 ああ、そうなのだ、と夏美は思った。

 途中で遮りたくはなかったので、相槌をうってそのまま真凛さんの話を聞いていた。でも、今真凛さんの言葉の中で出た『求められる』が、自分のキーワードなんだと思った。どきんとしたことを忘れないようにしようと思った。

『求められる』自分ならば価値があり、逆に『求められない』自分ならば、価値がないと、今の自分は決めつけている。他者の評価を受ける前に自分自身があるはずなのに、他者の評価がプラスになってようやく自分の存在が許されるような気持ちになっている。誰かに『求められる』自分になりたがって、私は自分を見失ってしまってとうとう迷子になりかけている。


「…ま、まぁ、遥のイメージも大事にして欲しいからプロデューサーの遥に相談ね。夏美がショートヘアにしたかったら…」

「特にそういう気持ちもないんです。たまたま美容師さんに言われて、流れで切ってしまったショートだったので」

「あー、夏美は本当に役者さん向きだったかもね。素直で何色にも染まってくれて演じてくれて、意欲的な人だったら夏美の色々な面を引き出したいと思うでしょうね。でもね、他人任せばかりじゃ、それはあまりにももったいないから」

「はい、そうは思っているので、悩んでるのかもしれません」

「今の話の延長で、服装や髪型である程度自分のキャラづけをしてみるとかいうのはどうかしら…?」

「ええと、キャラづけというのは」

「本当はそんな風な性格じゃないかもしれないけど、自分が今こういう風に演じたい自分の出し方、見せ方っていうか。

 いつもより、キリッとした冷たい感じに振る舞いたい時に、フリルびっしりとした服は着ないで、寒色系の色を選んでカッチリした服装をするでしょう?」

「確かに」

「私もマニッシュっていうか男っぽく振る舞う時と、会社でキャリアウーマン風のしっとりしたスーツを着ている時と、だいたい自分のムードで選んでる。どっちが本当の自分?というより、今日はこっち系統の自分て感じ」

「その時の気分ですね。でも、それを見てくれる相手の目も気になりません?

 真凛さんみたいに交際してる相手がいると、やっぱり相手の反応がすごく気にはなりますよね」

「そう、それなの。私はどっちの服装も好きだけど、自分を好きでいてくれてる彼女のことを考えると、彼女の前では、男っぽい服装が圧倒的に多いな。別バージョンを見せるのは、まだNGな気がしてる。うん、先日私が言っていた悩みはそこなんだわ。彼女は男っぽく振る舞う自分を好きなのかそれとも…女っぽいキャラの自分も含めて好きになってくれているかどうかとか」

「私から真凛さんを見ると、どっちも素敵に思えますが、安請け合いは出来ないです」

「それ、それが正解。私と彼女のことは、一般論や他の人の判断基準は全くあてにならないの。でもとにかく頑張るね。どんな姿の私でも、好きでい続けてもらえるように」

「私も、自分の見せ方、出し方をきちんと考えてみることにします」

「そうそう、夏美はもっと自分を知って自分を好きになった方がいいわよ。自分にYES!OK!って言ったげた方がいいと思います。あーまたマスト、みたいに発言してしまったね、私」

「マスト?」

「そう、『〜〜した方がいいよ』みたいな話し方。ほぼ命令形になってしまう。ごめんなさい、私はついそういう話し方をするキャラなんだと思うわ、これは本当に気をつけないと、優しいキャラの人をスポイルしてしまう」

「そうですか?そんな風に決めつけなくても。

 でも、真凛さんにも悩みがあるんですね。少し安心しました」

「あるよ〜、すごいあるんだからね、姉御肌っぽい人に見られがちで、ついつい必要以上に上から目線でものを言いそうになるとかね、そういう欠点があるなーとか結構気にしてるんですからね」

「あ、でも私は、そういうビシっとした真凛さんのアドバイスを聞きたいんです。自分を好きになる以外に何かないですか?」

「そうね、あとは鏡に頼ってみるとかかな。本物の鏡の他に、夏美のことを好きでいてくれる人の目を頼ってみる、アドバイスに従ってみる、それが大事かな」

「鏡かー。家にはもちろん鏡はあるんですけど、私はあまり見ないですね、それに自分の部屋には鏡を置いていないんです。何か怖い気がして」

「そうね、確かに私も暗い所で思いがけず鏡があるとドキッとするわ、そんな感じ?」

「はい」

 それに、誰かが子供の頃の自分に言ったのだ。あまり鏡を見過ぎないようにしなさいって。確か親戚のお姉さんが言っていたような。

 そんな記憶が微かにある。

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