2 《自らの尾を味わいし者》 (2)
「遥、なんか遅くない?」
「アレ、夏美、ライン見てないの?少し遅くなるってきてたよ。
たまにはちゃんとチェックしなよ」
「あ、本当だ〜」
遥らしい、可愛い系のスタンプのウサギが遥の代わりにペコペコお辞儀をしてる。
「もう少し待ってみようか」
「うん、そだねー」
「私、ゲームのイベ攻略するから、ごめん」
瑞季は、スマホゲームが好きなのだ。負けず嫌いなので、熱くなり、ガチャ爆死?で落ち込んだりして意外とうるさいww。そんな時だけは、瑞季のふだんのクールな感じが壊れてちょっとおかしい。
そのまま、互いにスマホタイムになった。
夏美は、何となく面白い動画やMVを見る程度である。
あ、これ、前回カラオケで遥が歌ってた曲だ。遥は歌が上手いので、また歌ってもらおう。夏美は自分が指名されてめんどい時には遥に一緒に歌ってもらう。そうすると、イイ感じでハモリまで入れてくれて助かるのだ。
夏美と瑞季と遥は、同じ大学を卒業した、友人同士だ。テニス部仲間でもある。
遥はというと、就職ではなく、何となく?ゼミの教授の勧めもあって大学院に進んだ。
テニス部仲間であまり親しくない人達は、遥は就職回避してそのままどこかのおぼっちゃまと結婚するんだろうと噂していた。遥は大きな会社の創業者の一族で現社長の孫娘なのである。
噂はどんどんエスカレートしていったが、夏美は結婚しようが学問しようが、就職未経験で会社役員になろうが、どれもありかなと思う。
遥が自分で幸せになる道を選んで生きていければ、それでいいのだ。
夏美は元々学部も違うし、遥とはすごく親しいわけではなかった。部活引退の半年前にダブルスを数回組んで試合に出たくらいだ。
2人で凄い戦績を残せたわけでもないのに、試合を重ねていくうちに何となくうまが合うかな?という気がしたのである。
マイペース同士で互いの作戦違いとかミスを互いに責めるキャラじゃなかった点も良かった。最後の試合は、互いにカバーし合って良い形でのポイントをかなり獲得した。その手ごたえを感じるのも同時だった気がしたのである。
「私達さ、サイドの右と左に別れて立ってるというより、右手さん左手さんって感じになって来たよね⁈」
と、そんな例え話を遥が聞かせてくれたのが、とても嬉しかった。
それからは随分と距離が近くなった気がする。
逆に瑞季とは中学生の頃からの友達で長い付き合いだ。いつも’パーフェクト瑞季’に夏美が助けられている感じだった。
テニスも瑞季は最初プロを目指していたので、シングルスの試合でも常時県内ベスト3には入っているくらいだから、レベル違いでダブルスは組んだことがなかった。でも、組んでいたら窮屈だったと思う。ケンカしてしまっていたかもしれない。
というか、夏美は瑞季に対してひがんでいるわけではないが、そこそこに好きなテニスをしている時にまでツッコミを受けていたら、瑞季のことを嫌いになっていたかもしれない。
子供の頃は口げんかしたりもしたけれど、歳をとってから(ってまだ24になったばかりだけれど)、そんな風にけんかしたり出来ない気がする。
いや、ひがみとまではいかなくても最近、何かもやもやしてる自分に気がついたのだ。
周囲も瑞季も、夏美がなにか瑞季のセットのオマケみたいな扱いをしている、そんなもやもや。瑞季に上手に話しかけていけない後輩たちから、伝言とか仲介を頼まれてるみたいな感じなのが面白くなかった。
そして、そういうもやもやがあったとしても口に出して言えなくなってきた、そんな気がする。
自分だけが感じているのかもしれないし、うまく説明出来る気がしない、怒らせたくないなら、最初からそれを口にしてはいけない気もする。
理解してもらえる安心の予感がしない。
私たちの関係って、本当に友達って言っていていいのかな?
知り合い程度って感じの方が、重くなくていいのかな?
そんなに深く付き合ってこなかった部活仲間の言動をスルーするのは簡単なのに。
何故か最近、瑞季の言葉が昔より深く刺さって痛すぎる。言い返したい言葉を飲み込み続けてストレスが溜まりそうだ。
ストレス?
なんか友達の付き合いがストレスだなんて悲しい。
でも、逆を考えてみたらどうだろう?
瑞季も遥も、私に言いたいのに伝わらなさそうで言わないで我慢しているってことはないのかな?
自分とは違う性質のもやもやを、上手く伝えられないからと同じように言い出せなくて、ストレスを感じていたりして。
結局は我慢して表面上だけのつきあいでいいやと思われていたりして。
いやもう、3人が三者三様、お互いを理解出来ず、お互いに理解してもらえないでストレスだらけになっていつか疎遠になっていったりして。
遥はともかく、瑞季は交際3年越しの彼氏君がいる訳だし、結婚してしまって共通の感覚なんてなくなって疎遠になって行くのかもしれない。
あ〜、何でこんな穏やかな夕暮にネガティブな気持ちになっていくのかな。
就職してからなんか自分の根暗な側面がどんどん大きくなってきたよ。
あ〜ヤダヤダ、って夏美がネガティブな思いを頭から振り払おうとした瞬間に、目の端にふうわりとした上等の淡いクリーム色と黄緑のグラデーションカラーのワンピが翻った。
わざと、隣にいる瑞季みたいに自分もスマホに夢中の振りをしてやろうと思い、夏美は顔を上げなかった。
遠慮がちにトントンと夏美の肩を叩いてくる。
遥、困ってる?可愛いいー。そう思って笑顔で
「遅い〜!」
と言って久しぶりのハグをしようとした。
相手も笑顔で同じ素振りをしてくるが、…?
?
?
遥じゃな〜〜〜い!
あなた、ダレ?
どこからどうみても、遥が万一整形したとしても、遥じゃない。
断言できる。
金髪碧眼の美少女、だった。
しかも、遥よりずっと背が高かった。なんかほら、テニス選手で例えたら、キリレンコとかシャラポワ?みたいな感じ。ベタだけど。
こんな田舎町にいるはずないくらいの、もしかしてTVの撮影か?と通行人も振り返ってチラチラこちらを見てくるくらいの美少女が、ほんのり頰を染めて夏美を少し上から見つめて嬉しそうにしている。
「アナタ、ダレデスカ?」って、言ってみようか、これ英語じゃないよね? 日本語だよね?
外国人の迷い子なのかしら?この娘。
あーきっとそうだ、迷い子に違いない。
私の就活のウリは、《良く道を尋ねられる、親しみやすい人柄》だった、そう夏美は思い出した。それでなんとか就職できたわけだし。まあ、迷い子には親切にしなくちゃ。
きっと道を尋ねたいのだろう。
あー、じゃない、Ah〜、と発音しようとしてから、隣の瑞季の方が英語が話せると思い出し、肘で小突いた。
不機嫌そうに瑞季が言った。顔も上げずに。
「ちょっと待ってて。遥と2人でしゃべってて。
あー今、最後のいいところだから。両手で頑張らないとクリア出来ないから!」
瑞季がハマってる音ゲーとか言ってたヤツだ。ゲームに夢中な時の瑞季はかなりサイアクだった。
夏美は口をパクパクするだけで瑞季に対しても「うん」と言おうか「Yes」と言おうか迷ってパニくっていた。
そして知らない美少女と見つめあったままになった。
夏美の返事がないのでさすがに悪いと思ったのか、瑞季が顔も上げずに
「ごめん、3分だけ待って。今、大事なところだから」
あ、それを言ってあげなくては。S+V、あ、違うな。文法考えるんじゃなくて。
3分、えーとワンツースリー?スリー、デーじゃなくて分、分って英語でなんて言ったっけ?
簡単な英語なのに思い出せない。
英語?そ、そうだ、この子、英語でいいのかな?
キリレンコもシャラポワも確かロシアの選手だし。
あ、でも、私ロシア語も英語もダメなんだから、悩んでも無駄か。
あ!思い出した。
夏美は英語を話せない日本人特有の最大限の作り笑顔で
「プリーズ、スリーミニッツ!、Ah〜オーケー?」と英語っぽく言った。
美少女は少し驚いた顔になり、流暢な日本語を話した。
「もう、やめてよ、冗談は。やっぱりこの状況、かなり恥ずかしいよ、まことってば!」
そうして当たり前のようにハグを再開しようとする美少女から逃れて後ずさり、夏美は言った。変なイントネーションで。
「ノー、ノー。ワ、ワタシ、まことデワ、アリマセ〜ン。冗、ジョーク、ノーデス」
微妙な沈黙が場を支配した。
流暢な日本語を話す外国人と、日本語を英語のイントーネーションで話す日本人。周囲の人々はなるべく気づかない振りをしてほっておいてくれてるようだ。そのまま立ち去ってください、お願いします。
そこへようやく“ホンモノの”遥到着。
そして、瑞季も顔を上げてくれた。無事ゲームをクリアしたようで何より、瑞季。
「あら、夏美のお友達?」
と能天気に聞いてくる2人。
夏美はブンブン首を振って否定のポーズ。これが世界共通であることを祈る。そしてとりあえず日本語で言った。
「瑞季、遥、助けてー。私、語学サボりすぎてた」
じゃなくって、なんかこのものすごい違和感をどうしてくれよう。
遥の方をよく見ると、いつものお気に入りのふんわりワンピではなく、大学院からの帰りのままらしくスッキリしたジーンズ姿で資料のどっさり詰まってそうなリュックを持っていた。そう、不審者なら絶対、それで殴れそうなくらいの。
いや、一流企業の創業者一族のお嬢様だと大ごとになるかな?
いざとなったら、リュックを借りて私が殴ろう。
「まことでしょ? え?だって、」
美少女は自分の左手首をチラリと見た。真珠のブレスレットか腕時計みたいな物を確認したみたいだ。少し大きめの珠か盤面かが光ってるのが夏美にも見えた。
「だって、…間違いはないみたいなのに。ここで待ち合わせする約束、したよね?」
困惑しているらしい美少女の声は、心なしか何となく低いのだ。
「あ、わざと?わざとでしょう?もう人が悪いな〜、もう」
それ、その声が違和感。夏美の頭の中で(たぶん)本能で警報が鳴っている。
口をパクパクしたままの夏美に代わって遥と瑞季が冷静に言った。
「あなた、男の娘じゃない?」「女装男子?」
そ、それだ〜!違和感の原因。
びっくりして声が出なかったよー。夏美は逃げ出したいくらいだった。
あなた、不審者ですか?って失礼か、何かのコスプレさんなのかもしれないけど。
少しイケメンだからって、異国の地で何、ハプニング起こしてるのよ。
私は、あなたのお仲間じゃないですよ!髪の毛短く切り過ぎて少年ぽいという評判も確かにあるけど。
「とにかく、私はあなたの知り合いではありません!」
美少女の姿をした美少年も、さすがに困惑し始めたみたいだった。
手首のブレスレット時計を右手で押さえている。
動転してるのかな?
最近のお洒落な時計もアラームが鳴る仕様で慌てて止めようとしてるのかな?
と夏美は思った。
そりゃそうだろう、ただでさえ目立つ容姿なのだ。アラーム音まで出したら、どれだけ恥ずかしいか。
見たところ、ふざけているようには見えなかったのでホッとした。というか、一番自分が女装男子に近かったのを避けようと、ちょっとずつ後ずさりして間合いを開けたのも大きい。
誰かに騙されたのかもしれない。それか、何かの罰ゲーム?
かわいそうだと思うんだけど、誰かなんとかして、この状況。瑞季と遥は大丈夫みたいだけど、私、無理かも。
美少年はどうやらおかしいと思い始めてからも、それでもまだ夏美の中に誰かの面影を探して安心したいのか、チラチラ顔を眺めてくるので、いたたまれなかった。
ううん、実は今、2人の友達にも女装男子君にも悟られないように必死で隠したいことがある。
最初、あまりに至近距離で見つめてしまった瞳が湖みたいなきれいな青過ぎて一瞬息を吸うことすら出来なかったことが相手に伝わっているような気がして、居心地が悪かった。
とても。
その湖を夢の中かどこかで見ていたような気がしてしまい、それを言ってしまうとか、相手に感づかれてしまうとかだと後には引けなくなりそうで怖くて仕方ないのだ。
もともと、夏美は嘘をつくのは上手くない。
嘘をつきたいわけではない。
困っている相手に、変に期待を持たせたら悪いし。
ごめん、私、心臓のドキドキすること全部避けて、平穏無事に生きていきたいだけなんです。