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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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27 《神の刻印より乖離する自我を調え》 (4)

 火曜日は、休みだった。ちょうど出かける約束もしていない。夏美は久しぶりに普通に起きて朝食を食べて、溜まっていた洗濯を始めた。


 ライさんが落ちていく?夢を見たあと、あまり熟睡できない日が続いていた。たかが夢、のはずなのに、リアル過ぎて何度も思い出してしまっていた。

 そのせいだとは決して思いたくはないけど、仕事でもトラブル続きだった。昨日は社員とパートさんの休みがかち合ったらしく、書籍売り場が手薄になっていて、そちらの応援と文具の新商品を並べる作業に手間取り、その双方で叱責されていた。5年上の、普段あまり接点のない先輩に人格否定クラスのお小言を頂戴した。

「どっちつかずなら、どっちも手を出してくれなくていいわよ!」

 一瞬、自分は今日から何もしないで給料が頂けるのか聞きたかったが、ええ、そんなことはありえませんよね、知ってますって。ただの冗談ですって。

 そんな感じで特に大きなミスをした覚えもないのに、ピンボールのボール並みに弾かれてあちこちでぶつかって、心の中でキャンキャン吠えながら、ようやく休日にたどり着いたのだった。いつもは朝寝坊をしてから行動するパターンなのだが、せっかく一度起きてしまったので今日は洗濯と掃除を早めに終わらせてから、ご褒美気分でダラダラすることに決めた。


 夢の中で崖から落ちかけていたのは、確かに現在バージョンのライさんの姿だった。

 いつものライさんを夢の中で見たのは初めてだった。冒険に行くとか言っていたのを聞いたから、そんな夢を見てしまったのかな…?

 以前、天狗か何かを見つけようと、どこかから落ちた話をしていたけど、またどこか崖から本当に落ちてる、なんてことはないよね?

 私は、あの夢を見たあと、ずっとライさんの心配をしている…

 友達だから…?

 ううん、正直に認めると…少し気がとがめてるのだ、本当は。


『バチが当たればいいのに!』って、自分がキレて部屋の中でぶつぶつ言ったからといって、そのせいでライさんが現実に崖から落ちるということはないはずだ。

 ないと思う。あり得ない。

 自分は、魔法使いでもないし、遠隔操作で1人の人間をどうこう出来るわけではない、絶対に。ある訳がない。

 でも、不思議な宝珠の存在が、不安にさせるのも事実だ。

 宝珠の影響がどの範囲内でどのように作用するかもわからない状況で、不穏な言葉を口にしてしまった自分を責め始めてから、暗い気持ちになっている。


 どちらかというと自分のことを、人当たり良く振る舞う、愛想の良いコミュニケーション能力の高い人間だと思っていた。そういう風に自己評価に書いて就職したはずだった。

 あまり自分のことについても関心がなかったから、家族や友人や就職相談の先生からの評価を信じてそう書いたし、そう思い込んでいたのだけど…。

 もしかして本当の自分は、もともと底意地の悪い人間で、虚勢を張ったコミュ障だったのかもしれない。コミュニケーション能力が低いのを隠すために、明るい人間としてずっと演技を続けていただけなのかもしれない。自分で自分を騙し過ぎてきて、訳がわからなくなっているのかもしれない。


 ライさんに怒りたかったわけじゃないのに。

 ライさんが自分のことを探している訳ではないということ。

 本当は他の誰かのことを思いながら、その条件に当てはまる人を探していて、たぶん間違えて自分のところに来てしまったこと。

 そう矢継ぎ早に思った途端に、腹が立って悲しくなってしまった。


 自分の行動は、宝珠の影響を受けてる気がする…。ライさんもそう言って『あまり気にしないで』と言ってくれていた。

 そして同じく、ライさんも影響を受けてしまっている気がしたのだ。

 2人であの夜にあの宝珠の光を見てしまったから、お互いに何故か自然にハグしたくなったわけだし、ライさんもたぶん、…ええと、キスするのが自然と思ってしまったわけだし…。


 だから、ライさんのことを責めるのは間違っている。私もライさんに対して『宝珠のせいだから、あまり気にしないで』と言ってあげなければならない。そう思うんだけど、とても惨めな気持ちがしたのだ。惨めという表現が適当かどうかわからないけれど。


 本当は認めたくないけど、他人に好意を持ってもらっているという事実は、私はやはり嬉しかったのだ。

 しかも、ライさんはとてもいい人だった。苦手な外国語を話すことなく、紳士的なイケメンのライさんに優しくエスコートされて、嬉しくないはずがない。

 しかも、美味しいご飯を昼、夜食べさせていただき、何の文句も出ないほど感謝していたのだ。きっとまた誘われたら、エサが楽しみでほくほくついて行くわんこのような自分しか見えない。ぶんぶん尻尾を振っている気がする。


 でも。

 自分が宝珠の気持ち?記憶?に引きずられて、ライさんをまるで自分の好きな人みたいに見てしまっているのが、怖い。認めたくなくていらいらするくらい、怖い。

 そして、ライさんもきっと宝珠の力に引きずられていると思う。今は変だと思っていないようだ。でもいつか気づくと思う。

 ある日突然、

『ごめんね、宝珠に僕も引きずられちゃってたんだね。選択のミスだったよ。君は僕の探していた人じゃなかった』

 と優しい顔で私に謝って、去っていく気がする。

 そして私は、そんな時にも宝珠に引きずられてライさんに好意を持ったまま『宝珠のせいだから、あまり気にしないで』と言ってあげなくてはならない。

 もしかしたら、その時は、私の方がライさんのことをすごく好きになっていたら、困ったことになる。ライさんにもしもそれがバレたら、同情されたりして、正直に別れを私に言えなくなるような人だと困る。

 それは…やはり惨めっていって良いんじゃないかな。

 それなら、ずっと最初から最後まで野良犬のままで放っておいてもらって、何の期待もしない方が傷つかなくていいじゃない。


 それにただでさえ、私は今までずっと交際相手をガッカリさせてきたのだ。

『君ってさ、案外理屈っぽいんだねー、パッと見、ほわ〜っとしてて可愛いのにね。

 ガッカリだよ…』

 そんな風に言われてしまいそうなのも、怖い。


 まぁ、とにかくなんだっけ、《宝珠の謎解き委員会》の構成員として振る舞って、なるべくネガティブな自分を見せないようにするしかない。何だっけ、そうそう、自制心が大事。


 やはり怪我してないか、心配は心配なので、ライさんの先日のメアドにとりあえず当たり障りのないメールをしてみた。

「こんにちは、先日はありがとうございました。冒険してますか?楽しんでますか?

 ダンスの練習、今週の金曜日からですね、頑張りますね!また《宝珠の謎解き委員会》の方もよろしくお願いします。何か調べると良いなということがあったら教えてください。よろしくお願いします」

 なんか、変なメール。ビジネス文書っぽい?遥や瑞季宛ての○インメッセージなら気楽に送れるのにな。



 お昼寝を満喫してみようかと思っていたら、母が2階まで上がってきた。親戚の伯母さんに聞いた話を伝えに来てくれたようだったが、珍しく真面目に部屋を掃除してたので、褒めるのを通り越して、天変地異の心配をされてしまった。


「それがね、びっくり。お母さんの実家の本家の方に元巫女さんがいたのよ。不思議ね。

 確か、どこかの名家のお嬢様だったらしい人がお嫁さんで来てくれていたらしい。その人が独身時代に巫女さんだったんですって。その地方では伝統的に、格式の高い家のお嬢様が務めるということでお姫様待遇だったので、神社にずっといたのかどうかわからないわ。ただの名誉職だったのかもしれないけど。

 多津子さんという方だけど、残念ながらお子様達がまだ小さい頃に亡くなられているんですって。水晶玉もきっとその人の持ち物だったんだと言われてたらしい。私はとにかく本家のお蔵で見た水晶玉しか覚えていないんだけどね」

「そうなんだ〜。その玉はやはり数珠なんかよりは、ずっと大きいんだよね?」

「うん。でも今、実物が残念なことに見られそうにないわ。

 今回、納戸の中で見つからなかったらしいのよ。本家の蔵を壊した時にもあったはず、しまっておいたはずだと伯母さんは言うんだけど。もしかして間違って、誰かが処分しちゃってたりしてね。

 でも、お母さんが小さい頃に見た通りのサイズだったはずだと伯母さんも言っていたよ。

 ソフトボールの球くらいの大きさで、とてもブレスレットに飾るようなサイズではなかった。確か桐の箱の中に入れてあったと思うのよね。

 透き通っていて、真珠には似ていない水晶玉よ。

 よくドラマなんかで出てくる占い師さんが覗き込む感じのヤツよ。私、学生時代に、『学祭でタロット占い師をするから貸してー』と言って大伯父にきつく叱られたもの。西洋かぶれの占いごっこになんて…みたいに」

「じゃ、ビー玉サイズの珠に似てる物は、無かったってことだね」

「そうだね、残念ながら。他に何か伝わっている球とかはないはず。

 ちなみに、パパの方の家系には巫女さんもいないし、珠も水晶玉もなかったみたい」

「ふぅーん、ありがとう、お母さん。神社がどこにあるとかは、わかる?」

「良くわからないけど、中部地方って言ってたかな。

 大きな山脈のそばということだけど、もう神社はないみたいよ。近くの村と共にダム建設のために神社が無くなる時に、多津子さんがお嫁入りしてきたみたい。

 治水を司る神様で、白い龍だか白い蛇だかを御神体にしていたって聞いたけど。桐の箱の中に絵が描いてあったはずだと伯母さんも言っていたから」

「そうか、神社はもう無いのか…。残念。どうなっちゃったんだろう?」

「でも、日本にはまだ沢山の白蛇神社もあるし、きっとそこに合祀されているわよ。

 あ、合祀というのは、神社の合併みたいなのってことらしい」

「ありがとう、友達にもそう伝えてみるわ。昔の日本文化を研究してるんだって」

「また何かわかったら、伯母さんが教えてくださるそうよ」

「はーい、ありがとうこざいます。休憩して、お昼寝満喫しまーす」


 ライさんが助けた巫女さんと多津子さん、関係があるのかな?

 もしかして、その人本人だったりして…?3人だっけ?なにか姉妹って言っていたけど。


 ベッドでゴロゴロしながらネットで検索してみると、白蛇を祀る神社は、本当に全国にかなりあった。

 蛇も竜も凶々しいと言われたり、神聖なものとして尊重されたりと、相反する要素を象徴させられたりして良くわからない生物なんだね。まるで2つの意味を持たされたタロットカードみたい。

 誰か権威のある人が、定義づけをするのだろうか?

 良い蛇がいても、「それは、悪い蛇だ!」とレッテルを貼られたら、退治されてしまう。

 逆に悪い蛇が権威のある人を上手く騙せたら、「良い蛇」と扱われるのか?

 誰が、良し悪しを判断できるというのだろう?

『XI 恋人たち』のカードは、選択のカード。良い意味も悪い意味も持つ、選択のカード。結局はカードは答えをくれない、ということなのだ。『カードの示す言葉に、何か感じ取れるものがあればそれを拾って』と母から言われたこともある。占いなんて…結局は曖昧なものなんじゃない…。


 うとうとしながら、夏美は考える。


 いったい誰が選択してくれるの? 私は正しい選択をしたいのに。

 誰も代わりはいない。私は乏しい知識と経験で、1人で選択しなければ。

 だって、もしも誰かが私のために選択してくれようとしても、我が強い私はきっと素直に従わない。だから、1人で選択しなければならない。

 助けが欲しいとか、素直になりたいとか思う時もあるけど、自分の何かを壊さないと素直になれないみたいだ。そして、その何かを壊す勇気みたいなものは恐くて出てこない…。



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