表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
25/148

24 《神の刻印より乖離する自我を調え》 (1)

この章では、少し不穏当な表現が出てきます。及び少し腐女子風味(BL)ですので、苦手な方はご覧にならないようにお願いします。ただ、かなりぬるいです。ですので、期待外れについても先にお詫びします。

 “One, two, buckle my shoe.”「1、2、靴を履いて」


 夜半、最後の手回品を鼻唄混じりで、ラインハルトはパッキングしていた。

 先に送れる荷物は、すべて送ってある。四輪駆動の愛車は、数ヶ月前からマルセルに貸してある。改造も注文通りに行われ、ワイヤーやケーブル等の装備も予備の車に準備させてある。今日、靴屋さんの店先で良さそうなスニーカーを見つけてそれも買いたかったけど、まぁ靴は履き慣れているものに越したことはない。

 先ほどから同じ数え歌を頭の中で再生中だ。たぶん、何かが気に入っているのか、自分が緊張しているのだろうと自分で可笑しくなる。


 “Three, four, knock at the door.”「3、4、ドアをノック」


 ラインハルトは少し大きめの麻袋を抱えて、姫野の部屋のドアをノックする。

「どうしたんですか?ラインハルト様がわざわざ私の部屋にお越しになるなんて」

「うん、ちょっとだけ、いいかい?」

「あ、はい、どうぞお入りくださいませ」

 姫野は麻袋に気がついた。少し嫌な予感がする。

「へぇ、さすがメフィスト、久しぶりにここに入ったけど、きれいにしてあるんだね」

「殺風景ですけれどね、何かお飲みになりますか?」

 ラインハルトが奥に進み、キョロキョロと棚を見ている。

「いや、いいよ。お前、もう休むというか、自由時間になるところだろう?

 ふーん、本棚に鍵がかけてある。中身が見えないな」

「他人に本棚を見られるのは、裸を見られるよりも恥ずかしいと習いましたのでね」

「うん、さすが。賢明だね。ちょっとこのテーブルを借りてもいい?」

「はい、どうぞ」


 “Five,six, pick up sticks.”「5、6、杖を取り出して」


 麻袋から取り出して、数本の杖を置いたラインハルトが満面の笑みを浮かべている。

「もしかして、また、ですか?」

 嫌な予感が当たってしまい、姫野は渋い顔になる。

「うん、頼むよ、メフィ、自信作なんだ」

「いやもう、諦めなされたと思っていましたのに…」

「それがしつこいんだよな〜、僕、本業は杖職人だもの」

「決して、ご本業ではございませんでしょうに…。

 いえね、ラインハルト様のお造りになった杖は、素晴らしいと思いますよ。

 でも、明日から天狗を探しに、旅行に行かれるのですよね?

 今日も朝から晩までお出かけでしたし、さぞかしお疲れのことでしょう。

 そうそう、デートもお楽しみになられたことですから。私は、美津姫様を存じ上げないのですが、夏美様は、大変明るくて素晴らしい方ですね」

「メフィ、ねー、話を逸らさないでよ。確かに夏美はとても素敵だと思うけどね。

 さ、いいかい。さっそくだけど。ほら、手に取ってご覧よ。

 どう、これなんて厳選した古い樫の木だし、嵌めてある鉱石だってAzuriteにかなり近いよ。

 それに、これはオニキスとアメシストで飾ってあるから、黒い衣裳に映えるよね」

「映えるったって…。どうせ、わたくしを杖の中に押し込められるかどうかのお話になるのでございましょう?」

「うん」

 悪びれもせずに明るい表情であっさり認める青年こそが、自分のかけがえのない自慢の主人なのだ。我慢するしかない。まだ最近は予告してくれるから、ましになったと思うしかない。ラインハルトの幼い頃は悪気も斟酌もない、荒削りの魔法で杖にぎゅーぎゅーに押し付けられた。あまりの痛みと憎悪で、柔らかそうな、その無防備の状態の喉笛を噛みちぎってやろうかと何度思ったことか。

 自分の本音を押し隠し、なんとかやんわりと断らねば。

「いえいえ、無理ですって。中のキャパの問題だと申し上げましたでしょう。そんな…」


 “Seven, eight, lay them straight.”「7、8、杖をまっすぐに」


 ラインハルトが自分に杖を押し当てて、呪文を唱えているようだ。

 メフィストが震え上がった。

「いきなり何をなさるんですか、ラインハルト様…?」

「あ、大丈夫。メジャーみたいなもん。以前は、無理矢理お前を杖に押し込めようとしたけど、お前が怪我してもかわいそうだから、ちょっと測定できるような魔法を編み出したんだ」

「ありがとうございます…!」

「あ!この杖なら、お前を少し削げば、押し込められそうなんだけどな」

「少しって、まさかわたくしを削ぐおつもりですか?」

「あ、ものの例えよ?…でもメフィ、お前なら少しくらい、なんとかなりそうな」

「なりません。最上のAzoth杖に押し込められている時も、賢者の石Azuriteの力に助けられていてこそ、でしたのに、そんな…」

「そんな、なに?」

「お気を悪くされたのなら、申し訳ございません。

 ですが、正直申し上げて1000ミリリットルしか入らない牛乳パックに、バスタブの中の水を全部入れようとしているようなものですから」

「…うん、そうだよね。メフィ、ごめんよ。

 まぁ、でも、その例えだと、つい再チャレンジしたくなるよね。牛乳パックをたくさん集めれば、最終的には、バスタブの中の水はすべて収まる」

「わたくしを…ミンチ肉にするおつもりですか?」

「美味しくはなさそうだなぁ…。まぁ、先日のお前の姿絵をジグソーパズルに加工してみたい気持ちはちょっとあるけどね。イケメンだから商品化してみたら、意外と…メフィ、怒らないでよ。

 たまにはお前を冒険に連れて出ようかなと、ちょっと思った、だけ。

 お前はかわいそうにわざわざ僕の執事として、しかも日本人青年に化けているわけだから、ストレスが相当溜まっている気がしてね」

「ありがとうございます、私、最近、それがとても心地よいのですけれど。無理して言っておるのではなく、本音でございます。悪魔設定より、悪魔っぽい執事。最高かよ♪」

「…。それがある意味、僕は心配なんだけど、そうだ、一度お祖父様のところに帰るかい?」

「いえいえ、ダンスの練習もございますし、それにわたくし先日、申し上げましたよね?ヴィルヘルム様は、現在お休み中のはずです」

「あれれ、ランバート様もグスタフ様もお休みと聞いたよ、いつも1人は必ず起きていてくれてるイメージなんだけど?」

「ラインハルト様のパーティに3人揃ってお越しになりたいそうですからね、たぶんそれでしょう」

「嬉しいけど、準備するには、まだ早すぎる気がする」

「まぁ、最近では他の方がしっかりとお役目を果たしていらっしゃいますから、のんびりと英気を養ってというところじゃないでしょうか」

「ふーん、あ、じゃお祖父様にお電話も出来ないのか?」

「念のためにお手紙になさいませ。おや、その杖は?」

「あ、お前は、これは触ってはダメだよ。マラカイトだから」

「わたくし、マラカイトくらいは平気かと思いますが」

「Azuriteが変質したマラカイトの中に、聖なるあの方の井桁みたいな十字架を針状の銀水晶で仕込んであるんだ。マラカイトは日本語では孔雀石、だからね。

 他にもいろいろ工夫したんだよ」

「まさか剣も…?」

「剣までは、ね。槍の穂先程度で。

 まだ試作段階だけど、大天使ミカエル様をイメージした杖なんだ♪」

「わかりました。念のため、近づかないようにします」

「はあー、お前を快適な気分で、杖に入れてあげたかったなぁ」

 ラインハルトが溜息をつきながら、テーブルに広げた杖をすべて片付けて袋にしまっている。落胆したような主人を見て、慰めるようにメフィストがワイングラスを差し出して言う。

「元気をお出しくださいませ。せめてワインだけでもいかがでしょう?

 召し上がっていってくださいませ。先日ラインハルト様がお気に召したとおっしゃってたワインですよ、どうぞ。きっと今夜は良くお休みになれますよ」

「うん、ありがとう」

「今年のユールには、Azoth杖を継承されるのが確定しておられるじゃないですか。あと少しの間のご辛抱でございます。あの杖をお持ちになって冒険に行かれる時は、わたくしもお供できます。今まで以上にわたくしもずっとラインハルト様のお側にいてお仕えできるのが楽しみでございます」

「まぁ、そうなんだけど。大大祖父様は、ご自分の手作りの杖に悪魔と賢者の石を自分の力で込めることが出来たのに…。僕はいまだに足踏み状態だし。あんな風な『悪魔使い』になれそうな気はしないよ」

「いえ、ラインハルト様には、あのお方とは違った力が備わってございますから。まだまだこれからでございますよ」

「ありがとう、メフィ。いつも側にいて、僕を励ましてくれて」

「いえ、わたくしとしても、限りない喜びと共にお仕えしておりますので」

「あのさ、頼みにくいことなんだけど…。聞いてもいい?

 お前、先日、身も心も僕に捧げてくれてるって言ってたけど…身体とかも僕のものにしてもいい…の?」

「は?」

 思わず、うら若き主人の顔を見てしまった。ワインを飲んだせいなのか、彼の目元は朱を帯びており、瞳も潤んでみえる。そして、顔を少し赤くしながら、慌てて言葉を継ぐ。

「ごめん、そういうのは、実際…かなり痛いらしいんだけどね。…少しだけ我慢して、お前、ベッドにうつ伏せ寝してくれない?」

「服を脱いで、ですか?」

「服はまぁ、僕が…。メフィ、ありがとう。いいの?僕を受け入れてくれるんだね」

「よろしかったら、先にご奉仕を致しましょうか…?」

「いいよ、大丈夫。寝てじっとしてて。…ごめん、ちょっとにするから」

 部屋中の灯りが一斉に消えた、と思った途端、メフィストは呻いた。

「!…ラインハルト様っ…これは?」

 両手首と右足首に蔦のようなものが絡まり、ベッドに縛りつけられた格好になる。

「先日、庭に植えていた碧光という薔薇の蔓だよ。トゲはないから、安心して」

 薔薇の品種名を聞きたいわけではなく、どうしていきなり縛りプレイをしたいのか問いただしたいのだが、ベッドのそばで

「メフィ、愛してるよ。お前だけは最後まで僕のそばにいるんだよ」と優しく囁いてくる声につい不覚にも、胸が詰まった。いったい、どうしたというのか?

 お二方はとても仲の良い雰囲気だったのに、あの後デートで何かあったのだろうか?

 つつ、とラインハルトの手がメフィストの首に触れた。指の先が冷たい。ラインハルトも緊張しているのか?

「…ここってさ、一番大切な所だよね?感じる?…キスしてもいい?」

 不思議だ。指先は冷たいのに、吐息は熱を帯びているようだ。背中越しに自分の首筋へと、そっと押し当てられるラインハルトの唇。目で見て確認できないだけに、触覚で感じとろうとする自分の浅ましさ。メフィストは、泣きそうに言った。

「わたくしは、あなた様のものです、…ラインハルト様」

「うん、…ありがとう、メフィ。少しだけ、少しの間だけ我慢して」

 全身から力が抜けていく。自分の目から涙が流れて、止まらない。

 痛くなどはない、何も起こらない、ただ力だけが抜けていく。

 ただ、力が…。魔力だけが…。まさか…?


「くっ…。ラインハルト様、いったい何を…?」

「ごめん、メフィ…ちょっと身体より、お前の魔力を借りていこうかと思って。

 ちゃんと後で返すよ」

「魔力なら魔力と、正直に…!」

 怒ろうにも、もはや闇の魔法を使う魔力など残されていない。飛び起きてもがきたいが、その力まで奪われている。無闇に暴れて背中の筋を攣らせないためなのか片足だけ自由にされているが、全く役にも立たない。

「この…!」

「魔力を溜めてる杖がぶれちゃうから、じっとしてよ。…メフィ」

 顔色一つ変えず、ラインハルトが何か呟く。姫野は、意識を失っていた。

「ごめん、記憶にも干渉してしまって。痛いのか、痛くないのか聞く間もなかったけど」

 薔薇の蔓は消えたが、ほのかに甘い香りは残っている。

 姫野は美しい顔を少し歪めたままパジャマ姿で、ベッド上で気を失っている。ラインハルトは、取り出したハンカチに彼の涙をそうっと吸わせた。

「やっぱ、魔力を奪われている時も痛いのかな…?

 お休み、メフィ。愛してるよ。僕がお前呼ばわりするのは、たぶん後にも先にもお前だけだからね。本当は、お前の真名を呼んであげたいけど、お前が消滅したらヤバいしね。…しばらく普通の姫野で、大人しくしていて」

 ラインハルトは、そっと部屋から出ようとした。


「ん…? ラインハルト様?」

 ぎくぅ…。ラインハルトは明るい声で返事をした。

「何?姫野」

「も、申し訳ございません。わたくしに何かご用が?」

「ううん、お前の具合を見に来ただけ。もうしばらく養生するんだよ?ね、お前は倒れたんだから」

「は、はあ…?」

「可哀想に、姫野。とにかく僕が帰ってきて『良い』と言うまでは、絶対に家の外に出てはならないよ。これは命令だからね」

「かしこまりました…。どうかお気をつけて。

 申し訳ございません、本当に頭がクラクラして、眠くて立てないみたいです」

「うん、お大事にね、お休み。よい夢を」


 “Nine, ten, a big fat hen.”「9、10、まるまる太った雌鶏だ」


 自室に戻って、ラインハルトはほくそ笑んだ。ジジイ軍団最強3人衆が全員、低温冬眠(コールドスリープ)装置で揃いも揃って休憩中とは、まさに千載一遇のチャンス♪、

 なんて美味しい話なのか?


 もしかして、コレは罠か?罠なのか?

 しかし、賽は投げられた!

 弾丸ツアーだが、仕方ない。集中して1つ厄介ごとを片付けるチャンスなんだから。



 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎



 未明に空港で、シンガポールに滞在していたフィリップと落ち合う。一見、温厚な熟年紳士に見えるが、アルベルトを育てたと言っても過言ではない人である。ラインハルトも沢山のことを教わっていて、信頼している伯父のような存在だった。

 ひさしぶりに会うというのに、全くそんな時間の隔たりを感じない。余計なお世辞も言わない。ただ、嬉しそうに心からハグをして、頼もしくなったラインハルトの肩を触って嬉しそうに褒めてくれる。はたから見るとトレッキング旅行に行く親子のようにしか見えないだろう。

 久しぶりの長時間飛行だが、ラインハルトはフィリップの側で心からリラックスしていた。仮眠しつつ、日本での懸念は一度全部忘れ去りたい。

 だが、行き先の山の近くを地図で見ていると少しだけ気が重くなった。湖がある。この湖は、あの子の眠った湖に似ている。いや、山上湖だから、あの子の故郷のほうに似ているのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ