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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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1 《自らの尾を味わいし者》 (1)

 

 少し蒸し暑い6月2週目の金曜日。

 午後6時になろうかというのに、薄ぼんやりとまだ明るい。

 まだ何か楽しみを今日のうちに見つける時間が残っていそう。

 行き交う人々も、心なしか浮き浮きしてみえる。

 夏美は足早になりながら、 冬の午後6時とは大違いだなと、当たり前といえば当り前すぎることを考えている。


 2月に「仕事を辞めたくてたまらん!」ってなった時に3人で集合した時は暗くて寒くてその上、珍しくしっかり者の瑞季が遅刻してきて本当に心ぼそかった。

 それを思うと、今日ってなんて良い日なんだろう♪


 太陽がまだ沈まないでいてくれる、たったそれだけのことで気分が違うんだね!


 就職してようやく1年を乗り越えたなんて、これは凄い!自分はかなり凄い!

 と夏美は最近、感じてる。


 世界中の人々に褒め称えられてもいいんじゃないかくらい凄い。

 私、頑張ってる!

 今はまだ、自分へのご褒美が思いつかなくて困っているのだけれど、何か閃いたら、すぐ自分で自分にプレゼントするつもりだ。



 夏美は小走りで駅の改札を出た。

 角にある売店を曲がるとすぐに、目印の銅像のそばに瑞季の姿が見えた。

 かっちりしたスーツ姿がいかにも出来る女の感じだった。中学生の頃から勉強家で公務員になった才女なのである。


 やっぱり瑞季だなぁと思う。

 上手く表現出来ないけど、中学生の頃からしっかり者で常に委員とかやって黒板の前にすくっと立っている、そんな姿はいつまでも変わらない気がする。


 自分だったら、ただ待ち合わせ場所に立っているだけで、別に何かふざけているわけではない、でも『キョロキョロ落ち着かないように見えたよ。』とかしょっちゅう言われたりする。

 暇で手持ち無沙汰だから、空やらすずめやら眺めているだけなんだけど、たまに

 すずめさんたち可愛いねー。

 とかごく当たり前の感想を頭のなかで思うだけ(けっして一人ごとをムニャムニャ話してるわけではないはず)なのだが、周囲の人が、なんだかこっちをみていることが多い。

 最近は、気をつけるようにしている。ちょっとしたナンパのつもりの男が寄って来やすいのをブロックしようと、なるべく硬い表情を作り出している。


 だが、瑞季はすっと自然体で立っている。スマホを高速度で操作していて、少し近寄りがたい雰囲気がある。それがコツなのかも。




 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




「瑞季、お待たせ!」

 と言って、夏美は瑞季の横に走りこんだ。

「あら、夏美、今日は早いじゃん!5分前に到着なんてさ」

「もう一つ用事を振られそうだったから、ぶっちぎって着替えて店を出てきたよ♪」

「夏美も成長したね〜ww」

「『今月は残業時間がオーバーしそうだから、午後3時に上がってもいいよ』と店長には言われてたのに、副店長とリーダーは店長と仲が悪いからか、あえて帰れないように仕事を押し付けてくる気がする〜」

「うちは、上司はみんな仲良い振りだけしてる輩ばかりだけど、公務員の中でもダメダメダメばかりだから、先を争うように帰るよ。ホント、そこだけはラッキー」


 瑞季のいる部署は行政の何か統計を管理する仕事のようで、比較的暇なのだそうである。

 直属の上司の主任さんはプライドの高い人で、花形の部署から突然異動してきた(左遷?)ので、瑞季に当たりがキツイみたいだ。ただ、部長代理が帰る時はお供のように一緒に帰ろうとするので、瑞季達若手は退勤時間が楽しみで仕方ないらしい。

 お供希望の主任さんは退勤時刻10分前までにキチンと支度をしておき、部長代理が「さてと。そろそろ」と席を立つのを今か今かとチラ見してソワソワしているのが内心、笑えてくるそうなのである。


 夏美はというと、業界では中堅どころと言われてる、全国展開している本屋さんに就職した。瑞季のように確固たる信念なんてものは全くなかった。

 高校も大学も、志望校の《志望》って何?て感じで、何となく居場所さえあれば幸せかもしれない、くらいのノリだった。

 デスクワークだけはしたくなかったので、まぁ、自分の取り柄としては笑顔と元気と明るい性格、くらいのもんだからと《本屋さんでいらっしゃいませ〜をして、一生食べていけたらいいね》と思い、内定貰えた後、卒論にOKが出た瞬間に勉強を放棄したくらいである。


 で、夏美としてはお給料貰って家の近くのスーパー内にある本屋で、のたのたした店員ライフを一生送るはずが、隣の市の大型店舗に配属され、想像してたより数倍忙しい、しかも大好きな本ではなく{本以外}の文房具やらちょっとしたグッズを売るコーナーにいるのだ。

 本社の意向かなにか良く分からないが、去年は家庭用かき氷機を売った。

「最新流行のふわふわのかき氷が作れま〜す!

 この替え刃で、今までのかき氷が作れるのでお得ですぅ〜!」

 親しみやすいと言われる雰囲気を武器にかなり売って褒められた。それはまぁ嬉しかったのだが、更に店頭に{本以外}を増やされたように感じてる。そして、褒められただけで、特に夏美の給料に変化はなかった。


 違う、私はグッズを売りまくりたい訳じゃない。

 フツーの本屋さんが好きなのに!

 もしかして会社の偉い人が○○ハンズとか○○ヴァンとか目指しているのかなと思うけど、格が違うと思う。

 でも、会社の方向性の話なんて、どーでもいいんだけど。


 とにかく、ワークライフバランスの事しか考えないようにして乗り越えて来たという点で夏美と瑞季は一致している。


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