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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
18/150

17 《選択の時に》 (3)

 

「僕は、博物館では集中するとかなり面倒くさい人だから、気遣いがなかったらごめん。迷い子になった時の集合場所だけ決めたから、安心していていい?」

「私も、気遣い無しで観てていいとかなったら、同じ場所からなかなか動かないのが一番幸せを感じるかも」

「あー、鑑賞スタイルが全然違うかもしれない。僕は一度早回しで見て、それから気になったところに戻っていく方が好きだな」

「私達、良い感じに相性悪そうですねー」

「うん、間違い無いな(笑)。

 とにかく見たいところもたくさんあるし、ぐるっと回ってから、どこかのタイミングで夏美のそばに戻って来るからね」

「じゃ、解散で(笑)」

「これ、絶対にデートじゃなくなってるな(笑)」

 と言いつつも、ラインハルトは足早に階段ホールに行ってしまった。どうやらHPでいろいろ予習して来ていたらしい。社会見学に来た子供のようなワクワクした顔で小さな手帳を取り出して、あっという間に消えてしまった。


 夏美は、どうやらラインハルトが見捨てていったらしい、1階にある二つの展示室が一番好きなので、そこをじっくりと見ることにする。博物館としてはあまり発見や驚きの少ない地味目の階なので、いつも閑散としている。

 一つ目の展示室では、季節をテーマにした絵本や絵の展示がメインになっている。四季それぞれに分かれており、春なら春にちなんだ妖精の絵が飾ってあったり、おとぎばなしの一場面が紹介されていたりする。どちらかというと、初心者向け子供向けのコーナーかもしれない。この博物館のこの場所と図書館が、自分の心を育ててくれたと改めて夏美は思う。


 今は夏なので、銀河、宇宙、星、海がテーマになっているコーナーが充実していた。例えば、『銀河鉄道の夜』の1シーン〔蠍の火〕の絵があったり、『星の王子さま』の王子さまが、自分の小さな星を手入れしている絵とかが飾ってあった。近隣の中高生の物語絵コンクールの歴代入賞作品らしい。絵を見て、どの作品を描いているのかを考えるのも楽しいし、知らない作品だと、後からその本を探し出して読む楽しみもある。先生などから何かを提示されるのを待つのではなく、目的もなく散策し、何かを自分で発見して彷徨ったりする場所だった。時に発想は関係無く乱れて飛んでいく。スフィンクスを眺めているうちに大きな犬や大きな狼に会いたくなり、八犬伝の本やジブリ作品を求めてうろうろしたりするのが楽しかった。


 二つ目の展示室は、季節に関係ない物を仕分けたようなコーナーだ。世界の神話、世界の美術、文化などを紹介している。それらを検索などが出来るパソコンなども数台ある。

 美術作品を模写した絵が壁に貼られてあり、その模写絵のコーナーの中に子供の頃からの夏美のお気に入りの一枚の絵がある。少し古びていて不鮮明で小さな絵なので、すでに処分されてないか心配していたのだが、まだ残っていた。


 鉛筆のラフなデッサンだが、ドラマチックな絵だ。

 倒れる瞬間の女性を、後ろから天使が抱きかかえるようにして助けている。天使の羽がきれいに広がっていて、彼の脚と崩折れた女性の身体とを合わせて描き出される見事なXラインの構図が美しいバランスなので、見応えがある。

 夏美はダンスのコンクールに出る時に、先生や大人が踊るダンスの様々な美しいピクチャーポーズを見て吸収しようとした。自分が踊る時に脚や腕を精一杯きれいに伸ばしてラインを美しく整えることを心がけたかったからだ。先生に褒められて意欲的になっていたせいもある。そんな時に見たのがこの絵だった。伸びやかな広がりを感じさせながらも、天使の脚の膝は柔らかく曲げられていて、突っ張っているわけではなかった。夏美が精一杯に手足を伸ばして頑張ろうとすると力が入り過ぎてツンツンになってしまうのに。


 一瞬の緊張感なのに、絵でその瞬間を永遠に停止させた不思議。

 以前は伸びやかなストレートの線のXラインばかりに気をとられていて見逃していたけど、中心にある両者の腕の柔らかくて丸みのある曲線の美しさを感じ、涙が出そうになる。

 自分の腕が相手に触れて、ようやく愛する相手に届いた瞬間の喜びと相手に対する想いが伝わってくる。

 動的なドラマチックと静的なロマンチックが矛盾しないでハーモニーを奏でている絵。

 どんなに見ても見飽きることがない。


 そういえば、ダンスの先生は、一生懸命に取り組む夏美を評価していろいろな話を聞かせてくれたことを思い出す。

「あなたはあっという間にステップと振り付けを覚えたわ。それは本当に得な才能なのよ。だから、あと足りないところがあるとしたら、表面を見るだけじゃ見逃してしまいそうなバックボーンね。踊りの背景にあるストーリー、背景にある思い、感情よ。パソドブレがどういうものを象徴したダンスなのか知って理解して表現しようと努めれは、ダンスに説得力が出るわよ」

 と言われ、ステップを表現しようという意欲で、さらに真剣に取り組んでいた。

 パソドブレはスペイン風の曲で、男性役は闘牛士の勇ましさを表現するダンスということだった。でも、女性役はスペインのフラメンコを踊る女性、あるいは男性闘牛士が翻す布、そして闘牛士に支配されて屠られる牛をステップごとに瞬間的に表現しなければならないと聞いて、3つのスタイルの変化がある驚きと嬉しさを感じ、それが楽しかった。

 女性を表現する時は、男性が恋するくらいの踊り娘の気持ちで演技することを心がける。

 男性の翻す布を表現する時は、気持ちを表現するよりは、男性役のリードに素直に従っているようすで目力を控える。

 そして牛のつもりの時は(これが一番楽しかったのだが)、相手をケガさせてやるくらいの迫力で目力全開!で突進する。

 でも、ラインを整えるお手本にしたイメージはこの絵だった。

 あの頃の自分は、今の自分と似ても似つかないくらいの頑張りやさんだったと、夏美は懐かしく思う。


「カノーヴァの彫像の写しだね、きれいに描けているなぁ」

 いつのまにかラインハルトが、夏美のそばに戻って来ていた。

「ライさんは、この絵を知っているの?」

「うん。でもそれは、元は彫刻だよ、確か。本物を見たことはないんだ。たぶん本物を見に行ってしまったら、一日中僕はその前に呆けて立っていられる自信があるな。

 ドラマチックな瞬間を見事に捉えていて、心が揺すぶられるね」

「あー、それはたぶん私も、です。ずっと眺めていたいけど、体力の方が先にダメになるかも。本物は彫刻なんですか」

「うん。確かルーブルに飾られている彫刻の一つ。絵と違って立体的な本物を見ると、もっと圧倒されるだろうなぁ。彫像だから正面からだけでなく、斜めや、もしかしたら後ろからだって眺めることが出来るかもしれない。互いの顔の角度もいいよね。プシュケに囁いているアムールの声が聞こえてきそうだよね」

「え?プシュケ?」

「ああ、この絵にはタイトルがついてないから、わからなかった?

 これ、天使アムールとプシュケの物語をモチーフにしているんだ」

「えーと、たしか…ギリシャ神話でしたっけ?」

「うん、確かそうだよ。

 とりあえず一度回ったから、3階の昆虫と花の展示物をじっくりと見てくるね、プシュケだけに蝶は絶対に見ないとね、夏美は?

 もしかして、ずっとこの階にいたの?」

「そうなんです。じっくり見ると時間を忘れてしまって。

 私は、虫は苦手なので、花のところだけ後で見に行きますね」

「うん。2階もまだなんだよね?無理しなくていいよ。2階には、素敵な陶磁器がたくさんあったよ。じゃ、また後で」


 アムールとプシュケの彫刻の話をもう少しライさんから教えてもらいたかったのに、また足早に行ってしまった。夏美は残念な気持ちがしたので、それほど興味のない2階を諦めてトイレに行ってから、3階に上がった。

 虫の展示を見ないように避けつつ、ラインハルトを探すと学芸員さんと話をしていた。どうやら、池や沼の水中の化学反応?の話になっていた。

「酸化と還元って、一方的に進んで確定するだけじゃなく、本当に逆に戻ったりするんですね」

「左向きの矢印がある反応式を見たことはありますか?」

「はい、左向きの矢印と右向きの矢印が共存してるものもあったような気がしますが。そうですよね。ああ、こういうことか、と思いました。本を読むばかりだったんで、展示を見てお話が聞けて良かったです」

「お忙しくても、勉強を続けてくださいね。またぜひいらしてください」

「ありがとうございます」

 ラインハルトの横顔は、とても幸せそうだった。

「ライさん」

「夏美、次はどこへ行く?」

「もうほとんどライさんは全部、見ましたよね?」

「うん。おかげさまで。だから、この後は夏美の好きなところを一緒に見て回るよ」

「ありがとうございます。一番好きなものは見たので、あとはそうですね、ここにあるお花の展示物と、太陽系の天体の模型だけは見たいかな。それから…お腹のすき具合と相談します」

「天体の模型か、あれすごく良いよね。あれを見たら、自分なんてちっぽけだなぁって。多少の浮き沈みなんてどうでもよくなってくる」

「そうですね。しかも、そんな太陽系だって、宇宙の中のごく一部って聞くと驚きですよね」

「本当にそうだ。まだまだ知らないことがたくさんあるな」

「ライさんは、勉強が本当に好きなんですね。

 あの、そう言えば留学とか大学の話は、結局どうなったんですか?」

「うん、本当はもう一度、大学に行ってみたかったんだけど。たくさんの人と議論したり学んだりして楽しかったからね。でも、今はちょっと忙しくて、本当に無理だね」

「そうですか、残念ですね」

「まぁ、僕以外にも世の中には学びたくても学校に行けない人はたくさんいると思うし、その中では僕は恵まれている方だと思うので、諦めないでまた次のチャンスを作るよ」



 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎



 芝生広場のそばに立つ売店とフードコート併設の建物に戻ってきた。

 2階、3階には年齢層に応じた室内の遊び場もある。博物館ではなるべく静かにしていなければならないが、だからこそ、思いっきり声を出して遊べるように工夫されているそうである。フードコートやテラス席の一部は有料になっている。平日だが、猛暑のせいで沢山の人が建物の中にいた。ラインハルトが予約しておいてくれたおかげで、半戸外感覚のテーブルに座ることが出来た。人気の滝のオブジェも近く、意外と涼しい。床がデッキになっていて川床みたいになっているのも清涼感をプラスしている。


「ライさん、お料理上手なんですね、めっちゃ美味しいですよ、これ!なんていう名前でしたっけ?」

「夏美は、褒めるのも上手だね、それはキッシュロレーヌだよ。サンドイッチも食べてね。で、こっちはサーモンのマリネ。あとチョップドサラダと唐揚げ」

「凄いですよ! こんなにご馳走が食べられるなんて。ありがとうございます!」

「今日は夏美を接待しようと思って、頑張って作って来たんだ。うちの料理人さん達にも手伝ってもらったけどね。もちろん、デザートもちゃんと用意して来たから、それも食べて欲しいな」

「ここまで美味しいものを食べさせていただいたら、出来ることはなんでもしちゃいそうです、私」

「良かった。それなら、夏美に今のうちにたくさんお願いをしておかないと」

「はい、どうぞー。私、今は食べるのに忙しいです」

「じゃ、パーティの話からするね。…その前に確認したいんだけど、夏美は恋人か仲良しのBFはいる?」

「え?、いませんよー。友達の中で男の人って、部活が一緒だった人とライさんくらいです」

「良かった。じゃ、本当に僕のパーティで、僕が君をずっとエスコートしていてもいいんだよね?何か差し障りがある?」

「パーティでのエスコート?」

「えーと、パーティって、まぁたいていペア単位で参加するんだ。

 あのさ、映画とかで見たことない?

 男の人が女性をパートナーとして誘って、もてなしたり、ダンスをしたりする。で、きちんと家まで送り届ける」

「それなんですけど。2つ問題がありまして」

「…困ったな、2つも問題があるんだ。じゃ、一個づつ言ってみて」

「まずは、私よりもダンスが上手い人が参加しますけど、主役のライさんはその人と踊った方がいいんじゃないかと思って」

「…うーん。えーと、もしかして黒田加奈子さん?瑞季と夏美のお友達って人だよね?

 うちの執事が、すごい美人だと褒めてた人だ」

「そうです、黒田加奈子さんはね、美人で才女で、確かずっとダンスを習っていたはずなんです」

「なるほど…。それはすごいよね。じゃ、もう一つの問題は?」

「あのー、聞きにくいことなんですけど、まことさんって方の話題が全然出てこないんですけど、パーティに呼んでないんですか?」

「え?、まことさん?」

 ラインハルトは、きょとんとした。

「え?名前、まことさんであってますよね?

 私達と最初に会った時に、私とまことさんを人間違いしていませんでしたっけ?」

 ラインハルトが少し赤くなった。

「あー、ああ、そうだ。…ごめん、黒歴史はなるべく早く忘れたい人間なので。思いっきり、そのエピソードを忘れていたよ。

 夏美は、本当にいきなりグサってくるね。

 えーと、まことさんは、パーティには呼んでいません。これで答えになってる?」

「ええ、まぁ、そうですけど。じゃ、まことさんをライさんがエスコートする予定はないし、気を遣ってあげる必要はないんですか?」

「うん、まことさんと接点があったのは、ずいぶん前の話だからね」

「えー、6月の話ですよ?そんなに前じゃないと思います」

「あ、そうか。そうだよねー。うーん。

 でもさ、大学辞めてから、全然会ってないんだよ?

 夏美、何か…まことさんと僕のことが、そんなに気になっていたの?」


 夏美は、少しカチンときた。

 ライさんは、私とまことさんと取り違えてハグしようとしていたくせに…!

 私の中にまことさんの面影を探そうとしてなのか、じろじろ見ていたのにね…!

 そんなライさんを遥と瑞季が同情して喫茶店に誘ってあげていたというのに…!


「あ、いえ、全然気になっていません。

 ライさんは、あんなに必死になってまことさんを探していたみたいだったのにって思っただけです」

「あー(笑)。必死は必死だったよ。最初はトランス状態みたいに勢いで来たのに、だんだん恥ずかしくなってきたところだったし。

 君たち3人に助けてもらえて良かったけどね。

 まことさんにはね、日本文化を学ぶ一環でね、チンドン屋さん体験をさせてもらえる予定だったんだ。で、『あとできちんと化粧してあげるから、女装して来てね』って言われてたのに、完璧に日付けを間違えてダメだっただけ。恥ずかしいよ。

 初めて女の子用のワンピースなんて着てしまっていたし。

 頭の中がもやっとしている状態で腕に嵌めていた宝珠が何か反応していたので、ただ反応の強まる方に移動してたら、そこに夏美が立っていたんだ。

 ああ、まことさんとお友達が立っているんだ、助かったってシンプルに思ったわけ。

 実を言うと、まことさんと約束をしてた日も、何かどこかの施設にボランティアで慰問にいくところとかだったんで向こうがすごく慌てていてすれ違いざまだったし、まことさんの顔をろくろく覚えていなかったんだ。背格好とか夏美とそんなに変わらない感じだったし、あの時は他に条件の合いそうな人達はいなかったじゃないか。だから、君たちのところに寄っていくしかなかったと思う」

「そうなんですねー。すごく必死に見えましたし、帰っていく時にライさんは、青い顔してたんで、私達はみんなで心配してたのに」

「そうだったっけ?

 どちらかというと、夏美の顔に

『早くこの人、どこかに行ってくれないかなぁ』って書いてあったと思ったけど」

「ごめんなさい、バレてました?(笑)

 正直、あの時はすごい偏見だと思いますが、とても近づきたくなかったんです。

 だって、最初は本当の女の子かと思うくらい、真剣に女装している人なんて初めて見たので、違和感が凄すぎて。

 普通に遥と瑞季が応対しているのも、私にはなんか疎外感だったし。せっかく久しぶりに友達と会えたのに、この人、もう邪魔!とか思ってました」

「とにかく、その話はもう最後にしてくれないかな。夏美に冷たい目で見られた記憶が蘇ってくるから(笑)」

「すみません。えーとじゃ、ダンスの話に戻してください」

「うん、ダンスのパートナーの話なんだけどさ。

 僕はダンス抜きでも夏美をエスコートしたいので、ダンスは二の次なわけ。

 だから、他の人が美人だとか、君よりダンスが上手いというのは関係ないんだ。

 というわけで、夏美をエスコートしてメインで踊りたい。

 …って、もうちょっとちゃんと言わなきゃダメなのかな?

 ごめん、ちゃんと説明するから、もう少し食べて、機嫌が良い状態を維持しててくれる?」

「はい、じゃ唐揚げをもう一つ」

「うん。あのさ、途中でもし君が腹を立てたとしても、最後まで聞いて欲しいんだけど」

「デザートを楽しみに我慢します。じゃ、突っ込みたい時には、手をあげますね」

「うん、それでよろしく。良かった、デザートを用意して来て。

 僕が今、夏美にさ、『君が好きです』って告白したら、どうする?」

「え?ダメです!…あ、ごめんなさい。ライさん、急に変なこと、言わないでくださいー。大事な唐揚げをのどに詰めたらどうするんですか?」

「のどを詰めさせたいわけじゃないけど、いきなり振られたよ!

 …瞬殺かー。儚い恋だったなぁ(笑)。

 しかも、話も告白も最後まで聞いてくれないで、ぶった切るんだもんなぁ。

 やまとなでしこ、おそるべし。

 あ、ご意見とご質問のある方は、挙手してお願いします」

 夏美は唐揚げを飲み込んで、慌てて手をあげた。

「質問ですか?どうぞー(笑)」

「ひとが一生懸命に唐揚げを食べているのに!

 …振ってるとかじゃないですってば。

 もう、ライさんてば、自分でも笑ってるじゃないですか。

 からかわないでください(笑)。

 あのね、私は今、告白アレルギーなんです。どんなに素敵な人からだとしても、告白は受け付けてないんです」

「笑ってないよ。ひどいな。

 僕はいきなり失恋したのに、けなげに涙を堪えて、必死で笑っているふりをしているだけだよ(笑)。

 それよりも、ねぇ、夏美はどうして告白アレルギーなの?」

「告白したり、されたりして上手くいかないと、ギクシャクして友達じゃなくなるのが嫌なんです。ライさんとようやく緊張しないで話をたくさん出来るようになってきてたのに、出来なくなると、もったいないし、私が困るじゃないですか」

「僕は、好きな相手とも構わずにしゃべるし、振られたとしても、君にたくさんくだらない話をするかもしれないけどねー。

 アレルギーじゃ仕方ないな。じゃ告白はしないようにするから、一個聞いていい?」

「はい」

「じゃ、君にとっての僕は、ギクシャクして友達でなくなったら、ちょっとガッカリしてくれるくらいに友達?」

「それはそうですよー、ライさんは大事な友達です。

 大人になってから、ポンポン自然にいろいろな話を出来る人って意外と周りにいないですもん。

 今日だって、ライさんが博物館で手を握って来ようとしたりしないし、自然体でいてくれてすごく楽だと思っていたし、安心していたのに」

「そうかー。それは良かった。メモ帳と鉛筆を手に持っていたから、手を握るチャンスを逃してただけだったのに。結果オーライだね」

「ライさんてば(笑)」

「軍師さま、他に地雷があったら教えてください。今、デザートをご用意致しますから」

「うーん、自分でも何が地雷か良くわからないので、ごめんなさい。そこら辺全部地雷だと思ってくれていれば、安全なんじゃないでしょうか。

 うわぁ、すごい、綺麗ですねー!これ、レモンタルトですか?」

「うん、ちょっと甘さが足りないかもしれないと思って、黄桃のゼリーとコックさんが作ってくれたティラミスも一緒に持ってきた。あと、果物はさくらんぼ」

「美味しいです!すごい!

 …感謝の心で、近くの地雷を少し片付けておきますね」

「ありがとう。良かった、まだ冷たいままで。デザートは悩んだんだ、すごく。冷やして持ってきてるつもりでも、グズグズになったらガッカリだもんね。

 とりあえず…パーティでは、やはり夏美をメインにする案のままで考えさせてもらえる?

 僕の頼みで、遥が素敵な企画書を作ってくれたので、それに沿ってやりたいんだ。あの時『Azurite』ルームで、遥と僕で君に説明する予定だったのに、今さらのお願いで申し訳ないんだけど」

「遥にも頼まれたのとダンスシューズも注文したので、当初の予定通り、私、精一杯頑張りますね」

「良かった。でも、一応全部背景を説明させて欲しい。

 夏美は、告白アレルギーだから、結婚願望とかはないんだよね?」

「はい、全然」

「そうか、たぶん今の状態で君は幸せなんだろうね」

「うーん、すごく幸せというわけではないですけど、癒しが足りなくて毎日疲れているだけで、特に今の環境をどうしても変えたいというのはないですね。

 ライさんは、結婚願望があるんですか?」

「うん、子供の頃からね。

 結婚してお嫁さんがそばにいてくれるようになるという、良いイメージしかなかったよ。

 自宅はきちんとしたお城ほどは豪華じゃないかもしれないけど、古い石造りの大きな館で、周りは大人ばかりが多かった。現在の建物よりも強度を保つのに必要だからか窓は意外と小さいし、タペストリーのかかっていないところ、回廊や階段なんかは灰色の壁なんだよ。居室部分はそこまでひどくはないけれどね。

 そんなところに住み、毎日本を読んで身体を鍛えて礼儀を教わって。きれいに整えられた食堂に僕だけが座って食事をする時も多かった。もちろんひとりぼっちではないよ。給仕してくれる人もいたし。そしてマナーを教えてくれる先生が僕の手元を黙ってみていて、ミスしたら減点される?と思いながらご飯を食べるんだ」

「ご両親がいらっしゃるでしょう?」

「両親は忙しくて僕よりも多くの人に囲まれていた。両親も優しい人だとは思うし、朝ご飯は一緒に食べることができたけど、いつも距離感がそうだね、2mくらいかなぁ。

 父に一度抱っこされたことがあって、すごく特別で嬉しかった覚えがある。逆に言えば、それくらい触れ合いがない。弟がいてくれてまだ良かったと思うけど、ずっと一緒というわけじゃないからね。弟がお昼寝をしていたり、そばにいない時は毎日、塔の中や敷地内の森の中、ありとあらゆるところを探してまわってた。友達になってくれそうな妖精とか魔物がいないかってね。物語も夢中で読んで、本の中の魔人が出てくるかもしれないとか、本の中の世界に入ってしまったりとかないかなって思ったし。ある本を読んでからは、あちこちの洋服ダンスの中に入ったり(笑)」

「あ、それはけっこうポピュラーですね。緑や黄色の指輪に夢中になったり」

「遠慮せずに、もう一個どうぞ」

「じゃ、タルトもう一切れ、ありがとうございます」

「はい、アイスティーはパスするから好きなだけついで。

 …でも、さっきの話じゃないけど、僕のために誰かが用意されているわけじゃないと思ってからは、ずっと寂しさを感じていて。だから、あとは『いつかお前もお嫁さんをもらうんだよ』って言われていたのが唯一の希望でね。

 ベターハーフって英語の言葉を知っている?」

「ごめんなさい、わかりません」

「直訳すると、半分こにした分の良い方、って言葉だけど、恋する相手や結婚相手を指すんだ。

 もともと一つの魂だったものを神さまがいったん半分に切り離して人間にしたんだって。だから、お互いに自分じゃない方の半分が恋しくてたまらないらしい。探して出会った時にああ、自分より良い方の半分に会えたんだよって思うらしい。

 そのエピソードが好きでね、すごく憧れたよね、結婚に。

 馬鹿みたいでしょう?」

「あー。馬鹿みたいとは思いませんよ、外国の貴族の人の暮らしなんて想像できなくて。

 それでも、ライさんの寂しさも何となくわかります。でも、こう家柄の釣り合うようなお嬢様とお見合い結婚とかないんですか?」

「ずいぶん前なんだけど、婚約寸前までいって、でも色々あって、…結婚できなかったんだ。色々のところの話は、今は…あまり言いたくないんだけど」

「…お気の毒です。元気出してくださいね。まだまだチャンスがきっとあります!」

「家の者がみな心配してね、特に祖父が。

 ずっと安心させてあげたいと思ってはいたけど、僕はつまらない嘘は上手に言えてしまうんだけど、演技力が無さ過ぎてすぐにバレる」

「私と正反対ですねー。

 私はちょっとした嘘は下手なのに、演技の方がマシです。演技は学芸会レベルですけど、それっぽく見えるらしいです」

「羨ましいな」

「ダンスを踊っている時も『パートナーは恋人なんだからね』って言われたから、つかの間の恋人になりきります。

 だから、審査員の方にも『恋人同士だから息がぴったりですね』とか言われたりして。その褒め言葉が嬉しかったです。色々と工夫した成果だと思ったし」

「そう、実はそれを瑞季に教えてもらって、僕は本当はね、夏美にね、パーティで僕の花嫁候補を演じてもらうつもりだったんだ」

「え?そんな話だったんですか?」

「うん、最初はね。あ、違うか、今も本当は少し願ってるけど

『嘘の演技でいいから、花嫁候補になって』ってとてもメールでは書けないし。

 そして君と話が出来なかったし。

 しかも自分のためだけの都合のいい話だから、君の機嫌を損じるかもしれないと思うと言えなかった」

「だから、さっき告白してみたの?」

「違うよ。そうじゃない。数回しか会っていないから、大げさに愛の告白をしたいわけじゃなくて。ダンスパーティで他の人を出し抜いて夏美と優先的に踊りたいというくらいの気持ちを伝えたかっただけで。そうすると、『嘘でもいいから』って言いにくくなってしまって迷走しているんだ。

 とにかくパーティで花嫁候補を紹介出来れば、一番のお祖父様孝行にはなると思ったのは本当だ。

 そして、『正式に付き合ったり婚約したりしなくていいんだ。パーティ後に結局、振られたからという報告をすればいいだけだから、一緒に嘘の演技をしてくれないか』と君に頼もうとしていた。

 だって、実はさらにもう一つ僕にとっての大きなメリットのある話を聞かされてしまってね。

 今年の終わりに僕は独立が認められる予定なんだけど、もしも日本で結婚するならば、中山町の屋敷を本拠地にしてもいいという話も出てきたらしい。もしも弟の方が家を継いでくれるなら、僕は他の財産なんかいらないし、仕事の傍ら、あちこちを冒険して魔法生物を探して回れるんだ。それが実現すれば僕にとっては夢のような話なんだけど。でも君にとっては何のメリットもないし、こんな話を聞かされて腹立たしいかもしれない。だけど…ごめん、やっぱりパーティはまだまだ先だから、ちょっと頼まれてやってもいい気持になるか考えておいてくれないかなぁ」

「そんな優しいお祖父様を騙していいの?なんか…申し訳なくないですか?」

「うん、でも、本当に恋に落ちた恋人同士でも別れる時だってあるし。とりあえず以前の悲劇を乗り越えてるアピールをするだけでも安心させてあげられそうだけどね。

 まぁ安心して。先日電話で祖父にはね、

『日本で友達になってくれた女性が何人かいて、その中の一人に片想い中なので、ダンスを一緒に踊ってもらえるように頼むつもりです』

 と報告しただけだよ。それくらいなら嘘ではないでしょう?

 祖父は、それだけでもすごく喜んでくれたから、今は少しホッとしているところ。

 だから、まぁ君が考えていた通り、ただ僕と主役みたいに踊ってくれるだけでも、僕にとっては本当にありがたい話なんだよ。

 さっき振られたばかりだから、僕と交際してくださいなんてしつこく頼まないから(笑)。

 そうだ、今日これから一度試しに踊ってみない、一曲だけでも。

 一度踊ると、何かが見えるかもしれない、こいつとは絶対ダンスするのは嫌だな、踊りにくいし、とか(笑)。そもそも僕と夏美は、ダンスでも相性が悪いかもしれないからね。

 そうなるとまず話が土台から崩れてしまうから、早めに遥に報告しないといけないな」

「そうですね、引き受けてから、途中で急にお断りするのは失礼ですし。

 一度踊ってみる方が、会話だけでごちゃごちゃ2人で打ち合わせしているよりいいかもしれないですね。でも、どこで踊るんですか?ここ?」

「あ、いや、グランドホテルのリハーサル室だよ。来週からレッスンする所。

 今日は午後から、斎藤さんとうちの会社の女性スタッフが数名、打ち合わせと準備の為に行ってるはずだから、『もしかしたら行くかもよ』と一応言ってあるんだ。

 夏美がダンスのことで何か言いたいことがあるってメールに書いていたから、見に行きたいかもなと思ってたんだ。どう?腹ごなしの運動代わりに行くかい?」

「うーん、じゃ、ここの建物のガラスのキラキラした展示物を見てから、あとそれから靴屋さんに寄ってもらってからでもいいですか?

 注文したダンスシューズが届いているはずなんです。それを持って行きたいです」

「オーケー、じゃ先に展示を見ようか、あの、3階のガラスの葡萄棚みたいなところのことでしょう?

 そこに先に行っててくれる?僕は荷物をいったん車に載せてから、そこへ行くから」


 でも、20分くらい経っても、ラインハルトは3階に現れなかった。



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