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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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148 《地に平和をもたらしめよ》 (21)


「大丈夫ですか?」


「すみません、辛い思い出なので…。

 美津姫様がご危篤で、しかも時を同じくしてラインハルト様は城外でご重体と、とにかく大騒動でした。

 皆がみな、右往左往して…。自分などは、ほとんど役に立っておりませんで…。

 あ…いや、そんなことよりも先に話を進めましょう。


 お話ししたいのは、その時の不思議な出来事についてです。

 宝物の力が働いているのだと私が感じた現象は、つまり…。

 美津姫様が亡くなられた後のお部屋には、鍵があっても扉が開かないという状態が続いたことです。


 しばらく後、快復されたラインハルト様が訪れるまでずっと…他の人の入室を拒み続けていました。

 それは、たぶんですね…。

 美津姫様のお部屋の中の《宝珠》は自ら、確実にラインハルト様に渡されようとした、そのために力を発揮したのだと、私は思うのです。

 ラインハルト様の従者の方でしたか、何か気配を感じられたそうでした。

 鍵を差し込みかけましたが…すぐに首を横に振り、

 『障りがあるといけないので、これはこのままにしておきなさい』

と命じたそうです。なにかただならぬものを感じたとおっしゃったそうで。

 それこそが、《宝珠》の力だったと申し上げて良いかと思います」


「それは…。

 本当に《宝珠》の力だったのでしょうか?

 もしかしたら《鏡》の力かもしれないですよね…?

 だって、その時にはすでに《鏡》も、美津姫様のお部屋にあったのでしょう?

 ライさんも最初はその部屋の中に《鏡》があることは気づいていなかったみたいですよね…?」


「あ、確かにそうです。

 ああ、それで…《鏡》のことについてもお尋ねになったのですか…」


「はい、そうなんです」


「なるほど…。

 そうですねぇ、その時には…、《鏡》の話題は出なかったと記憶しています。

 ラインハルト様も、《鏡》のことは…お尋ねになりませんでしたし…。


 どちらかと言えば、やはり《宝珠》のことばかり私は考えておりました。

 美津姫様が亡くなったのだとしたら、その後どうなったのだろう、とそればかり…。《劔》と同じように、もう人間の手には戻ってこないということになる可能性だってあるわけですから」


「ああ、そうですよね。

 すると…結果的に、『お返し申した』という状況になるはずですものね?」


「ええ、宝物は誰が預かっていようと、永久に龍神様の物であるのだと神社では伝わっておりますので。

 私どものように…たまたまお預かりしている神社や人間が存在するだけだ、と教えられてきましたので、」


「わかりました。そう考えると、いっそう勝手なことは出来ませんね、私も心得ておきます」


「おお、ありがとうございます。

 そのことをお願い申し上げたくて参上しましたので…。

 嬉しいかぎりです。

 そうおっしゃっていただけると、もう心残りはございません。

 ええと、本題に戻りますね。

 

 起き上がれるようになったラインハルト様は、封印状態にあるお部屋の話を聞いて

『《宝珠》を探しに行かなくては、』

 と、すぐにおっしゃったということでした。

 実際、ラインハルト様が鍵を使うと、素直に扉は開きました。それは、私…廊下に控えて見ていましたから。

 ぼんやりと、ああ、本当だ…、間違いなくラインハルト様に《宝珠》が渡るようになさったのだ。

 姫様は…最後まできっと、そのことを祈っておられたのだろうと感じておりました…」


「不思議ですね…」


「はい…誠に」


「いいえ、《宝珠》の不思議ということではなくて…。

 ごめんなさい、せっかく宝物、しかも《宝珠》に焦点を当ててお話をしてくださっているのに。

 違和感があると、つい黙っていられなくて、」


「違和感ですか…?

 どうぞご遠慮なく、質問をお願いします。

 私の知る限り、覚えている限り、なんなりとお答えいたします。

 記憶がおぼろげになりつつありますが、そこはご容赦いただきまして、」


「ありがとうございます。

 あのですね…。

 木藤さん達はもともと宝物を大切に思っておられたので、ライさんに渡したくはなかったのでしょう?

 廊下で、ただライさんの背中を見送っておられただけなんて…。

 なんか違う気がするんですよ、ごめんなさい。

 例えば…。

 ライさんのお供をして一緒にお部屋に入って確認したいとか思いませんでした?

 いえ、そうでなくても。

 ライさんだったら…。

 一緒に部屋に入ろうとか、立ち会って欲しいとか誘ったりしませんでしたか?

 木藤さんは探索の術を使えるわけですし、すぐに所在がわかるから役に立つでしょう?」


「そうですね。

 そう言えば…お部屋に入る前に一度、声をかけていただいたように思います。

 先ほど申し上げたように、宝物の管理を任せてくださっておられましたし、私どものために気を遣ってお声がけくださっているのだろうと思いましたが…。


 探索についてもですね、ラインハルト様はお札さえ使えば、私などより確実でございましょう。

 いやいや…、実はですね。

 本当はもっと恥ずかしい、情けない理由があるのです、実は…。

 美津姫様がお亡くなりになった頃、ほとんど私は起き上がれなかったのです。

 ラインハルト様のように、お怪我をしている訳じゃないのにですよ。

 日々、同僚たちが代わる代わる…様子伺いついでに相談を持ち掛けてくれたりするのですが、全く…。

 考えたり、判断したりも出来ずに呆けておりました。とてもとても助言など出来ぬ有様でした。


 ラインハルト様が美津姫様のお部屋に赴かれると聞き、お供をつとめようとしたのですが。

 足もふらふら、年配者が使っていた杖をお借りして、後ろについていくだけでございました。

 いざ美津姫様のお部屋に着きますと…。

 …扉を眺めているだけで、胸が張り裂けそうでした。

 廊下の壁にもたれかかり、ただ泣くのをこらえているだけのありさまでした。

 こんな私が…お役に立てるようには、とても思いませんでした…」


「繊細なご気性なんですよね、きっと。

 なんとなくですが、お気持わかります」


「おお…、そのようにお慰めくださるなんて、…恐縮でございます。

 自分でも腹が立って仕方ないんですよ。その、いわゆる…男らしくない性質(たち)でして、お恥ずかしい限りです。

 同僚たちにいつも細かい小言なぞ偉そうに言っていた人間が、最も大事な時にはただのポンコツでして。それでも、皆…大目に見てくれて、感謝しかありませんでした。


 …ええと。

 それとですねぇ…、私はさすがにご遠慮申し上げる他なかったのです…。

 美津姫様から、固く申し付けられておりましたのです。

 亡くなる寸前のご意思は、ラインハルト様のお命を繋ぎ留め、お守りにするために《宝珠》を渡して欲しいということでしたので」


「あら?、なるほどそうなんですか。

 それって、…。

 その亡くなる寸前の美津姫様のお言葉って、いつの時点で聞いたんですか?」


「は?

 え~と…それはですね。あれ…?

 いや、私はしかと聞いたはずです…。

 …そうですねぇ。少しお待ちくださいよ、…」


「あ、じゃあ、流れで思い出すためにも。

 もしも良かったら、竜巻の時のお話のように、そう、物語みたいにして最初からお話しくださっても、私は嬉しいんですけれど?」


「いえいえ、とんでもないことです。

 こんな爺が長居し過ぎておりまして。

 さすがに話が長くなりすぎておりますから、要点を絞って大切なことだけお答え致しますよ…」


「わかりました、お願いします。

 思い返してみてください。待ってますから。

 あ、ひと息入れませんか?

 レンチンのホットミルクはお嫌い?」


「あ、それでしたら、…私が。

 こちらのお屋敷のミニキッチンには、私のほうが慣れておりますのでご用意いたしましょう。

 ホットミルクでよろしいでしょうか。

 ちょうど良かったです。

 記憶を整理しながら、お作りして運んで参りますとも」


「ありがとうございます」



 

 カップボードの中には、夏美の好みらしい、小花模様のティーセットなどが並べてあった。

 マグカップを出そうとした時、手前の切子細工のガラスのお菓子入れにクッキーなどの焼き菓子が溢れんばかりになっているのが目に留まった。数個取り出して可愛らしいかごに盛り付け、お盆の上に載せる。


 切子細工は上質な物で、美しい紺に近い青色のガラスで造られていた。

 偶然、お好みが似ていらっしゃるのだろうか。

 美津姫様もまた…青系統の色を特に好んでおられた。

 ラインハルト様のいない所であったが、嬉しそうに彼の蒼い瞳までもを褒めていた。


 『ね、テオの瞳をよ~く見たことある?

  お日様の当たり具合によって色が変わって見えることもあるんだけど。

  ふるさとの湖と同じ色の蒼に見える時があるでしょう、知ってる?

  眺めていると吸い込まれそうにな気持ちになるし、とても心が落ち着くの』

 

 そんな話をする時の柔らかい声ではなかったじゃないか…、あの言葉は…。

 日常の会話と異なる大事な言葉は、真っ直ぐに心に刺さるかの勢いだった。


『兄さまに《宝珠》を渡してッ!

 必ずよ、絶対に!

 お願いよ!

 お守りにしてもらうの、他に手立てはないの、絶対…!』


 …再現が不正確な気もするが…、確かこんな感じのお言葉だった。

 まるで最後のご遺言のような…

 仕える者が、一切とめだて出来ない、揺るぎない言葉…。

 


 その言葉をいつ…どうやって、聞いていたか?、…だと…?

 

 ああ、辛い。


 そこが確かに大事なことなんだが。

 思い出すことさえ…辛い、はるか昔のことだと言うのに…。


 どう考えても、あの時、でしかないじゃないか。


 上手く説明するしかない、というのに。

 ああ、情けない。


 人生の終盤の爺になっているというのに、情けない。


 この話は、やめておけば良かった。

 夏美様は、どうやらラインハルト様から一部をお聞きになっていたようだし…。


 《宝珠》が、正式にラインハルト様を認めたのだ、だから自分たちもその後はラインハルト様にお任せするほかなかったのだ、と。

 はらはらさせられることも多かったが、大きな問題は起きなかったのだし。

 めでたしめでたし、ということで終わらせておけば済んでいたのだ。


 宝物の、本来の力のことなど、うやむやのままにしておけば良かったのだ。

 夏美様は、巫女姫として宝物を用いて何かをしようとはしていないと…わかったわけだし。


 うまく話をたたんで、おいとますることにしよう。

 ああ、この爺は。

 本当は、もうとっくに…この世からおさらばしていたはずだったのに。



 夏美様にお目にかかりたいと望んでしまったのが、そもそもの間違いだったな。


 自分のことを、この世から片付ける。

 もうずいぶんと前から決めていたのに。

 一度邪魔が入ったからと意地汚く、なぜ生き延びてきてしまったんだ。


 残っている宝物の行く末の心配と未練に突き動かされたとはいえ…。

 …美津姫様のご縁につながる夏美様が《宝珠》を身に付けている姿を見てしまって、そこから気持ちを抑えることが出来なかった。


 せめて…あいつの話を、最後まで出さないで済ますことが出来ればいいのだが。


 夏美様は、意外とカンの良い方だったから気をつけねばいけないな、

 さすがにお(ばば)様が、託しただけのことはある。


 《鏡》を怖がってくれていたままでいれば…。

 《鏡》の話なんか聞きたくないと、ずっと思ってくれていれば…。


 そう願っていたのに。

 ある程度画策し、お膳立てしていたことも、無駄に終わっていたようだ。



 ああ、本当に、夏美様に対して失礼な話だな。

 自分は本当に、浅ましくて卑しい人間になり果てた。


 そうだ、自分は最初から、卑怯者だったのだ。


 竜巻災害の時に感じた懸念を、秘密にして知らぬ振りを決め込んだ。

 何度、美津姫様に頼まれても、話すことを拒んだ。

 美津姫様が正解にたどり着いたら、何をなさろうとするか…。

 能力が高い姫様だからこそ怖れていたのだ、勝手に。


 美津姫様は、きっと最後、私のことを疎まれて拒絶しておられたに違いない…。



 申し訳ありません、…本当に申し訳ありません。


 倒れ伏した自分はずっと長い時間、そればかり呟いて呻いていたらしい。

 


 美津姫様は、あの時お一人でお逝きになったのだ。

 …誰にも相談せずに、誰にも頼らずに、お決めになったのだ。

 たったお一人で。

 ラインハルト様の危難を救うために、宝物を早急に渡すにはどうすれば良いかと考え…。


 自分こそが、美津姫様をお止めするべきだったのに。

 自分だけが、最も危惧すべき問題を知っていて胸に秘めていたというのに。

 そんな不遜な振る舞いも役に立たず、ただ裏切っただけで終わらせてしまった。


 美津姫様は、きっと最後…自分のことを怒っておられたのだろう、

 精神的にも、完璧に拒絶されておられたのに違いない。

 


 ああ、物語調に説明することなど、出来ようはずがない。


 一人称で語ってしまえば、自分が()()()()()()()()()を明かすことになってしまう。


 ああ、自分は。

 最後には、信頼を失っていたことも知らず…

 お側に…最後までお仕えすることが出来ず…

 役に立たない人間だったのだ…


 

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