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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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141 《地に平和をもたらしめよ》 (14)


 神社の社務所には、警察関係、消防関係の方々などが次々と来られました。湖に近くて電話回線が使える所と申しますと、他にありませんでしたからね。ちょっとした竜巻災害対策本部みたいになりました。


 お出迎えした私の頭の包帯にまた血がにじんできているということで、救急隊員の若い方がさっそく包帯を巻き直してくれました。

 有難いのと、大した怪我でもないのに何も手につかない自分が情けなくて、勝手に目から涙がこぼれ、止まりませんでした。皆さん、たぶん少し呆れていたかと思います。


「大丈夫ですよ、ご心配なく。もう外は静かなもんですからね。

 ほぼ、見回りは完了しています。

 それに、どうやら今のところ重傷を負われた方はいませんよ、もう泣かないで」

などと慰められている私の様子に、同僚の誰かが冗談を言ってくれて、それで場が和んだのは、不幸中の幸いというのでしょうか。 


 それから、美津姫様のお部屋にお医者様も到着なさったと聞きまして、それでようやく私も落ち着きました。本当は、自分も担架などかついで見て回っている皆に合流すべきところ、電話番をするだけに終わりました。

 

 最終的には、神社の本殿、お社などにはお陰様で大きな被害もなく、屋内にいた方々などはみな、怪我もありませんでした。本を読んでいて気がつかなかったなどと言っていた方までいましたからね。


 ただ、屋外では状況が違いましたようです。

 私が直接見て回ったのは翌日でしたが、大きな木なども根元から折れたりしていて、風の通っていった道が解るほどでした。

 ちょうどその通り道に居合わせた人などは、やはり風にあおられて倒れたりなどして、ふもとの村、そこからさらに町中の大きな病院に運ばれたりもあったそうです。

 ただ第一報通り、あの暴風の程度から想定されるよりはずっと人的被害が少なかったと判明してからは、社務所全体がほっとした空気に包まれました。


 さて、肝心の美津姫様の容態なのですが、緊急性を伴わないものの、あまりよろしくは無いようでした。

 意識を取り戻した後、診察してくれたお医者様に

「ごめんなさい…、」

と呟いてすぐ、また眠ってしまわれたと姉やさんから聞きました。

 ほとんど意識をまた失ったかのような深い眠りでしたが、ふだん見てくださっているお医者様が『眠る方がこの患者さんには良いので、心配することはないよ』とおっしゃいましてね。

 入院などは必要なし、と。

 ただ普段から弱い方ですから、十分に静養させて無理などさせないようにと固く申し渡されたのです。

 普段とは状況も違いますし、神社に隣接する美津姫様の私室に男の私が参上して、話をうかがうなどするわけにもいかず、姉やさんの報告だけを頼りにして過ごしておりました。


 それから確か3日後でしたか、少し早めに善之助が出張から戻って参りました。

 美津姫様のお部屋に見舞いに行くよりも先、真っ先に善之助は宝物の所在を確認していました。

 

 宝物庫の《鏡》は元の状態のまま、木箱に入った状態で置いてありましたから、心から安堵している様子でした。

 《宝珠》は木箱だけになってしまっていましたが、ご神体のおそばに戻されておりました。

 善之助には《宝珠》を回収した者が、木箱だけになっている事を先にご報告していたようです。


「姫様が持ち出したのだろうけれども、…。

 君が一緒にいたのかね?」

と聞かれました。当然、《宝珠》の行方を知りたいお気持ちなのでしょうが。


「いえ、私は美津姫様のご不在を知ってから、湖に出かけていきましたのです。

 美津姫様のお姿がああ、見えたと思った途端に突風にあおられて、頭を打ってひっくり返ってしまいまして」

とだけ答えました。


 善之助は、困惑しているようでした。

「…まあ、自然に起きた災害だと思うのだが、宝物の一つが行方不明というのは何とも…。

 前例のないことが起ると、本当に自分の未熟さが悩ましいな。

 何をどうすれば、正しい対処なのか…。

 この状況をどう捉えるか、まずそこからなのだろうが…。

 う~ん…。

 ここから慌てても、我らにはどうすることもできないかもしれんな。

 姫様にとっても、色々なことが重なったからな。

 姫様に話を伺っても良いとお医者様がおっしゃるまで、待つことにするか」


 私は、そのお言葉にすぐに賛同しました。

 村をあげて災害復旧の途上でしたし、他にも神社のご用が山積みでしたから。

 善之助にとってもそうです。出張から帰ったばかりで休みなしなのですから。

 宮司のお仕事だけではありません。

 孫の善蔵君が、ちょうど神社に向かう山道で竜巻にあおられて数メートル下に転がり落ちて、木に引っかかっていたそうでした。その後大変な熱を出して苦しんでいて、それどころではなかったはずです。


 青年のお客様の訪問のことを聞いたかどうか私が確認すると、

「ああ、上品なお客様という話だったね。

 行き違いでお気の毒なことをしてしまったな。

 私も、その青年に会いたかったよ」くらいの反応でした。


 どうやら彼はナップザックを持った姿で神社内を移動していたりしていて、出くわした誰かに尋ねられると、用事が出来たので村に降りてくるとか説明していたようでした。

 それで、私以外《宝珠》の紛失と青年の不在を結び付けて考えている者はおらず、当然のことながら、悪しざまに言う者もいなかったわけです。


 私は、青年のことも含めて《宝珠》など宝物についても、美津姫様からご事情を承るまで余計なことを言うまいと決めました。

 自分にとっても、その方が得だからです。

 だから都合よく、そのままミスリード出来てしまったのです。

 

 つまり、私のせいで善之助は

 《宝珠》はともかく、《鏡》は、()()()()()()()()()()()()()()

と、ずっと信じ込んでくれていたに違いありません。


 これは、後に判明しましたのですが、とても大事な要素でした。

 なぜかと言うと、《宝珠》だけでは、そして《鏡》だけでは、どうやら宝物の力も微々たる程度にとどまるが、古い記録には、{宝物の力が合わさると、想像を絶する}と記されていたようでした。

 善之助が美津姫様に、その後何度も説明をしていたのを私もそばで聞いておりました。


 もしも、あの竜巻が起きた時、起点になった湖のほとりで《宝珠》と《鏡》が共に在ったと判明すれば、善之助はあれほど確信を持って、美津姫様に責任は無いと言いきれなかったはずです。


 そして、美津姫様のためには、善之助のその行為が何より必要だったかと思われます。

 宮司善之助という人間は、まことに正直な方で、嘘やごまかしや冗談など言えぬ人でしたから。


 私の事実隠ぺいによって、あの竜巻災害には全く宝物や巫女姫様は関りがなく、自然的な発生と断定されました。といいますか、警察関係や消防関係の方々には、非科学的な要素はかえって邪魔になったでしょうし、宝物について検証などされずに済んだので、その点については良かったと未だに思っております。


 ただ、私も根っからの嘘つきではありませんので、心のうちでは葛藤がありました。


 その後なんども、美津姫様が{自分にバチが当たって当然}などとお嘆きになり、それはたぶん美津姫様も何らかの答えを得たいと思われていたのかと思うのです。

 美津姫様が本心から言いたかったことや、知りたいことがあったのだとすれば、その機会を私のごまかしによって、勝手に奪ってしまう結果につながってしまったわけです。

 それはまことに、罪深いことでした。


 が、申し訳ないこととは思いますが。

 美津姫様には全く責任がないという事実が確立していれば、それで私は本望なのです。

 また、その後宝物を平穏無事に龍神様にお返し申すことができれば心から安心できます。

 当時は、そのことに固執しておりました。

 美津姫様に対して、なんらかの疑いがかけられるようなこと、少しでもその可能性が残るようなことは、自分としては考えられないほど耐えがたいものでした。



 善之助が自信を持って、美津姫様のご懸念を否定して晴らすさま、そしてもちろん、その後に神社を訪れたラインハルト様も、善之助の言葉を100パーセント信じて同じように行動して、美津姫様を心からいたわったり慰めたりする様子に、私は安堵して、いっそう知らぬ顔を通しておりました。



 この後、別の話を申し上げますが。


 その後ヨーロッパのラインハルト様ご一族のお城に渡った後、私は後悔することに直面いたしました。

 自分が嘘を突き通さずに、宮司善之助にしかるべき時に全てを打ち明けて先に助言をいただいておれば、と悔やむ結果となりました。


 ああ、それは別の話ですから、話を元に戻しましょう。


 さて数日後、ようやく美津姫様と話をして良いということになりましたので、宮司善之助は私を伴って美津姫様のご病床に伺いました。私たちの他には、姉やさんだけがおりました。


 そこで怖ろしい事実が明かされたのです。



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