138 《地に平和をもたらしめよ》 (11)
「さて、神社についてはこれくらいに致しましょうか?
湖の美しさなども語りたい気持ちはありますが、表現力もないので…。
長くなってしまいますので本題をそろそろ…?
いかがでしょうか?」
「そうですね、そうしてください…。
《宝珠》や《鏡》の持つ力の話の方を、きちんと聞いておきたいです」
「かしこまりました」
と言ったものの、少し残念に思った。
帰りの車の中では印象が違っていた。
実用的な話などよりも、湖などの美しい情景、雅なお姫様たちの話などに惹かれがちの女性かなと感じていたのだが。意外とあっさり…?
いや、やはり、大切な話を聞きたいのだろう。
「そうですね、では実際的な話に移りましょう。
夏美様は、《宝珠》と《鏡》しか残っていない現状をどうお考えですか?」
「どうって…?
《劔》がないので、やはり不安定みたいな…?、そんな気がします。
先ほどお話していただいたように、宝物が三つ共に存在して、巫女姫様も三人共に存在している状態が良いのだと思います。
私ね、一度見たんですけれども、…。
一つの鼎を三人の女神様みたいな方が一緒に支えあげて、くるくると回って踊っているのを夢で見たことがあるんです」
「おお、そうでしたか。それは、、、。
私はラインハルト様のご実家のお城のどこかでそんなブロンズ像みたいなものを見たことがありますよ」
「ええ、そうなんですってね。
良くわからないのですが、ちょうどそれで、バランスが取れている気がしません?」
「あ~、まぁ、確かに。
似たようなことは、私もラインハルト様からお聞きしました。
4名だと四角張ったスクエアダンスな感じだし、2名だと向き合って組んで普通にダンスを踊った方が良いから、3名がちょうど良いとか、そんなお話でしたかね、」
「あと、何かライさんの方の文化だと、三位一体の三角形みたいな感じですよね。
彼のお守りのカードには、ちょうど三角形が描かれているんですって」
「ああ、そういえば…、そんな風なお話を伺ったことがありますねぇ。
タロットカードですよね?私も知っております。
私も、こう見えて意外と(笑)、そういうのに興味を持って眺めましたよ。タロットカードとか、イギリスの子供向けのわらべ歌とかね」
「そうなんですね、木藤さん。
私、もっと、、、ええと、西洋のことがお嫌いなのかなって思っていました(笑)」
「ああ、いえいえ(笑)。
いろいろとご縁が出来たので、興味を持って野次馬のように見ただけですよ。
日本にも、土着の文化があるように、遠い国にもあるんだなぁ、と。
こちらにも、八百万の神様、妖怪、もののけみたいなものの存在に関する伝説がたくさんありますが、彼らにもニンフや妖精、悪魔といったものがありますよね。良いものがあり、悪いものがあり、と。
ラインハルト様は、やはりそのような、もしかしたら滅びてしまったかもしれないものを捜しているというお話ですからね。
私は、もちろん白蛇竜さまの神社にお仕えしていて、そういう信仰的なことは揺るぎはないのですが、別の土地に住む、別の見知らぬ方々が自分と同じように、神や伝説を大切にしていたり、おそれていたりするということを感じると、ああ、似ているのだなぁという、親近感を持ったりもしていましたよ」
「良かった。
私、あなたがライさんにずっとお仕えするのは、本当は嫌なのかもしれないと思ったことがあります」
「え…?
ははぁ、いやいや。
小言も申しますし、最初の頃はずいぶん考え方も私の理解できないところもあって、正直嫌だなぁと思うこともありました。
ですが、ええ、だいぶね、」
「慣れましたか?(笑)」
「慣れた、のもありますが。
お心の部分でね。
私とは相容れないところもたくさんありますが、それから訳がわからないことも最後まで多くありましたが、お心の根元みたいなところは、たぶん真っすぐできれいなものをお持ちなんだと思えます」
「まぁ、素敵、」
「あ、いえ、…ほ、本題に戻りましょう。
とにもかくにも、《劔》がもっとも大事だということは、ラインハルト様もおっしゃっていました。たぶん、扇のかなめみたいな、三角の頂点みたいな表現だったかと思います。
本当にそうなんだと思います。
そのような《蛇の目》と《白蛇竜(真珠竜)の宝珠》だけ残った不安定な状態を心配するだけで、解決策を見いだせずに先延ばしにしたままでいたのに、神社統合や湖のダム建設の話がおこってしまったのです」
一呼吸、置いた。
「一番、ご説明しなければならないことを正直に申しましょう。
今まで本当は、直視すべきでした。
私は、…。
そうですね、先ほど申しましたようにコミュニケーションが下手なのと。
心のどこかで間違うことを怖がりすぎて、誰かに話したり相談したりせずに済ませたりしてきました。
早く言えば良かったのかもしれません。自分が勝手に判断して状況を悪化させたことなども多くあります。
ですから。
私のしでかした過ちのことも交えて、お話しします。…できれば遮らずに最後まで話しをさせてください」
「はい、」
♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎
神社が統合によって無くなることが決まり、私どもはそのための準備をしていました。
ご神体の行く先などは、すんなりと決まりまして、問題はなかったかと思います。
少し離れてはおりましたが、同じように白蛇竜を祀る神社に合祀されることが決まり、打ち合わせは順調に進んでおりました。
ただ宝物と美津姫様の処遇を巡って、奈良のご本家と行き違いが生じておりました。
奈良のご本家と申しましても、美津姫様のご両親はすでに亡くなられており、ふだんの交流があまり無い伯父様が、時のご当主でした。
それでも、『神社や屋敷なども取り壊されるわけですから、美津姫様も宝物も引き受ける、どうぞ戻っていらっしゃい』という優しいお申し出をおっしゃってくれたのですが。
残念ながら、美津姫様のご希望とは全くの逆だったのです。
ご本人さまがご病気がちで遠出をしたこともなく、この上ないほど、湖と神社に思い入れがおありなのですから。
ふもとの村の人と共に新しく選定された村に移動して、どうしてもN県から離れたくないとおっしゃったのです。湖と神社のことを残すために祠を建て始めたのですが、それが神社の生まれ変わりみたいなものだから、と。
大多数の者は、美津姫様がそこまでおっしゃられることが嬉しくてなりませんでした。
田舎にいる私たちは、たまによそを旅行しても、やはり自分たちの住む場所が一番だと誇りに思っていましたし、否応なしにダムに追いやられて自分たちの生活の場が変更されるのですから、なるべく他のことなどは、今まで通りでいたかったのです。
なかなかすり合わせは難しいようでした。
そして、ご本家の方々は引き取ると言っても、美津姫様のみを想定なさっていて、姉やさんや女中さんなどは引き受けられないとのことでしたので。
まぁ、お仕えしていた者はすべて地元民ですから、やはりN県から奈良へ異動することなど考えておりませんでしたけれど。
それでも、美津姫様だけが一人、奈良へ行くなんてやっていけるはずもありません。普通の身体の丈夫なお子様ではないですし、生まれてから、それこそ大切にお育てしておりましたので。
それに…。
本来ならば、…あまりこんなことは申し上げたくはないのですが、美津姫様は本当に大人になる前に亡くなられるかもしれない、いや、その可能性はかなり高いというのが、以前からのお医者様の診たてでもありましたくらいなのです。
それで、お医者様にもお口添えいただいたようです。
空気の良いN県から移動なさって馴染めない土地に引っ越しても、結局療養のためにN県に戻した方が良いということになる可能性が大いにあります、と。
ちょうど、宮司をずっと勤め上げて来た、善之助の家こそは、龍ヶ崎という家名を賜った地元の一族でありますから。そのあたりの山林など不動産も多く有していました。
そう、現在の龍ヶ崎家の方々は、そこを拠点にして旅館業、ホテル業、流通業に進出されていったのです。余談ですがね。
宮司となられた善之助は、あまり商売には興味がなく、ご兄弟ご親類に任せておいたのですが、ある意味大いなる資産を持ってもいたのです。
さすがに本来の豪華な御殿づくりのお屋敷を同じ規模で建てるのは無理でも、姉やさんたちと暮らせるような建物は十分建てられそうでした。
それで龍ヶ崎家で美津姫様のお世話などをそのままお引き受けして、今まで通りにN県に住んでもらっても良いのではないかという話に落ち着きそうだったのです。
ですが…。
「それなら宝物の処遇くらい、譲歩なされば良いのにねぇえ?」ということをご本家のどなたかがおっしゃったそうです。
何でもかんでも、こちらの希望を全部叶えてやるのは面白くないみたいな成り行きだったようで。
まぁ、そのお気持ちは、わからなくもありませんがね。
とにかく、どうやら宝物に金銭的に価値があるから渡さないのだと思っておられるようでした。
引っ越し先の建物の費用を善之助が負担すると譲歩するからには、きっと何か裏があるのだと勘ぐられていたのではないかと思います。
奈良の骨董品屋に査定してもらおうかという話まで出ていたそうで、私どもからしたら、大切な宝物をいじくり回されそうな、とんでもない話でありまして、下っ端の私などは大いに憤慨しておりました。
私どもは、とにかくこれまでに伝わった戒め通り、順々に龍神様にお返ししたい、湖がダムになってしまうのであれば、せめて絶対にもう開発されない土地の、地元の祠に納めたいと皆が願っていただけなのです。
ただ、奈良で反対意見を唱えておられる方は、どうしても私どもに不信感を持っておられたみたいです。
そんなわけで、しばらく話は平行線をたどっていたかと思います。
それでも…かなり辛抱強く善之助は交渉していたと思います。
下っ端の私たちが一喜一憂するものですから、善之助はあまり詳しくは話してくれなくなりましたけれどもね。
ですから、最終的な、細かいことなどは良く知らないのです。
先ほど、奈良のご本家様について嫌なことを申しましたが、その中には私たちの悪い想像がかなり多く混じっていたとご理解ください。
そのような頃です。
美津姫様がある朝、ご機嫌良く「吉夢を見た」と姉やさんにおっしゃったそうです。
姉やさんが朝食の場で教えてくれたところでは、なにか解決策を携えた人が神社を近日中に訪れてくるというようなことだったとか。
皆、まさしくそれを願っておりましたから、その話で大いに盛り上がりました。
なんとなく、善之助もその話に相づちを打つような感じにみえましたからね。きっと良い方向に行くと、明るい気持ちになったのです。
その次の日の朝、善之助は出張にでかけていきました。
統合先の神社との、お打ち合わせが大詰めに来ていたからです。
そこへ、宮司善之助と行き違うことを知らなかったのか、奈良のご本家の方からお使いに来たという青年が来たのです。そういえば、ちょうど連絡をもらえそうな時期でしたので、ある意味良いタイミングではありました…。
ですが、困りました。
下っ端の私たちは何も詳しいことを聞いてもいませんし、言いつかってもいませんでしたから。