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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
14/150

13 《光と闇の狭間に立つ誓いを》 (4)

 

「暑いさなかとは言え、そんな格好で寝ると風邪引きますよ?」

 想像したとおり、姫野の声だった。

 抱きついた枕に顔を埋めたままで、ラインハルトが眠たげに応える。

「やはり、お前か…。

 うーん、ちょっとは寝たのかな…。

 今はちゃんと…鍵をかけてあっただろう?

 さっき木藤に注意されたんだ、不用心だって」

「胸騒ぎがしたのでマスターキーで踏み込んできました、と思ってください。

 ま、そんな物無くても、私にとってはラインハルト様のお部屋に侵入するくらいは簡単なので」

 と淡々と姫野が言う。

 ふう〜とまだ眠そうな溜め息をついてラインハルトがぼやく。

「鍵の意味、ホント無いよね?

 僕の部屋に近づくことができる人は皆、マスターキーを扱える人なんだからさ。

 でも、とりあえず鍵がかかっていれば心理的にもブロックする効果があるとか言うからね。

 一応、木藤の説には従っておこうと思って」

「ふふ、まぁそうですよね。少しは効果があるかもしれません」

 とびきり美味しいクリームを舐めている猫のような声だ。

 ベッドの横まで来た姫野の様子を見て、起き上がろうとしたラインハルトは驚いた。

「!…姫野、お前、何だよ、その格好?…誰かに見られやしなかったかい?」

「これはまた、ご挨拶ですねぇ、そんな裸同然の格好の貴方に言われたくありません!

 これが、私の真の姿ですから。自分でもかなり…久しぶりに見ました」

「…ふーん、豪華だけど、面白いからそれで炎天下を散歩してきてご覧よ(笑)。

 そして、これが僕の真の姿だよ、夏はパンツかふんどしが一番♪」

「おや?ところで、このキスマークはどうしたんですか?」

 姫野がつい、と手を伸ばしてラインハルトの鎖骨付近をなぞる。

「ああ、これ?、違うよ。これはさっき、ペンダントヘッドが当たったんだよ」

「そうですか…。

 いっそ、そんな十字架もどきなんて、外してしまったらどうです…?

 ご自分でもわかってるのでしょう?ご自分の闇の力が相当強くなられたことが。

 先ほどからの貴方の闇の波動にわたくしも呼応してしまったのか、一瞬でこのとおりの姿に変わることができました。月が太陽の力を受けて光っている気持ちがよくわかる気分です。まだ暗くなっていないというのに結界の外ではコウモリまで…」

「…そんなことより、そろそろ手を離せよ。本気モードのお前の爪が引っかかったら、いかにも痛そうだよ。

 ふうん、本当にゴージャスだね、…ちょっと触らせてもらってもいいかい?」

 姫野が優雅な身のこなしで、ラインハルトのベッドのそばに膝をつく。

「凄いな、これ、とても上質なシルクだね?」

「ふふ…。お気に召しましたか?

 ラインハルト様も黒い衣装が似合うと思いますよ。新たな魔王ということでいかがでしょう?」

「…え?魔王?…パーティの余興のコスプレならやってもいいな。

 ああ、ちょうどいいや、僕もお揃いで黒いTシャツにするよ」

 ラインハルトが起き直り、ベッド横の安楽椅子の上に置いてあるTシャツを拾いあげて着た。

「僕が魔王ねぇ…。ぱっとしないな。

 魔王を目指すならどう考えても、メフィ、お前だよ。物語に出てくる魔王のイメージだよ。なにせ顔立ちと立ち姿いいから、その豪華さ!絶対映えるよねぇ」

「大事なのは、姿形より力、魔力ですよ。魔族の中でも突出できる魔力がないと駄目ですので。わたくしが思うに、ラインハルト様の力は今やわたくしの倍以上ありますよ」

「本当に?お前、それは、…謙遜のし過ぎだね。

 魔族も後継者不足なのかい?ぽっと出の人間なんか推薦したらお前、大恥をかくよ?

 そろそろお前だって、魔族協会の専務理事〜みたいなんじゃないの?

 頑張れ、後進を育てるのも立派な、う、ほら、怒るなって(笑)」

 メフィストがラインハルトの首を掴むかに見えた瞬間、ベッドに片方の膝を立てて座っていた静止状態からひょいっと後ろに跳ねて音も立てずに床に着地した。


「…さすがですね、先日より安定してます。素早くて何より美しい動きです」

 ラインハルトは嬉しそうに言った。

「お、違いがわかるかい?

 今ね、右肩先行で、でも同時に右の腰も一緒に右に振って勢いをつけたんだよ。そして右足着地してすぐに左足を…」

「わかりました、はい、それ以上はまたリハーサルルームに戻っておやりください。

 わたくしは、ラインハルト様を決して諦めることはございませんからね、…って何、してるんですか?」

 ラインハルトが、小型のノートを手にして、鉛筆で何か一生懸命に描き始めている。

「何してるって、とてもきれいだから、このお前の姿を絵にして…」

 メフィストは慌てた。

「は?、ラインハルト様に描かれたら、私の真の価値が下がります!」

「ひどいこと言うねー、お前。これは記録して置かなくては!だよ!

 正装してる悪魔なんて、そうそう見る機会がないだろう?

 あー肩のラインはこうかな?、マントのひだが1、2、いっぱいあるね、

 大丈夫、他の人には見せないから安心して。僕が描いた絵を見せるとたぶん、絶対、

『姫野なんだかメフィストなんだかわからない』

 って言うに決まってるよ。あ、動かないで、姫野じゃなくてもう少しメフィストのままでいて」

 ノートとメフィストを交互に見やる、ラインハルトの真剣な眼差しに気圧された。

 見惚れるくらいのすらりとした青年らしい身体つきからは似つかわしくないくらい、素直な真剣な目が、ある意味こわい。まるで無垢な子供のように興味のあるものの真髄を捉えようと夢中になっているようだ。が、それと同時に半身の構えを無意識にとっている。木藤にかつて習ったという自然体で隙のない立ち姿だ。


 本人は気づいていないようだが、先刻感じた恐ろしいほどの闇の波動は、いったい今どうなったのだ?

 いつの間にどうやってその気配を消し去ったのか?

 まさか全て身体の中に抑え込んでしまったというのか?

 元々は純粋な気質なので、幼い頃のように誰にも見られない場所にこもり、自分の中の暗黒に苦しんでのたうちまわって神に祈り嘆いているのかと思えば…。

 長年、お仕えしてきたのに、たまに得体の知れない、底の見えない点にどきりとさせられる。自分の手に負えないくらいに成長したのかもしれない。性急で気まぐれで万華鏡をずっと振っているように違う局面をどんどん見せてきて捉えどころがない。それでも、今までの自分は予測することで対応できていたのに。

 まるで力んだ様子も見せず、魔術なぞに頼らず、ただ身体能力だけで(軽めとはいえ、)自分の攻撃など簡単にいなして見せた。落書きに夢中になっているこの瞬間ですら、ラインハルトを攻めてねじ伏せられる気がしない。

 いよいよというわけか。

 あの錬金術師の執念が、実る時を迎えるのだ。

 予言の成就としては上出来だ。自分もこれを長年待っていた。

 〔ミトル−光と闇を併せ持つ者〕が現れて、力を持つのを。

 ラインハルトは、この冬に正式に天上の青と称えられるAzuriteの嵌められた杖を継承する。

 高みに駆け登り、堅く閉ざされた扉をその手で開け放つがいい。その瞬間こそ…!


「よし、こんな感じかなぁ?…どう?見てみたい?」

 その申し出にはメフィストは、自分が姫野である状態だとしても断らねばならないと思った、拒絶したいとも思った、…のだが、不幸にして好奇心というか恐いもの見たさの欲望に彼は抗うことは出来なかった。

「ぶはははははは!

 な、何ですか、これは?

 ち、力が…私の力が抜けてしまう…!」

 と言う間にも、息継ぎをしっかりせねば(自分が人間ならば)死にそうになるくらいに笑い転げた。お陰で、すっかりいつもの普段着の姫野に戻ってしまった。


「あ、あーあ。…何だよ、分かるよ、上手く描けてないのはわかってる。

 難しいんだよ、ゴージャス感を出したいと思って、でも描ききれなかったんだよ!」

「そ、そんな、細かいことまでは、も、申し上げておりません…。あ、あはははは。

 あ、悪魔殺しですよ、あんまりです」

「そうかい?相当の武器になってるかい?」

「ええ、破壊力抜群です!、わたくしが消滅したらどうしてくれるんですか!

 これがわたくしを描いたものだと、どなたがわかってくれるでしょうか?

 ポプラの木か、キャンプファイヤーを描いたみたいにしか見えないとは、ラインハルト様はある意味、天才です!」

「そんなに褒めてくれるなよ。…とりあえず、目と口がここで…。

 …。

 …わかった、今度ハインリヒに清書を描いてもらうよ。

 …ところで。お前はいったい何の用事だったんだい?」

「ラインハルトさまをお鎮めすることもわたくしの務めですから」

「お祖父様との約束かい?」

「はい。成長するに従ってパワーアップするだろうが、予測できないので事故の起こらないようにと。次にラインハルト様が暴走したら大変なことになるかもしれないとおっしゃられているので」

「僕を監視する役目か。僕に関するメーターが上がってある水準に達したら、お前が飛んできて僕を阻む、というわけ?

 相変わらず、お祖父様と仲良しなんだね?

 残念だよ、お前は、もう僕のものだと思っていたのに」

「もちろん、わたくしはラインハルト様のものですよ。身も心も捧げてお仕えすると誓いまして…。

 ラインハルト様、あと少しだけのご辛抱ですよ、儀式さえ滞りなく済ませばすぐにでも」

 話の途中でラインハルトが手を振って、遮った。

「調子が良いな、お前は。お祖父様始め、居並ぶ長老達が色々と僕へ様々な理由をつけて枷を嵌めにくるに決まってる、僕は期待してなんかいないよ」

「やはり、ご機嫌斜めでしたか。

 木藤が青い顔して早退した理由が、なんとなくわかりました。

 木藤の次は、わたくしを締め上げるおつもりですね。

 いかようにもなされませ!

 お恨みなど致しませんし、ラインハルト様のご裁定ならば、わたくしは従いますとも」

「…あー、はいはい、わかったから。…いいよ。うん。そこまで盛り上がってくれなくても。

 大げさな話をしたいわけじゃない。ただちょっと確認したくてね。

 姫野、お前、なぜ僕に内藤の話を聞かせてくれなかったんだ?」

「…は?…あ、内藤の話ですか?

 それは、隠し立てしたわけではございません。

 ラインハルト様が復活されました折、わたくしは不在でしたから。

 わたくしが帰る前に、ラインハルト様はエリザベス様にも木藤にも接しているということだったので、既にいろいろ聞かれているのかと思っておりました。お聞きになりたいことには、もちろん隠さずにお答え致します」

「うん、わかった。そうだったね、お前はしばらくいなかったもんな。

 内藤は、N県のお塚のそばで亡くなったんだね?」

「はい、わたくしはもちろん、異国の地とはいえ神聖な場所はご遠慮させていただいておりますので、戻ってきた木藤の話を聞いただけでございますが。

 内藤を追った木藤が戻ってきて申したのは、内藤が支給されている薬を飲んで亡くなったという報告でした。また内藤の筆跡による遺書らしきものを持参して戻ってきたので本国に報告書と共に送ってしまいましたが。

 走り書きのメモしかなかったので良く覚えています。

『With my bow and arrow』、たった5文字ですが、照合したら確かに彼の筆跡でした。

 あのマザーグースは、日本ではかなりポピュラーなんですね。しかし、男性の認知度はそれほど高くないはずですが、さすが内藤はなかなかの秀才で英語も相当勉強していましたから」

「それで?」

「目撃者が実直な木藤ということもあって、本国からはその後、特には何も言われませんでした」

「そうか。じゃ、やはりそれでもう波風立たずに終わってる話なんだね?

 その『With my bow and arrow』

 と書かれた内藤のメモ、お前はどう思った?」

「そりゃまぁ、その言葉に続くのはお決まりのフレーズ、

『I killed Cock Robin.』ですから。

 それは内藤がCock Robinもしくはそれに例えられる誰かを殺したことを表明した、かつそれが自殺の動機であることをほのめかした。と思いました。

『私の弓と矢で、私がCock Robinを殺したのです』、

 罪の告白にしか見えません」

「だが、詞の一節は短文だというのに、それすら最後まで書いてない。あの几帳面な内藤の最後の意思表示が、たった5文字の走り書きのメモかい?」

「木藤が思いとどまらせようとして追っていたそうですから、残された時間が少なくて走り書きが精一杯だったのかもしれません。

 そうですね、本当はもっと伝えたいことがあったかもしれません。自殺だとしたら、やはりラインハルト様の事故になんらかの責任を感じたとしか思えないですね。

 わたくしが一番印象的だったのは、倒れてるラインハルト様を見てパニックになっていた時の、内藤の表情でした。

 ラインハルト様が重傷を負われた時に、内藤と木藤が真っ先に駆けつけたのです。戦場に出たことのある木藤はてきぱきと動き始めてましたが、内藤は震えてて使い物にならないくらいでした。術者の端くれだったはずなのに回復魔法すらかけれず、エリザベス様に睨まれてましたよ。

 そして、わたくしはちょうどエリザベス様に午後のお茶を差し上げていて一緒に駆けつけたはずでしたのに、いきなりわたくしを振り返って恐ろしい声で

『貴方がラインハルトをこんな目にあわせたの?』

 と。その場にいた全員が一瞬凍りつきました。その時、内藤はわたくしを泣きそうな目で見たんです。でもエリザベス様は、その後はてきぱきとしたご指示で手当てを優先されてました。犯人探しなどしてる場合じゃなかったのですから。

 そんな感じでわたくしが真っ先に疑われたのですが、木藤が駆けつけた時にはラインハルト様が『野良猫を咎めないで』と発言したと証言してくれたのと、ヴィルヘルム様が、仕掛けはラインハルト様が盗まれた本で作成したのに間違いないだろうとおっしゃってくださったので、わたくしへの疑いが晴れました。

 後で亡くなった内藤のメモにより、それでは、ラインハルト様の事故を仕組んだのは内藤か?という流れにもなりかけたのですが。ヴィルヘルム様の裁定は終わって本国からも追認されました後でしたから」

「……」

「内藤がラインハルト様を怪我させるように仕向けた証拠も上がらなかったわけですし、既に亡くなった内藤にわざわざ特に不利益な不名誉な処分を取られることもなく故郷に静かに埋葬されました」

「…そうだったのか」

「わたくし、少し申し上げたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「うん…」

「そのように、既に終わった話になっておりますが。

 ラインハルト様は今更、謎解きですか?事態を悪化させたいのですか?

 今、わたくしが延々と申し上げたように、内藤の自殺の真相を探り始めたら結局ラインハルト様の事故の真相も探られますが、それでよろしいのでしょうか?

 あの時とはまるで逆ですよね?

 あの時は、ラインハルト様は意識が薄れる前に箝口令をしくようにと命じたはずです。さらに命がけで誰かを庇おうとすら、してましたよね?

 事故は、だれかの悪意によって引き起こされたものではなく、被害者本人の不注意だから加害者なんていなかった、そういう風に帰着させようとしていましたよね?

 エリザベス様とわたくしは知っていますよ。エリザベス様は蘇生優先の傍ら、可能な限り事態の明確化もはかっておられました。

 ラインハルト様に刺さったナイフ、刺さらずに散乱したナイフからはラインハルト様の指紋すら検出できなかったらしいですよ?」

「僕が最初仕込む時に、きれいに拭いといただけだよ」

「もちろん、そうでしょうとも。血が柄に付着しただろうナイフの柄も更にまた丁寧に拭われていたみたいですけどね」

「……。かなわないな。僕を取り巻く包囲網のメンバーが優秀すぎて」

「内藤を庇おうとしたのですか?

 散乱したナイフの一本一本を拭いてるうちに出血多量の事態を招くというのに」

「いや、そんなんじゃない。僕は特定の誰かを庇うつもりはなかった。

 ナイフが僕の想定していないコースに飛んできていたので、

『ああ、誰かこの仕掛けを見つけちゃったけど元に戻してくれた時にずれてしまったのかもしれない』とシンプルに考えてね。

 自分では死にかけてるなんて思ってなかった。普通に動けてたし。

 僕のいたずらの上にたまたま誰かが過失でやったことで無用に裁かれるのは可哀想かな、と思っただけなんだ。そう、お前の言う通りだよ、僕は『加害者なんていない』と言いたかった」

「もしもナイフをいじったのが内藤だったとしたら。

 彼は、もし過失だったとしても、正式に裁かれたかったのかもしれないですね?」

「裁かれたい?…そんな気持ちを持つ人っているのかな?」

「もちろん、重い刑罰を受けたいなんてそうそう思わないでしょうが。そこまでじゃなくても、自分の行為がうやむやにされず、他人からどんな評価を受けるのか知りたいとか…?」

「そうか。そういう考え方もあるのかな?

 内藤は僕に伝えたいことがあったのに出来なかったのか?

 それとも、伝えてくれようとしていたのに僕が受け止め損ねてたのか?

 わからないな…。

 僕は謎解きして聞いて回りたいわけじゃないよ。

 ただ、内藤がよりによって自殺を選択するなんて信じられなかったから、何か内藤が伝えたいことがあったのなら、もう遅いとは思うけど、考えてみたいだけだよ。

 せめて最後のメッセージだけでも受け止めたい。でも、意味すらわからない。

 やはり、あのわらべ唄のCock Robin役が僕で、内藤がSparrow役だと捉えていたということで合っているのかな?

 僕は重傷のままで死んでもいなかったのに、そして内藤は当然それを知っていたはずなのに」

「他に劇的なことがなかったですからね。やはりあの時期ならば、全員がラインハルト様の事故を思い浮かべるはずです。

 子供向けの絵本のイラストではまさに一つ目の挿し絵は、血溜まりの中に矢に射抜かれた綺麗な羽のオスのこまどりが倒れてる絵が定番で、わたくしが見たラインハルト様の姿にぴったり重なりますね、イメージ的に。

 Cock Robin役がラインハルト様。内藤がSparrow役で、2節目のハエ役が木藤かと。ただし、木藤が見たのはRobinが死ぬところではないですが」

「僕が一番心配だったことを聞いてもいいかい?

 あの時、誰かが内藤のことを追いつめたりはしていなかっただろうね?

 彼は頭がいいからなのか、確かに考え過ぎてしまうところはあったし、皆に疑われたりして追い込まれたりして、いたたまれない思いになった。なんてことは?」

「それはありません。誰も内藤を疑っておりませんでした。生前も亡くなった後もです。

 書き残したメモを読んでも、それでもまだ内藤がラインハルト様に危害を加えるなんて、と。皆思いましたよ、内藤がいなくなった後もそれほど内藤を悪く言う者はいなかったと思います。

 本当に、ノイローゼだったという話ですよ。相当ずいぶん前からだったとも聞きました。確かにイライラしていることも良くありました。彼は彼で、様々な葛藤をかかえ、自分で抑え込もうとして、でも、抑え込むのに失敗したのかもしれません。

 皆、大なり小なり、ストレスや葛藤を抱えて踏ん張っているのですから。そこに悪魔のつけいる隙があるのですから。でも、とりあえずわたくしは何もしてございませんからね。皆さまの一族に加わっている以上、同胞を殺したりしたら間違いなく消滅(死刑)ですから」

「…自分一人で悩んで死んでいったなんて考えたくないな…。穏便に一族から離れる方法もあるのに。内藤は、理性的な人間だったよ、ずっと。彼が解決出来ないならば、相当な葛藤なんだろうね。

 僕は世話を焼かれるのに慣れ過ぎてて部下を救ってあげることも出来ず、伝えたいことを理解することすら出来ないんだな。

 裁かれたい、か…。

 そういえば確かあの唄には、裁判をだれが行う?と言う歌詞は出て来ないんだよね?

 死んだCock Robinの葬式準備はどんどん進むが、「裁定する者は誰?」という歌詞は登場しない」

「そうですね、わたくしもあの後しばらく全文を眺めて意味を調べてみたのですが、なかったです。聞いた話によると、あの唄を学んだ子供達から多い質問は

『〔誰が、裁きを下すのか?〕という歌詞が無いけど、スズメはどうなったの?逮捕されたの?』

 だそうですよ」

「あの唄は最後にある『All the birds of the air』がマズイと思うよ。

 空にいるすべての鳥が可哀想なCock Robinのためにすすり泣いたという歌詞になるから、どうしてもCock Robinが善良、殺したスズメは害悪という風に思えてくる。

 たった一人の方が善良であるはずがないと、いったい誰が先に勝手に裁定したのかな?って僕は考えた。

『多数決原理』だよ」

「は?」

「多数決が民主主義の原則なのはいいんだ。掟や法、経済のルールは大多数が納得して賛成できるものであった方がいい。

 でも、精神性、心の在りよう、メンタル、好き嫌い、主義主張などには『多数決原理』は当てはめてはならないと思う。多数派優先ばかりしては少数派排除につながりかねないだろうと思う」

「話が完璧にそれてますよ。

 ラインハルト様は、Sparrowの弁護士役でも目指しておられます?」

「ああ、いやそういうことじゃないけど。ごめん、つい。

 ただ、もしかしたらCock RobinをSparrowが殺したいという動機の中にも正当な理由があったかもしれない可能性を最初から排除しないで欲しいんだ。

 ずっとCock RobinにSparrowがそれこそ死ぬほどの苦しみを与えられていたとか…。Cock Robinは恨まれても仕方ないヤツだったのかもよ?もしかして僕は内藤に恨まれても仕方ないとか?

 確かに今さらの話か…。

 今の僕は、内藤にも木藤にも、何もしてあげられないんだね。

 明日、お塚で謝らなければならないな」

「ラインハルト様もストレスを抱えておられるから、色々気になって仕方ないことでしょうが。やはり、焦ってなんとかするより、たまに彼を思い出しているうちにふっと謎が解けるかもしれませんよ?」

「…そうかもしれない。焦燥感というのかな、わからないことだらけですごく追い立てられる気持ちなんだ。それに喉が渇いて仕方ない季節だし」

 と、サイドテーブルにあったミネラルウオーターのボトルを持ち上げたが、空っぽになっていた。

「水分をたくさんおとりください。何かお持ちしましょうか?」

「コーヒーでも飲もうかな」

「あ、どうぞ座っててください、わたくしが。アイスコーヒーがよろしいですか?」

「うん。あ、牛乳たっぷりで。

 姫野、そう言えば、キッチンに置いてあった哺乳瓶、知らない?」

「あ、ああ、木藤が動揺して持って降りてきてしまったのですが、事情をお伺いしようと思い、お持ちしましたよ?

 いったい何ですか、これは?」

「だから、哺乳瓶。

 花梨にさ、中古品でもいいから欲しいって言ったら、わざわざ買ってきてプレゼントしてもらったやつなんだよ?」

「使い方は、どうなさるんですか?もしかしてラインハルト様が…?」

「僕の部屋に赤ちゃんはいないだろう?

 使い方は、その乳首にむしゃぶりつけばいいんだよ、知らないの?

 熱いものはダメだと思うけどね。アイスコーヒー入れて持ってきてよ」


 姫野は困惑したまま、牛乳とアイスコーヒーを哺乳瓶に入れてラインハルトに渡す。

 嬉しそうにパクっと乳首を加え、チュウチュウ吸い始めたのを見て、姫野はいらついた。

「もしかして、ラインハルト様、なにか欲求不満でも…?」

「え?分かる?今、相当欲求不満なんだよ、ほらこうやって」

 と哺乳瓶を咥えたまま、ベッドに寝っ転がった。

「ほらほら!いいアイデアだろう?

 寝っ転がったまま、ずぼらに飲み物を飲むには、これが最高の方法なんだよ。

 ゲームしてる時、凄く便利だったんだ〜アレ結構レベル上がってたのになぁ」

「あー、はい(棒)。…なるほど。わたくし、更に脱力です」

「姫野、そこは脱帽、だよ?日本語、間違ってるよ」

「いえ、いくら何でも…あんまりです。ラインハルト様は最近、自分を客観的に見ることができるようになったとおっしゃってましたよね?

 ラインハルト様に憧れてる若い者もたくさんいるのに、それはあまりに恥ずかしいお姿ですよ?」

 まったりゴロゴロしながら、全くやめる気配はない。

「あー、そう? そうかなぁ?人前ではやらない方がいいかなぁ。

 でも、便利なんだけどなー。さすがにちょっとゴムの味がするけどね、うっかりこぼしてシーツを汚したりしないから合理的かなって」

「はぁ。合理的かもしれないですが、見っともないですよ!

 絶対にモテませんよ、女の子には、言っちゃダメですからね。デートでも絶対言わずに。わかってますね?すぐに振られちゃいますから」

「うん。わかった。何度も言わないでよ。真の姿がバレないようにすればいいんだね。なんか相手を騙すみたいで気がひけるな。

 とりあえずデートなんてしたことないから、待ち合わせて出かける約束をしてもらえたのが、今とても嬉しくてしょうがないんだ」

「なるほど、いつでしたっけ?」

「20日かな?、ちょっとまだ先だね」

「おー!ちょうど良かった、わたくしも暇ですよ」

「…ついてくるなよ」

「うふふふ。かしこまりました。でも、結界の外ですから警備は解除できませんからね」

「…わかってる。でも、お前は邪魔するなよ。

 姫野、お前のさっきの話だけど」

「はい…?」

 いったいどの話についてなのか?主人が気まぐれ過ぎてついていけない。

「お前が言ったようにお前の魔力が本当に僕の半分以下なら、容赦しないよ?

 お祖父様の元に返す」

「ラインハルト様!」

「お祖父様とお前が僕の身体を器にしてどういう風なバケモノを30年かけて作りたかったか知らないけど、その結果の今の僕が失敗作なのか成功例なのかすらわからないけど、とりあえずお礼を言うよ。儀式さえ終わったら、ワインのように熟成された魔力は僕のやり方で使わせてもらうから。

 眠たいこと言ってないで、お前も鍛えておくといいよ。僕を阻むのなら、潰すからね」

「ラインハルト様!、カッコいいです!

 今、めちゃ痺れましたー♪

 お口元の哺乳瓶がそこはかとなく、…コメディぽいですけど。そこはワイングラスとか黒檀のステッキか何かに替えますと…」

「そうかい?

 夏美にも悪役の方がモテるとか言われたから、パーティでのコスプレ、ちょっと前向きに考えてみるよ」

「セリフじみたご発言、ご冗談ならよろしいのですが…。

 もしかして本当にヴィルヘルム様を恨んでおられるわけではないでしょうね?

 ヴィルヘルム様もわたくしもラインハルト様をどうこうしようとか実験的にいじろうとかしてませんからね」

「お前、僕が動けないうちに、もしかして僕に悪の種子を植え付けたりしてない?」

「とんでもない。上質のものに混ぜものなんてしませんよ。ラインハルト様の中の善も悪も全てラインハルト様のオリジナルですよ、どうぞ誇ってくださいませ」

「……そうなのか。本物の邪悪だなんて落ち込むな…。怖い夢ばかり見るんだ」

「あのお方の夢ですか?」

「天使の瞳ってみんな、ああいう羊みたいなのかしらん?瞳の中に三日月と星があるんだけど、どこを見つめているか良くわからないんだね」

「余裕ですね…いくら夢の中でも、あのお方の瞳なんか眺めてられるとは」

「動けなかったんだ…まぁいいや、その話は。

 夢で終わって良かったけど、いつまでも僕を見逃してはくれないのだろうな」

「睡眠不足は良くないですね…。たぶん、秘密の書をご解読されているのでしょうが…」

 と姫野が、ラインハルトの机の上の雑然とした紙類を見やった。

「それもお祖父様はご承知なのかな…」

「『秘密の書の封印を解いた跡があった、だが解説してやらねばちゃんとは分かるまい。盗み読みしたことを素直に白状して解説を願いにくるかな?』と30年前におっしゃってましたが?」

「…僕はいつまでもお祖父様の手のひらの上、か」

「いや、そんなことはございませんとも。ラインハルト様ご本人からはわからないかもしれませんが、今や一族のどなたにもどうこうされないくらいご立派に成長なさいましたとも。

 まことに、その哺乳瓶が良くお似合いです」

「どんなに言われても、これは手放さないからね(笑)。

 ゴムの部分を改良したら万人受けするかもな。商品化出来るか聞いてみようか」

「お考え直しくださいませ、ラインハルト様。

 間違いなく哺乳瓶派は少数です。多数決の原理で淘汰されてください、どうぞ」


 ++++++++++++


『Who killed Cock Robin?』の抜粋


 1節目

 Who killed Cock Robin?

 I, said the Sparrow,

 With my bow and arrow,

 I killed Cock Robin.


 2節目

 Who saw him die?

 I, said the Fly,

 With my little eye,

 I saw him die.


 ++++++++++++

(拙訳)


 1節目

 コックロビンを殺したのは誰?

 私、とスズメが言う

 私の弓と矢で

 私がコックロビンを殺したのです


 2節目

 彼が死ぬのを見たのは誰?

 私、とハエが言う

 私の小さな目で

 私は彼が死ぬのを見たのです


 ++++++++++++


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