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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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137 《地に平和をもたらしめよ》 (10)


「まぁ…それはどういう謂れなんですか?」


「ああ、すいません。また、余計な話をして。

 どんどん話が飛んでしまいますが、よろしいですか?」


「構いません、ライさんで慣れていますから(笑)」


「ああ、そうですね(笑)。

 では、少し脱線を。

 白蛇さま、白竜(白龍)さまなど多くの神様は日本各地で祀られておられると思いますが、真珠竜とあだ名されておられるのは、こちらの龍神様だけと言われております。

 お身体のうろこが正視できないほど光り輝くので、真珠竜と呼ばれた、という説もあります。


 古い伝承によると、龍神様が人間の姿で現れる時が何度かありましたようで、そのお姿は若く凛々しい劔を持った乙女だということです。

 だから、女神さまなんですね。それで余計に真珠のイメージがついたのかもしれません。

 小さい蛇姿の神さまを三柱従えて描かれている絵が残っているはずですが、それも可愛らしい三人官女みたいな侍女とのことでした。

 実際、父神様である青龍王に許されて旅をする時などは、他の従者を留守居役として残し、その侍女を連れていくということでした。

 龍神様はまぁ、川や湖でお住まいなのですが、天翔ける、ええ、つまり空を飛んでよそを巡ることもありますんでしょうな。旅先の遠い異国で危難を受けた時は、真珠にかくまわれて無事にお戻りになったとも言われております。」


「素敵なお話ですね。若々しい乙女姿の女神様が元気に旅行しているなんて、夢がありますし、海の中の貝に育まれる真珠に守られている感じが素敵です。

 《鏡》と《宝珠》は、やはり《劔》には劣るのですか?」


「劣るという言い方になりますと、少し違います。

《劔》が最も力を持つのですが、長女と、次女、三女の姉妹のような関係じゃないですかね。

《劔》の正義感というものが、《鏡》と《宝珠》に影響を与え、調整や制御なさる役目をも持っていたと聞きました」


「あの、《鏡》と《宝珠》が、その2つの力が合わされば劔乙女、真珠竜さまが呼べるとかは、ないのですか?」


「え?

 どうして、それを…?」

 息を呑んだ。



 美津姫様が、ご自身の生涯の最後に命をかけて何を祈られておられたのかということは、自分でもその当時は…深く推察など出来なかったことだというのに。


「長女がいない時に、そして、どうしても長女に来てほしい時に、次女と三女はどうするのかって思っただけです。

 変ですか…?」


 ふわっとした、明るい声音に素直さを感じて、ほっと息を吐いた。

 美津姫様の怜悧さも素晴らしかったが、時にはこのように、幼子のような直感が正解にたどり着くのかもしれない。年老いて頑なになったおのれと真逆な感性が好ましい。


「ああ…。なるほど。

 良いイメージですね。そういう捉え方が良いと思いますね。

 あまり、その点については、私は詳しくはないのですが。

 宝物の関係性についても、色々と謂れはあります。

 三つそれぞれが強力な力を持っているので、近づけすぎず遠ざけすぎず、という習わしがありました。

 つまり、先ほど申し上げましたように。

 三人の巫女姫様がそれぞれ、三つの宝物の一つを司って守役を務めることと定められていた理由が、どうやらそこから来ておるからです。

 それぞれの宝物の力が変に共鳴したり、不協和音を奏でないようにしているのでは、と宮司様から伺ったことがあります」


「そうなんですね…」


「実際、もとは身分の高い方の、ご正室さま以外の方のお姫様方なので…。ご本人たちだけでなく、侍女やお付きの者の確執などもありましたようですから。

 省きますが、細かいしきたりは幾つもありましたようです。

 また、古い巻物には雨ごいなどの術などの、基本の祈りの術の方法が記されていて伝承されてきました。長い歴史の中には、術師を兼ねていたと思われる巫女姫様もおられたようですが。

 ただ、よほど力がないと、理解して術を使うことは出来ないらしいですから、本来は普通の神社の巫女のようなおつとめが基本だったのではないかと思います。

 つまり、高貴な方々のご令嬢ばかりでしたから、いわゆる良い環境で花嫁教育を受けることの出来る場所だったかと。それこそお見合いや、ご婚約、ご結婚を決められた上で、ご実家に呼び戻される巫女姫様も多々おられましたと聞いております」


「では、美津姫様は他の多くの巫女姫様たちとは違って、まさに術の心得がある巫女姫様だったんですね?


「はい、そうお伝えしてよろしいかと思います。

 長い間宮司をつとめていた善之助も、美津姫様は特別の方だと申しておりました。それを大いにほめそやすことも憚られることなんですが、つい褒めてしまってね、とお話されてました」


「え?どういうことですか?」


「優れた人が出てくるということが、すなわち大災害の前触れのようなことがあるからです。

 神様が、私たちを守るためにつかわせてくださるのでしょうか。

 ですから、喜び半分、緊張半分で過ごさねば、気持ちを引き締めねばと言われておりましたところ、げんに神社は無くなることに決まりました。

 よそに合祀されるとはいえ、それまでの歴史が失われるような寂しさでした。それでも、もちろん大勢の人が亡くなるような災害よりは、格段にマシだと思いましたけれども。


 美津姫様のお身体が大変弱いことも、悲しいことでした。もちろんご本人が一番辛いのだと思いますが、私どもにとっても大変残念すぎることであります。

 天界におられても良いと思われるような方は、この地上では過ごしにくいのでしょうかねと、私どもは嘆いておりました。

 良く美人薄命とかたとえられますが、才能のある方も多く夭折なさいますからね。

 できますれば、天に還る日は出来るだけ後にしていただきたいと願っておりました次第です。しかし、それも神様の思し召しに従うのが前提ですから」


「幼くして非の打ち所がない方だったのですね」


「ああ、そうですね。

 いえいえ。すみません(笑)。

 もちろん、そういう側面ばかりではありません(笑)。


 私たちは美津姫様を心から惜しんでしまうので、美化しがちかもしれません。

 こう申してはなんですが、困った点もたくさんおありでしたよ。

 生身のお姿を、お側で見てきておりますのでね(笑)。


 小学校に行けなかったことで、宮司善之助や他の頭の良い方が教育してしまったおかげなのか。

 幼いのに、たぶん難解な漢字、しかも古書にあるような草書体を読み書きして、巻物などもすらすら読み、理解なさっていたようです。傍からみたら信じられないでしょうね。

 平安貴族のお姫様がタイムスリップしたかのようだったのです。

 ただ、人におもねるような教育、つまり愛想の良さ、人柄の良さで社会を生きていこうとするような教育をされておられないですからね。

 現代の社会では、その、社会人失格の烙印を押されかねない、頑固な一面もありました。

 一度決めたことは、なかなかどうして…曲げても譲ってもくださりませんので。

 いわゆる、空気を読むなんてことはなさらないのですよ。空気を読む、そしてお心に沿うように動くというのは、おそばにいてお仕えする人の仕事であり、お姫様のお仕事ではないわけです。

 そういう面は、全然よろしいのですが。

 《鏡》に関しては、少し困ったところがありました。


 美津姫様は、いわゆる《宝珠》を司る、というお役目の水津姫様に定められておられました。

 ですが、あまり大きな声で言えないことでしたが、《鏡》がとてもお好きでした。もしかしたら《宝珠》よりもお好きだったかもしれないとまで思うこともありました。


 いや、ふだん聡明な方で、《宝珠》の巫女姫様としてのお役目はきちんと果たしておいでなのですが、《鏡》に関しては、そのう、、、執着に近いお気持ちの時があられまして。


 《鏡》といっても、古いものですからぼんやりと映るだけの鏡なのですが、その鏡にご自分が映ると亡くなった双子のお姉さま、里津姫様が映っているように感じるようでした。


 ふだんは、《鏡》は、宝物庫にしまわれていました。

 ご神体のそば近くに飾られているのは、《宝珠》だけでした。

 そう、ですから《鏡》は、わざわざ出してこないと見ることができない状態だったのです。

 それは、《鏡》の巫女姫様が欠けておられる状態が続いておりましたのですから、仕方ないことなんですが。


 美津姫様は、たまに《鏡》を手元に置きたがりなさるのです。

 体力がある時は、神職の者と宝物庫に行けるのですが、お加減が悪いとか、お熱が上がられた時などは、姉やさんなどに頼んでお部屋に持ってきてもらっていました。

 宮司善之助も、最初はとどめようとしていたのですが。

 

 そのような美津姫様の行動を、姉の多津子様がおかばいになり、また宮司さまにお願いしたようです。

 おおらかで年の離れたお姉さまでしたよ、多津子様は。

 最初のころは、宮司様と共にたしなめようとしたこともあったのですが。

 そのうちにご自身には巫女姫としての能力も資質も全くないからおぼつかないけれども、しっかりとした気持ちで、自分もそばにいて見守りますとおっしゃって。

 学校の宿題やらをも持って、美津姫様のお部屋で姉やさんと共に妹のお世話を良くなさっていました。

 美津姫様は、多津子様も《鏡》も自分の部屋にあるという状況が、本当にお好きでした。

 具合が悪いと、お寂しいのでしょうね。

 多津子様も、年が少し離れた妹が甘えるのを嬉しかったに違いありません。

 よく、おっしゃっておられました。

 『《鏡》に映っている妹の方が、よほど本物の妹よりも顔色が良いように見えるから仕方ないのよ。

  私は、あの子が笑顔でいてくれるのが嬉しくて』と」


「そうなんですか?」


「ええ、それは姉やさんもそういう風に言っていたように覚えています。

 私は全然、そういう感覚がわかりませんでしたけれどね」

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