135 《地に平和をもたらしめよ》 (8)
「ええ~?、やっぱり(笑)。
実は私、もしかしてそうなのかも?と思ったところです(笑)。
ライさんがいないのを見計らって、ここまでいらしたのかな?って。
気にしないで、どうぞ話してください。
せっかくのチャンスでしょう?」
「はい(笑)、まぁ、そう言ってくださると気が楽です。
もちろん、私に会ったことも、話の内容も、どうぞラインハルト様に後で言いつけてくださっても構いません」
「ええ、わかりました(笑)」
「単刀直入に申し上げます。ラインハルト様始め…彼らはもともと、私にとっては部外者なのです。すみません。
全く文化が違うのです。
東洋の龍(竜)に対する考え方と西洋のドラゴンに対する考え方ですら、根本的に違うのです。
彼らにとってのドラゴンは魔物であって、退治する対象のようですからね。
もちろん。
それでも、まだラインハルト様が敬意を払ってくださっているのは感じます。
中国に渡り、中原に現在いらっしゃる青龍王のお使いを探し出すのも並大抵なことではありませんでしょうし、真珠竜の司る宝物を使うお許しを得られることも奇跡に近いでしょう。
ですが。
青龍王のお札を認識できませんでしたから、未だに、私は心のどこかで騙されないぞと思っておりまして(笑)。
世界を救うためにというのも、なんだかおとぎ話にありそうでして、正直ついていけないと。
それでかえって、ええ…申し訳ないですが、信じられないのです。
そしてお城で過ごすうちに、ラインハルト様のご一族の皆様に対して、やはり違和感を覚えるようになりました」
「違和感、ですか」
「ええ、ご一族の方々も、多くはあまり魔法などは使わないのですが。
やはり、ラインハルト様、その他の方は明らかに現代社会での普通では考えられない行動をなさいますし。
夏美様はご存じでしょうか?
彼らが自分たちの寿命までもを操っていることを」
「ええ、なんとなく聞きました。
でも、実感はありません」
「それは、魔法と言うより、錬金術の流れを汲んだ、表には出てきていない科学技術のような方法でもありますが。
実は、私も、その恩恵を受けている一人です」
「そうなんですか?
違和感を持たれていたのに?」
「はい、強制されたわけではなく、声をかけられた人間にはきちんと選択権が与えられました。
迷いましたが、私は身をもって体験をする選択をしたのです。数名の同僚も、それぞれに。断った者もおりました。
私などは、もうとっくに墓の中にいてもおかしくはない年齢なのですが、寿命を伸ばしていただきましたことは間違いありませんし、感謝しております。
あ、一応。念のためにひとこと申し上げます。
このようなことは部外者に説明したらいけないのですが、夏美様はもう”協力者”でありましょうし、身内でしょうからご説明しました。
で、ここからです。
実は、私は長く生き延びてお仕えするうちに、ラインハルト様が知らないかもしれないことを伺ったことがあるのです」
「まぁ、そうなんですか?
それは、…ライさんに話さない方が良いお話し?」
「ええ、どうでしょうか。それは夏美様のご判断にお任せします。
私はお話しするのを躊躇したというよりは、その話があまりに信じがたかったものだから話せなかったのかもしれません。
実は、話してくれた人というのは。
一度、用があって結界の外にツアーみたいに出かけていた時、そうたしかドイツの古い街に出かけていた時に会った人なのです。
自分から会いにいったわけではなく、たまたま一人になった時に近づいてこられたのです。
ラインハルト様のご一族から離れた、どちらかというと敵対している方々の一員かと思われます」
「まぁ、大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫です。
危害を加えるつもりではなかったようです。
お恥ずかしいことに、私はまだ多くの方のお顔を見おぼえていなかったという時でした。最初はツアーで一緒に出掛けてきた人の一人のつもりでお話ししていたくらいです。
また、あまりそういうややこしい人間関係があるなんて知りませんでしたからね。
夏美様は、すでにお聞きになられてますか?
つまり、ラインハルト様のご一族にも、制度や習わしに反対して出て行った方々がおられるのです。
彼らは、その…”ラインハルト様という制度”そのものに反対なのだそうです。
この反対派の存在は、ずいぶん後にラインハルト様にお尋ねしてお聞きしたことでしたが。
錬金術や魔法は、ささやかな願いや希望を叶えるにとどめ、世界のものごとは、ええと、神々の思し召し、つまり自然に任せる方がいいと考えるようになった人達なのです。
錬金術は、やはり欲望、邪な願いの産物であるとかで、反省すべきという主張のようです。
だから、神のもとに善と悪がいるという考え方は、悪魔的なんだそうでして。そちらの話の方が、私にはわかりやすかったです。神が善で、悪魔は敵対する存在だとなんとなく理解していましたからね。悪魔に影響された人間は、魔女や異端者のレッテルを貼られてしまうと聞いたこともありました。
ですからまぁ、ご一族の皆様が継承されてこられた考え方の方が、世界の宗教の中でも少し異質ではありますよね。創始者の方が、それこそとても古い文化、ミトラ教まで学んだそうですから。
ご一族の中でも、長年無理に万能に近い魔法使いを輩出しようとやっきになったそうです。相反する魔法や術を行使できるほどの力を持つ、創始者以上のラインハルト様という存在を創り出そうと。
期待されたラインハルト様が、これまでの歴史の中で、何人も犠牲になられてきたとか…命を落とすとか、それよりもひどいことが」
「まぁ、…そんな、」
「大丈夫ですか?
すみません、あまり良い話じゃないですね」
「ええ、…もちろん。
中途半端に聞くよりは、全部伺いたいです」
「はい…。
もう、申し訳ない、全てお話しますが…聞いたことなので確かなことかどうかもわからないんです。
うわさ話を無責任にしているくらいのつもりで聞いてください。
あのご一族の創始者の方は、錬金術師だそうですが。
悪魔を自分の魔法の杖に閉じ込めて、操っておられたそうです。
が、一方で、神様の教えも大事になさっていたそうです。
それで、善なるものも悪なるものも共に存在してよいのだということになったようですから」
「ええ、それは、私もそうお聞きしました。
人間は、とくに善も悪も、両方の性質をそもそも持っているって。
その話を聞いているうちに、なるほどなと思いました。
私も子供の頃に、自分の中にある嫌な、悪い部分について悩んだこともあって。神様がどこかに居て、もうそれを最初からご存じで、人間や地上の生き物を愛してくれていて。科学技術が進んで、地球をぼろぼろにしかねない段階で、神様にさらに許していただくために。
そうやって、光と闇の狭間に行くという話もわかったような気になっています。
ライさんがそうなんですよね?
彼は本気で自分でやり遂げるか、次世代のラインハルト様にバトンタッチするらしいですよ?」
「はぁ、そうですね。そのために日本にも来られたわけですから。その合間を縫って色々と他国を巡ったり、勉強したり。
ですが、…。
私は、葛藤とストレスに苛まれているラインハルト様を見ました。
ラインハルト様が書いたメモなのですが、守られていない者というような走り書きを見たこともありました。
ですが、そういう面を瞬時に消して、けろっとなさっていたりもするのです」
「まぁ、…。
でも、確かにライさんってそういう感じはありますね」
「何か、…魔法か術を施されているのではないですかね?
今もずっと操られているとかそういうことではないかもしれませんが。
それこそ、まだあの方が力を持たない幼な子の時に。
人格が形成されるような大切な時に、彼がご一族のために一生を捧げるように望むように導かれてしまわれていたのではないでしょうか。
あの方は、生まれながらにして生き方を強制されておられるのではないかと思うことがありました。
ご自身では、子供の頃に自分でラインハルト様を承継すると決めたとはつねづねおっしゃるのですが。
強制的に眠らされる前と後で人格が変わっているのではないかと本人も疑っていたりする時もあったようですし。
いえいえ、それよりも。
一番の驚きは、反対派の人から耳打ちされた内緒の話だったのです。いまだに忘れられないのです。
そもそも”ラインハルト様として選ばれるのは。
…{ラインハルト}というお名前を継承できる方は、天使と悪魔の血を両方引く方だけ、みたいなエピソードでした。生まれる前から、計画されてレールが敷かれているのでしょうか。
あまりにも途方もない話で、信じがたいですが。
たとえ話だといいのですが、まったく怖ろしい話ではないですか、」
「まぁ…、そんなことって…、」
「いやなことをお耳に入れてすみません。
とりあえず、聞いた通りを申しました。
どなたにもお伝えしないままも心残りでしたので、聞いてくださってから、判断の材料にしていただきたいと思いました」
「ええ、確かに…この要素も大切だわ。
私、今まで自分と宝物との、点と点を繋げられるかどうか、みたいなことだけを考えていたけど。
ライさんと一緒に管理する、もしかしたら信頼して預ける、どちらを選ぶにしても、ライさん側の事情や背景も知っておいた方が良いですものね」
「はい、そう思います」
「じゃ、私も遠慮なく質問しますけれど。
木藤さんは、じかにライさんのご両親にお目にかかってはいるんですよね?」
「ええ、お目にかかりました。
結論から申し上げますと、ご両親は、私には普通の外国の方にしか見えませんでした。さすがに天使か悪魔か、どちらかと言われても、そうは見えませんでした」
「ですよね(笑)、私、皆様のお計らいでネットの通話というんですか?、パソコン越しにご挨拶致しましたもの(笑)」
「さすが、今どきですな(笑)。
少し前までは、電化製品みたいなものは極力排除されてました」
「ええ、ライさんはお気の毒に別室待機でしたよ♪」
「まぁ、それは仕方ないですね(笑)。しきたりは厳しいですから。
ある意味、あの方は、ラインハルト様となれる人というのは、ご一族にとっては、生きてる宝物のように大切なものでしょうし。
天使か悪魔か、ということですが、私がわざと夏美様をミスリードしたいわけではなくて。
聞いた当初、私も半信半疑と言うより、ほぼ全く信じられないなという印象でした。
ただ、自分たちの目がどこまで信じられるかということもあります。だから、いつまで経っても確信が持てず、疑問が残っているとも言えるのですよ。
なぜかというと、私たちが天使と悪魔と、それ以外を見分けられるかどうかという問題がそもそもありますので」
「あ、そうですね(笑)。
本物も偽物も今まで見たことがないですものね、物語で聞いたり、その絵を見たりして知っているつもりというだけですものね」
「まぁ、変な話ではありますが、一応頭の隅に留めておいてくださいませ。
とにかく、お目にかかったとは言っても。ほぼ一国の王室並みの規模のお城の中で偉い人と使用人が右往左往している場所でのことですからね。
お母上様には、30m離れた状態でお会いした記憶がございます。私はラインハルト様のお側の席に座らせていただくことが多かったので、それより近くはなかったかと。
もともと、お母上様とラインハルト様とは接点があまり無いんですよ。
けして親子仲が悪いわけではなくて、そのう、私が聞いたところでは、ラインハルト様の魔力の質が原因で、体調がお悪くなるようなことでした。
ああ、お聞きなさっていますよね?
お気の毒な話ですねぇ、ですが、お小さい頃からの生活習慣のようですよ。逆に、お母上様の体調がお悪くなるからこそ、きちんと調べ始め、その結果、ラインハルト様ご自身が天才的な魔法使いの器だと判明したのではないでしょうか。
とても美しい上品な女性とお見受けいたしました。天使と言うより、絵本の中の女神様みたいな人です。悪魔とは真逆なイメージですね(笑)。
それにひきかえ、お父上様は大変楽しい、闊達なお方で、こう、ウィリアムテルの絵本に出てくる、ガタイの良い人間ぽい方ですな。ありがたいことに、私は何度も親しく声をかけていただきました。
大変よく日本のことをご存じで、自ら親日家ともおっしゃってくださいました。それこそ薩摩切子と江戸切子の話などしてくださったのですが、何も知らないこちらが恥ずかしく思いましたよ。
まぁ、そう申しますと、かなり悪魔か天使かという話とはかけ離れているんですが。
というところで、この話はお心にとどめるだけにしておいてください。夏美様」
「ああ、良かったです。
勝手に安心しておきます(笑)、ある日、きゃっ、びっくりしたとならないことを祈って(笑)」
「はい。私もお伝えし終わったと安心することにします。
ただ、…その反対派に属するというお方が、あまりに真面目にお話ししておられましたから。全てウソの話だとも思えず、ずっと心に残っていたんです」
「誰か、他の人にお話をしてみて、確かめてみようかとは思わなかったんですか?」
「そんな、、とんでもないことです」