134 《地に平和をもたらしめよ》 (7)
「やはり、木藤さんもそう思っておられましたか」
「ええ、それはもう。
ラインハルト様の力の大きさなどはもちろんわかりかねます。なぜなら、私どもより、はるかに上ですから。測ることが出来る訳などは無いと最初から諦めております。
それでも、本音を申し上げますと、私どもにお任せ願いたいと思いますがね。
力の大小など関係は無いのです。そういう基準で決まるのじゃないです。
私どもの、その地元のものをよその方にお任せする、だなんて。
ラインハルト様は、そんな私どもの気持ちはすでにご存じではおられます。…私と私の同僚、元神職の者達は、宝物を渡すことを頑固に反対した一派でございます。どうしても文化が違うのですから」
「まぁ、そうなんですね」
「はい(笑)。
それこそラインハルト様にお仕えしている間も、ずっと折に触れて陳情しておりましたから。
たぶん、うるさいなぁと思われているはずですが(笑)。
それでも頭ごなしに否定なさったり、抑えつけようとなさらず、このような反対意見にも耳を傾けてくれます。もちろん、ラインハルト様もご自身の考えるところを主張なさいます。いつも平行線になろうとも、きちんと私どもの意見を確認しつつ、対話の場がありました。それで、すぐに我らの意見を取り入れてくれなくても、それでも考慮する要素の一つとしてくれているのはずっと感じておりました。
ラインハルト様が夏美様に《宝珠》をお返しするとおっしゃられたので、それでいよいよ積年の課題を完了できるという希望を強くいたしました。
宝物の中で残っているのは、《宝珠》と《鏡》でございますね。
ラインハルト様のお求めになっておられた、正義の銘を持つ《劔》はすでに失われておられますから、もし用いないのであれば、もちろん正当な継承者に《宝珠》と《鏡》をお任せするつもりだとも、言ってくださっていましたから。
改めて正式名称を申しますと、《白蛇竜(真珠竜)の宝珠》、《蛇の目》ですが、やはり《宝珠》と《鏡》と略させていただきましょう。
そして、《鏡》はすでにラインハルト様が祠に納めてくださっておりますから、あとは《宝珠》だけなのです。
それで、夏美様にお願いしたいと思って参上したのです。
もしも、よろしければ《宝珠》を私にお任せくださいませんか?」
「え?…それは、…」
「もしも、ご信用できなければ、私はお供するだけに致します。
ご都合の良い時でよろしいのです。
ご一緒にお塚に納めるに参るのはいかがでしょうか。きちんと宝物3つ分の祠が三角形の図形を描くかのように並べてあるんですよ。
夏美様は、未だにN県のお塚に参られておられないと聞きました。
たぶん、現地に赴けば、伝説を終わらせるのが良いと実感なさるのではないでしょうか」
「え?でも…。
あのう、ごめんなさい。
あとは《宝珠》だけと言っても…。
今はまだ、全く納める気持ちになっていないのが私の本心です。
《宝珠》は今まで美津姫様のお形見として、ライさんが大切にしていたのですよね?
それで合っていますよね?
《宝珠》は美津姫様が命がけで、その…ライさんの命を繋ぎ留めたいと祈りを込めて、そのためにお渡ししたように私は思っていて、それ以来ライさんが保管して、お守りのようにしていたのですよね」
「おお、そこまで、その経緯までご存じでしたか、、それは、…。
…すみません、…」
はからずも言葉が途切れた。目頭が熱くなってしまったせいだ。
ずっと思い出すことを避けていたのだ。
「…すみません、」
「いえ、木藤さんがお嫌じゃなければ、その話もきちんとお聞きしたかったのです。
《宝珠》を託されたといっても、直接おふたりの間でお手渡しされたわけではないように聞きました。
ライさんは瀕死の重傷でお城の外にいて、美津姫様はお城の部屋におられて、そのまま亡くなられたとか…。
それに、他にもお聞きしたいことがあります。
ライさんは竜巻被害が起きた後に、神社に行ったそうですね。
だから、この時の話も考えてみれば、ライさんが体験した話ではなくて、神社の皆さまから彼が聞かせていただいた話なんですよね。
《宝珠》や宝物の、本来の力そのものを実感したことはないと、ライさん自身も考えているみたいです」
「そう、それは…確かにそうなんです。
《宝珠》の力を感じるような出来事があった時に、居合わせていたのは…。
そば近く居あわせていたのは…。ああ、すでに多くの者が亡くなってしまっていますね。
確かに、今残っているのは…自分だけです…残念なことに」
「はい、ですからこの機会に、ぜひお話をお聞かせください。
私に気を遣ったりするのでなく、本当のお話を。
例えば、美津姫様のことについてもなんとなく、そう感じたりするんです。
ライさんの元の婚約者の話なので、私が焼きもちでも焼かないかと、なにか…皆様、遠慮なさっているみたいで(笑)」
「わかりました。
頑固なじじいですから、どちらかといえば、逆になりそうです。
つまり(笑)。
他の皆さまより気遣いが足りない表現をしてお気を悪くさせる方が多いかと。
ただ、夏美様。
これだけは先に言わせてください。
私が嬉しく思いましたのは、宝物をお塚に納める希望を持ったことだけではないのです。
お世辞抜きで、申し上げますが。
ラインハルト様は、本当に夏美様と交際が出来てから、大変明るくなられました。
お心が落ち着かれましたのでしょう。
長らく美津姫様の思い出を大切になさり、そして自分の力が及ばなかったせいで、《宝珠》の受け渡しのために美津姫様が命を落としたと、ずっと悔やんでこられました。
これは、私の勝手な思い込みが多分に入っておりますが、長年おそばにお仕えしておりましたのでわかるのです。
とてもお心が落ち着かれて《宝珠》という、お守りに頼られなくても良くなられたのかとお察ししました。それで、夏美様に《宝珠》をお渡しする、ええ、ご自分の手元から手放すご決意が出来たのだと思います。
久々に、使用人たち同僚に会いましたが、全員がご慶事に晴れがましい気持ちでいるようです。
誠に幸せなご結婚になるかと、…本当におめでとうございます」
「ありがとうございます。
そうだといいんですけれど。
ただ、ライさんは、《宝珠》を手放した意識はなさそうです。
私と一緒に保管するのが良い、という方針に思いました。
ライさんはご自身の使命については諦めてはいないようですし、私もその冒険を応援したいのです。
ああ、そうですね。
そう考えてみれば、ライさんと一緒に保管していこう、と私も漠然と考えた、のでしょうね。
木藤さんと話して改めて自分の考えが確認できました。木藤さんのお考えと逆になっていて申し訳ないのですが。
それから。
私、美津姫様と元の宮司様のご遺志をもまた尊重したいと思っているんです。
確認なんですけれど。
おふたりは、ライさんを信用して宝物を託すおつもりになっておられたのですよね」
「おお、そうです。その通りです。
私の希望とは真逆ですが、正直に認めます。
確かに、宮司の、善之助と申します当時の責任者がおりまして。その方が、ラインハルト様を最終的にお認めになられました。
最初は神職の者みな、異国の少年の登場に驚き、どちらかというと門前払いする空気でしたが(笑)。
龍ヶ崎神社のご神体の真珠竜様は、青龍王のめぐし子であるという言い伝えがありますが、それは神社関係者のみが把握している状況です。
そのことを全部把握した上で、中原に先に赴き、青龍王のお札を先にいただいた上で、私どもの神社に参られましたわけです。
驚きました。用意周到というか、考え得る手順をすべてきちんと行うには、見えないところで相当のお時間と努力を費やしておられるのでしょうね。
しかも、日本語もその頃から流ちょうに話されて、日本の文化に敬意を払っておられて…。
まぁ、それだけでなく、善之助はお札とともに感じるところがあったのでしょう。
ちなみに、私には全くお札が見えませんでした、正直申しましてこのご時世に何をおっしゃっているんだろうと思いました(笑)。
ですが、善之助はお札の力を含めてラインハルト様を結果的に信じることができたのだと思います。
善之助こそは、こちらの神社の巻物の内容を全て把握していたかと思いますが、それらに書かれていたことよりももっと深く、青龍王のめぐし子でしかも、頭上の角の位置から生まれ出た白蛇竜がご神体だということをラインハルト様は聞いて来られたのでしたから。
さらに不思議なことに、美津姫様もまた、すぐにお札の存在をお感じになったようでした。
《宝珠》が身体に入ってしまっていて感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれないと、善之助と話しておりました。
…失礼ながらお加減が悪いとご機嫌も悪くなる所もある美津姫様でしたが、まるで懐かしいご家族に会ったかのようにすぐに打ち解けられましたのです。
打ち解けられた、と申しますか、姫様も怖ろしい竜巻災害の後、どなたか術や魔法に秀でているような方に助けてもらいたいと望んでいらしたのだと思います。
ご自分の司っていた《宝珠》をすぐにでもお渡ししたいと思われたようですが、、、なにぶんにもお身体の中に入っているわけでしたから、とても難しい話になりました」
「そうだったんですね、」
「ああ、すみません。
たぶん、ここまではご存じの話なのかもしれませんね、つい、思い出を語ってしまいます。
本題に入ってよろしいですか?
多少、夏美様のお気に障るようなことも言いかねませんが」
「いいえ、ぜひ。
木藤さんは、たぶん…。
私がうっかり宝物に祟られるのではと心配してくださったのでしょう?
それで今晩、覚悟を決めていらしたのでしょう?
伝えたいと思ったことをぜひ、全て話してください」
「わかりました。
今、夏美様がおっしゃったこと、その通りでございます。
今晩、覚悟を決めて参りました。
私は頑固に、元の方針を信じて従うべきと申したいのです。
《宝珠》などの残った宝物をむやみに用いてはならず、最終的に龍神様にお返し申し上げるべきと。
ラインハルト様の出現で、龍神様の宝物を託すことになりました。
それは、青龍王さまのお指図だと信じたからには他なりません。
ですが。
…。
宝物のお話より先に、別の内緒話をしてもよろしいですか。
私は、実は…。
ラインハルト様抜きで夏美様とお話をしたくて、忍んできたということもあります」